時蔵が八重垣姫の恋心を描き、右近と眞秀が獅子となり、井上ひさし原作『浮かれ心中』で勘九郎がちゅう乗りを披露! 歌舞伎座『四月大歌舞伎』夜の部観劇レポート
『浮かれ心中』(左より)番頭吾平=市村橘太郎、栄次郎=中村勘九郎、おすず=八代目尾上菊五郎
2026年4月2日(木)より27日(月)まで上演の歌舞伎座『四月大歌舞伎』。珠玉のキャストによる名作古典歌舞伎、人気の舞踊、そして1997年初演の新作歌舞伎が並ぶ「夜の部」をレポートする。
一、本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)十種香
『本朝廿四孝』の四段目にあたる物語。中村時蔵が、初役で八重垣姫を勤める。
武田信玄の息子、武田勝頼が切腹した。許婚だった長尾謙信の息女・八重垣姫は、悲しみにくれて回向をする。まだ一度も会ったことのない許婚だったが、絵姿を見て惚れ込み、嫁入りを心待ちにしていたのだ。実は、死んだのは偽の勝頼。本物の勝頼は花作り簑作と名のり、長尾家に召し抱えられていた。
『本朝廿四孝 十種香』息女八重垣姫=中村時蔵
花作り簑作実は武田勝頼に、中村萬壽。鮮やかな赤の着付けに、紫の裃。絵姿よりもずっと華がある。八重垣姫が心を奪われるのも納得の美男だ。その姿を舞台に現した瞬間から、瑞々しさと磨き上げられた品格をもって、客席に、これから始まる上等な時間を約束するような存在だった。
舞台上手側へ目を移すと、時蔵の八重垣姫。障子の向こうに揺れて見える後ろ姿から、すでに少女の佇まいだ。勝頼に驚き絵と見比べ、駆け出そうとしては留まる。意を決して色っぽく駆けよる姿には可愛らしさがあり、すがりついても品があった。大きく揺さぶられる心身と義太夫が一つになると、まるで少女の心そのものが踊るかのように、八重垣姫が輝いてみえた。
『本朝廿四孝 十種香』(左より)腰元濡衣=中村七之助、長尾謙信=中村芝翫、息女八重垣姫=中村時蔵
また舞台下手側には、中村七之助の腰元濡衣。かつて偽の勝頼と恋人関係だったが、今は武田家の重宝を取り返すべく、本物の勝頼とともに、長尾家に潜入中。濡衣は偽の勝頼を思い出し、黒の着付けで伏し目がちに深く悲しむ。絵姿に恋心を寄せた相手を失った八重垣姫と、すでに深い仲だった相手を失った濡衣。勝頼を軸に、手触りの異なる悲しみが広がっていた。
そこへ登場する長尾謙信が、芝居の色を根こそぎ変える。中村芝翫の謙信のスケールの大きさに圧倒されているところへ、中村萬太郎の白須賀六郎が熱い風が吹き抜けるようなエネルギーと切れ味をみせ、さらに中村歌昇の原小文治が、足元から揺らすような覇気を漲らせた。芝翫、七之助、時蔵に喝采が送られ、幕となった。
二、連獅子(れんじし)
出演は、狂言師右近後に親獅子の精に尾上右近、狂言師左近後に仔獅子の精の尾上眞秀。
『連獅子』(左より)狂言師左近後に仔獅子の精=尾上眞秀、狂言師右近後に親獅子の精=尾上右近
舞台正面には松羽目、その前のひな壇に長唄・お囃子の演奏家たちが並ぶ。前半では、2人が狂言師に扮し、「獅子は我が子を千尋の谷に落とす」の伝承を描く。厳かな雰囲気の中、眞秀は丁寧に伸びやかに踊る。ふたりが本作で初共演したのは、2024年の右近の自主公演『研の會』。その時より眞秀はぐっと手足が伸びたが、表情はより柔らかで、太陽のような朗らかさだった。仔獅子が谷底(花道)へ落ちた後、舞台の空気は、ふと日がかげったように沈んだ。その変化は、眞秀だけが作るものではない。本舞台の右近が、仔獅子を案じる親心を、深くにじませていたからだ。だからこそ、仔獅子に「駆け上がってこい」と熱い視線をおくり、幸せいっぱいに受け止める右近の親獅子は、力強く頼もしい。その姿に、胸が熱くなった。
