浮世絵の技術を現代に継承する「アダチ版画研究所」、職人の伝統技術から知る浮世絵の魅力
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アダチ版画研究所 彫師・岸千倉さん 作業の様子 /撮影=山岡美香
昨年、9月に永青文庫で開催され話題となった『春画展』や3月にBunkamura ザ・ミュージアムで開催される展覧会『ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 わたしの国貞 』など、近年多くの人々に支持され、楽しまれている”浮世絵”。みなさんは”浮世絵”が一体どのようなものなのか、ご存知だろうか。
”浮世絵”というとまず何が思い浮かぶだろうか。筆者の”浮世絵”との出会いは学生時代に教科書で見た葛飾北斎の「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」だ。水飛沫をあげそびえ立つ大きな荒波と、その波の向こうに静かに悠然とたたずんでいる富士山がとても美しく、印象深く記憶に残っている。その他にも東洲斎写楽の「三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛」や歌川国芳の「国芳もやう正札附現金男 野晒悟助」など様々な浮世絵師とその作品がいくつか浮かび上がってくる。
しかし、”浮世絵”そのものは一体どのようなものなのか。恥ずかしながら、筆者は”浮世絵”がどのように作られて、またどんな人々に楽しまれてきたのか、根本的な部分を全く知らなかった。そこで、”浮世絵”の魅力を知り、さらに楽しむべく、”浮世絵”に培われた伝統木版技術を継承し、木版制作を行っているアダチ版画研究所にお邪魔し、制作工程や職人の方々の技術を間近で拝見。”浮世絵”が完成するまでの様子を伺ってきた。
浮世絵とは
そもそも”浮世絵”は、同じ絵柄のものを多く摺ることができる木版画による”浮世絵”と一点ものの肉筆画に大別される。基本的に”浮世絵”というと前者の版画を指すことが多い。この版画を完成させるまでのプロセスを簡単に説明すると「版下絵を描く」、「版木を彫る」、「紙に摺る」の3つの作業となる。それぞれ絵師、彫師、摺師の職人で分業し一つの作品を仕上げていく。
版下絵を描く、”絵師”
絵師は版元の依頼により版下絵を描く。一色の線だけでアウトラインが描かれるのだ。当時、描かれた絵は公序良俗に反していないか、幕府を批判していないかなどの検閲が入り、その検閲を通ったものが彫師に渡される。
版木を彫る、”彫師”
電球の下に吊り下げられている水の入ったフラスコ /撮影=山岡美香
次にその版下絵を彫師が江戸時代と同じ山桜の版木に貼り、線を残しながらその線の両側を彫っていく。とても繊細で緻密な作業で見ているだけでも緊張する。彫師の前には水の入ったフラスコが吊り下げられており、このフラスコに電球の光を当て、光を乱反射させることで手元の影を消している。
その後広い部分を木槌とのみを使って取り除き、絵のまわりの細かい部分をすきとっていく。さらに複数の版がずれないように紙の位置を決めるための見当が彫られる。摺師はこの見当に紙を一定に置くことで、ずれないようにすることができるため、重要な彫となっている。こうして主版が完成する。今回の「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」では主版ができるまでに約2、3週間かかるとのことだ。
作業の様子 /撮影=山岡美香
小刀で輪郭を切り廻す /撮影=山岡美香
さらに、色分けを行うために主版を複写した一色の摺(校合摺)が色分けに必要な枚数だけ摺られ、絵師が校合摺にそれぞれの色を朱色で指定する。その後、絵師が色分けした校合摺が、絵師に戻り主版と同じ要領で色版が彫られる。今回見せていただいた葛飾北斎の「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」では全部で4枚の版木が必要となる。主版1枚と3枚の色版が裏表彫られており、7面使用し摺りあげる。色版の数が少ないほうが採算性も良く、その点において北斎は、特に長けていたそうだ。他の絵師の作品を見ても、版木は大概5枚以内で作られている。
彫師の道具箱 /撮影=山岡美香
紙に摺る、”摺師”
版木がすべて揃うと、次は摺師へ手渡される。摺師の作業台は手前が高く、体が離れても力が強く伝わるようになっている。摺師はこの作業台の上で、版木に絵具を塗り、見当に合わせて紙を置き、馬連を使って紙の繊維に色を摺り込んでいく。最初に主版を摺り、淡い色から濃い色へと一色ずつ色版を繰り返し摺り重ねて一つの”浮世絵”が完成する。色版を摺り重ねていく工程は写真の通りだ。
作業の様子 /撮影=山岡美香
■摺り順序
江戸時代はこの版木1セットで200枚を単位に摺っていた。版木は水を吸って膨張した状態で圧をかけ、摺られるため、一気に何千もの枚数を摺ってしまうとすぐに傷んでしまう。しかし、200枚程度であれば摺った後、水気がなくなれば、版木は元に戻るため、増刷に合わせ繰り返しで使用することができ、数千枚は摺ることができるそうだ。
「見当」の位置を調整して紙を置く /撮影=山岡美香
馬連で摺る /撮影=山岡美香
出来上がった”浮世絵”は圧巻。彫師、摺師それぞれの職人による緻密で正確な技術がオリジナルの「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」を忠実に甦らせている。浮世絵制作の素晴らしい技術が現代にもしっかりと受け継がれているのだ。
葛飾北斎「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」
誰もが楽しめる”浮世絵”
”浮世絵”は、一定の限られた階級ではなく、庶民が楽しみ、大衆化された印刷物がアートとして評価されるまでになり、今でも世界各国の有名な美術館に残っている。「商業印刷ゆえに採算性・効率性が求められたため、浮世絵には西洋絵画にはない日本独特の”省略美”が生まれ、評価されたと言えます。また、庶民を意識してつくられたためか、今でも国籍問わず皆さんが気軽に楽しめる要素があります。」と、の今回工房内をご案内していただいた、アダチ版画研究所 中山周さんに教えていただいた。決して難しいものではなく、誰もが楽しむことができるのがまさに”浮世絵”なのだ。
こんなにも素晴らしい技術で作り上げられてきた”浮世絵”。段々と観てみたくなったのではないだろうか。冒頭でも述べたが、来る3月にBunkamura ザ・ミュージアムにて、幕末の人気浮世絵師、歌川国芳と歌川国貞の選りすぐりの作品が会す『ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 わたしの国貞』が開催される。国芳の面白く見せられるよう工夫が凝らされている戯画や彫師の技術が大変要求される武者絵、国貞の緻密に表現された美人画や役者絵など、歌麿や写楽の時代とはまた異なる、切磋琢磨し進化した幕末の技術によって作られた作品たちは観る人を楽しませてくれるだろう。
交通手段:
・JR山手線「目白駅」徒歩 10分
・都バス白61系統(練馬車庫前-新宿駅西口)
「下落合3丁目バス停」徒歩 3分
※駐車スペース有(1台分)
営業時間:平日:10:00-18:00 / 土・日曜日:10:00-17: 00
定休日:月曜・祝祭日
HP:www.adachi-hanga.com
会期:2016/3/19(土)~6/5(日)※会期中無休
開館時間:10:00~19:00(入館は18:30まで)※毎週金・土曜日は21:00まで(入館は20:30まで)
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム(渋谷・東急本店横)
主催:Bunkamura / ボストン美術館 / 日本テレビ放送網 / 読売新聞社 / BS日テレ
公式サイト:http://www.ntv.co.jp/kunikuni/