“表現者”として新たな地平を切り拓く中井智彦にインタビュー(動画あり)
中井智彦
『レ・ミゼラブル』レーグル、司教役で舞台デビュー、東宝ミュージカルなど数作に出演後、劇団四季『オペラ座の怪人』ラウル役、『アスペクツオブラブ』アレックス役、『美女と野獣』野獣役といった大役を次々と射止め注目を集めた中井智彦。劇団四季を退団後は、“表現者”として新たな活動を開始、来たる7月2日(土)にはそのお披露目とも言うべき『中井智彦 Premium Show vol.1』を開催する。改めて中井智彦の歩んできた道、そして新たなる活動について本人から話を聞いた。
--中井さんは東京藝術大学の声楽科を卒業後、2007年に『レ・ミゼラブル』でデビューされ、ミュージカルの世界で活躍して来られました。ミュージカルの道を進まれた理由をお聞かせください。
中井: 子どもの頃から歌うことが好きだったんです。高校生の時に進路を考えた時、やはり歌で生きていきたいと思い、そのためには本格的に歌を勉強しようと。それで東京藝術大学を受験したら合格したんです。そして大学一年生の時にブロードウェイに行く機会があり、そこでミュージカルを観て、大変な感銘を受けました。最初に観たのが『美女と野獣』。次に『オペラ座の怪人』、その他にも多くの作品を観ました。それがきっかけで、ミュージカルに興味を覚え、昔の色々な作品まで研究するようになりました。そうするうちに、ミュージカルをやりたいという思いが強くなっていった。ちょうど大学卒業のタイミングで『レ・ミゼラブル』の全国オーディションがあったので、それを受けたら合格して…
--ミリエル司教ですよね! いきなり、素晴らしい役につきましたね。
中井: 司教だけでなく、アンサンブルの一員として色々な役をこなさなければならないのですが、最初は看守役なんです。バルジャンを虫けら同然に扱うわけです。そのあとすぐに着替えて司教に替わる。アンサンブルの中で一番年下だった僕が、劇中最も年齢の高い役になって、バルジャン役だった山口祐一郎さんや今井清隆さん別所哲也さん橋本さとしさんに、慈悲深く接する…。これには戸惑いがありましたね。でも演出家に呼ばれて「君を見込んで起用したのは私。その私がいいと言ってるのだから、もっと思い切って」と言われ、心を改めました。「目の前にいるのは山口祐一郎さんではなくバルジャンなんだ」と考えを切り替えてからは、落ち着いて役を演じられるようになりましたね。
中井智彦
--中井さんはその後『ファントム』『ルドルフ』『キャンディード』などにも出られてから、2010年に劇団四季に入団されました。劇団四季を経て東宝ミュージカルに出演する人というのはよくいらっしゃいますが、その逆のパターンはあまり聞いたことがありません。
中井: アンサンブルとして作品の中で沢山の役をやらせていただくことは大変勉強になりました。一方で主役級の俳優は、一つの作品の中で一つの役に集中していられる、そのことに嫉妬するようにもなりました。自分も一つの役に命を懸けたいと思うようになった。それから、たしかに、日本を代表する劇団である四季出身の人が周囲に沢山いて、劇団にいた時のことを色々と話される。自分が経験したことのない話には参加したくないと思いながらも、羨ましく思うところもありました。だったら、挑戦するなら今だと。それで劇団四季の扉を叩いたのです。
--劇団四季では『オペラ座の怪人』のラウル役という、これまたとてもいい、「ブラボー!」な役でデビューされましたね。
中井: それ以前は、それこそ老人とか、すごく嫌味な男とか、そういう役が多かったので、自分がこういう好青年をやってもいいものかと迷いました。でも周囲の人が「挑戦すべきだ」と言ってくださり、それで劇団内オーディションを受けたところ、ラウルの役をいただけることになりました。劇団四季には、そういうオーディションがほぼ毎月あって、演出家に認められれば重要な役を得られるんです。誰にもチャンスが与えられるというこのシステムが、自分にはとても有難いことでした。
中井智彦
--2015年に劇団四季を退団後、いよいよ新たな活動を開始されるわけですが、そのお披露目というべき7月2日(土)の『中井智彦 Premium Show vol.1』について教えてください。
中井: Premium Showは2部構成になってます。第1部では「詩人・中原中也の世界 ~在りし日の歌~」と題しまして、中原中也の生涯を1時間ほどに凝縮したものをご覧いただきます。中也は30歳で亡くなってしまうのですが、駆け抜けた短い生涯の中で彼が生み出した詩に僕が曲をつけました。僕の頭の中にある中原中也をどれだけ舞台の上に映し出せるかということに挑戦します。中也という“一人の人物”を演じる第1部に対して、第2部は「ゴールデンヒットセレクション ~愛のかたち~」と題して、「愛」をテーマに様々な物語がお届け出来る選曲をしてます。一曲一曲、僕というフィルターを通して、皆さまにお伝えできれば、と思っています。
--今回、第1部の中で中原中也を取り上げるのは何故ですか。