『宗論』は、中村福之助と中村歌之助。宗派の異なるふたりの僧が、大人げなくコミカルに張り合う間狂言だ。福之助による法華の僧は、ゆるぎない信仰ゆえか、余裕がありナチュラルに上から目線。歌之助による浄土宗の僧は、若々しく食ってかかる負けん気をみせる。福之助と歌之助は異なる個性を持ちながらも、息の合い方はやはり兄弟。ライブ感いっぱいの掛け合いで、観客を大いに楽しませた。
『連獅子』(左より)狂言師左近後に仔獅子の精=尾上眞秀、狂言師右近後に親獅子の精=尾上右近
そして後半、白い毛の親獅子の精(右近)と赤い毛の仔獅子の精(眞秀)が花道に現れる。熱い毛振りに、客席は沸く。近年は、実の親子で演じられることの多い演目だが、“そうではない”2人の獅子から、見守り、駆け上がり、受け止める親子の情愛が生き生きと感じられた。右近は過去の取材で、父が歌舞伎俳優ではない自分は「好きで歌舞伎をやっている」と語っていた。右近の積み重ねてきた「好き」と、眞秀のぴかぴかの「好き」が重なり、熱く爽快な余韻で結ばれた。
三、浮かれ心中(うかれしんじゅう)
原作は、井上ひさしの時代小説『手鎖心中』。1997年に歌舞伎化された新作歌舞伎だ。
劇中で「手鎖三日」の刑を受けるのは、主人公の栄次郎。栄次郎は、豪商の材木問屋の若旦那でありながら、絵草紙子作者として世に出たい。江戸で評判をとるには、まず注目されることが大事だと考え、自ら父親に勘当されたり、その一件を瓦版にしてバラまかせたりする。
物語は、勘当された栄次郎の婿入りから始まった。この結婚も、もちろん茶番だ。1年たったら離縁して、実家に戻るよう父親と約束をしている。そのためにも花嫁のおすずには、手を出さないよう言われているのだが……。
歌舞伎の若旦那にも様々なキャラクターがいるが、栄次郎は行動力抜群だ。演じるのは、中村勘九郎。人を楽しませるために絵草紙子を描き、それを多くの人に届けるべく、発想力豊かに売名行為に勤しむ。ただ名前を売ることがゴールではなく、「世間様をワッと言わせたい」。そのために自作の絵草紙子本を多くの人に届けたい。純粋で筋のとおった衝動は、無邪気であり清々しくもあった。奥の襖から横滑りでスマートに登場し、羽織紐をぶんぶん回して、観客の心を笑いを一気につかんでいた。おっとりした人柄に冴えた身のこなし。そのギャップも、勘九郎の栄次郎の魅力だった。
『浮かれ心中』(左より)太助=中村芝翫、栄次郎=中村勘九郎
そんな栄次郎の相棒、太助を演じるのが中村芝翫。太助は、茶番を大らかに楽しみ、楽しむだけでなくしっかり加担する。吉原で花魁に見惚れる場面では、古典歌舞伎の名場面になぞらえて、芝翫が痺れるような本息の台詞廻しをきかせた。
栄次郎の女房おすずを演じる八代目尾上菊五郎も、女方と立役を兼ねる役者の魅力を惜しみなく発揮。井上ひさし原作の新作歌舞伎の写実を、1枚ベールに包むような新歌舞伎に通じる情感を滲ませた。夫の本気の茶番に真摯に寄り添い、やらせの夫婦げんかでは、思いがけないようで、まさにぴったりな、鮮やかな啖呵で場内を大いに沸かせた。
