染五郎主演の新作歌舞伎『木挽町のあだ討ち』&幸四郎が三枚目と二枚目を勤める黒手組の助六! 歌舞伎座『四月大歌舞伎』昼の部観劇レポート

2025.4.11
レポート
舞台

昼の部『木挽町のあだ討ち』(左より)伊納家の下男作兵衛=市川中車、伊納菊之助=市川染五郎 /(C)松竹

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2025年4月3日(木)、歌舞伎座にて『四月大歌舞伎』が開幕した。11時開演の昼の部では、市川染五郎主演の新作歌舞伎『木挽町(こびきちょう)のあだ討ち』、そして松本幸四郎が2役を勤める河竹黙阿弥作『黒手組曲輪達引(くろてぐみくるわのたてひき)』が上演されている。

『木挽町のあだ討ち』

2023年に直木賞、山本周五郎賞のW受賞を果たした永井紗耶子の同名時代小説が原作だ。齋藤雅文(新派文芸部)の脚本・演出により新作歌舞伎となった。

物語は、伊納菊之助(市川染五郎)が生まれ育ったお屋敷から始まる。ある春の日、菊之助が母(中村芝のぶ)と穏やかで幸せな時間を過ごしていたところへ、父(市川高麗蔵)が下男の作兵衛(市川中車)を伴いやってくる。そこで惨劇が起こり、菊之助は父の仇となった作兵衛を追い、ある人物を訪ねて江戸木挽町の芝居小屋へ。そこで出会ったのは、木戸芸者や女方の役者、立師、小道具方など、芝居とともに生きる人々だった。

昼の部『木挽町のあだ討ち』(左より)伊納菊之助=市川染五郎、清左衛門妻妙=中村芝のぶ /(C)松竹

原作では、芝居小屋の人々が1人ずつそれぞれの視点からあだ討ちや菊之助について語った。歌舞伎となった本作では、菊之助を中心に物語が展開し、芝居小屋の人々も観客も、皆が同じ足並みで時系列順に真相に近づいていく。

歌舞伎俳優たちの、登場した瞬間からの説得力は、歌舞伎化したからこその魅力のひとつだ。市川猿弥と中村虎之介が演じる“木戸芸者”は、芝居小屋の前で、時には芝居の真似事もしながら呼び込みをする。着到とともにバッと幕が開き、ふたりの明るく豊かな呼び声とパワフルな人懐っこさが響き渡れば、木戸芸者ってなに? などと思う間もなく、客席は江戸の芝居町に変わる。立師の与三郎(中村又五郎)は町人とは異なる武骨さで、かつて武士だった背景を醸し出し、女方のほたる(中村壱太郎)は、中性的な人物の中に芝居にしがみつき、芝居に生かされる人間のたくましさ、哀しさ、美しさを輝かせる。木戸番(市川澤五郎)、大道具方(中村吉之丞)、衣裳方(澤村宗之助)も、この芝居小屋で生きてきたに違いないと思わせる収まりの良さ。佐野川妻平という上方の役者(中村種之助)は、新たな軽妙なキャラクターで楽屋の雑多な賑わいを盛り上げた。

染五郎は、伸び盛りの花形俳優だ。一舞台ごとに急成長を続けている。だからこそ小説でイメージした菊之助よりも、染五郎は線が太すぎるかも。4月に上演される頃には、大人になりすぎているかも。勝手ながらそんなことを考えていた。しかし脆さと表裏一体の純真さ、武家の矜持、屈託のない美しい笑顔はまぎれもなく菊之助。中でも、久蔵(坂東彌十郎)と女房与根(中村雀右衛門)を前に、心の内を吐露する菊之助は、健気でまるで幼い子どものようだった。夫婦から溢れる人情が、それを温かく受け止めていた。彌十郎と雀右衛門が、世話物の空気で染五郎の芝居を包み込む景色と重なってみえた。

昼の部『木挽町のあだ討ち』(前左より)、篠田金治=松本幸四郎、伊納菊之助=市川染五郎、(後左より)ほたる=中村壱太郎、立師与三郎=中村又五郎 /(C)松竹

中車が演じる仇の作兵衛は、冒頭、手をつき頭を下げ、何も言わずその背中で、目前に迫る悲劇を予感させた。舞台上の春めいた色が褪せていくような怖さがあった。中盤では、作兵衛なりの信念に軸足を据えたまま、染五郎との掛け合いにユーモアと悲哀を織りまぜる。あだ討ちのキーマンとなるのが、戯作者の篠田金治(松本幸四郎)だ。粋な男前だが、どこか世の中をからかうような人となり。もとは旗本という、真っすぐには生きてこられなかった人生を想像させる。そんな金治が、迷いのない情熱でかたき討ちへのアクセルを踏み込んだ時、場内の温度が上がるような興奮を覚えた。役者が揃い、ついに物語はあだ討ちに向けて動き出す。芝居小屋の皆が、行き交う人々が、そして歌舞伎座の客席の皆が、菊之助に目を奪われて……。

