吉田羊が『リチャード三世』で挑む悪役 シェイクスピア作品の稽古は「ご褒美のような時間」
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吉田羊
パルコがプロデュースするシェイクスピア作品を森新太郎演出、吉田羊主演で上演するシリーズの第三弾『リチャード三世』が上演される。
2021年に全キャスト女性の『ジュリアス・シーザー』、2024年に『ハムレット』の原型と言われる戯曲『ハムレットQ1』を上演してきたシリーズで、吉田はこれまで演じてきたブルータスやハムレットとは真逆とも言える悪の権化、リチャード三世を演じる。
公演にかける思いを、主演の吉田に聞いた。
シェイクスピアは発見の多い作品
ーー森さんとタッグを組んだシェイクスピアシリーズも、今回で第三弾を迎えます。本シリーズへの思いを教えてください。
シェイクスピアには役者を捉えて離さない不思議な魅力があると思っています。膨大なセリフと戦いながらも戯曲を読み解いていく稽古時間というのは、毎日思いもよらない発見の連続です。つかんだと思っても、先にもう一つ扉があったりして、永遠にこの作品の中で遊んでいられると思わせてくれる、私にとってはもはやご褒美のような時間になりつつあります。とはいえ負荷やプレッシャーは他の作品とは違う特別なものがあって、毎回ステージに出るたびに「もう帰りたい」と思うんです(笑)。実は「三部作としてやろう」というのは、『ジュリア・シーザー』が終わった時点で森さんと決めていたんです。でも前回の『ハムレットQ1』が終わった直後に、やり切った感じがあったというか、必死で作品を駆け抜けた後でまたシェイクスピアをやりたいと思えなかったんです。でも、1ヶ月ぐらい経つと第三弾について考えている自分がいました(笑)。難しい作品であればあるほど、向き合う時間はとても苦しいけれど楽しいですし、発見した瞬間の喜びというのは何物にも代えがたくて、特にシェイクスピアにおいては、発見する回数がとても多いな、と個人的には感じてます。
吉田羊
ーー具体的にこれまでどのような発見がありましたか。
本番に入ってセリフを言いながら、「あれ、このセリフ、この人のベクトルじゃないな」と気づく瞬間があったんです。稽古中に散々やり尽くしたはずなのに、本番に入って相手役とセリフを交わしている時にふと言葉の意味が分かる瞬間があるんですよね。終演後に森さんに「あそこのセリフ、この人じゃなくて、この人に言ってるんじゃないかな?」と言ったら「そうだね!」と、その発見を森さんも一緒に喜び楽しんでくれました。森さんはじめキャスト、スタッフ全員の知恵を持ち寄って挑んだとしても、到達できない世界がシェイクスピアにあって、まだまだ読み切れない、拾いきれていないテーマや意味がたくさん隠されている感じがします。
前の2作品を経験したから挑戦したいと思えた作品
ーーリチャード三世役を演じるにあたり、どのような思いをお持ちですか。
第三弾が『リチャード三世』に決まったのは、これまで演じた2つの役とは真逆の役を見てみたいという森さんのリクエストによるもので、それには私自身とても共感しましたし、挑戦したいと思いました。原作を読んだ時に、リチャードという人がとにかく面白くてしょうがなかったんです。私の中にはブルータスとハムレットに共感する部分もありますが、一方でリチャードに共感する部分もあって、今回はリチャードの持つ醜さ、弱さによりフォーカスしたキャラクターをぜひ演じてみたいなというふうに思いました。
ーーリチャードという役を、現時点でどのようにとらえていますか。
リチャードは悪の代表とも言われていますが、性悪ではないと思っています。それは彼の言葉の端々ににじむ「どうせ俺なんて」という卑屈さや他者への嫉妬というのは、容姿に関わらず家族から愛情を受けて育っていればこうはならなかったんじゃないか、という思いが彼の中にあるのかもしれなくて、自分が受けてきた処遇に対抗する武器として頭の回転や詭弁を身につけたのかなと思うと、やはり根っからの性悪ではなくて、彼の人生に背負わされた悲しい部分でもあるのかな、というふうに思っています。人よりも自分が劣っていると彼自身が思っていて、その自分が人を支配できていることに対する高揚感みたいなものがきっとあるのでしょう。自分が見下されて虐げられてきたからこそ、そんな自分が人を見下す立場に立つことに、より強く惹かれたりするのかな、そうすることで自分という存在を保っている部分もあるのかな、という風に想像しながら読んでいます。
吉田羊
ーーそういう役を演じることで、吉田さんご自身の気持ち的に何か普段と違う部分は生まれるものなのでしょうか。
