池上直子&イーガルが語る、ダンス×音楽でつむぐ新たな響きのドラマ『ショパンの恋人』~Dance Marche 15周年記念公演 「RE:sonic」で初演
(左から)イーガル、池上直子 撮影:大洞博靖
古今東西の物語を新鮮に捉え直し、観る者の感情を揺さぶる振付家・池上直子。2025年10月16日(木)~17日(金)東京・北沢タウンホールで上演されるDance Marche(ダンスマルシェ) 15周年記念公演 「RE:sonic」 では、新作『ショパンの恋人』ならびに池上×牧祥子の即興デュオ作品『Foldscape』を同時上演する。SPICEでは、池上&『ショパンの恋人』にピアノ演奏で出演するとともに音楽監督を務める作曲家/ピアニストのイーガルにインタビュー。"ピアノの詩人"フレデリック・ショパン(1810-1849)の人生と音楽に取材した創作について聞いた。
■Dance Marche初期から重ねる共演
――お二人の初共演は池上さんが主宰するDance Marcheのvol.6『belta ベルタ』(2013年)で、イーガルさんが音楽・ピアノを担当。続くvol.7『雅愛流図(ガールズ)』(2014年)でもイーガルさんはピアノを演奏しました。共演のきっかけは?
池上直子(以下、池上) 公演の宣伝写真をお願いしている長谷良樹さんの紹介です。「おもしろいピアニストがいるよ」と。
イーガル 池上さんは舞台の上で目を引くし支配力もある。すばらしいと思いました。
(左から)イーガル、池上直子 撮影:大洞博靖
――どのようにクリエーションを進めるのですか?
池上 「最初からこの曲で」と決めることはないです。一緒に創ります。
イーガル 池上さんとやるときは、かっちりと作曲します。稽古中にデッサンをしてから書き上げます。でも即興の要素は入れておきます。
池上 イーガルが演奏する場合、本番で即興的なことをやっても安心感と信頼感があります。『雅愛流図』のとき、私がプロジェクションマッピングに合せて踊る場面で、イーガルはピアノの生演奏をしましたが、本番中に映像に付けていたベースとなる音が鳴らなくなりました。でも、イーガルは帳尻を合わせてくれるので何とかなりました。
『ジョルジュ・サンドの手紙』2019年公演より 撮影:bozzo
――池上さんはイーガルさんの音楽・演奏のどこに惹かれますか?
池上 音色が豊かで感情が凄く伝わります。それにピアニストだけど芝居もできる。役者だと思います。生の舞台をよく知っている。
イーガル 僕は現代音楽の作曲家として活動してきました、ジャズもポップスもシャンソンも即興も好きなのでライブハウスなどで演奏していました。舞台関連の仕事も多いですね。以前は作曲と演奏を別名義でやっていたんです。でも、ここ最近イーガル名義でオーケストラ曲を書く機会もあり、活動の分かれ目がなくなって自由にやれています。
(左から)イーガル、池上直子 撮影:大洞博靖
――次に組んだのが、2016年、「東京国際文芸フェスティバル」の一環として国立新美術館で行われたイベントで上演された『ジョルジュ・サンドの手紙』です。同作は2019年、Dance Marche 第2章の幕開けとなるダブルビルで改訂上演しました。作家で社交界の花だったジョルジュ・サンド(1804-187D)を扱った理由とは?