昼の部『木挽町のあだ討ち』(左より)伊納菊之助=染五郎、小道具方久蔵=彌十郎、久蔵女房与根=雀右衛門、ほたる=壱太郎、佐野川妻平=種之助、立師与三郎=又五郎、木戸芸者一八=猿弥、篠田金治=幸四郎、伊納家の下男作兵衛=中車、道具方秀吉=吉之丞 /(C)松竹

古典歌舞伎のあだ討ちものでは、あだ討ちそのものよりもそこまでの過程がドラマチックなことが多い。しかし本作は舞台美術、舞台機構も、歌舞伎らしさの中でフルに活用され、あだ討ちそのものが大きな見どころとなる。本作が歌舞伎座で、歌舞伎俳優たちにより上演された巡り合わせに感謝した。朝日を浴びるような、晴れやかな幕切れだった。

『黒手組曲輪達引』

歌舞伎十八番『助六』の世界観や設定を借りた作品だ。河竹黙阿弥により、パロディを趣向として作られた。

昼の部『黒手組曲輪達引』(左より)番頭権九郎=松本幸四郎、新造白玉=中村米吉 /(C)松竹

始まりは「忍ヶ丘道行」の場から。三浦屋を抜け出した新造白玉(中村米吉)と番頭権九郎(松本幸四郎)が連れだって花道に現れる。いわゆる駆け落ちで、白玉は道行らしい、しっとりした色気。一方の権九郎は、とぼけた顔で二枚目気取り。キリッ、キリッと顔も形もキメてくる。白玉と清元の美しさや、踊りのたしかさをもってしても中和しきれない三枚目感に、権九郎の顔が向く先々から笑いがおこっていた。権九郎の懐には、横領した大金。白玉との新生活を思い描くさまは愛嬌たっぷりで幸せそうだった。しかし白玉との温度差がすごい。大丈夫かなと思った矢先に、本物の二枚目が登場。白玉の本物の間夫、すりの牛若伝次(中村橋之助)だった……。

昼の部『黒手組曲輪達引』番頭権九郎=松本幸四郎 /(C)松竹

白玉は、スンとしていても美しかった。そのスンは、伝次のために権九郎をサラリと騙せてしまう強かさの表れ。先ほどの“しっとり”は営業用で、ここからが本気の“しっとり”だと知る。米吉と橋之助は瞬く間に2人きりの世界を作り上げた。白玉の手をとり肩を抱き寄せた時の伝次には、あぶない色気が漂っていた。伝次の花道の引っ込みには、物語の続きをみたくなる疾走感があった。気の毒なのは権九郎だ。騙された上にお金も白玉も失った。けれども再登場した権九郎はあいかわらずポジティブ。幕外の花道で、アレコレ詰め込まれた楽しい時間を心行くまで過ごす間に、舞台は変わり「新吉原仲の町」の場、そして「三浦屋格子先」の場へ。

本作は歌舞伎十八番『助六』のパロディとして作られたが、登場人物たちは、従来のようなデフォルメされた衣裳や化粧ではなく、よりナチュラルな拵えで登場する。芝居のトーンも自然体だ。それでも変わらないのは、花川戸助六が江戸一番の色男で、傾城・揚巻の恋人であること。幸四郎の助六が登場すると、侠客らしい太さと華やかさに拍手が起こった。権九郎とは別人! というよりは、どちらも松本幸四郎! それでいて権九郎で助六! という面白さと格好良さだった。

昼の部『黒手組曲輪達引』(左より)花川戸助六=松本幸四郎、鳥居新左衛門=中村芝翫 /(C)松竹

助六は、白酒売の新兵衛(澤村由次郎※)を、朝顔仙平(大谷廣太郎)たちから救い、いくつもの重要な情報を手に入れるのだった。朝顔仙平は、子分を連れて威張っても暴れても、明るくて大らかだったが、その師匠・鳥居新左衛門(中村芝翫)は、ゆったり落ち着いているのに隙がない。その存在感で芝居を引き締めていた。紀伊国屋文左衛門には松本白鸚。一目で一角の人物であろうと伝わる風格がある。思えば俳諧師東栄(大谷友右衛門)、遣手お辰(市村萬次郎)、三浦屋女房お仲(市川高麗蔵)など、江戸の人物図鑑のように様々なキャラクターが登場。そして中村魁春が、揚巻役で華を添える。歌舞伎十八番と同じ名前のキャラクターが登場したり、股をくぐらせたり煙管を足で差し出したり。設定は異なるが、随所に『助六』のエッセンスが散りばめられていた。

