「確かに希望を感じた」~新国立劇場『ガールズ&ボーイズ』真飛 聖、増岡裕子それぞれの初日公演レポートが公開
ミュージカル『マチルダ』の脚本家デニス・ケリーが描く、現代社会の歪みを浮き彫りにする傑作一人芝居『ガールズ&ボーイズ』が、4月9日(木)に新国立劇場 小劇場にて開幕し、上演されている。この度、スタンディングオベーションや「ブラボー」の声が飛んだ、真飛 聖、増岡裕子のそれぞれ初日公演のレポートが到着した。
変わり続ける世界の中で、いま、ここに生きること、そして小さな希望を見いだしていく3つの物語を3か月連続で上演する、小川絵梨子芸術監督任期最後のシリーズ企画「いま、ここに──」のオープニングを飾る本作。ロンドン・ロイヤルコートシアターにてキャリー・マリガン主演で初演され、のちにブロードウェイでも上演された傑作が、この度、日本初演を迎えました。また新国立劇場の主催公演において、初の一人芝居となる。
ただ一人の登場人物である主人公の女性役には、元宝塚歌劇団花組トップスターで、確かな演技力を誇る真飛 聖と、より多角的な視点から作品に迫るため、公募オーディションで選ばれた異なる世代の俳優・増岡裕子とのダブルキャストでおくる。
新国立劇場『ガールズ&ボーイズ』公演レポート
4月9日に新国立劇場 小劇場にて開幕した『ガールズ&ボーイズ』。
ミュージカル『マチルダ』の脚本でも知られるデニス・ケリーが2018年に発表した傑作一人芝居を、日本初演。ロイヤル・コート劇場でキャリー・マリガン主演により初演され、高い評価を受けたのち、ブロードウェイでも上演された話題作だ。
新国立劇場主催公演としては初めてとなる一人芝居の演出に迎えたのは稲葉賀恵、翻訳は小田島創志。気鋭の演劇人だ。主人公の<わたし>役には元宝塚歌劇団花組トップスターで映像でも活躍する真飛聖と、公募オーディションで選ばれた文学座所属の増岡裕子。二人の<わたし>の初日公演をレポートする。
<真飛聖、初日公演>
傾斜舞台と前方に傾いた壁、漆黒の空間に一つの窓。
開演の少し前、舞台上に一脚の椅子を持って現れる<わたし>。
真飛 聖
「こんばんは~」と現れた真飛は客席を見渡し、「(お客さんが)座ってくれている、嬉しい」と笑みを浮かべる。この作品の構造を思えば、その言葉は嘘偽りのない本心だろう。次はバッグを持って登場。「いろいろと準備があってね。頑張ります」という言葉に自然と拍手が起こる。劇場に、不思議な一体感が生まれた。
そしておもむろにレコーダーをセットする。
こうして始まる『ガールズ&ボーイズ』。
<わたし>は観客に向けて、夫とのなれそめを語り始める。
人生に迷い、「このままではいけない」と一人旅に出た<わたし>。イタリアの空港、格安航空会社のカウンターに並ぶ列で出会った男性──のちの夫とのなれそめは胸をすくような痛快さだ。語られるのは決して“お上品”とは言えない話。赤裸々なエピソードや、思わず顔をしかめたくなるような生々しい語りも飛び出すが、巧みな話術で笑いへと転じ、いつしか共感へと変えてしまう。
真飛 聖
真飛の<わたし>は、あっけらかんとした明るさで観客との距離を詰める。目の合った観客にピンポイントで同意を求めたかと思えば、次の瞬間には客席全体に問いを投げかけ、真飛劇場へと引き込む求心力はさすがのひと言。最初の語りパート「チャット」が終わるころには、「すごく面白い友達がいてね」と誰かに紹介したくなるほどだ。
ここまでは客電もついた状態で進み、そこから暗転。次はいわゆる舞台の照明となり、<わたし>が子どもたちと過ごした時間、記憶の再現「シーン」へと変わる。ただそこに子どもたちを演じる俳優はいない。目に見えない子どもたちと<わたし>の日常を演じる。
