刈馬カオスの新作『猫がいない』は、少女殺人の冤罪事件がテーマ

2016.6.14
インタビュー
舞台

刈馬演劇設計社『猫がいない』チラシ 表


少女を殺した真犯人は誰なのか? 静かなる“大人のサスペンス”を豊かに描き出す

劇作家・演出家の刈馬カオスによる単体ユニットとして活動を続ける刈馬演劇設計社が、名古屋の「七ツ寺共同スタジオ」で16日(木)から新作公演『猫がいない』を上演する。前回、初の4都市ツアーを好評のうちに終えた『クラッシュ・ワルツ』から約3ヶ月。刈馬が今回描くのは、4~5年前から構想を温めていたという冤罪事件をテーマにした作品だ。

1980年代以降、たびたび報道され大きな話題を呼んでいる実際の冤罪事件に想を得て、幾つもの文献を紐解きながら書いたという本作は、17歳の交際女性を殺した罪で無期懲役刑を受けた男と、殺された少女の家族の15年後を描いたもの。今回、なぜこの作品を手掛けるに至ったのか、また演出プランやキャスティングなどについて伺うべく、稽古場へ足を運び話をきいた。

稽古風景より

── 今作は、2001年に雪深い別荘地で起きた「祭ヶ森村(さいがもりむら)事件」という架空の事件について描かれていますが、冤罪事件をテーマにしようと思われたきっかけや経緯を教えてください。

そもそも僕は、〈罪〉だとか〈被害者と加害者〉という関係に強い興味を持ってこれまでの作品も書いてきまして、前作『クラッシュ・ワルツ』もやはり、被害者と加害者という関係性を軸に展開していくように書いてます。そういう興味を持っていく中で、被害者と加害者の関係性であったものがひっくり返って新しい人間関係が生まれる、というものを書きたいという思いがまず1点、大きくありました。
それで冤罪事件を幾つか調べていく中で「名張毒ぶどう酒事件」(1968年に三重県名張市で起きた毒物混入事件。5人が亡くなった)を調べた時に、山奥の非常に小さい集落だったわけですけど、容疑者の家に対する周囲の対応というものが非常に興味深かったんですね。容疑者が逮捕された時、許しましょうという感じで、残された家族に危害を加えるようなことはしなかったんです。でも、容疑者が「自分は無実だ」と主張したところから嫌がらせが起こるようになった。それはつまり、「こいつが犯人です」ということでひとつケリがついたのが、それが違うとなると、「じゃあ、この村にまだ犯人がいるということじゃないか」と。これからお互いに疑心暗鬼で暮らしていくことの方が耐えられない、ということで、残された家族に危害が加えられて村から追い出される形になったんです。
そのコミュニティーのあり方…真実を追求するとかじゃなくて「コミュニティーをいかに維持するか」ということが、冤罪という題材を扱うにあたって日本人性を描写できるのではないかと思って、“片田舎で起きた殺人事件での冤罪”という大枠が決まったという形です。

稽古風景より

── それは、その“日本人性”という部分に興味を持って追求したいと思った、ということですか?

そうですね。「世間と社会の違い」ということを最近よく考えていて、結局ある形成された人間関係や利害関係の中で、それがこじれたり、ひとつのコミュニティーとして成立したりするわけですけども、それが時には非常に良い横の繋がりになっていくこともあれば暴走することもあって、今回はその世間の“負”の面を描写したい、という思いもあります。
冤罪を書きたいということは、この4~5年は考えていました。特に、被害者の母親がそれまで加害者とされてきた男性に対して謝罪をするということを書きたい、というのが非常に強くて、やっぱり一度できた関係性が逆転するというのが。『クラッシュ・ワルツ』も、途中から被害者が暴走しすぎて加害者になってしまう話なので、何か関係性が逆転する、ということに対して僕はたぶん、非常にドラマチックに感じているんだと思います。

── 以前、モチーフになったものやそれに関わる場所へ取材に行くというお話を伺いましたが、今回も実際に冤罪事件が起こった場所などを訪れたりされたのでしょうか。

今回は名張の方に行こうとしたんですけど、ちょっと場所がよくわからなくて行けなかったんですよね(笑)。名古屋周辺で冤罪っていうのはあまりなくて。その分、文献はかなり多くあたったんですけど。ただ、白樺林の寂れた別荘地が舞台ということで、たまたま最近行った長野県のあたりをイメージして書いてます。

── 実際にある、小さな集落のコミュニティーを見に行った、ということではないんですね。

本当に片田舎でしか起こらないようなことっていう風にしたくはなくて、都市部に生きている我々にも共通するものだという風にしたかったので、頭の中に思い描いている風景はあるんですが、逆にあまり限定したモデルにしないように、というのは考えました。

稽古風景より

── タイトルの『猫がいない』ですが、稽古を拝見していて、猫というのは天音さん(殺された少女)のことなのかな、と思いながら見ていました。

今回、僕がすごくやりたかったのは〈気配〉の芝居でして、少女が亡くなった地下室という場所に於いて、やはりその少女の気配を舞台上に出したいわけなんですけども、オカルトなことはしたくなかったんですね。じゃあ、どうしたらいいんだろう? と考えた時に、猫がいなくて探している、という現実の問題があって、猫の鳴き声はするけど見つからない、という形にしようと。やっぱり猫ってそういう少し妖しい雰囲気があるので、居ないものの気配を感じさせる─ということで出しています。

── 「緊張感のある関係性を描きたい」ということも仰っていて、そういった意味でもサスペンス要素の強い作品が続いているのだと思いますが、この傾向はしばらく続く感じですか?

