舞台『ナルキッソスの怒り』成河×藤田俊太郎対談+稽古場レポート「きっと最後に見えるもの」

インタビュー
舞台
2026.4.10
(左から)藤田俊太郎、成河                                   撮影:岡 千里

(左から)藤田俊太郎、成河    撮影:岡 千里

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2026年4月18日(土)より東京芸術劇場 シアターウエストにて『ナルキッソスの怒り』が上演される。本作は作家、セルヒオ・ブランコが2015年にモンテビデオで自身の演出により初演。以降、南米をはじめ世界各国で上演され、 2020年に実施されたロンドン公演では「オフ・ウエスト・エンド・シアター・アワード」の2021年度最優秀新作賞を受賞している。

『ナルキッソスの怒り』の大きな特徴は”オートフィクション”といわれる手法でストーリーが紡がれていくこと。”オートフィクション”とは、どこまでが”虚”でどこからが”実”なのかその境界がシームレスになっている表現方法で、本作でも唯一の出演者である成河の演技により、観客は虚実ないまぜの世界に翻弄されていく。

【あらすじ】
劇作家であり、大学で教鞭も取るセルヒオは学会に出席するため、スロベニアの首都リュブリャナを訪れる。そこで彼はイゴールと名乗る美しい青年と知り合い、情事に溺れていく。イゴールとの逢瀬を重ねる中、滞在するホテルの228 号室で部屋のあちこちに点在する数々の染みを発見したことで、ある答えを導きだそうとするセルヒオ。このふたつの 事象が、セルヒオを戦慄の真実へと導いてゆくのだがーー。


稽古場レポート

3月某日、都内スタジオにて一部場面の稽古風景取材に加え、主演・成河と演出・藤田俊太郎の対談インタビューが実施された。ここからはその模様をお伝えしたい。

ホテルの一室を模したセットでおこなわれていたのは、学会のためスロベニアの首都・リュブリャナを訪れたセルヒオ(成河)が、現地で知り合った青年・イゴールとのつかの間の情事の後に、部屋に点在する血の染みを発見し、旧知のフランス人検死官・マーロウに電話で助言を求めるシーン。初日まであと3週間というところで、細かい調整を重ねるというよりは、大まかに動いたり小道具を使ったりしながら、演出の藤田俊太郎とミザンスの骨組みを決めていくような流れ。時に成河はジャンパーをイゴールに見立て、その扱いや台詞と動きとの整合性に工夫を凝らしたり、手帳のサイズにこだわったりしながら、そこで起きたかもしれない”事件”の予想を観客に提示していく。

成河                                   撮影:岡 千里

成河    撮影:岡 千里

今回は少人数カンパニーであることから、演出の藤田俊太郎が現時点でのBGMや台詞のプロンプなど、演出助手的な仕事も請け負っていた。俳優と演出家、どちらかが相手に一方的な指示を出すのではなく、ふたりでコンセンサスを取りながら進められる稽古は濃密でありながら楽しげでもある。

本作では翻訳の仮屋浩子だけでなく、成河、藤田が上演台本制作にも携わっている。そのため、稽古中に日本語の台詞に少しでも違和感が生じると、他に適切な表現はないかすぐさま話し合いに入るのだが、その様子こそがクリエイティブで言葉が生き生きと立ち上がっていくのを感じた。たとえば、この日の稽古で俎上に上がったのは部屋で見つけたシミが「血のシミ」なのか「血痕」なのか「血の跡」なのか、どれをチョイスするかのディスカッション。3つの日本語の響きや観客の受け取り方を予測しながら「よし、これでやってみよう」と、ある結論に至った。

成河                                   撮影:岡 千里

成河    撮影:岡 千里

いったいどこまでが”虚”でどこからが”実”なのか、非常にスリリングな展開とひとりの俳優と演出家が魅せる究極の仕事の片鱗を見学し、この上演自体がさまざまな意味で”事件”になるのは間違いないと確信した。

成河×藤田俊太郎(演出)対談インタビュー

ーー『ナルキッソスの怒り』はオートフィクションという手法で展開します。現時点でおふたりはこの形式をどうとらえていますか?

