色褪せないゴッホの傑作《夜のカフェテラス》が約20年ぶりに来日! 『大ゴッホ展 夜のカフェテラス』レポート
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フィンセント・ファン・ゴッホ《夜のカフェテラス(フォルム広場)》1888年9月16日頃、クレラー=ミュラー美術館所蔵 (C) Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
オランダを代表する画家、フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)。画家としての活動はわずか10年間と短期間であったものの、その革新的な表現から近代美術の基礎づくりに貢献し、今なお愛され続ける存在だ。上野の森美術館では、2026年5月29日(金)から8月12日(水)まで『大ゴッホ展 夜のカフェテラス』が開催中。展覧会の第1期となる本展は、草創期のオランダ時代、印象派の画家たちと交流したパリ時代、そして傑作《夜のカフェテラス(フォルム広場)》を生み出すまでのアルル時代の作品で構成され、ゴッホの画業前半を辿ることができる。
世界中で知られる“ファン・ゴッホ”になるまで
会場入り口
ゴッホの人生が順風満帆と言い難かったのは、多くの人の知るところだろう。それまで就いていた画商の仕事もキリスト教の伝道師の仕事もうまくいかず、彼が本格的に絵の道へ進んだのは27歳の頃だった。しかし、生前から現在のように世界的な評価を受けていたわけではなく、画業10年を迎えた頃、精神的・経済的な問題を抱えた彼は、若くして自らの人生を終わらせてしまう。
ゴッホの没後、いち早くその才能に魅了され、ゴッホの作品の収集を始めたのが、美術コレクターのヘレーネ・クレラー=ミュラーだ。彼女こそ、世界で最もゴッホ作品を所蔵するクレラー=ミュラー美術館の創設者である。
本展の展示作品は全てクレラー=ミュラー美術館の所属作品で構成されている。今回の第1期と、2027年に開催される第2期と併せて、展示されるゴッホの作品数は100点にものぼるというから驚きだ。
『大ゴッホ展 夜のカフェテラス』展示風景、上野の森美術館、2026年
展示は、ゴッホが草創期に強い影響を受けたオランダのハーグ派、フランスのバルビゾン派の画家の作品からスタートする。ハーグ派のヨーゼフ・イスラエルスの室内図や、バルビゾン派のジャン=フランソワ・ミレーの描く田舎の村の風景や労働者の姿は、たしかにゴッホの作品に通じるものがあるように見える。
『大ゴッホ展 夜のカフェテラス』展示風景、上野の森美術館、2026年
フィンセント・ファン・ゴッホ《じゃがいもを植える農民》1884年8月-9月、クレラー=ミュラー美術館所蔵 (C) Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
オランダ時代のゴッホの作品を見ると、労働階級の人々に崇高の視線を送っていたことがわかる。本展では、ゴッホの最初の傑作ともいわれる《じゃがいもを食べる人々》のリトグラフをはじめ、《じゃがいもを植える農民》、《籠を持つ種まく人》など、労働する農民の姿を力強いタッチで描いた作品が多く見られる。ややアンバランスな比率に感じられる人物像は、農民のあふれる生命力を表現したもののようだ。
弟・テオに宛てた手紙 『大ゴッホ展 夜のカフェテラス』展示風景、上野の森美術館、2026年
また本展では、ゴッホが画商の弟・テオらに宛てた手紙の内容も、作品と併せて多数展示されている。ゴッホの没後、彼が多くの人々を魅了するようになったのには、その複雑な胸の内をさらけ出した書簡の存在が大きいだろう。作品と併せてその内容を読んでみると、ゴッホが画家たちからどのような影響を受けたのか、そしてどのような想いをもって作品を生み出していたのか、より深く知ることができる。今や世界で知らぬ者はいない“ファン・ゴッホ”がどのように生まれたのか、その芽吹きのようなものをこの小さな手紙から感じ取ってほしい。
印象派の画家たちから影響を受けたパリ時代
クロード・モネ《モネのアトリエ舟》1874年、クレラー=ミュラー美術館所蔵 (C) Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
しばしばゴッホは印象派と誤解されるが、美術史においてはポスト印象派に分類される。写実的な表現よりもその瞬間の光や空気といった“印象”を表現する印象派の影響を受けながらも、その枠を飛び越え、独自の表現を追求した画家たちがポスト印象派と呼ばれる。
ピエール=オーギュスト・ルノワール《音楽家の道化師》1868年、クレラー=ミュラー美術館所蔵 (C) Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
