「真摯に音楽に向き合い、伝えるのが仕事」ピティナ特級GPピアニスト南杏佳、師の言葉を胸に藤岡幸夫&関西フィルと東大阪へ
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南杏佳 撮影=桃子
2024年の『ピティナ・ピアノコンペティション』で特級グランプリを獲得した期待の新鋭、南杏佳が、指揮者・藤岡幸夫率いる関西フィルハーモニー管弦楽団と共演。8月31日(日)に東大阪市文化創造館 Dream House 大ホールにて『東大阪特別演奏会』を開催する。演目は南が深い思い入れを持つリストのピアノ協奏曲第1番。彼女にグランプリ獲得、アメリカ留学、ピアニストとしての現在、そして今回のコンサートについて語ってもらった。後半には藤岡と南の合同インタビューの様子もお届けする。
南杏佳
●先生から言われた「音楽を伝える」という役目
——最初に、昨年の『ピティナ・ピアノコンペティション』でのグランプリ受賞についてお聞きします。これまでピティナのさまざまなカテゴリー(年齢別)に参加し、受賞してこられました。それだけ思い入れのあるコンクールなのですか。
そうですね。日本で音楽をしている子なら必ずと言っていいほど受けるんじゃないかな。課題曲も分かりやすいですし、バロックから近現代まで幅広く課題曲があることが音楽をして行く上で大事だと思っていたので、小さい頃からずっと受けてきました。
——去年のグランプリは5回目の挑戦でした。皆さん何度もチャレンジするのですか。
私自身、セミファイナルに行ってインタビューを受けた時に、「5回目の挑戦」と言われて初めて気付きました。でも、絶対に受賞したいというのはなくて。今回はアメリカでの留学生活を一旦終えて、学業は1年お休みして、自分がどこまで評価していただけるのかというのと、舞台経験を積んでおきたいというのがありました。アメリカでは学内の小さなコンクールしか経験しておらず、4年間ほどコンクールから離れていました。せっかくレパートリーも揃ってきたので、しっかり準備をして舞台に臨む経験をしようと思って挑戦して。そうしたら本当にありがたいことにグランプリをいただきました。
——アメリカ留学についてですが、南さんは子供の頃にアメリカのボストンに住んでおられました。その経験と留学は繋がっているのですか。
すごく繋がっています。私が今住んでいるのもボストンで、昔の家から30分くらいの距離です。私は昔からボストンがすごく好きで、自分に合っていました。当時、帰国することになって日本に着いた時も「いつかボストンに戻る」と子供ながらに思っていました。
南杏佳
——ピアノの勉強で、日本ではクラウディオ・ソアレスさん、ボストンではマックス・レヴィンソンさんに師事されたのですよね。二人から受けた影響や心に残るエピソードはありますか。
ソアレス先生は、私の母が音楽大学に行った時に師事していました。私が帰国後に本格的にピアノを勉強することになった時、それならソアレス先生にお願いしたいなと。私と姉が入門したのですが、ソアレス先生がブラジル出身ということもあり、中学と高校の2度ブラジルに連れて行ってくださり、オーケストラと演奏会をする機会をいただくなど、本当にたくさんの経験をさせてもらいました。今の私がいるのはソアレス先生のおかげで、彼がいなければピアノを続けていなかったと思います。その後留学することになるのですが、私はボストン音楽院という大学だけを決めていて、先生は決めていませんでした。ちょうどコロナが始まった時期だったのでZoomで各先生のレッスンを受けましたが、たまたま一人目がマックス先生で、彼がシューベルトの曲を演奏してくれた時に涙が出て、絶対マックス先生に習いたいと思い、それから4年ほど師事しました。
——その時はアメリカにいたのですか。
コロナの影響で修士1回生の時はZoomでした。時差があるので、授業は夜9時から朝6時までみたいな。2年目にようやくアメリカに行けて、初めて対面した時にお互い「あ、いたんだ!」って(笑)。本当に不思議な感覚でした。日本で大学まで卒業しましたが、当時はコンクールを受けることにちょっと疲れてしまって、いったんお休みしたいとなった時に出会ったのがマックス先生でした。彼は、コンクールを受けることが目標ではなくて、その先まで見据えなければ受けるべきじゃないと。そこからは毎週新しい曲を勉強して、コンチェルトもやって、レパートリーを増やしていただきました。
