高野麻衣・宮本珠希・高橋森彦が振り返る、“プリンセスもの”の王道をゆく『Ballet Princess~バレエの世界のお姫様たち~』
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ドラマ性豊かなバレエを創る、伊藤範子という才能
高橋:伊藤さんは谷桃子バレエ団のプリマバレリーナとして長い間踊られてきました。近年『道化師~パリアッチ~』(谷桃子バレエ団、2013年)、『ホフマンの恋』(世田谷クラシックバレエ連盟、2014年)を連打し、物語のあるバレエに新生面を開き振付家としても注目されています。今回も3つのプリンセス物語を見事に繋げた構成力に唸りました。
宮本:3つの物語をアンちゃんの成長という視点を通して描いたのは見事。バレエを習っている小さなお子さんも、いっそう物語にのめり込んだのではないかと思います。
高橋:伊藤さんは元々オペラの振付の仕事をされてきました。音楽センスに定評があり『白雪姫』にはチェレプニンの『アルミードの館』よりを用いています。
『白雪姫』木村優里
高野:全体構成が良かったのは音楽の使い方も良かったからだと思います。使うべき曲をセレクトしていて不自然さがなく、心地いい。終始アンちゃんの物語に集中できたのは、伊藤さんが音楽に細心の注意を払われたからではないかと確信しています。全員ロシアの作曲家の曲で、どこかでつながっている。世界観に合っていたと感じました。
宮本:オペラに携わっていらっしゃったということもあり、ドラマ性を大切にされる方だなとあらためて思いました。音楽性が豊かで、ストーリーに自然と入っていけるようなテンポの良い振付だったと思います。
高橋:『シンデレラ』の振付はオリジナルです。主役2人の踊りでは、ダンサーの個性やバランスを活かしながら互いの気持ちの高まりを巧みに表していました。伊藤さんは主演の経験が豊富でいらっしゃることもあり主役のパートの魅せ方も上手いと思います。
宮本:オーセンティックな美しさがありましたね。
『シンデレラ』池田理沙子、橋本直樹
『シンデレラ』
『シンデレラ』
キャスティングの妙に注目!
高橋:キャスティングの豪華さ・新鮮さが話題になりました。
宮本:主役の方々はもちろんですが『眠れる森の美女』のソリスト陣が心憎いなと思いました。「そう来たか!」と(笑)。
高野:ポイントは?
宮本:たとえば赤ずきんを踊った塩谷綾菜さんなどは、彼女が十代の頃からコンクールで見ていて、情緒的な踊りをするダンサーだなと思っていました。しかし、関西を中心に活動されているので、なかなか東京で踊られる機会が少なかったのですね。
『眠れる森の美女』塩谷綾菜、小山憲
高橋:大きな団体の所属ではなかったり地方で活動していたりする人もフォローしている。
高野:そういう方々をひとつの舞台・ストーリーの中でみられるのは贅沢ですね。二山治雄さんのようにコンクールで受賞されテレビに出ていて目に入ってくるということもあります。「そういった方も出ているんだ!」という喜びもある。
高橋:ベテランでも『シンデレラ』の義理の姉妹を樋口みのりさん、樋口ゆりさんというリアル姉妹が演じるといった話題が仕込まれていました。
『シンデレラ』樋口ゆり、高岸直樹、樋口みのり
宮本:息もぴったり!ベテランの方が脇を固めることによって、より舞台の密度が濃くなってくる。役柄の個性が際立つナイスな采配でした。
魅惑的な3人のプリンセスと2人の王子
高橋:『白雪姫』の表題役の木村優里さんは2015/2016シーズンから新国立劇場バレエ団にソリストとして入団し売り出し中。長身でスケールの大きな新人として話題です。
『白雪姫』木村優里
宮本:フレッシュで白雪姫の雰囲気に合っていましたね。スタイルが良く華もある。それに彼女はテクニックも強いんですよね。
高橋:『シンデレラ』の表題役は池田理沙子さん。2016/2017シーズンから新国立劇場バレエ団にソリストとして入ります。コンクール受賞歴が豊富で伊藤作品『ホフマンの恋』でも注目されました。
『シンデレラ』池田理沙子
宮本:とても可憐でした。シンデレラには、清らかさや初々しさも大事です。きっとこれから色々な役を経験して、さらに魅力的な踊り手になられるのだと思います。
高橋:王子の橋本直樹さんは容姿端麗でテクニックも端正。絵に描いたような王子様でした。プリンセスものに王子様は付き物だと思いますが、高野さん、いかがですか?