栄次郎と太助は、吉原で花魁道中に行き会わせる。花魁の三浦屋帚木は、中村七之助。堂々たる花魁道中に息をのんだのは、太助だけではない。客席がみな、うっとりしたはず。それでいてコミカルな芝居はお手のもの。そんな花魁の間夫に、中村橋之助の大工清六。『浮かれ心中』のタイトル通り、皆が栄次郎に引っ張られるように浮き足だつ中、清六の実直さと一途さは、この芝居の重要な視線を生む。橋之助はそれを力むことなく、誠実に醸し出し、終盤の余韻を、より大きなものにしていた。
『浮かれ心中』三浦屋帚木=中村七之助
やがて、老中の田沼意次が失脚し松平定信が着任。幕府の取り締まりが厳しくなり、茶気や笑いさえ“お咎め”を受ける時代が訪れる。栄次郎の茶番が、当人の思いとは別のところで、おふざけ以上の意味を孕みはじめる。
栄次郎を管理しようとする父・伊勢屋太右衛門(市村萬次郎)や番頭吾平(市村橘太郎)は、振り回されて大変に違いない。しかし茶番の仲間になれば、女房も親友もお役人さえも、楽しそう。町奉行所の佐野準之助(片岡市蔵)と太助、おすずの場面には、そこまでの場面とは違う大真面目ゆえの可笑しみが生まれていた。茶気と本気は矛盾しない、と感じる瞬間でもあった。
『浮かれ心中』栄次郎=中村勘九郎
幕切れは、満開の桜といっぱいの観客に囲まれての心中見物。歌舞伎座の客席もまた野次馬であり見物人となる。本当の「ちゅう乗り」を見上げ、笑いながら、少しの寂しさも感じながら拍手をおくった。命懸けの茶番を大真面目に、しかも洒脱に立ち上げた栄次郎たちに、芝居という虚構に人生を懸ける舞台人たちへの敬意が重なった。
取材・文=塚田史香
公演情報
■会場:歌舞伎座
昼の部(午前11時開演)
大尽:中村梅玉
傾城:中村福助
大尽:中村芝翫
太鼓持:中村橋之助
同:中村福之助
同:中村歌之助
新造:中村莟玉
同:中村玉太郎
番新:中村歌女之丞
同:中村梅花
手代:中村松江
亭主:中村東蔵
傾城:中村魁春
通し狂言
梅照葉錦伊達織
二、裏表先代萩(うらおもてせんだいはぎ)
序幕 花水橋の場
二幕目 大場道益宅の場
三幕目 足利家御殿の場
同 床下の場
大詰 問注所小助対決の場
控所仁木刃傷の場
下男小助/乳人政岡/仁木弾正:八代目尾上菊五郎
倉橋弥十郎/細川勝元:中村勘九郎
下女お竹:中村七之助
沖の井:中村時蔵
足利頼兼:中村歌昇
荒獅子男之助:中村萬太郎
渡辺民部:尾上右近
絹川谷蔵:中村種之助
山中鹿之助:中村歌之助
千松:中村秀乃介
鶴千代:尾上琴也
家主茂九兵衛:中村吉之丞
道益弟宗益:市村橘太郎
横井角左衛門:坂東彦三郎
渡辺外記左衛門:河原崎権十郎
栄御前:市村萬次郎
大場道益/八汐:坂東彌十郎
一、本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)
十種香
息女八重垣姫:中村時蔵
腰元濡衣:中村七之助
原小文治:中村歌昇
白須賀六郎:中村萬太郎
長尾謙信:中村芝翫
花作り簑作実は武田勝頼:中村萬壽
二、連獅子(れんじし)
狂言師左近後に仔獅子の精:尾上眞秀
浄土の僧遍念:中村歌之助
法華の僧蓮念:中村福之助
小幡欣治 脚本・演出
大場正昭 演出
三、浮かれ心中(うかれしんじゅう)
中村勘九郎ちゅう乗り相勤め申し候
栄次郎:中村勘九郎
三浦屋帚木:中村七之助
おすず:八代目尾上菊五郎
大工清六:中村橋之助
栄次郎妹お琴:中村玉太郎
番頭吾平:市村橘太郎
佐野準之助:片岡市蔵
伊勢屋太右衛門:市村萬次郎
太助:中村芝翫