ミュージカル『LAZARUS』上演記念特別対談~より楽しみ、理解するために~ 立川直樹×SUGIZOが語る“デヴィッド・ボウイという天才の宇宙” ──音・言葉・時代の軌跡 【連載第3回】

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2025.5.9

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“20世紀で最も影響力を持ったアーティスト”と称される伝説のロックミュージシャン、デヴィッド・ボウイ。彼の遺作であり、このたび2025年5月31日(土)より待望の日本初演を果たすこととなったミュージカル『LAZARUS』。

その魅力を伝えるべく実現した、立川直樹氏とSUGIZO氏との特別対談・連載第3回目。今回は、立川氏が友人として体験した、プライベートのボウイの貴重なエピソードに話が及んだ。“素顔のボウイ”が垣間見える一方で、同時にデヴィッド・ボウイの“不可思議な魅力”はより一層深まっていく。

前回「ミュージカル『LAZARUS』上演記念特別対談~より楽しみ、理解するために~ 立川直樹×SUGIZOが語る“デヴィッド・ボウイという天才の宇宙” ──音・言葉・時代の軌跡 【連載第2回】」より続く。

●来日公演などで、たびたび日本を訪れていたボウイ

立川(以下、T):SUGIZOは、ボウイのライヴって観てるの?

SUGIZO(以下、S):ええ、何回か。

T:最初に観たのは?

S:最初は東京ドームの『Sound+Vision Tour』ですね。あれは1990年かな。

T:1990年か。

S:あれが僕にとって、最初の生のボウイで、最初の東京ドームで観たライブでした。

T:1983年の『Serious Moonlight Tour』は観てないんだ。

S:観れてないですね。あの頃、まだ中2なので。

T:そうか……中学2年ね。

S:生で観られたのは全部で2回だけですね。『Sound+Vision Tour』と、その後1996年の『Outside Tour』の武道館。

T:あの武道館は、良かったよね。

S:すごく良かったです。すごく良かった。

T:あのライヴって、すごいエッヂが効いていたよね。

S:ええ。『アウトサイド』がブライアン・イーノ(※1)と一緒に作ったアルバムっていうこともあるし、あのタイミングのツアーで、アメリカではナイン・インチ・ネイルズ(※2)ともやっていたし、90年代のセンスにすごくドンズバでヒットしていた時期だと思います。

T:ベーシストがゲイル・アン・ドロシー(※3)だったのも良かった。あれはいいツアーだったなあ……

S:その後がもう2003年から2004年にかけての『A Reality Tour』じゃないですか。『A Reality Tour』は行けなかったんですけど、あれが結局、最後のツアーになっちゃいましたね。

T:僕は、1973年初来日の『Ziggy Stardust Tour』の時、渋谷公会堂で『Starman』を聴いた瞬間は、もう本当にやばいと思った。

S:伝説のライブですよね。僕らはそれを写真でしか見ていない。

T:今話していて思ったけど、ボウイって意外にちゃんと日本公演をやってるんだね。

S:そう考えたら、そうですね。『Ziggy Stardust Tour』があって、『Isolar II Tour』で、次がもう『Serious Moonlight Tour』ですよ。その後が東京ドームの『Sound+Vision Tour』でしょ。そして『Outside Tour』と『A Reality Tour』で6回ですね。92年のティン・マシーン『It's My Life Tour』を入れると7回になる。

T:結構ちゃんと日本に来てるんだよね。ライブ以外でも、プライベートでも何回か来てるし、プロモーション来日とかもしている。


※1:1948年生まれ。イギリスの作曲家、音楽プロデューサー。(本人は自らを「ノン・ミュージシャン」と呼んでいる)
※2:アメリカで1988年に結成された、トレンド・レズナー率いるインダストリアル・ロックバンド。
※3:1962年生まれ。アメリカのベーシスト。 

●“友人”としてのデヴィッド・ボウイ

S:だから、立川さんはよくボウイにお会いになっていたわけですよね?

T:そうそう。初めて会ったのは、1976年のイギー・ポップ(※4)の『イディオット』を作ったあと。プロデューサーだったボウイがプロモーションで一緒に来日して、インタビューすることになった。その時に鋤田さん(※5:鋤田正義)が写真を撮ってくれてね。

S:その時にあの『ヒーローズ』のジャケット写真も撮ったんですよね。

T:そうそう。

S:なるほど。その時の写真集で、イギー・ポップの写真もありますよね。その時のスタイリストがヤッコさん(※6:高橋靖子)だったんですよね。

T:そうそう。

S:ヤッコさんにボウイから「とりあえず革ジャンを片っ端から用意してくれ」って言われて、何十着か持って行って、その中の1着が『ヒーローズ』のジャケット写真の衣装になったって聞きました。

T:そう。あれも、本当にそんなに長い時間は撮ってないんだよ。その1976年に、そんな感じで初めて会った。よくSUGIZOとも話したことあるけど、年齢とか国籍とか関係なく、なんか“同じ種族”の人っているじゃない?