中井: 2012年に劇団四季の札幌公演に出演することになり、長期間に渡るというので、劇団の図書館から中原中也全集を借りて、持って行ったのです。そこには二つの詩集『山羊の歌』『在りし日の歌』だけでなく、未発表詩や評論、小説、日記なども収録されていました。詩を読んだあとに日記を読むと、これがまたとても面白かった。僕が思っていた詩のイメージを彼がいい意味で壊してくれていて。それで調べれば調べるほど彼を演じたいという思いが強くなっていったんです。ただ、演じるにしても彼を演じる演目がないので、じゃあ自分で作ろうと。
--ステージでは中井さんが中原中也になりきるのですか。
中井: そうです。中也を演じるということは、絶対に反らせたくないんです。帽子をかぶって、マントを羽織って、円形ステージの真ん中に立ち、僕の声とピアノ伴奏だけで中原中也を演じ切ります。
中井智彦
--第2部で歌われる予定の曲を少しだけ教えていただいてもよろしいですか。
中井: それでは、少しだけ(笑)。「慕情」「百万本のバラ」「さよならをもう一度」などですね。どれも“愛”をテーマに選んだ曲です。
ミュージカルをやっていると映画音楽もよく聴くようになります。中でも有名なのが「慕情」ですが、僕はずっと音楽しか知らなかった。それで改めて映画を観たのですが、とても良かったですね。夕陽の照る真っ赤な丘での二人の愛のシーンが、曲を聴くだけで思い出されてきて、また映画を観たくなるんです。まさに映画と音楽が一体化して、それを“愛”という壮大なテーマでくるんでいる。僕もそれを“表現”したいなと思っているんです。
「百万本のバラ」は、歌の中の“登場人物”として歌ってみたいという思いがあります。ロシアの歌謡曲ですが、加藤登紀子さんも歌われていて、僕もそれをよく聴いていました。絵描きの男性が一人の女優に恋をしたという歌詞ですが、自分自身がその絵描きになって歌を“表現”してみたいという思いが強くあります。
そして「さよならをもう一度」は尾崎紀世彦さんが歌われた曲ですが、「このままいるとこわれそうな 二人だからはなれるのさ」という、阿久悠さんの詩がシンプルでありながらも胸を突くんです。リアルタイムで聴いていた世代ではありませんが、「慕情」など映画音楽をよく歌っていたアンディ・ウィリアムズと同じ曲をよくカヴァーされていたのが尾崎紀世彦さん。そこから、尾崎さんの歌を色々聴くうちに「さよならをもう一度」の詩に共感したんです。
--第2部はどんなステージになりそうですか。
中井: サウンドプロデューサーにSing Like Talking のギタリスト西村智彦さんをお迎えし、 バンドサウンドにのせてお届けします。西村さんがアレンジした音楽を、僕というフィルターを通して“表現”したいと思っています。そして、その第2部に構成する楽曲は1stアルバムとして7月2日(土)にリリースします。
中井智彦
--今回、新たな活動を始めるにあたり“表現者”という言葉を強調されていますね。
中井: 歌いたい、歌を通して自分の思いを伝えたい、という気持ちから出発して、ミュージカルの世界に進んだわけですが、自分のやりたいことが“ミュージカル俳優”ということで完結できるのかという疑問がずっとありました。今回、中原中也を演じたいという思いを“かたち”にできるチャンスをいただいたのですが、それは“ミュージカル俳優”という立場だけではできないことだと思うんです。僕の頭の中にしかない中原中也のイメージを舞台で“かたち”にするために、色々なこと…曲を作ること、演出、照明、そして自分自身で演じること、これらすべてをやらなければいけない。いや、“やらなければいけない”というより、“やりたい”んですよ。それはやはり創造であり、創造を“かたち”にする力というものは、“表現者”として自信をもって“表現”してゆくものだと思っているんです。それは、色々な歌に対しても、僕というフィルターを通して皆さまにどう伝えてゆくかということに関して、“表現”を追求してゆきたいという思いがあり、その意味でも自分は“表現者”でありたいと思うんです。
--なるほど、よくわかりました。7月の「Premium Show」、そして1stアルバムを楽しみにしております。
中井: SPICE読者の皆さま、7月2日(土)に品川プリンスホテル Club eXで開催する『中井智彦 Premium Show vol.1』、ぜひおこしください!
(インタビュー・構成/安藤光夫 撮影:大野要介)
第1部:「詩人・中原中也の世界 ~在りし日の歌~」
第2部:「ゴールデンヒットセレクション ~愛のかたち~」
■会場:品川プリンスホテル Club eX
■料金:(前売り)全席指定6,480円(税込) ※未就学児童入場不可
■一般発売日:3月19日(土)AM10時より
■主催:ヴァストミュージックエージェンシー
■企画・制作・運営:ヴァストミュージックエージェンシー/ウドー音楽事務所
■後援:公益財団法人山口市文化振興財団/中原中也記念館
■公式サイト:https://www.nakaitomohiko.jp/