娘のリーンと息子のダニー。やんちゃな子どもたちに時に悪態をつきながらも、全力で関わる<わたし>。譲れないことは厳しく言って聞かせ、そして力一杯抱きしめる。真飛<わたし>は、「チャット」での快活さはそのままに、歩んできた人生の喜びや痛みの記憶も、しっかりとその身に宿している。
真飛 聖
ぼんやりとおもちゃを照らしながら消えていく照明。次の瞬間には、「演出の都合上」消されていた非常口誘導灯までもが点灯し、再び「チャット(=現実の時間)」へ。この「チャット」と「シーン」の往復が独特のリズムを生む。
ビジネスにおける武勇伝を語る<わたし>。ほとばしるバイタリティと、一瞬で核心を射抜く才気で、不利な状況を突破していく姿は掛け値なしにカッコよく、誇らしい。真飛の真骨頂だ。
やがて語りに影が差し、冒頭の軽快さからは想像もつかない展開を迎える。そこでも自らを鼓舞するように、努めてドライに語る<わたし>。観ている側も平常心で受け止めようとするが、そうもいかず。そのとき、<わたし>と自分の心の距離が、ぐっと近づいていることに気づく。また、「チャット」と「シーン」は互いに侵食し合うようにシームレスとなり、その頃には客席の明かりがついても、非常口誘導灯はもう灯らない。
そして衝撃のラストへ——
<増岡裕子、初日公演>
増岡もまた、真飛と同じように小道具を持って登場。バルコニー席を見上げ、正面客席を見つめ「2階席も、アリーナーもありがとう!」とユーモアを交えて観客を迎え、場の緊張をほどく。準備が整うと——意を決したように水を一口。
増岡裕子
レコーダーを置き、増岡<わたし>が語り始める。
親しみのある笑顔で心をつかみ、「ちょっと下世話な話をしますけど、ごめんなさいね」といった空気で軽やかに笑いに巻き込んでいく。生活に根差した間や空気感がリアリティを生み、そこに確かに<わたし>が存在する。
一人芝居。ひとたび始まれば、出ずっぱりで場と物語をたった一人で牽引していく。その負荷はいかほどか。一人芝居も主役も初めてだと語った増岡の緊張は想像に難くない。それでも、公募オーディションで全会一致により選ばれたことに頷く、頼もしさと親近感を感じさせる<わたし>だ。
増岡裕子
実生活でも4歳の子どもの母である増岡の、子どもたちとのシーンも印象的だ。緩めるところは緩め、締めるところは締める。そのあしらいは見事で、リーンが迷子になったときの狼狽も鬼気迫る。
物語が進むにつれて緊迫感は増し、内面からとめどなくあふれる、増岡<わたし>の語りの力強さに圧倒された。気づけば目の前の<わたし>の表情を追い、言葉を受け止めるのに必死になっていた。
増岡裕子
<語りの軌跡>
戯曲の台詞を自らの言葉に落とし込んでいる二人の<わたし>、その違いは——当然ある。<わたし>という匿名性を帯びた役を、異なる世代、異なるキャリアを歩んできた二人が担うことで、物語が多様な相貌を見せることにも成功している。
それは、歳を重ねたことで生まれる過去との距離感の違いなのか、演じ方の差なのか、それとも実生活の積み重ねがにじみ出たものなのか——はっきりとは分からない。ただ、その曖昧さや揺らぎも含めて、この二人の<わたし>の面白さだ。
真飛 聖
増岡裕子
そして違いから見えてくるものもある。真飛と増岡、思いが胸にこみ上げて言葉に詰まる場所が違った。真飛のそれは、少し意外なタイミングだったが、そこから理屈じゃない、リアルな心の動きが言葉を詰まらせるのだとわかる。だからこそ、これは二人の違いというよりは、公演ごとに生まれる違いなのだろう。