成河:この記事って開幕前に出ますよね? となると語るのが難しい! いろいろネタバレになってしまうので(笑)。先に言ってしまいますが、できればお客様も原作を読まない状態で劇場に来ていただきたいくらいです。

藤田:僕はオートフィクションを作家が”劇”を作るための壮大な「物語」であるととらえて稽古しています。作中には虚実があり、『ナルキッソスの怒り』は俳優ひとりが舞台に立つ上演形態ですが、さまざまな登場人物が出現し、さらに成河さん自身が時に”成河”役として存在するといういくつかの階層を内包した形式です。

藤田俊太郎                                   撮影:岡 千里

藤田俊太郎    撮影:岡 千里

成河:もともとオートフィクションはオーソドックスな表現方法で、他の芸術様式、たとえば文学だとこれを用いたものはたくさんあるのですが、こと演劇だとあまり例がないかもしれません。ただ言葉を言い換えると、この作品はある種のポストドラマで、さらにシンプルに言い切ってしまうと「ポストドラマを装った非常にウェルメイドなドラマ」です。『ナルキッソスの怒り』はこれまで世界各地で上演されてきましたが、初演は、作者のセルヒオの友人の俳優が演じていて、その俳優のエピソードも戯曲に盛り込まれています。そのため今回、日本版の上演は僕が舞台に立つということでいくつかの設定を変えていますし、原作を翻訳した仮屋浩子さんによる文語調の美しい書き言葉をそのまま台詞として全て使用するのではなく、僕たちが普段使っている現代の口語で喋ってもいます。

藤田:今回はさまざまな方のご協力もあり、いつにも増して日本語の表現に対して現場での精査をおこなっています。日本語の表現の豊かさをあらためて実感する稽古場ですね。

成河:僕、(出演の)お話をもらった時、最初は断ろうと思ったんです。

ーーえっ、そうなんですか?

成河:だって、いろいろ(原作使用の)権利の問題もありますし、誰がどう翻訳して日本語の台本に落とし込むのか最初はわからなかったので。ただ、プロデューサーの江口(剛史)さんが翻訳者の仮屋さんと会う場を作ってくれたり、作者のセルヒオに話を通してくれたりしたことで、日本のお客様に違和感を与えないよう変えられるところは変えてもOKになり、僕が喋る部分に関しては自分で(翻訳を基に日本語の口語にしたものを)書くという作業をおよそ1年かけてやらせてもらいました。ですから、劇中で”成河”として喋る部分については、僕自身が自分について語るオートフィクションも盛り込んでいます。いやでも、日本語の表現のデパートから最適解を探す、みたいな稽古ですよね。まあまあ、その追及が自分の趣味のようなところもあるのですが(笑)。

成河                                   撮影:岡 千里

成河    撮影:岡 千里

ーー初日まであと3週間ですが、現時点での状況や想いなどいかがでしょう。

藤田:1年前から成河さんやカンパニーの皆さんとこの作品に取り組み始めて、俳優、翻訳者、プロデューサー、演出など、それぞれの立場を尊重しながら、心地よい関係性のなかで上演に向けての準備を進めてきました。実際に稽古が始まったのは1か月前ですが、僕にはその感覚があまりなくて、なんなら3週間後に初日があくという実感もないんです。永遠にこのままここで稽古を続けていたいくらい(笑)。『ナルキッソスの怒り』はとても自然に物語が始まりますが、舞台上と客席の境界もあたかも存在しないように上演出来たら、と考えています。芝居は日常の延長線上にあるものですから。演出としては、作家がこの作品で一体何を書こうとし、何を伝えたかったのかという点を意識し、作家性を追及しながらいろいろなことと向き合っているところです。

ーーおふたりは同じ年齢で、『VIOLET』、『ラビット・ホール』に続いて3回目のタッグになりますが、今回、ソロ出演者と演出家として向き合ってみて新たな気付きなどはありましたか?

成河:ええ、この話長くなるー(笑)。この作品はさきほどもお話した通り、翻訳書として文語調で書かれたものの中で必要と思った部分を僕が現代の喋り言葉、日本語の口語として再構築し、自分のパートの台本を書いたこともあり、上演に向けての作業が非常に多いんです。ですから、準備も含めてさまざまなことが大変になるのは最初からわかっていました。プロデューサーから演出は藤田さんと聞いて「その手があったか!」と思いました(笑)。やっぱりこの大変な過程を一緒に楽しんでくれる人でないとこの舞台は成立しないんですよ。