今回のビジュアル撮影の時に、プロデューサーから「今日の羊さん、怖い」と言われたんです(笑)。不思議とリチャードの精神というかスピリットが入ってきてしまうというか、彼のセリフをそらんじているうちに自然とそういう感情になり、そういう表情になってくるんですよね。出来上がった写真を見た時に、我ながらこんな顔していたんだな、と思ってしまうくらい、高揚する感じや恍惚とする感覚は撮影の時からありました。
ーー森さんが「清廉な美しさを放った吉田羊だからこそ凄まじい悪を体現できると確信しています」とコメントされていますが、この言葉をどのように受け止められますか。
美しさと引っ張り合っているものが醜さである、ということを、ブルータスとハムレットを演じたことで体感してきたので、その流れを組みながら今回は真逆の人物を演じられたらいいなと思いますし、森さんの並々ならぬ期待感を感じるので、なんとか演出に食らいついていきたいと思います。とはいえ、森さんの演出は「こうしろ、ああしろ」というトップダウンではなくて、同じ土俵に立ってみんなで一緒に考えてトライアンドエラーをできる稽古場なので、今回も森さん、そして共演者の皆さんと一緒に自由に解釈したりセッションしたりできる環境づくりをしたいなと思っています。
ーーやはり前2つの役をやったからこそのリチャードになりそうですか。
それは間違いなくそうだと思います。これが1作目だったら、たぶん震えてできてなかったと思います。2作品を完走できたというのは、少なからず自信になっていますし、2つをやったからこそ真逆のリチャードを面白いと思えて挑戦したいと思えました。シェイクスピア作品の稽古場は本当に楽しくて、この作品でシリーズが一旦の終止符だと思うと寂しい気持ちもありながら、森さんとまたやれたらいいなと思っています。私が男役をやるシリーズはこれで一旦終了でいいかなと思っていて、次にやるときは例えばマクベス夫人とか、女性の役でやるのも面白いかなとは思っています。森さんがもしその気になっていただけたら、シェイクスピア全作品に挑戦、くらいのこともやってみたいですね。
吉田羊
「シェイクスピアってこんなに面白いんだね」と思っていただけたら本望
ーー今回の共演者の方々についてはいかがでしょうか。
演技巧者で演劇モンスターの皆さんが揃ってますから、濃いぶつかり稽古になりそうだなと思っています。以前、篠井英介さんの女方のお芝居を拝見させていただいたことがあって、その時に「女方の笹井さんとご一緒してみたいな」と思ったので、今回とても楽しみにしていますし、気迫に押されて負けないようにしなきゃなと思っています。渡辺いっけいさんとは映像作品でご一緒したことがあって、今回は久しぶりの共演ですが、いっけいさんのコメントにあった「このシリーズが「役者に嘘をつかせていない」と感じた」という言葉を拝読して、嘘がないように演じなければならないな、と背筋が伸びる思いです。浅野雅博さんは、私が劇団をやっていた時代に演劇ワークショップで一緒に地方を回ったことがある仲間なので、今回こうしてまたご一緒できることがとても嬉しいです。
ーー本作で特に楽しみにしていることはありますか。
このシリーズの醍醐味の一つは疾走感だと思っています。『ジュリアス・シーザー』の時も『ハムレットQ1』の時も、森さんが原作からカットして凝縮して作ってくださっていて、今回も既にだいぶカットが入っているんです。カットした部分については誰かのセリフで説明や表現をすることで、より観客の想像力を刺激する作りになっていると思います。そうやってお客様の想像力をお借りしながら、わかりやすくすっきりした作品になっていますし、「始まったらあっという間だったね」と思っていただける作品を目指したいなと思っています。そして、過去2回とも稽古場がとにかく楽しかったので、今回も和気あいあいと笑いの絶えない稽古場にできたらいいなと思います。
ーー本作をお客様にどんな思いで受け止めていただきたいですか。
シェイクスピアというだけで苦手意識のある方や、「難しいんでしょう」「長いんでしょう」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、そんな方にこそぜひ見に来ていただいて、「シェイクスピアってこんなに面白いんだね」と思っていただけたら本望だなと思います。400年以上前のお話でありながら、現代にも通じる普遍的なテーマが流れていて、今回に関しては特に、日本で女性のリーダーが誕生している今、私が男性の役を演じるという意味では、政治においては男性だけのものではないということ、支配欲をはじめとする“欲”というのは、人間の普遍的な思いであって誰しもに通じる、そして現代にも通じるテーマだということも感じていただけたら、また一つ面白い見方ができるのかな、というふうに思います。でも、受け取り方は人それぞれでいいんです。「全然わからなかった!」でもいいですし、楽しめればそれだけでもいいですし。でも「長かったね」とは言わせないぞ、という意気込みでおります!
吉田羊
取材・文=久田絢子 撮影=山口真由子