池上 文芸フェスの方から「ジョルジュ・サンドをテーマに作品を創りませんか?」と声をかけていただきました。ジョルジュ・サンドの生き方はパワフルです。19世紀初めに男女同権を訴える活動をして、人気者のショパンと付き合い、彼を養いました。そこは現代の女性に通じます。資料や書簡からインスピレーションを得て、二人のサロンでの出会いとマヨルカ島での愛の日々を舞台にしました。音楽はショパンがその頃作曲した音楽をイーガルが演奏しました。
『ジョルジュ・サンドの手紙』2019年公演より 撮影:bozzo
■『ジョルジュ・サンドの手紙』での共演経て『ショパンの恋人』へ
――新作『ショパンの恋人』で5年ぶりにイーガルさんと共演しますね。
池上 15周年を迎え、今までにやった作品を再演するか、あるいは同じテーマを違う見え方で創るかをスタッフと話すうちに「ジョルジュ・サンドをやろう」という話になりました。イーガルにショパン(ピアノ)をお願いしようと思いましたが、ビジュアル的に踊るショパンがほしくなりました。そこで、二人のショパンを登場させることにしました。
イーガル 今回はショパンに焦点をあてるので、ジョルジュ・サンド以外にもショパンが愛した女性が出てきます。ショパンには恋人たちと別れたときに書いた曲やラブレターのような曲があるので、それを使わない手はありません。また、ショパンにとってポーランド生まれなのが一つのアイデンティティだと思います。故郷への想いを表した曲も使います。
池上 イーガルに「自分がショパンだったら、何を弾きたい?」と問いかけました。ショパンそのものとして出てくるので余計にそう感じます。
(左から)イーガル、池上直子 撮影:大洞博靖
――ショパンという人物を、音楽とダンスでどのように表すのですか?
池上 ダンスのショパンは、彼の人生の流れを目で見て追える感じでしょうか。それに対し、音楽のショパンは感情なんです。ショパンの感情面が一番出るのが音楽だと私は考えています。
イーガル 二人は対立しているのではなく、一人の人として見えてほしいですね。
池上 ダンスのショパンは菊地研くん。憂いを表せます。研くんとイーガルのリハーサルでは、最初は擦り合わせのような感じでしたが、回を重ね、お互いの音と踊りがリンクしてきました。これからもっとそうなるでしょうから楽しみです。
イーガル そう思います。
池上 最初はテンポで合わせているけれど、音楽は速い・遅いだけじゃないから。
イーガル ちょうどいい間(ま)がある。
池上 イーガルは振りを覚えます。
イーガル 音楽だけのコンサートと身体表現と一緒の舞台では美学がまったく違います。舞踊の場合、演奏する側が気持ちよいテンポでいくと、踊りは空回りする。音楽は観ている方の感情を支配するので、舞台での間(ま)を大切にしています。
『ショパンの恋人』リハーサル イーガル 撮影:大洞博靖
■ 「音楽が生まれた背景が見えるように創りたい」(池上)
――「ショパンと恋人たちの恋を描く」というだけの単純なものではないですね。
池上 結核により39歳で死んだショパンにとって、一番の恋人は病気だったのかもしれません。病で熱にうなされながら必死だったから数々の名曲を書けたのかもしれない。それに、政治状況や戦争のため故郷ポーランドに戻ることができなかったという時代背景はやはり大きいです。
イーガル ショパンの曲を弾くには、彼が祖国についてどう捉えていたかを理解しないとできないんですよ。ほかの作曲家だったら楽譜を見れば一通りの弾き方が分かるのですが、ショパンの場合、ただ楽譜を見ただけではどう弾くかが分からないんです。
『ショパンの恋人』リハーサル (左から)イーガル、菊地研 撮影:大洞博靖
――ショパンが折々の恋人に捧げたとされる曲をはじめとする名曲を使うのですよね?
