『モンスターハンタークロス』作曲担当 裏谷玲央インタビュー
裏谷玲央
大人気ゲーム『モンスターハンタークロス(以下、MHX)』、その作品の世界観を彩る多種多様な音楽。ある時は勇猛な狩りの曲、巨大なモンスターを表現する曲、村での憩いの曲…それぞれのシーンを表現する音楽はどのように作られているのか、SPICEでは『MHX』サウンドディレクター/メインコンポーザーを務める裏谷玲央にメールインタビューを敢行、その音を介した世界作りの根幹に迫った。
「プレイしていない時でも音を感じて貰えたら― 」
『モンスターハンタークロス』サウンドトラック
――今回の「新4大モンスター」それぞれの楽曲を作曲するにあたって意識したもの、また、モンスターのどの点を曲に反映しようと思いましたか?
シリーズを経るたびに様々な特徴をもった個性豊かなモンスターが登場しています。その個性を最大限活かせる曲はどんなものだろうか?狩猟曲はそのことを常に意識しながら制作していたように思います。その上で、曲単体としても、ユーザーさん視点でも、プレイ感を損なわない楽曲を目指しました。具体的なアプローチとしては、4大メインモンスターそれぞれに特徴があるので
・ライゼクス「狂気、残忍」
・タマミツネ「妖艶、舞」
・ガムート「やまびこ、重厚感、寒い地域」
・ディノバルドは「狂戦士、黒騎士、刀鍛冶」
といったコンセプトワードを一瀬ディレクターからもらい、それを元に曲に落とし込んでいきました。これらのコンセプトに加え、参考にできるものは何でも取り入れました。企画書はもちろんですが、モンスターの性格、生態、速さ、動きの特徴などを加味して、結果的に今の形に落ち着きました。
――ここの部分を中心に聞いてほしいという曲、及び点があれば教えてください。
4大メインモンスターは先ほどのキーワードをベースにそこから曲調、イメージを掘り下げていったのですが、コンセプトワードから以下のような音楽的要素を、そのモンスターの特徴として入れる事で、モンスターらしさを表現しました。
・ライゼクス・・・エレキギター、シンセのブレイクビーツを使う事で激しさを
・タマミツネ・・・和楽器、舞うような一点に定まらない調子に
・ガムート・・・ホーミー、重心の低いパーカッションで巨大さを
・ディノバルド・・・金属音をインパクトに使って、曲に熱さを
これを念頭に楽曲を聴いてみるとまた新しい発見があって面白いかもしれませんね。
――作曲にあたって難しかった点、逆にすぐに完成した曲などあれば教えてください。
正直すんなり完成した曲は、ほとんどありませんでした。4大メインモンスターの楽曲は、形になったとしても、自分自身で納得がいかない事が多く、自ら何度かボツにしたりしました。結果的にまとまってホッとしています。逆にすぐ完成した曲は、DLコンテンツページ曲の「楽しいひととき」です。編成自体がシンプル、というのもありますが、リコーダーやタンバリン、シェイカーを買ってきて演奏しました。良い意味で息抜きにもなりました。
―― 一番こだわって作った曲、及び箇所等はありますか?その理由も教えて頂ければ。
一番は選べないのですが、思いのほか時間がかかってしまったのが闘技場の狩猟曲「凛然なる勇姿」です。この曲は作る前から既に頭の中に完成形のイメージがあったのですが、いざ作ってみたところ、なかなか納得する形にならず、大変だった記憶があります。
――エンディングテーマ「トラベルナ」に関してですが、どうしてこのような楽曲にしようと思ったのですか?
まずトラベルナは元々ネコ嬢の歌になる想定では無くて、アイルーたちやネコ嬢が踊るダンスの曲(そこは変わっていませんが)という事だけが決まっていました。そこで、どうせ踊るなら歌モノにしたら映像としてパンチが出るに違いない!と思って一瀬ディレクターに相談したところすんなりOKもらえたので、今のトラベルナを作る事になりました。制作時は、どこまで攻めたアレンジにして良いか分からず、今のトラベルナに落ち着くまで3回作り直しました。使用する楽器もポップスのようにシンセを立たせた時点でモンハンらしさが薄れてしまうので、アコースティックな編成をメインとしたアレンジにしました。
ネコ嬢カティ
――日本語版トラックの歌詞についてですが、どのように作られましたか?
歌詞は10歳の少女の気持ちになって書きました(笑)。ですが実際にネコ嬢カティが10歳という設定はありません。コンセプトは、色々な村や人々との出会いが、かけがえなく大切なもの。人々との出会いが交差(クロス)する、事を中心に書きました。ゲームの設定だけじゃなくて、現実でもモンハンって友達と遊んだりして、色々な人と繋がれるコミュニケーションツールだと思っています。そんな意味を込めて書きました。
――個人的に気に入っている曲はどれですか?またその理由を教えて頂ければ。
曲としては、クエストクリア曲「未来への希望」です。開発初期に作った曲ですが上手く意図通りに作れたと思っています。心がけたのは「クエストクリアだけどまだ終わりじゃない」というイメージが曲から感じられるか、です。すごく抽象的な表現ですが、終わってハッピーエンド、ゲームクリア!ではなく、「狩りはまだ続く」というのが伝わればいいな、と思って作りました。後は、トラベルナの間奏が個人的にお気に入りです。基本的にはベルナ村のメロディーですが、コード進行で8小節目にE♭9を入れたところ、良い感じにおっ?とするポイントが作れたように思います。
――過去のモンスターハンターシリーズの楽曲と比べて、変えようと思った所、似せたところなどありますか?