S:ええ、いますね。

T:ボウイと話していたら、例えば好きだった本とか、好きだった映画とか、画家とか、映画監督とかっていうのが、すごくクロスしたんだよね。「この人は信用できるな」って思った。だからその時にボウイは、普通の音楽評論家の人たちには言わないようなことを、いっぱい僕に話してくれたわけ。さっきの「“先導者”でいたい」って話とかね。

S:それでもう、友人になったわけですね。


※4:1947年生まれ。アメリカのミュージシャン。彼のアルバム『イディオット』のプロデュースをボウイが手がけた。
※5:1938年生まれ。日本の写真家。広告・映画・音楽など幅広い分野で活躍。特に音楽分野では、デヴィッド・ボウイや T. Rex、YMO、忌野清志郎など錚々たるミュージシャンを被写体にした作品を発表している。立川直樹氏プロデュースで2018年に刊行された写真集『JOURNEY THROUGH THE ROCK AND ART SUGIZO×SUKITA』ではSUGIZO氏を撮影している。
※6:1941年生まれ。日本のスタイリスト。60年代半ばからフリーのスタイリストとして活躍。『ジギー・スターダスト』期のボウイの衣装も担当。

●デヴィッド・ボウイの“京都の休日”

T:そうそう。ツアー中に一度、1日だけ時間があって一緒に京都に行ったこともあった。「付き合ってくれ」って言われて。70年代で当時はまだ市電が走っていて、一緒に乗ったんだよ。そしたらさ、女子高生がいっぱいいてさ、「あ!デヴィッド・ボウイだ!」って言うわけ。

S:なんだか状況が見える。

T:そこでね、ボウイが小声で僕に英語で「『よく似てるって言われる』って言って」って。そしたら女子高生が「やっぱりそうやんな。こんなところにボウイがおるわけないもんな」って。高校生だからもう無邪気でさ、「それにしてもよう似とるなあ」って。もう本人が喜んじゃって、喜んじゃって。あれは写真に撮っておきたかったな(笑)

S:すごい話(笑)その時って鋤田さんはいなかったんですか?

T:それはね、鋤田さんがいない時。鋤田さんの写真は、ボウイが焼酎のコマーシャルで日本に来てる時にたまたま1日京都でオフがあるんで、「“京都の1日”みたいな写真を撮ってくれ」って鋤田さんが呼ばれて行って撮った写真だね。

S:なるほど。それを僕らは見て、ボウイの“京都のオフ”っていうイメージが刷り込まれたわけだ。

T:そうそう。

S:すごいですよね。ボウイの行きつけの有名な蕎麦屋があるんですよね。そこにまだ行けてないから、行かなきゃと思ってて。

T:“河道屋”ね。そして鋤田さんが撮った“ボウイの京都の1日”は、断片的には発表されていた。でも1冊の写真集にはなってはいなかった。僕は2013年に鋤田さんの仕事をまとめた『レトロスペクティブ』というタイトルの大きな展覧会をプロデュースして鋤田さんから撮ったボウイの京都の写真を見せてもらったらすごく良かったのね。それで、展覧会をやって写真集も作りたいなと思って「本を作りたいんです」って言ったら、鋤田さんが「でもなあ、昔の写真だけ集めて出しても面白くないんじゃないか」ってボソボソってあの調子で言うわけ。でも「僕、実はひらめいたことがあるんですよ」って言って……

S:それで?

T:それが4、5年前かな。もちろん撮影当時からはずいぶん時間が経っている。「鋤田さんが京都でボウイと写真を撮った場所に行って、定点観測みたいに、現在の写真を撮って、それを対比して載せるんだったら面白いんじゃないですか?」って言ったら、「それ面白いな」ってなって。それで探偵みたいに場所を探して撮影し『時間~TIME BOWIE×KYOTO×SUKITA- 鋤田正義が撮るデヴィッド・ボウイと京都』という本を作って展覧会をやった。

S:いい話ですね。僕はそれを見て、すごく影響を受けた。

T:その本を作っている時に、当時ボウイに会った京都の人のところに行くと、ボウイのプライベートなときのおちゃめさをみんながよく覚えていた。ボウイが好きなコーヒー屋さんがあって、そこの店主が言ってたんだけど、当時よく来てた中学生の子にボウイが英語を教えてあげていたらしい。家庭教師みたいに。

S:かわいい話(笑)

●デヴィッド・ボウイの“都市伝説”の真相は……

T:あと、デヴィッド・ボウイが京都に住んでいる都市伝説ってあったでしょ?

