松下洸平「本物を見るという経験が、何かしらに生きる」 『ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢』インタビュー

17:00
インタビュー
アート

『ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢』展覧会サポーター・松下洸平

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『ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢』(以下、『ゴッホ展』)が2025年9月12日(金)から12月21日(日)まで、東京都美術館で開催中だ。《ひまわり》や《星月夜》など数々の名作を残し世界中の人たちから愛されている画家フィンセント・ファン・ゴッホ。『ゴッホ展』はファン・ゴッホ家が受け継いできたファミリー・コレクションに焦点を当てた日本初の展覧会で、30点以上のゴッホ作品で初期から晩年までの画業をたどる内容となっている。
本展の展覧会サポーターならびに音声ナビゲーターを務めたのは、俳優・アーティストとして活躍している松下洸平。松下自身も幼少期より油絵を始め、高校では美術科に進学するなど、ずっとアートに親しんできた。そんな松下にとって、ゴッホという人物・作品はどのように映るのだろう。展示に触れることでより距離が縮まったというゴッホ作品の魅力について、話を聞いた。

松下洸平

――もともと芸術に造詣の深い松下さんにとって、ゴッホはどのような画家という印象でしたか?

物心ついて、学校の授業で何となく「ゴッホ」という名前を耳にしたのが最初の出会いでした。その後、自分も美術に関わる仕事がしたいなと何となく思い始めた頃に、図書室にあるゴッホの作品集や、当時の画家たちの作品集を見たんです。ゴッホについては「面白い色使いをする画家なんだな~」なんて思っていました。何も知らなかったあの頃は、自分で耳を切ってしまったりなど、センセーショナルな行動をする“少し変わった作家”というような印象だったんです。

けれど、今回の展覧会を通して改めてゴッホのことについて調べてみると、ただ破天荒なだけではなく、むしろとても繊細な作家であることがよく分かりました。そこには家族の存在が大きく関わっていたことも改めて知りましたし、生涯孤独で貫いたという僕の持っていた元のイメージからは少し変わりましたね。

――展示を通して初めて触れたような、ゴッホへの発見もあったんですね。

今回は貴重な手紙のやり取りも展示してあるので、興味深く読みました。実際に僕は音声ナビゲーターも務めさせていただいたことで、フィンセントの存在が何だかちょっと愛おしく思える気持ちにもなりました。

――音声を収録される際は、やはり気持ちが入るものなのでしょうか?

音声ガイドでは、実際に手紙を朗読する声も録らせていただいたんです。役作りと同じで、読んでいるとその人のことをよく考えたり思ったりするので、自分も少しゴッホと重なるような感覚になるといいますか。読み進めるうちに、フィンセントとの距離が少し縮まるような気持ちにもなりました。弟のテオの声もやらせていただいたんですが、テオの声を入れることで、ゴッホにとってはテオの存在がかけがえのないものだったんだなとより思いましたね。

ゴッホは生涯ただただ孤独を貫いていたわけではなく、そもそも人と関わるのが性格的にちょっと苦手で、とても不器用な人だったんだなということも、声を入れながら思いました。今までと違うゴッホの姿を見ることができた気がします。

――実際の収録にあたっては、声のトーンなり、何か気をつけて臨まれたこともありましたか?

より作品に没頭していただくための音声ガイドでもあるので、ご覧になっていただく方の作品の邪魔にならないような立ち位置でいたいなと思っていました。声に特徴がありすぎても良くないですけど、……かといって作品の説明をしていく立場として、淡々と読んでしまうと大事な情報を聞き逃してしまうことにもなりかねませんので、その塩梅は気をつけながらやっていました。

実際に本テイクを撮る前、何度か喋ってスタッフの方に声色やスピードなども調整していただいたんです。「もう少し柔らかく読むとどうなりますか?」とか、「もう少しゆっくり読むとどうでしょう?」とか、僕も何度かいろいろなパターンをトライして、「じゃあこれでいきましょう」と本編を録音した感じでした。

松下洸平

――本展示につきまして、松下さんは《オリーブ園》を特に注目されている作品として取材会でお話していました。そのほかにも一押しの作品や見どころなど、ありますか?

僕はやはり後期の作品がすごく好きなんです。サン=レミの時代あたりは、やはりいいなと思います。すごく穏やかで、今までの作品とは違うあったかさを感じるところが特に好きですね。《麦の穂》も本当にきれいだなと思います。真正面からモチーフを捉える力強さと、そこに流れる風や気候さえも感じられる不思議な没入感のある作品だと思います。

どの作品にも、どこか迷いや寂しさみたいなものが感じられる中で、サン=レミ時代は一つ吹っ切れたような印象を受けたんです。新しく1個見つけたというフィンセントの時代なんだろうと思います。やはり暮らす街や場所によって、人の性格は変化していくと思うので、サン=レミという場所、地域が彼をそうさせたのかなと思います。とても居心地のいい場所だったんだろうなと、想いをはせてしまいました。

――今、松下さんが風景画を描くなら、どこでどのような景色を描きたいですか?

