比類ない「白」の質感と詩情を味わう 『モーリス・ユトリロ展』レポート

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レポート
アート

『モーリス・ユトリロ展』

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『モーリス・ユトリロ展』が、2025年9月20日(土)から12月14日(日)まで、SOMPO美術館(東京都西新宿)にて開催されている。

20世紀初頭のパリの街並みを描いたことで知られるモーリス・ユトリロ(1883-1955)は、モデル・画家であるシュザンヌ・ヴァラドンの私生児として生まれ、7歳でスペイン出身の画家・批評家ミゲル・ウトリリョ(ユトリロ)に認知されて姓を名乗るようになる。幼少期からアルコールに依存し、療養の一環として画業をはじめ、やがて芸術家として広く認知されるようになった。本展では、ユトリロの画業から、カミーユ・ピサロやアルフレッド・シスレーらの影響が見られる厚塗りの「モンマニー時代」、パリの街の白壁などを独特の絵肌で描いた「白の時代」、そして色鮮やかで素朴な作風に至る晩年の「色彩の時代」まで広く紹介。モンマルトルや郊外の風景などを油彩画として残した作家の画業全体を振り返っていく。

本展はフランス国立近代美術館(ポンピドゥセンター)の協力のもと、同館所蔵作品を含む約70点を一挙紹介。加えてアーカイヴを管理するユトリロ協会から提供された資料も公開し、ユトリロの全貌に迫るものだ。

展示空間

フランス国立近代美術館からの名品も

第1章「モンマニー時代」第2章「白の時代」第3章「色彩の時代」という3つの章で、ユトリロ作品を初期から晩年作品まで時系列順に広く紹介する本展。住んでいたモンマニーの風景を描くことから画業を開始した「モンマニー時代」、建築物の壁に使用される漆喰の白色の表現が際立ち、作家のキャリアの中で最も充実しているとされる「白の時代」、鮮やかな色彩と固い輪郭線が際立つ「色彩の時代」まで一挙に鑑賞できるため、生涯の画業を見渡せる。

第1章「モンマニー時代」の展示空間

第2章「白の時代」の展示空間

第3章「色彩の時代」の展示空間

章ごとの紹介に加え、「幼少期と青年期に思いをはせる」「ユトリロと日本をめぐる短い歴史」「壁の質感を味わう」「《ラパン・アジル》―制作方法を知る」「女性の描き方」という5つの視点で、日本におけるユトリロの評価の高まりや制作方法などについて解説。ユトリロの作家性をより詳しく知ることができるだろう。

ユトリロは、日本で毎年のように回顧展が開催され、SOMPO美術館でも過去に個展が実施されている人気画家だが、今回はフランス国立近代美術館から《モンマニーの屋根》や《ラパン・アジル》といった名品が10点も出展されている貴重な機会だ。

モーリス・ユトリロ《モンマニーの屋根》1906-07年頃 パリ・ポンピドゥセンター/国立近代美術館・ 産業創造センター

またユトリロは、生まれ育ったモンマルトルなど、パリを描いた風景画家として名高いが、本展ではコルシカやブルターニュを画題にした珍しい作品なども紹介されている。

モーリス・ユトリロ《ピエイクロスの修道院、コルシカ》1914年 パリ・ポンピドゥセンター/国立近代美術館・ 産業創造センター アノンシアード美術館(サン=トロペ)寄託

比類ない「白」の質感

「モーリス・ユトリロ」といえば、幻想的な「白の時代」の作品が思い浮かぶ。ユトリロは白の画材を使う時、通常の画材に石膏や砂、鳥のフンなどを混ぜたという。ユニークな画法によって独特のざらつきや重量感が加わり、「白」に濃淡や表情が生まれ、作品世界に独特の詩情が加わった。本展は「白の時代」の名品が数多く展示されているので、ユトリロが描いた20世紀初頭のパリの空気に浸ることができる。

左:モーリス・ユトリロ《郊外の通り》1908-09年 福岡市美術館、 右:モーリス・ユトリロ《マルカデ通り》1909年 名古屋市美術館

モーリス・ユトリロ《マルカデ通り》(部分) 1909年 名古屋市美術館

ユトリロはキリスト教を篤く信仰していたとのことで、宗教施設を画題にした作品が多い。《「可愛い聖体拝受者」、トルシー=アン= ヴァロワの教会(エヌ県)》や《廃墟の修道院》の教会や修道院は、ユトリロの「白」が持つ豊かな質感により、物憂げで静謐な雰囲気が際立つ。

