ラザレフ&日本フィルがロシア音楽”以外”でも魅せる
ラザレフと日本フィルは黄金時代を築いてきた (c)Michiharu Okubo
約一年前の2015年4月、日本フィルハーモニー交響楽団は現在首席客演指揮者を務めるピエタリ・インキネンを次期首席指揮者として迎えることを発表した。ことしの4月にインキネンが登場した演奏会はいずれも好評で迎えられ、9月には豪華な歌手陣を揃えてワーグナー・プログラムによる就任披露演奏会も開催予定、とインキネンを新たなポストに迎える準備は着々と進んでいる。
しかし、新首席指揮者の決定はすなわち現在同ポストを務めるアレクサンドル・ラザレフの退任を意味する。せっかくのこれまで良好な関係を築いたのに、とそちらを心配したファンも少なくないだろう。しかしインキネンの”昇格”に併せて、次期シーズンからラザレフは日本フィルの「桂冠指揮者兼芸術顧問」として今後も年二回の登場を続けることが発表されていることは、いま一度確認しておきたい。立ち位置は少し変わり、来日回数は少し減っても、音楽は変わらぬ、いやより充実したものとなることをファンとしては期待したいところだ。レコーディングも大好評のショスタコーヴィチの交響曲シリーズにしても、まだすべての作品を演奏してくれたわけではない現在、もっともっと「ラザレフと日本フィル」の演奏を聴きたいと誰もが望んでいるのだから。
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さて「ラザレフと日本フィル」の最終シーズンが7月に迎えるひと区切りに向かって、連休明け早々から彼らのラスト・スパートが始まっている、これまでの上り調子のままに。5月8日(日)にはその最初の公演となった日本フィルハーモニー交響楽団創立60周年を記念するサンデーコンサートが開催され、大編成の合唱をまじえてロシア音楽の真髄を聴かせて満場の喝采を浴びたばかり。
それに続くのは、この週末に大宮、横浜、そして相模原の三都市で開催されるモーツァルトとベルリオーズによるプログラムだ。オーケストラは既にリハーサルの真っ最中だし、多くのお客様も曲目を確認されたり予習などされているころかと思う。だが公演を前に、いやラザレフの来日よりも前に、どこよりも早くこの公演の事前イヴェントが4月27日(水)に開催されていたことをここで紹介したい。相模大野駅からほど近い相模女子大学グリーンホールで「もっと知りたいオーケストラのこと」と題して行われたイヴェントは、2013年から同会場で開催されている日本フィルハーモニー交響楽団の相模原定期演奏会と連動し、これまでも多くの来場者を集めて開催されて三年めを迎えた人気企画である。
日本フィルハーモニー交響楽団の企画・制作部長、益滿行裕氏のお話により、今回はフランス音楽の歴史を「ジョスカン・デ・プレからブーレーズまで」としてひと足に紹介するという興味深いイヴェントは、この日もほぼ満席の盛況の中で行われた。時代が現代に近づいてからのフランス音楽について「ドビュッシーからメシアン、ブーレーズへ」という流れとは別に、「サティからプーランク、そしてミシェル・ルグランへ」という流れがあるのでは、という指摘はなかなかに刺激的なものであった(これが半ば冗談だったとしても、「シェルブールの雨傘」「ロシュフォールの恋人たち」が軽やかで美しい音楽に彩られた映画であることは、どなたも共感いただけるものと思う)。
もちろん、肝心のベルリオーズの「幻想交響曲」についても、作曲家の生涯と作品について、録音や映像を交えて時間いっぱいまで解説された。しかし益滿氏は、ラザレフと日本フィルが「幻想交響曲」を取り上げるのは今回が初なので「どんな演奏になるものか、まったく予想がつかない」ともこの日語っている。この作品で往年にはミュンシュ、近年なら小林研一郎らとの名演を重ねてきた日本フィルがこの曲を得意としていること、そしてラザレフが日本フィル首席指揮者として短くない期間を過ごしてきたこと(2008年就任)を考えれば、これは少々意外な感がなくはない。しかしそれがなんだろう、今のラザレフと日本フィルが充実した演奏に仕上げてくることは疑いようもない。いや、「充実した」とか「激しい」「美しい」といった形容に収まらない演奏を聴かせて彼らは声望を高めてきたのだ、今回も我々の予想を超える演奏を期待させてもらおうではないか。
なお、プログラム前半におかれたモーツァルトは意外な選曲に思われるかもしれないが、ラザレフと日本フィルはこれまでも定期演奏会などで数多くモーツァルト作品を取り上げてきている。その高い実力で知られるヴァイオリニスト、渡辺玲子とラザレフの顔合せによる「トルコ風」協奏曲にはユニークな名演を期待したいところだ。
渡辺玲子とラザレフのケミストリーに期待しよう (c)Yuji Hori
大宮、横浜、相模原の三会場で開催されるコンサートの成功は疑いようもないところ、ぜひお近くの会場でラザレフと日本フィルの、ロシア音楽”以外”によるプログラムを体験してみてほしい。
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なお、このコンサートのリハーサルが12日(木)の13時より公開で行われる。取り上げる作品はもちろん「幻想交響曲」(予定)、会場はオーケストラの本拠地である杉並公会堂だ。ラザレフの一分一秒たりとも無駄にしない効率良くかつ効果的なリハーサルが見られる機会は貴重なもの、ご都合のつく方はぜひその衝撃的ですらあるリハーサルを体験していただきたい。
また三公演の開幕を飾る大宮ソニックシティでのコンサート(13日)では、開演前の18:35からラザレフによるプレトークも開催される。ここでは厳しいリハーサルとは違う、マエストロのおちゃめな一面が見られることだろう。どちらの顔も、魅力的なラザレフにぜひ、会場で出会っていただきたい。もちろん、何よりも魅力的なその音楽を多くの方に楽しんでいただきたい。
第317回横浜定期演奏会・横浜みなとみらいホール 5月14日(土) 18:00開演
第7回相模原定期演奏会・相模女子大学グリーンホール 5月15日(日) 14:30開演
指揮:アレクサンドル・ラザレフ
ヴァイオリン:渡辺玲子
管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団
歌劇「フィガロの結婚」序曲 K.492
ヴァイオリン協奏曲第五番 イ長調 K.219 「トルコ風」
ベルリオーズ:幻想交響曲 Op.14
■公式サイト:http://www.japanphil.or.jp/