藤田:成河さんは同年代で、尊敬する俳優さんのおひとりです。今の世界や社会について非常に鋭い視点を持っている方で、この作品に関してはそれがご本人の言葉としても反映されるわけですから、その視点が非常に重要なことであるとも感じます。じつは日本語にする前の台本も英語やスペイン語など、各国で上演されたバージョンがあり、上演年もそれぞれ異なっています。成河さんは自分のパートを日本語の台本に起こすときに、それらを精査してどの言葉に置き換えるのがベストなのか、とことん追求しています。だから僕もなぜ彼がその言葉をチョイスしたのか真意を読み取ろうとしていますが、その時間がまた楽しいんです。

(左から)藤田俊太郎、成河                                   撮影:岡 千里

(左から)藤田俊太郎、成河    撮影:岡 千里

成河:藤田くんの人との距離の取り方の不器用さが僕は好きだし、共感もできます。社会における疎外感を何とかしようと演劇に……言葉のチョイスがそれこそ難しいですが、振り落とされないように演劇にしがみついてきたこともわかるし、それは僕との共通項であるとも感じます。ただ、一緒に作品を作っていると、言葉が繊細過ぎて回りくどいと思うことも正直あって……大丈夫、はっきり言ってくれて大丈夫だよ! みたいな(笑)。

藤田:確かにコミュニケーションや他者との距離感についてずっと考えているところはありますね。僕は成河さんが他者との距離をグッと、しかも、ふっと自然に近づけることができる瞬間を作り出せることを素晴らしいと感じます。それは演技者としても、人としても。

成河:直してほしいところは? こういう場じゃないと言えないでしょう(笑)。

藤田:直してほしいところはないですが、稽古が長くなったり、休憩を取り忘れるくらい夢中になること……ですかね。

成河:休め、休ませてくれと(笑)。

成河                                   撮影:岡 千里

成河    撮影:岡 千里

藤田:いやいや(笑)。僕も稽古中にすぐそこをツッコめないので……。

ーーありがとうございます(笑)。今回の上演台本を読ませていただきましたが、それぞれの観客によって、さまざまな受け取り方がある作品だと感じました。不安、恐怖、笑い、希望。劇場を出た時に、街の見え方も変わっていそうです。

藤田:2026年の今、このカンパニー、そしてシアターウエストという劇場で上演することに意味があると思っています。確かに劇中には怖さを感じる場面はありますが、お客さまが「ああ、怖かった」で終わらないものを作っていますし、むしろ清々しい気持ちで劇場を出ていただけるのではないかと感じています。ただ、その清々しさがカラッとしたものとは少し異なり、観てくださった方の心の”染み”を自身で発見するような感覚になるかもしれません。そこに、この作品にしかない、美しさを感じていただけるのではないかと思っています。

成河:観劇後、観た人の胸に残るのものがポジティブなのかネガティブなのかという押し引きのようなことは、作品を作るうえでいつもやっていることですが、そこを(作り手側が)過剰に意識するのも僕は違う気がします。今回でいうと、これは作家がある意味自分を”壊す”物語で、その破壊の後に何が残って何が見えるのか、という話でもあるんですね。それが希望なのか、落胆なのか、エールなのか否定なのかは観てくれた人それぞれでいいのだと思います。


取材・文=上村由紀子(演劇ライター)

公演情報

『ナルキッソスの怒り』
 
【日程・会場】 2026年4月18日(土)~ 4月30日(木) 東京・東京芸術劇場 シアターウエスト
 
【作】セルヒオ・ブランコ
【翻訳】仮屋浩子(『ナルキッソスの怒り』北隆館刊)
【上演台本】仮屋浩子、成河、藤田俊太郎
【演出】藤田俊太郎
【出演】成河
 
■アフタートーク
4月21日(火)18時30分回 登壇者:成河、藤田俊太郎
4月25日(土)17時30分回 登壇者:成河、藤田俊太郎
 
料金(税込):指定席 8,800円 / 原作本付指定席 10,400円
※未就学児入場不可
※本作品には、一部性的な表現や暴力的な描写が含まれています。予めご了承ください。
 
【主催・製作】 エイベックス・ライヴ・クリエイティヴ/シーエイティプロデュース
【企画】 シーエイティプロデュース
【お問合せ】 スペース 03-3234-9999(10:00~15:00※休業日を除く)

 
公式HP: https://narcissus-stage.com/
公式X: @narcissus_jp
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