S:ありましたね。

T:あれは嘘でね。実はデヴィッド・キッド(※7)っていう、数奇な運命を送った人が京都にいてね。中国・北京で暮らした謎の人なんだけど、スパイだったっていう説もある。その人が九条山にすごい家を持っていた。もう骨董品とかそういうのがすごくて、そこが隠れサロンみたいになっていたらしい。僕は行ったことないんだけど。そこに、ボウイは日本に来ると必ず行っていた。だから、同じ“デヴィッド”なので「デヴィッド・ボウイは京都に家がある」っていう都市伝説みたいなのが生まれた。“ボウイ”さんの家じゃなくて、“キッド”さんの家だったのがホントのところ(笑)

S:その話、僕はサンディー(※8)さんから聞きましたね。当時サンディーさんは、すごくボウイに可愛がられていたじゃないですか。

T:うん。あとボウイは、本当に街のクラブとかにも平気でふらっと行ったりしてて。でも京都の人ってそういうときに干渉しないから、彼にとってはすごく居心地が良くて。これは京都の知り合いに聞いたんだけど、デヴィッド・ボウイが知り合いになった京都の人に「京都に家を買いたい」って言ったのは事実。

S:ボウイらしい話ですね。

T:でも、頼まれて動いた不動産屋さんが「ボウイさんの希望通りの物件だと、神社一つ買うしかないんじゃないか」って言ったという。「こんなところがいいんだ」っていう希望があって、条件を全部含めると、「神社を買うしかない」と。すごい話だよね。

S:まあ、すごい規模だったってことですよね。

T:規模とか、センスとかね。だから、”地球に落ちて来た男”じゃないけど、ある意味で地球人じゃないね(笑)

S:言えてますね(笑)

T:やっぱり、ボウイみたいな人はいないと思うな。

S:でも、できれば僕らはやっぱり、そのボウイと同じ“種族”でいたいと思いますね。


※7:1926年生まれ。アメリカの作家、教師、アジア美術愛好家。1996年没。
※8:1951年生まれ。日本の女性歌手。アメリカと日本のハーフ。1980年には細野晴臣プロデュースでソロアルバムをリリースしている。

●『LAZARUS』は3回観て欲しい舞台

T:今回『LAZARUS』のニューヨーク版の映像を観たんだけど、70年代のニューヨークの正しいアンダーグラウンドの演劇の匂いと、なんか日本でいうと、本当に寺山修司(※9)さんとか、蜷川幸雄(※10)さんっぽい、なんだかちょっと不条理な、時間と空間を再構成するようなものが感じられてとても面白かった。

S:確かにそうですね。

T:びっくりしたのは、『This Is Not America』とか、おそらくボウイの熱心なファン以外の人だったらボウイがやったことも知らないような曲とか、『All the Young Dudes』とか『Absolute Beginners』まで入れて、全体の構成をしていたこと。再構成するのって一番難しいんだよね。

S:そう。僕は通しで見て、いつの時代も結局ボウイの音楽の根底には、シアトリカルな感覚があったんだなと思いました。レコードだけで聞いてると、そこはあまり意識しなかったんですよね。『Heroes』もそうですし。今回の最後の『Heroes』のアレンジもすごかった。あと『This Is Not America』とか、『Absolute Beginners』は別の作品のサントラでもあったわけじゃないですか(※11)。それをまた流用しているのもすごいなと思った。ボウイの感覚の中では、もうルール抜きに「自分の音楽の中でフィットするものは全部使っちまえ!」って感じだから、情報量が非常に多い作品。

T:そうそう。だから最初に観た時、正直すごく疲れた。

S:うん。

T:そのときにね、展覧会のプロデュースをしたこともある赤塚不二夫(※12)さんのことを思い出した。あの人はめちゃくちゃ映画好きだったんだけど、漫画家になる勉強をしてたときに、週1日だけ休みがあって、その休みの日は必ず映画に行ってたんだって。洋画が好きだったんだけど、一番最初に観るときは、全部画面だけ見る。その頃の映画館は入れ替え制じゃなかったから、そのまま居て、2回目は字幕だけ見る。それで全部のストーリー展開を頭に入れた上で、3回目を見る。そこで絵と文字が一緒になって、より深く理解できる、と言ってた。やっぱりあの人は、ただの酔っ払いのバカだったわけじゃないんだよね(笑)

S:そりゃバカではないですよ(笑)僕は、幸か不幸か、『LAZARUS』は台本が手元になかったので、英語版でしか見てないんですよ。後から台本を読んで答え合わせをした。7割くらいは分かってたかな。

T:それが正解。逆は駄目だね。赤塚方式で、まず絵で観て、なんかわかんないんだけど、わかるようなとこもあって、次に文字で見て補填して、最後に合体させるのが良い。だから『LAZARUS』は3回観なければいけない(笑)