恐らく続くんですが、前作とはだいぶ違う方向性にしようというのは、かなり意識的に作っています。『クラッシュ・ワルツ』は緊張感を出すために、〈供えられた花を巡っての対立〉という状況で、単純に怒鳴りあうとか激しい修羅場のようなシーンがあったわけなんですけども、今回は基本的には大人な芝居にしようと思っていて、ほぼ怒鳴らない。それと『クラッシュ・ワルツ』ほどシンプルな対立軸じゃなくて、もうちょっと複雑な人間関係にするということを意識しています。

── 登場人物の感情がわかりやすく表面に出ない代わりに、内面に渦巻くものが垣間見えると。

そうですね。なのでやはり気配みたいなものを大事にしているので、そういう点で今回、音響を椎名KANSさんにお願いしたんですけど、あそこまでのプロの方にお願いするのは初めてなんですが、気配というものを表す聴覚を大事にしたい、という思いがあってお願いしたという次第ですね。

稽古風景より

── 今日の稽古では、刈馬さんが想定されていたある音が、携帯電話を通すと聞こえない、という意外な事実も指摘されていましたものね。さすが音のプロだなと。

いやぁ~、あれはもうどうしようかなと…(苦笑)。

── 刈馬さんは舞台美術もご自身でデザインされますが、今回はどんな感じになるんでしょう?

僕のお芝居は「半具象、半抽象」というのがわりと多くて、これまで2作品ほど演劇組織KIMYOの舞台美術家・岡田保くんと、基本的な要望を僕が設計して、装飾を岡田くんがするというコンビネーションでやっていたんですが、今回はできるだけちゃんと家を建てこんでほしいということで、具象です。15年前の事件を扱っているので、重厚感のある造りで経年劣化を感じたいということをオーダーして、階段があって上下を使う、ということは言いましたが、それ以外はほとんど岡田くんに投げました。

── 地下室があるというと、バブル時代にできたような家のイメージでしょうか。

一応設定としては、バブル期に会社の保養施設として建てられた別荘で、そこに管理人として住み込みで働いていた家族が、会社がその施設を売却するにあたって「じゃあここをペンションにします」と言って受け継いだ、という形です。あと1点、岡田くんにお願いしたのは、傾斜地に建っていて窓が高いところにあります、その窓の下面が地面ということにしてくださいと。完全な地下じゃなくて見えているものがある…つまりそれは、冤罪という上での〈真実と隠蔽されたもの〉というのを視覚化したいと言いました。

前列左から・いちじくじゅん、作・演出の刈馬カオス、咲田とばこ 中列左から・岡本理沙、二宮信也、中村猿人 後列左から・カズ祥、元山未奈美、まどかリンダ

── キャスティングについては、どのように?

とにかく咲田とばこさんに出ていただきたいと、僕が台本を書き始めた頃から思っていたんですね。それがようやく叶ったという感じです。今回主役を張る二宮信也さん、元山未奈美さん、岡本理沙さんは僕のお芝居にいつも出ていただいているので信頼できる役者としてお呼びして、ベテランの男性が一人欲しくて、いちじくじゅんさんに出ていただきました。あと、東京に進出した中村猿人くんにダメもとで声を掛けたら来てくれるということで、今回2回目の出演ですね。それから若手で注目していた、カズ祥くんとまどかリンダさん。ベテラン2人に中堅が3人と若手が3人、そして僕のお芝居の出演経験のある人間が4人で初めての人が4人と、そういったバランスもうまく取れたので、僕としては非常に手応えのあるキャスティングです。

── 現時点でまだ脱稿されていないということですが、今回台本は苦戦されているんでしょうか。

苦戦してますね。軸がシンプルで各々の立場が明確であったり、わかりやすくぶつかる、というのが一番楽だし僕も慣れてるんですね。でも今回は、自分が持っている最大の武器のひとつを捨てて臨んでいるので。とにかく丁寧に書こう、丁寧に書こうと思っていて、これだけでいけるかもしれないというところを、もう一言!という感じで書いているので挑戦ですし、非常に苦労はしてます。でも、こういった質のサスペンスを名古屋で見られるのはウチが一番だ、ぐらいなものは作らないといけないという風には思ってます。


ユニットとしてひと区切りとなる第10回公演で、テーマやキャスティングなど長年の夢を叶える形での上演となった今作。既に3公演分の前売券が完売しているあたりからも、寄せられる期待の大きさが伺える。名古屋一のサスペンスドラマを目指して描かれた今作がどんな仕上がりになるのか、ぜひ劇場でお確かめを!

『猫がいない』チラシ 裏


 
公演情報
刈馬演劇設計社 PLANー10『猫がいない』

■作・演出:刈馬カオス
■二宮信也(スクイジーズ)、咲田とばこ(劇団ジャブジャブサーキット)、まどかリンダ(劇団ジャブジャブサーキット)、カズ祥(劇団あおきりみかん)、元山未奈美(演劇組織KIMYO)、岡本理沙(星の女子さん)、中村猿人(劇想からまわりえっちゃん)、いちじくじゅん(てんぷくプロ)

■日時:2016年6月16日(木)19:30、17日(金)15:00・19:30、18日(土)11:00・15:00・19:00、19日(日)11:00・15:00  ※16(木)19:30、17(金)19:30、18(土)19:00の前売は完売。17日(金)15:00は追加公演
■会場:七ツ寺共同スタジオ(名古屋市中区大須2-27-20)
■料金:前売一般2,800円、U-25 2,300円、高校生以下1,500円 ※当日券は各料金から+200円
■アクセス:名古屋駅から地下鉄東山線で「伏見」駅下車、鶴舞線に乗り換え「大須観音」駅下車、2番出口から南東へ徒歩5分
■問い合わせ:刈馬演劇設計社 090-9178-9199
■公式サイト:http://karumaengeki.wix.com/karuma