心の動きや記憶の再生が可視化される演出も興味深い。子どもと遊ぶ場面、<わたし>はおもちゃの車を走らせる。そのタイヤの跡が、黒い床面に白い線として残る。椅子を動かしたとき、バケツを引きずったとき——語られる記憶の軌跡のように線が描かれていく。それは二度と同じ道筋はたどらない、その時限りの語りの軌跡だ。
【個人と社会】
<わたし>が語る<わたし>の話。それは極めて個人的でありながら、同時に階級や性差、家庭における役割——社会の話、イデオロギーの話でもある。
対等なエールだと思っていた言葉の裏に、どこか“庇護する側からの”という前提が潜んでいた。その構図が崩れたとき、噴き出す暴力性。それを男性/女性の二項対立だけで捉えるのは危ういが、劇中で立ち上がる支配欲や報復の衝動は、“男性性”と呼びたくなる輪郭を帯びている。
ただ、この作品が男性作家によって書かれていることに、ひとつの希望も感じる。そして、立ち直ることが困難に思えるほどのダメージを受けても、人はなお生き続ける。
真飛 聖
正直な話、初めて台本を読んだときは、希望はどこにあるのだろうと思った。
それでも、実際に舞台に立ち、語り続ける<わたし>の姿からは、確かに希望を感じた。この感覚は、演じる側と観る側がエネルギーを持ち寄る劇場でこそ体感できるものなのだろう。
最後のシーンでは、「大丈夫だよ」と<わたし>を抱きしめたくなった。それでいて、自分が<わたし>に抱きしめられているようにも感じた。「カウンセリングのような」──インタビューで語られていた言葉を実感。
真飛の本編が終わると、カーテンコールの冒頭からスタンディングオベーションが起こった。また、増岡の初日には客席から「ブラボー」の声が飛んだ。それに値する公演だったことは言うまでもない。そこには、過酷な人生に立ち向かう<わたし>へのエールと、<わたし>として語ることを引き受け、成し遂げた二人の俳優への称賛、その両方の思いが込められていた。
増岡裕子
そして、二人の<わたし>に伴走し、粘り強く戯曲に向き合った演出の稲葉賀恵。窓から差し込む光の変化が印象的な照明。誰かの気配を感じさせるような、かすかな音が緊張と余白を生む音響。黒と白のコントラストが残像のように残る舞台美術。いずれも扇情に流れることなく、それでいて的確に機能し、二人の<わたし>をしっかりと支えていた。
真飛聖、増岡裕子、稲葉賀恵、そして<わたし>──皆、勇敢だ。
公演は4月26日まで新国立劇場 小劇場にて上演。(本作には公式ウェブサイトにトリガーアラートも掲出されているので、ご観劇前にはご確認を。)
『ガールズ&ボーイズ』Wキャスト観劇キャンペーンも開催中、詳細は公演公式サイトにて。
取材・文=功刀千曉 撮影=岡 千里
公演情報
【会場】新国立劇場 小劇場
【翻訳】小田島創志
【演出】稲葉賀恵
【出演】真飛 聖/増岡裕子(W キャスト)
A席 7,700円/B席 3,300円/Z席(当日)1,650円
真飛 聖と増岡裕子両方のキャストの公演をご購入くださった方全員に公演プログラムをプレゼントいたします。
この機会にぜひ、ダブルキャストそれぞれが演出・稲葉賀恵とともに創り上げる舞台をお楽しみください。
●対象
真飛 聖の出演回と、増岡裕子の出演回の両方を A 席でご購入の方
※U25 優待
※B席、Z席の
●プレゼント内容
『ガールズ&ボーイズ』公演プログラム
※真飛 聖出演回 A 席 1 枚+増岡裕子出演回 A 席 1 枚の 1 セットにつき、プログラム 1 冊を進呈いたします。
詳細:https://www.nntt.jac.go.jp/play/news/detail/13_030979.html