僕は生まれが東京の八王子という場所で、山に囲まれていた幼少期だったので、海にすごく憧れがあるんです。なので、いつか海辺の近くに住みたいなあという夢もあったりして。海辺で暮らして、ゆっくり風景を描けたらすごい幸せなんだろうなと思います。そんな穏やかな日が来るかどうか……(笑)。

――いつか来ることを願っております!しかし、松下さんに海のイメージはあまりないかもしれないですね。

そうですね。でも海に遊びに行くことは、すごく好きなんです。夏は海で泳いだり、はしゃいだりもします。2カ月くらい前に、スペインのサン・セバスティアンという街に行ったんですね。割と港町でして、少し海を見ながらゆっくりする時間もありました。日本と違って気候もカラッとしていて、スペインの人たちはすごく大らかなので、大人も子どもも自由に遊んでいたんです。そんな姿を見ながらちょっとぼーっとできるという、すごくいい時間を過ごせました。

――スペインでは、美術館を訪れる時間もありましたか?

はい!そのときはピカソ美術館に行きました。スペインはピカソの生まれ育った街でもあるので、やっぱり作家が生きた場所でその作品を見られるのは格別だと思います。ピカソの作品は、すごくエネルギーがありました。ピカソだけでなく、スペインは建築も有名なので、ガウディの作品も本当に街のあちこちにあるんですね。作家の足跡が見える場所で本物を見るという体験は、特別なんだなあと感じます。特に建築の場合は、実際に手に触れることができたりもしますしね。

――日本にも好きな美術館、建築などはありますか?

たくさんあります。僕は特に丹下健三さんが好きなんです。ありがたいことに、都内に多く建築が残っているので、学生時代なんかはよく自転車に乗ってフラッと回ったり、自分の足で巡っていたりしました。丹下さんに関わらず、あの頃の作家さんの考え方というか、メタボリズムという建築様式がすごく好きなんです。新陳代謝で、建物や建築も時代や年月によって形を変えていくというのがすごく面白いなと。その時代の建物は、本当に奇抜な形のものが多くて面白いんですよね。増築したり削ったりしながら、呼吸をする。建物が新陳代謝のステップというのが、めちゃくちゃ惹かれます。丹下さんの建築で特に好きなのは東京都庁!かっこいいな~と思います。

――松下さんのように芸術を生業にしている方が刺激のある建築物や作品に触れたり感じたりすると、ご自身の生み出すものに少なからず影響していくんでしょうか?

どれほど僕に影響を与えているかはちょっとわからないですが、無意識のうちに積み重なって新しい自分を形成する何かにはなっているような気がします。……でも、実際に見ているときは、あまり深いことを考えていなくて。ただただ「わー、すげー!」、「これかあ、綺麗だなぁ~」みたいな(笑)。本当にそんな感覚で見ているんです。「これが何の材質で、どういうデザインで……」なんて全然見ていません。

でも、そうした新しいものを見たり本物を見るという経験が、何かしらに生きているような気がします。例えば、すごく創作意欲が湧いて、「何か作らなきゃ」みたいな気持ちになるというよりも、自分も本物思考でいたいとか、妥協せずにやりたいとか、そういうところに変換されているんじゃないかなと。今回の『ゴッホ展』も同じで、作品からもらうエネルギーが何かに生きているような気がします。そんな気持ちになるのは、芸術に携わる仕事をしていない方でも皆さん同じなんじゃないかな、と思っています。

松下洸平

――本展では、ゴッホとテオ、そしてテオの妻ヨーの兄弟愛・家族愛にフォーカスされています。松下さんご自身が家族愛を感じるのは、どんなときでしょうか?

本当に些細なことですけれど、例えば自分が出ている映画を観て、感想のメールをくれたりすることですね。「ああ、観に行ってくれたんだな」と、うれしくなります。つい先日も『遠い山なみの光』をうちの家族が観に行ったみたいで「観たよー」なんて連絡がきました。『遠い山なみの光』はいろいろな捉え方ができるラストになっているんですが、だからか「めちゃくちゃ難しかった!」みたいな感想でしたね(笑)。

僕が出ているからこそ映画館に足を運んでくれているわけですから、それだけでも家族のアクティブな部分に少し貢献できているのかなと前向きに思っています。僕がこういう仕事をしていなかったら、見たり触れたりする機会のないものを僕は家族に届けられているのかなと思うときもあったりして。そこには誇らしい気持ちもありますし、これからも元気でいてほしいので、そういう意味でも映画に携わって家族が映画館に行く、本展のように美術館に足を運ぶ、一つ行動に起こす手助けになればと思います。

松下洸平

『ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢』は、12月21日(日)まで、東京都美術館で開催中。


取材、文=赤山恭子 写真=オフィシャル提供

イベント情報

『ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢』
会期:2025年9月12日(金)~12月21日(日)
※土日、祝日および12月16日(火)以降は日時指定予約制
会場:東京都美術館
開室時間:9:30~17:30、金曜日は20:00まで(入室は閉室の30分前まで)
休室日:月曜日、11月4日(火)、11月25日(火)
※11月3日(月・祝)、11月24日(月・休)は開室
観覧料(税込):一般 2,300円、大学生・専門学校生 1,300円、65歳以上 1,600円、18歳以下・高校生以下無料
お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)
公式サイト:https://gogh2025-26.jp
※東京展の後、名古屋へ巡回いたします。
[名古屋展] 2026年1月3日(土)~3月23日(月) 愛知県美術館
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