イーガル 「ピアノ協奏曲第2番第2楽章」や「ワルツ第9番(別れのワルツ)」それに「前奏曲第15番(雨だれ)」も使います。
池上 それらを舞台上でどのように響かせるのかご注目ください。
イーガル 音楽のシチュエーションとは違うことをしている場面も多いです。
池上 音楽が生まれた背景が見えるように創りたい。別離の曲だから別れではなく、なぜそうなったのか、どういう病気だったのかなど、さまざまな要素を入れこんでいます。
イーガル ショパンの曲の中でモチーフとして使われる古いポーランド民謡をフィーチャーしました。ショパンが祖国を想う際にその曲を使います。病気が迫ってくるモチーフも、その曲から僕がアレンジしました。祖国への想いと病魔は同じモチーフから来ているというわけです。
池上 録音音源も使います。イーガルにはショパンとして弾いてほしい。サロンとか舞踏会の場面では弾きません。
イーガル 劇の伴奏としては出てこないです。
『ショパンの恋人』出演者 (左上から時計回りに)イーガル、菊地研、盆子原美奈、八幡顕光、富岡瑞希
――ショパン役のイーガルさんと菊地さん以外の配役についても教えてください。
池上 許されぬ恋の相手マリアが盆子原美奈さん、初恋の人コンスタンツァが冨岡瑞希さん、ジョルジュ・サンドが私。ショパンの友人の作曲家リストを八幡顕光くんが演じます。アンサンブルはオーディションで選んだDance Marche Atelierのメンバーが固めます。
イーガル 池上さんは最初『ショパンの恋人』には出ないと言っていたのでびっくりしました。『ジョルジュ・サンドの手紙』からの流れもあるから出ると思っていたので。
池上 出ることにしましたが、自分のパートのリハーサルは最後です。周りを固めてからですね。
『ショパンの恋人』リハーサル 撮影:大洞博靖
■「コンテンポラリーダンスの幅広さを楽しんでほしい」(池上)
――楽日の10月17日はショパンの命日です。今あらためてショパンと向き合って感じることは?
池上 私も創り手なので、ショパンの音楽がどのように生まれたのかに興味があります。人間臭く、自分の想いを音楽にすべてぶつける人みたいなイメージがあり、今回もおもしろいです。
イーガル ショパンの曲は、喪失感とか思い出とかが強く、未来へと向かっていく音楽ではないですよね。育ってきた環境、出会ってきた人など過去を音楽に昇華しています。舞台作品である以上、音楽的に正解というよりも、ショパン的に正解みたいなものが出せたらいいですね。
(左から)イーガル、池上直子 撮影:大洞博靖
――もう一つの『Foldscape』はどのような作品ですか?
池上 作品名は造語です。近年、牧祥子さんとコンタクト・インプロヴィゼーションのリサーチをやってきたので、それを基にします。テーマの一つは「空間が変容する」。ミラーを使ったりして空間がどんどん変わり、自分たちもどんどん変わっていくような実験的な作品です。
『Foldscape』共同振付・出演 (左から)池上直子、牧祥子
――最後に本番に向けての思いを一言お聞かせください。
池上 公演名「RE:sonic」の意味は「響き」。音楽は奏でると響くし、私たちの感動も心が動いて響いたりしているのではないかと。そこはどんな種類の作品であろうと一緒だと思います。物語のあるダンスと実験的な作品を通して対極を出したい。コンテンポラリーダンスの幅広さを楽しんでいただければ。ダンサーとして踊るのは5年ぶりです。最後という気持ちで取り組んでいます。
イーガル 今回は演奏、ピアニストとしての面が大きくなります。ただし、作曲家だからこそショパンを理解できる部分もあるので、そこを大事にして向き合っていきたいです。
(左から)池上直子、イーガル 撮影:大洞博靖
取材・文=高橋森彦 撮影(インタビュー&リハーサル)=大洞博靖
公演情報
「RE:sonic」
演出・振付・出演:池上直子
音楽監督:イーガル
出演:イーガル(ピアノ) 菊地研(ダンサー) 盆小原美奈(ダンサー) 冨岡瑞希(ダンサー) 八幡顕光(ダンサー)〈Dance Marche Atelier ダンサー〉飯島萌子 髙山恵 西川璃音 森岡美結菜 山本怜奈
共同振付・出演:牧祥子 池上直子
10月16日(木)19:00
10月17日(金)14:00♦︎・18:00
♦︎…客席にカメラが入ります
※開場は開演の30分前
※未就学児入場不可
※上演時間は約110分を予定(途中休憩あり)
■会場:北沢タウンホール
■料金:全席指定 一般 6,500円 U25/4,000円(当日要身分証提示)
※当日券は各種500円増
※U25
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協賛:studioOVA
協力:バレエスタジオRISE、YUNOBALLET