「モンスターハンター」シリーズは、初代「モンスターハンター」から受け継がれている音楽のコンセプトに「無国籍感」というものがあって、それを基軸にシリーズ毎にバラエティに富んだジャンルが構築されてきました。これはモンハンとして変えてはいけない要素だと思っています。僕自身は「モンスターハンター3(トライ)」、「モンスターハンターポータブル3rd」から音楽を担当させて頂いていますが、MHXは当時ポータブルシリーズを制作していたメンバーがたくさん関わっていて、大げさかもしれませんが、その意志はしっかりと受け継ぎたいという思いがありました。なので過去のシリーズと比べて変える事は特別意識しませんでした。ただMHXとして音楽の価値を作るにはどうすれば良いか、シリーズが始まって10年経って、旧作を遊んでくれたユーザーさんに懐かしくも新しさを感じてもらえるにはどうすればいいか。また、初めてMHXをプレイしてくれたユーザーさんにもすんなり受け入れてもらえるのは、どんな曲か。というのは制作中ずっと考えていました。敢えて挙げるなら、携帯機だからこその「分かり易さ」「耳馴染みの良さ」というものは多少意識したかもしれません。
――楽器や音色でこだわった部分があれば教えて下さい。
こだわりかは分かりませんが、曲中、ピンポイントで重要なパートについて収録を行っています。ユーザーが長く聴くであろう、各村の曲、集会所の曲は町田のダッチママスタジオで収録をしました。
ダッチママスタジオ
例えばベルナ村のヴァイオリンは、デザイン画を見た段階で、ソロヴァイオリンで旋律を奏でる曲にしたら、高原の開けた雰囲気を演出できて効果的だろうな、と思い作曲・収録しています。また明るさ、煌びやかさを出すためにハックブレットという珍しい楽器収録も行いました。
ソロヴァイオリンの収録風景
珍しい楽器のハックブレット
あくまでテーマがあって、それに対して最大限活きる曲は何だろう、という事を掘り下げて考えて、曲としての良さ、ゲームとのマッチングをフラットに考えて作曲や収録をします。
――「ゲーム音楽」というものを作るにあたって、意識していることはありますか?
MHXは昔のゲーム音楽らしくキャッチーなもの・・・というのは正直念頭にありました。それは先ほども書いた携帯機だからこその「わかり易さ」「耳馴染みの良さ」にも繋がります。今はゲーム音楽といっても、アニメや映画など、他のメディアと遜色ないクオリティーの制作が可能です。ゲーム音楽というジャンルはあまりに幅広く、昔とは変わったな、としみじみ思います。MHXでは、卵が先か鶏が先か・・・みたいな話になりますが、ゲーム音楽という言葉が先ではなくて、MHXの音楽としての正解を考えた時に、昔のゲーム音楽らしさ・・・というものが、自分ができる最良のアプローチだと思ったため、そこを掘り下げていって、曲を作りました。もし次に別のプロジェクトだったとしたら、全く違ったジャンル、曲調のものを作っているかもしれません。
――サントラも発売されていますが、マスタリングで気を付けたことを教えて下さい。
一番は全体のバランスと音圧です。モンハンは他にもサントラが沢山出ていて、これまでのサントラを聴いてくれているユーザーさんもいるので、極端に音圧差があると、違和感が生まれるのでマスタリングの際は、過去「モンスターハンター」シリーズのサントラをスタジオに持ちこんで、音圧感を参考にしました。
小さな頃からゲームを作りたいと思っていました。(音楽ではなく)小学校の卒業文集にもそう書いた気がします。その気持ちは今でも変わってないのですが、結果的に音楽でこの業界で仕事ができる事になりました。作曲に興味をもったのは中学生の頃でした。きっかけはゲームでした。昔からRPGが好きで、ストーリーや情景に対して、その魅力を何倍にも引き立たせる事ができる音楽というものに興味をもちました。作曲はほぼ独学ですが。
――今後もゲーム音楽を作っていく中で、ユーザーにここを聞いて欲しい!という部分があれば教えて下さい。
もちろん音を聴いてもらえると嬉しいですが、純粋にゲームを遊んで、楽しいと思ってもらえたら嬉しいです。もし贅沢を言うのであれば、プレイしていない時でも、ふとそのゲームの音楽や情景が浮かぶ・・・という事があれば、コンポーザーとしてこれ以上に嬉しいことはありません。ゲーム音楽ってそういうものだと思います。
インタビュー・文=加東岳史
裏谷 玲央 SoundDirector/Composer
『モンスターハンターポータブル3rd』の楽曲制作を担当。
また『モンハン日記 ぽかぽかアイルー村G』ではサウンド監修を務め、 コンポーザー、ギタリストとして"モンハンフェスタ~狩王決定戦~" "モンスターハンターオーケストラコンサート~狩猟音楽祭"など 数々のステージでの演奏活動など幅広い活動を行っている。
『モンスターハンタークロス』では、サウンドディレクター/メインコンポーザー を務める。
代表曲は嵐の中に燃える命、4大メインモンスターの狩猟曲。