S:そうですね(笑)

T:ぜひ、最低でも3回は観て欲しい(笑)

S:でも本当に、それぐらいの情報量がありますよね。そして、「ボウイってこういうことを考えていたんだな」って改めて思いますよね。

T:うん。でも同時に、ボウイの“永遠の謎”みたいなものも改めて感じるよね。

S:まさに。

T:ボウイは自分が影響を受けたものとかを、ずっと僕たちに見せてくれたり聞かせてくれたりしてたんだけど、あまりにもそれがたくさんあり過ぎて。だからやっぱり、僕らはそれに幻惑されるんだよね。

S:そうですね。幻惑され続けていますよ。


※9:1935年生まれ。日本の劇作家、歌人。1983年没。
※10:1935年生まれ。日本の演出家、映画監督。2016年没。
※11:『This Is Not America』は1985年公開の映画『コードネームはファルコン』の主題歌。『Absolute Beginners』はボウイも出演した1986年公開の映画『ビギナーズ』の主題歌。
※12:1935年生まれ。日本の漫画家。2008年没。代表作に『天才バカボン』『おそ松くん』など

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構成=立川直樹、志摩俊太朗 注釈=志摩俊太朗
撮影=山崎ユミ

公演情報

ミュージカル『LAZARUS』
※デヴィッド・ボウイの遺志により、音楽パートは英語での歌唱となります。
音楽・脚本 デヴィッド・ボウイ
脚本エンダ・ウォルシュ
演出 白井 晃 
 
出演
松岡 充
豊原江理佳 鈴木瑛美子 小南満佑子
崎山つばさ 遠山裕介
栁沢明璃咲 渡来美友 小形さくら
渡部豪太 上原理生
 
【ダンサー】 Nami Monroe ANRI KANNA
【演奏】
益田トッシュ [Bandmaster] フィリップ・ウー [Key.] 松原”マツキチ”寛 [Dr.]
 Hank西山 [Gt.] 三尾悠介 [Key.] フユミカワカミ(おふゆ) [Ba.]
【スウィング】 塩 顕治 加瀬友音
 
スタッフ
翻訳 小宮山智津子
音楽監督 益田トッシュ
 
美術 石原 敬
照明 齋藤茂男 
音響 佐藤日出夫
映像 上田大樹
衣裳 髙木阿友子
ヘアメイク 川端富生
振付 Ruu Akiho
振付助手 Kokoro
アクション 渥美 博
歌唱指導 益田トッポ
英語発音指導 六反志織
 
演出助手 河合範子 相原雪月花
 
舞台監督 足立充章
プロダクションマネージャー 平井 徹
 
制作統括 笠原健一
制作 原 佳乃子 藤本綾菜
KAAT神奈川芸術劇場 伊藤文一 金子紘子
キョードー東京 兵藤哲史 小川美紀
イープラス 岸 憲一郎 秋元紗矢佳 増田 萌 多々羅あすか
プロデューサー 熊谷信也
 
宣伝 雲林院康行 佐藤知子(キョードーメディアス)
宣伝美術 永瀬祐一(BATDESIGN)
撮影 加藤アラタ 宮脇進[松岡充]
宣伝衣裳 青柳美智子(Barchetta.)
宣伝ヘアメイク 川端富生 伊荻ユミ 戸倉陽子[松岡充]
宣伝映像 十川利春
 
主催 イープラス/キョードー東京/KAAT神奈川芸術劇場
 
【横浜公演】
日程 2025年5月31日(土)~6月14日(土)
会場 KAAT 神奈川芸術劇場 〈ホール〉
料金(全席指定・税込)
SS席(前方実質3列⽬以内確約&プログラム付き) 18,000円 ※公演プログラムはご鑑賞公演当⽇に会場にて引換を実施いたします。
S席 13,500円 A席 10,000円
 
主催 イープラス/キョードー東京/KAAT神奈川芸術劇場/フジテレビジョン

後援 J-WAVE
お問い合わせ キョードー東京 0570-550-799 (平日11時~18時/土日祝10時~18時)
 
【大阪公演】
日程 2025年6月28日(土)~29日(日)
会場 フェスティバルホール
料金(全席指定・税込) S席13,800円 A席10,000円
 
主催 読売テレビ/サンライズプロモーション大阪
後援 FM802/FM COCOLO
お問い合わせ キョードーインフォメーション 0570-200-888(平日12:00~17:00 土日祝休業)
 
一般発売日
横浜公演 4月12日(土)10:00発売開始
大阪公演 5月18日(日)10:00 発売開始
 
公式サイト https://lazarus-stage.jp
公式X @LAZARUS2025
公式Instagram @lazarus_musical
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