モーリス・ユトリロ《「可愛い聖体拝受者」、トルシー=アン=ヴァロワの教会(エヌ県)》1912年頃 八木ファインアート・コレクション

左:モーリス・ユトリロ《廃墟の修道院》1912年 パリ・ポンピドゥセンター/国立近代美術館・産業創造センター モンマルトル美術館寄託

画業からユトリロの全貌に迫る展示

風景画家として知られるユトリロだが、実際に景色を見に行って描くことはほとんどなく、葉書や名所の写真を見て制作することが多かったという。店や道を描いた絵でも、人や動物の姿がほぼないのは、その場所を観光地として捉えた資料を元にしているためだろう。本展は、モチーフとなったであろう写真や葉書が並んで展示されている作品もあり、観光地の資料が画家の手によって無二の絵となっているさまが伝わってくる。

モーリス・ユトリロ《モンマルトルのミミ=パンソンの家とサクレ=クール寺院、モン=スニ通り(モンマルトルのサクレ=クール寺院)》1925年 SOMPO美術館

またユトリロは、同じモチーフを繰り返し描いた。キャバレーの「ラパン・アジル」はユトリロお気に入りの画題の一つで、絵葉書を元に描いていたそうだ。本展ではラパン・アジルを描いた作品が9点程度出展されているので、天気や季節が異なる同店の姿が堪能できる。

左:モーリス・ユトリロ《ラパン・アジル》1910年 パリ・ポンピドゥセンター/国立近代美術館・産業創造センター、中央:モーリス・ユトリロ《ラパン・アジール》1913年頃 名古屋市美術館(11/30までの展示)、 右:モーリス・ユトリロ《ラパン・アジル、モンマルトルのサン=ヴァンサン通り》1910-12年頃 八木ファインアート・コレクション

ユトリロの作品は建物や街並みが際立っており、人物や静物が画題になることは少なかったが、後に妻となるベルギーの銀行家未亡人、リュシー・ポーウェルとの交流以来は花の絵を描くようになったという。《クリスマスの花》はリュシーと住むようになってから制作されたもので、赤やピンクなどの花が画面いっぱいに咲き誇る華やかな絵だ。本展では、ユトリロの人間関係や環境の変化が伝わる作品も紹介されている。

モーリス・ユトリロ《クリスマスの花》1941年 個人蔵

多くのアーティストと関係を持った画家の母を持ち、アルコール依存症の治療の一環として絵筆をとるなど、エピソードが多く作品以外の部分で注目されがちなユトリロだが、本展は画業から作家の人生が伝わってくる内容である。ユトリロの初期から晩年に至る絵画作品のほか、出生時の手のブロンズや出生証明書(写し)、母シュザンヌと共に写っている写真、ユトリロの手稿や交友関係を示す手紙などの関連資料は、作家を理解する助けとなるだろう。

ユトリロの生涯を画業から知り、「白」の質感を味わうことができる『モーリス・ユトリロ展』は、SOMPO美術館(東京都西新宿)にて、12月14日(日)まで開催中。


文・写真=中野昭子

イベント情報

『モーリス・ユトリロ展』
会期 2025年9月20日(土)~12月14日(日)
会場 SOMPO美術館
開館時間 10:00–18:00(金曜日は20:00まで) ※最終入場は閉館30分前まで
休館日 月曜日(ただし10月13日・11月3日・11月24日は開館)、10月14日、11月4日、11月25日
観覧料(税込)
一般(26歳以上):事前購入券1,700円/当日券1,800円、25歳以下:事前購入券1,100円/当日券1,200円、高校生以下無料
身体障がい者手帳・療育手帳・精神障がい者保健福祉手帳(ミライロIDも可)を提示のご本人とその介助者1名は無料、被爆者健康手帳を提示の方はご本人のみ無料
※25歳以下の方は入場時に生年月日が確認できるものをご提示ください
 
主催:SOMPO美術館、朝日新聞社、テレビ朝日
特別協賛:SOMPOホールディングス
特別協力:損保ジャパン
協力:日本航空
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ、新宿区
企画協力:IS ART INC.