ゴッホが画業を始める以前から、ピエール=オーギュスト・ルノワールやクロード・モネ、カミーユ・ピサロといった印象派の画家たちはすでに名声を得ており、ゴッホは書簡で彼らを「大通りの印象派」として称賛している。パリ時代のゴッホの作品は、モネの色彩感覚や、ルノワールの柔らかな筆致から強く影響を受けていることがわかる。
フィンセント・ファン・ゴッホ《青い花瓶の花》1887年6月頃、クレラー=ミュラー美術館所蔵 (C) Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
ちなみに、それまで労働者など人物をモチーフにしてきたゴッホが花の静物画を多く生み出したのには、パリに移ったために農夫を描くのが難しくなったこと、そして経済的に困窮しモデルを雇う費用を捻出できなかったことが関係しているそうだ。
フィンセント・ファン・ゴッホ《草地》1887年4月-6月、クレラー=ミュラー美術館所蔵 (C) Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
ゴッホといえば傑作《ひまわり》をはじめとした花の静物画や、自画像を多く描いたことも有名だが、それらは切迫した状況下で技法を研究するために最適なモチーフだったのだと思うと、ゴッホの真面目さに胸を打たれる。
フィンセント・ファン・ゴッホ《自画像》1887年4月-6月、クレラー=ミュラー美術館所蔵 (C) Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
精神に問題を抱えた晩年のエピソードから“狂気の天才”と呼ばれることも少なくないが、オランダ時代からパリ時代までの作風の変遷を辿ると、ゴッホが多くの画家から影響を受け、そして技法の研究をしながら独自の表現を追い求めていったことがわかる。きっと心から絵画を愛し、紆余曲折しながらも自身の情熱を実直に注いでいたのだろう。
夜の風景を色彩豊かに描いた傑作《夜のカフェテラス》
画商として成功していた弟・テオの勧めでパリに移住し、後期印象派の画家たちと交流したゴッホだったが、大都会での生活は彼の性格やライフスタイルには合わず、次第に心を蝕まれるようになっていったという。
日本の浮世絵に魅了され、日本をユートピアと称したゴッホは、憧れである日本の太陽に似たものを求め、太陽の明るい南仏・アルルを訪れる。ゴッホがこの地に仲間たちと共同のアトリエを設立しようとしたが、応じたのはポール・ゴーギャンのみだったというのは有名なエピソードだ。
フィンセント・ファン・ゴッホ《夜のカフェテラス(フォルム広場)》1888年9月16日頃、クレラー=ミュラー美術館所蔵 (C) Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
そして本展一番の目玉は、なんといっても、アルル時代に描かれた《夜のカフェテラス(フォルム広場)》だ。ゴッホはこの時期に「新しい絵」として夜のカフェを描いた作品に精力的に取り組んでいたらしい。
ゴッホが妹・ウィレミーンへ宛てた手紙で言及していたが、《夜のカフェテラス(フォルム広場)》は夜の風景を描いた絵でありながら、黒色が使われていない。星の散りばめられた青い空、家々の屋根は濃い青色と紫色、そして店頭や鋪道を照らす巨大なランプから盛れる光は鮮やかな黄色だ。夜に絵を描くことには色がわからなくなるというリスクがあるにもかかわらず、ゴッホはこの絵を実際に夜の薄明かりの下で描いたというから驚きだ。
『大ゴッホ展 夜のカフェテラス』展示風景、上野の森美術館、2026年
ゴッホは手紙の中で「夜を現場で描くのはとてつもなく楽しい」と話している。「夜は昼間よりもずっと色彩豊か」とも記しており、同作へいきいきと取り組んでいたことが見て取れる。アルルを訪れてまた新境地に立ったゴッホが、この作品の制作を通して画家として幸福な時間をわずかでも過ごせたのではないだろうかと、つい想いを馳せずにはいられなかった。
なお《夜のカフェテラス(フォルム広場)》が日本で展示されるのは、約20年ぶりのこと。内覧会でも、傑作の貴重な原画を目に焼き付けようと、多くの来場者が同作の前で長い時間足を止めていた。
また、《夜のカフェテラス(フォルム広場)》と《バラとシャクヤク》のみ、一般来場者でも写真撮影と個人利用目的でのSNS投稿が可能となっているため、感動的な鑑賞体験の記録を残すのもおすすめだ(※7月1日からは撮影不可となる)。ゴッホの魂の記録とも言うべき作品陣と出会うべく、ぜひ会期中に足を運んでみてはいかがだろうか。
文・写真=藤間 紗花
イベント情報
開館時間:[日~木曜日] 9:00~17:30 [金・土・祝日] 9:00~19:00
※入館は閉館の30分前まで
会場:上野の森美術館
主催:産経新聞社、TBS、TBSグロウディア、博報堂、上野の森美術館
特別協力:クレラー=ミュラー美術館
後援:オランダ王国大使館
協賛:大和証券グループ、大和ハウス工業、JR東日本、eBay Japan合同会社
協力:KLMオランダ航空
企画:ハタインターナショナル
お問合せ:050-5541-8600(ハローダイヤル/9:00~20:00)