——マックス先生の言葉で印象に残っているものはありますか。
私がすごく緊張しいで、前日寝られないくらい緊張すると言ったら、「杏佳がすごく緊張したとしても、あなたがどんな精神状態でも、あなたが演奏する曲の素晴らしさは変わらない」と。「結局最後に頼る場所は、自分がどんなに努力したかとか、どれだけ準備してきたかとかではなくて、音楽にのめり込むこと」と言われた時にハッとして。彼もダブリンで若い頃に1位を取って、相当なプレッシャーがあったと聞いていたので、そんな現役のピアニストからいただいた言葉にはとても深いものがありました。
南杏佳
——昨年のグランプリ受賞以来、ピアニストとしてマインドの変化はありましたか。
大きく変わりました。私は今、アメリカのボストンが本拠地で、日本は休暇のために帰る感じでしたが、それが真逆になりました。今は日本で毎週末のように本番をこなして、アメリカでほっと一息つく生活です。たくさんの演奏をさせてもらうと移動も多いですし、準備する期間が圧倒的に減ってしまう。最初はそれをストレスに感じていました。その悩みをマックス先生に相談したら、「自分でハードルを上げ過ぎているんじゃないか」と。「お客様が聞きたいのは音楽であって、それは君の状態がどうであろうと関係がない。真摯に音楽に向き合って、その音楽を伝えるのが君の仕事。自分がどうのこうのというのは自己中な考え方だ」と言われました。そこで音楽に対する考え方が変わったと思います。
——東大阪特別公演についてお聞きします。今回、南さんはリストのピアノ協奏曲第1番を演奏されますね。
私はリストという作曲家を本当に愛してやまないんです。中学、高校くらいの時に惚れ込みまして、以来、可能な限り彼の曲を演奏しています。その中でコンチェルトの1番も勉強しましたが、すごくフィーリングが合うんですよ。この曲はコンチェルトにしては珍しく4楽章で、でも単一楽章のように聞こえるのですが、曲中にいろんなモチーフが散りばめられていて、それが最後には見事に複線回収されていく。その流れが本当に好きです。リストの作品はすごくきらびやかで、華やかな部分ばかりが注目されがちです。その一方で彼の内面にある宗教心の強いところとか、すごく温かい人間性に注目すると、人間として成熟した方だと感じます。表で見られてしまう自分と内面にある本当の自分、そのギャップに共感するというか、そういう深いところまで聞いていただきたいなと思い、今回選ばせてもらいました。
実はこの間、『エリザベート王妃国際コンクール』を聞きにベルギーまで行きまして。その時に、ただ華やかな演奏よりも、地味でも楽譜をきっちり読み込んで音楽に実直な演奏に感動しました。私はそういう音楽が好きなんだと改めて気付いたのです。私自身もそういう、たとえ地味だとしても音楽の本質というか、リストが伝えたかったことをきちんと伝えられるように頑張りたいと思っています。
●初心者でもOK、オーケストラの醍醐味が詰まったコンサート
ここからは藤岡幸夫と南杏佳の合同インタビューをお届けする。
——関西フィルハーモニー管弦楽団の『東大阪特別演奏会』についてお聞きします。まず南さん、今回の公演の出演を聞いた時はいかがでしたか。
南:もう、飛び跳ねるぐらい喜びました。私は大阪出身ですが、地元でこんな大きなコンサートに出るのは初めてです。やっぱり地元ということで、お世話になった方々に感謝の気持ちを込めて演奏したいと思っています。関西フィルハーモニーさんは憧れというか、雲の上の存在というか。そんな方々と共演できるだけでも嬉しいのに、指揮者は藤岡幸夫先生。私が高校時代に通っていた大阪府立夕陽丘高等学校の音楽科では、年に1回の定期演奏会で客演の指揮者をお招きしています。藤岡先生が来られたのはちょうど私が卒業した後だったので、もうちょっと遅く生まれていたら指揮していただけたのにと、ずっと思っていました。
藤岡:僕が夕陽丘に行った時には卒業していたの? 入れ違いだったんだね。夕陽丘は公立校の音楽科としてレベルも高いし、すごくいい学校だと思っています。ですからできるだけご一緒するようにしています。
右から藤岡幸夫、南杏佳
——藤岡さんは南さんについて、どのような印象をお持ちですか。