昼の部『黒手組曲輪達引』花川戸助六=松本幸四郎 /(C)松竹

大詰の立廻り。助六は尺八を振り上げ、若い者をなぎ払う。様式的に洗練された動きの中、ここぞという瞬間に、助六の目が鋭く光る。踊るような華やかさに目を奪われるが、助六には本気の喧嘩なのだ、と改めて気づかされた。舞台を広く使った立廻りがクライマックスの盛り上がりを迎え、拍手の中、幕となった。「昼の部」の2作は、芝居好きも初心者も親しみやすいにちがいない。知っている人ほど楽しめるはず。観た後は、もっと歌舞伎を知りたくなった。

松竹創業百三十周年『四月大歌舞伎』は、4月25日(金)までの上演。

取材・文=塚田史香

公演情報

松竹創業百三十周年
『四月大歌舞伎』
日程:2025年4月3日(木)~25日(金)
会場:歌舞伎座
休演:10日(木)、18日(金)

昼の部 午前11時~
 
美しき若衆の運命と、
芝居小屋に生きる人々の想いが交錯し…
舞台は歌舞伎座のご当地“木挽町”
直木賞受賞の話題作がお目見得!

永井紗耶子 原作(『木挽町のあだ討ち』新潮社刊)
齋藤雅文 脚本・演出

新作歌舞伎
一、木挽町のあだ討ち(こびきちょうのあだうち)

伊納菊之助:市川染五郎
篠田金治:松本幸四郎
伊納家の下男作兵衛:市川中車
ほたる:中村壱太郎
佐野川妻平:中村種之助
木戸芸者五郎:中村虎之介
道具方秀吉:中村吉之丞
衣裳方栄二:澤村宗之助
鶴屋南北:松本錦吾
木戸芸者一八:市川猿弥
伊納清左衛門:市川高麗蔵
小道具方久蔵:坂東彌十郎
立師与三郎:中村又五郎
久蔵女房与根:中村雀右衛門
 

河竹黙阿弥 作
二、黒手組曲輪達引(くろてぐみくるわのたてひき)
浄瑠璃「忍岡恋曲者

花川戸助六/番頭権九郎:松本幸四郎
鳥居新左衛門:中村芝翫
新造白玉:中村米吉
牛若伝次:中村橋之助
朝顔仙平:大谷廣太郎
白酒売新兵衛:市村橘太郎
   ※
遣手お辰:市村萬次郎
三浦屋女房お仲:市川高麗蔵
俳諧師東栄:大谷友右衛門
三浦屋揚巻:中村魁春
紀伊国屋文左衛門:松本白鸚
 
※澤村由次郎休演につき、配役変更にて上演いたします

 
夜の部 午後4時15分~

一、彦山権現誓助剱(ひこさんごんげんちかいのすけだち)
杉坂墓所
毛谷村

毛谷村六助:片岡仁左衛門(奇数日)
     :松本幸四郎(偶数日)
お園:片岡孝太郎
一味斎孫弥三松:中村秀乃介
家人佐五平:片岡松之助
杣斧右衛門:中村歌昇
微塵弾正実は京極内匠:中村歌六
お幸:中村東蔵
 
 
福地桜痴 作
二、新歌舞伎十八番の内 春興鏡獅子(しゅんきょうかがみじし)

小姓弥生/獅子の精:尾上右近
胡蝶の精:坂東亀三郎
胡蝶の精:尾上眞秀
用人関口十太夫:市川青虎
老女飛鳥井:中村梅花
家老渋井五左衛門:市村橘太郎
 
 
講談シリーズ、待望の第三弾!
神田松鯉 口演より
竹柴潤一 脚本
西森英行 演出

新作歌舞伎
三、無筆の出世(むひつのしゅっせ)
 

中間治助後に松山伊予守治助:尾上松緑
             :坂東亀蔵(9、16、23日)
紺屋職人久蔵:坂東亀蔵
      :市川中車(9、16、23日)
伊予守一子治一郎:尾上左近
大徳寺同宿日念:市川青虎
大徳寺住職日栄:中村吉之丞
左内妻藤:市川笑三郎
夏目左内:市川中車
    :尾上松緑(9、16、23日)
佐々与左衛門:中村鴈治郎

講談:神田松鯉
 
 
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