高野:私、王子にはあまり思い入れがないんですよね。姫ばかり見ていました(笑)。
高橋:『眠れる森の美女』のオーロラ姫はプリマバレリーナの試金石と言われます。米沢唯さんは新国立劇場バレエ団のトップに位置するプリンシパル。先年、英国ロイヤル・バレエ団きっての貴公子であるワディム・ムンタギロフと全幕を踊った時も素晴らしかったですが今回もオーラを感じさせ踊りの出来ばえも抜群でした。
『眠れる森の美女』浅田良和、米沢唯
宮本:今回は第3幕のみということで、踊りはほぼグラン・パ・ド・ドゥの部分のみでしたが、主役としての気品や風格はさすがでしたね。
高野:あの支配力!
宮本:技術的な部分はもちろんですが、加えて圧倒的な華や存在感など、観客を惹きつけて止まない力を持っていることがプリマの条件なのだと感じます。
高野: その力っていうのは、きっと小さな子供にも伝わる。憧れとして「あれになりたい!」という指標になりますよね。
高橋:王子役の浅田良和さんは現在フリーランスですが、複数のバレエ団から主役や重要な役柄として呼ばれる若き実力者。脚のラインも非常に綺麗ですね。
宮本:足先が美しく動きも伸びやか。彼のソロは見どころ満載です。
脇を締めるベテラン、清新な若手
高橋:先ほど樋口姉妹の話をしましたがベテランの力も大きい。特筆は『眠れる森の美女』のリラの精を踊った新国立劇場バレエ団プリンシパルの長田佳世さん。大らかに舞台を包みこんで素晴らしかった。また長田さんは最後、アンちゃんのお母さんとしても出てきて大らかな母性を感じさせました。
『眠れる森の美女』大谷莉々、長田佳世、高岸直樹
宮本:リラの精は王子を導き、物語を牽引していく役割で、カラボスと対比して善の象徴でもあります。オーロラ姫と王子を包みこむような器の大きさ、説得力が必要なので長田さんに適任でした。
高橋:悪の象徴のような役であるヴィランを演じた高岸直樹さんも大活躍でした。『白雪姫』では王妃になって白雪姫に毒を盛り、『シンデレラ』では継母になり、『眠れる森の美女』では悪の象徴カラボスとなる。高岸さんがストーリーの鍵を握っていましたね。
『眠れる森の美女』高岸直樹
高野:隠し味というかスパイスというか。顔立ちも洋風で彫りが深くて好きでした(笑)。
高橋:偉丈夫でベジャールの『ザ・カブキ』の主役・由良之助を東京バレエ団の国内外の公演でたくさん踊ってきました。今回は芸風の広さを示しましたね。
高野:観客との会話じゃないけれど語りかけられているような感じもありました。
宮本:『ドン・キホーテ』の表題役などのキャラクターも意欲的に踊られていますしね。表現の幅を感じました。
高野:萩尾先生には『ロットバルト』という作品もあるんです。『白鳥の湖』の舞台裏を描いたサスペンスで、そこに出てくる悪魔ロットバルトと高岸さんが被ります。
高橋:先ほど宮本さんがおっしゃられたように『眠れる森の美女』のソリストも多士済々ですね。宝石の副智美さんは浅田さんの公私のパートナーでソリスト経験が豊富です。同じく宝石の田中絵美さんもきちんと踊れる人。白い猫を踊った松本佳織さんは東京シティ・バレエ団の気鋭の若手でチャーミングです。
『眠れる森の美女』田中絵美、西野隼人、副智美
『眠れる森の美女』荒井成也、松本佳織
高野:松本さん、可愛かったですね!
高橋:赤ずきんの塩谷さん、フロリナ姫の五十嵐愛梨さんはコンクールで注目されたホープ。宝石の西野隼人さん、狼の小山憲さん、長靴をはいた猫の荒井成也さんは各公演で幅広く活躍されています。『シンデレラ』の道化を踊った田村幸弘さんは国内コンクールで第1位を総なめのテクニシャン。そして先ほども話にのぼりましたが『眠れる森の美女』のブルーバードを踊った二山さんは2014年のローザンヌ国際バレエコンクールで第1位となり奨学金でサンフランシスコ・バレエ・スクールに留学後帰国して現在国内で活動中です。
『眠れる森の美女』五十嵐愛梨
宮本:二山さんの身体はとにかく柔軟性に富んでいて、ひとつひとつのポーズやムーヴメントの精度が高い。何年か前、某コンクールで彼が踊りだした瞬間に客席から「オー!」という声が出て、最後には大きな拍手が起こっていたのを今でも覚えています。
『眠れる森の美女』二山治雄
高野:私の中のブルーバードのイメージともマッチしていました。
高橋:ほかにイチオシのダンサーの方はいますか?
宮本:やっぱりアンちゃん!
少女アン:大谷莉々
高野:そう、アンちゃんが良かった!
高橋:アンを演じた大谷莉々さんはオーディションで選ばれたそうですが、お芝居が自然で上手でしたね。
高野:あまりにも自然。
高橋:伊藤マジックですね。