藤岡:彼女の演奏を生で聞いたことはないんです。だから今回、変な先入観なしに聞けるのがすごく楽しみ。去年の『ピティナ・ピアノコンペティション』で特級グランプリを獲得したでしょう。それで彼女はすごいよ、素晴らしいよって噂になっていた。でも今日会ってみると、ポスターのイメージとちょっと違う。めちゃくちゃ明るい子だなって。ポスターではちょっとおすまししているよね。
南:そうなんですよ。ピアノに寄りかかったりなんかして。私にとって藤岡先生は、クラシック音楽を牽引されてきた方というイメージ。私たちの仕事って素晴らしい音楽を届けることですけど、そのためにはクラシック音楽に馴染みのない方にも来ていただかなければいけない。そんな時に藤岡先生は先頭に立って、そういう方々に門戸を開かれてきた。そのおかげで私のコンサートにもクラシック音楽を知らない方、聞いたことがない方も来ていただける。やっぱり全てを包容するお人柄や、場をご自分のカラーにしてしまうオーラがあります。
藤岡:いやいや、先生とかやめてよ。君みたいな若い女性に言われると、本当に年取ったみたいだよ。そういえば最近、関西フィルハーモニーのメンバーと共演したらしいね。
南:6月8日(日)にロート製薬さんとピティナが主催したコンサートが、大阪のロート会館で行われまして、関西フィルハーモニー管弦楽団の皆様とコンチェルトを2曲(モーツァルトのピアノ協奏曲 第20番とベートーヴェンのピアノ協奏曲 第3番 ハ短調 Op.37)演奏させていただきました。そのリハーサルの時、皆さんのお人柄がすごく温かくて、あんなアットホームなオーケストラはないんじゃないかと。私が緊張しているのをなだめて下さったし、休憩中もすごくお声がけくださいました。
——それでは公演についてお聞きしたいのですが。
藤岡:ちょっと待って。その前に会場について話させて。東大阪市文化創造館というホールだけど、ここは本当に素晴らしい。実は僕はここを作る前から関わっているのでね。始まりはとあるパーティー。僕は野田(義和)東大阪市長の隣の席で、市長が東大阪市でクラシックのコンサートをやったことがないと言うから、じゃあやりましょうという話になって。パーティーの席でこんな話をしても普通は実現しないよ。実現したとしても1年後くらい。ところが野田市長は仕事が本当に早い。翌日に市長自ら関西フィルハーモニーの事務局に電話をして、うちの若いスタッフにコンサート1回の費用を聞いて、その値段だったらできると。もう即決ですよ。そしてコンサートをやったら完売。その後3年連続でコンサートをやって、それも完売。で、コンサートホールが老朽化しているので新しくすることになり、僕はその委員になった。それが東大阪市文化創造館なんです。僕の要望を全部取り入れてくれて、音響もすごくいい。この前、ピアニストの清塚信也も初めて演奏したけど、もう絶賛していた。でも、東大阪は遠いと思われているんだよ。実は近いんです。梅田からでも30分くらいで行けますから。駅(近鉄奈良線八戸ノ里駅)からも近いからね。特に今回は南杏佳さん、大阪の期待の星だからさ、ぜひ多くの方に来てほしい。
右から藤岡幸夫、南杏佳
——今回はリストのピアノ協奏曲第1番のほか、チャイコフスキーの交響曲第6番 ロ短調 作品74「悲愴」も演奏されますね。
藤岡:「悲愴」は僕にとって大切な曲なんです。イギリスでデビューした時に指揮した交響曲だし、関西フィルハーモニーと初共演した時も「悲愴」でした。今回のプログラムはとにかくキャッチーで、初心者でも全然OK。オーケストラの醍醐味、協奏曲の醍醐味が詰まっています。そういう意味でクラシックの王道プログラムです。あと、演奏の前後にトークも行う予定なので、南さんも弾き終わったら何か話してくださいよ。
南:わかりました。ぜひ。
取材・文=小吹隆文 撮影=桃子(南ソロカット)
ライブ情報
■指揮
藤岡幸夫
■ピアノ
南杏佳
■管弦楽
関西フィルハーモニー管弦楽団
■演出予定曲目
【第1部】
グリンカ:歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
リスト:ピアノ協奏曲 第1番 変ホ⾧調(ソリスト:南 杏佳)
【第2部】
チャイコフスキー:交響曲第6番 ロ短調 作品74「悲愴」
※曲目は変更になる場合がございます。予めご了承ください。