『モーツァルト!』2016年韓国版を演出 小池修一郎インタビュー[前編]

2016.6.26
インタビュー
舞台

小池修一郎  写真提供:EMKミュージカルカンパニー


2010年に初演し、韓国では今年で5回目の再演を上演中のミュージカル『モーツァルト!』。今回の目玉は、何といってもこの作品を世界的に知らしめるきっかけとなった日本版を創り上げた小池修一郎が演出を担当していることだ。原作者のミハイル・クンツェ&シルヴェスター・リーヴァイが「こんな作品を見たかった!」と絶賛し、いまや韓国でも定番の人気作となっている『エリザベート』も小池が演出した日本版の土台があってこそ。直接演出を手掛けなくとも、すでにさまざまな面で韓国ミュージカルに影響を与えてきた演出家だ。

今回、演出家生活30年にして初めて海外作品の演出に挑んだ小池に独占ロングインタビューを敢行。全ミュージカルファン必読です!

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●毎年日本で次々と大作の演出を手掛けられ、大変お忙しいはずの小池先生が韓国版『モーツァルト!』の演出を手掛けられると知ったときには大変驚きました。どのような経緯で演出することになられたのでしょうか?

「韓国の初演(2010年)のときに、キム・ジュンスさんの舞台を見せてもらって、僕はハングルだったから読めなかったんだけど、パンフレットにソフィさん(注:制作会社EMKミュージカルカンパニーのプロデューサー、ソフィ・キム(김지원)さん)が、帝劇の前で撮った写真と一緒に、日本版を見て面白いと思って、韓国でもやりたいと思ったという文章を寄せていらしたらしいんです。ウィーンではなく日本の舞台に関心を持ってくださったのがすごく嬉しくて。それからまたいろいろとバージョンが変わったというので2014年にもパク・ヒョシンさんでまた見せてもらいました。それから『エリザベート』や他の韓国ミュージカルも見に来たりしていたし、EMKの方も日本に来てくださったりして親しくさせていただいているなかで、2016年にまた上演するので(演出を)どうですか? というお話しをいただいてとても嬉しかったんです。だけど、いま実は日本では宝塚と東宝の両方で『エリザベート』の稽古をしているんですよ。なのでスケジュールの調整がつくかが問題だったんですけど、当初の日程よりも調整してくださったんです。それならばギリギリ出来るかな? と。日本側も協力してくれたし、何よりもEMKのほうで開幕日などを動かして下さったんですよ。皆さんがそこまでしてくださるなら、何としてでも期待にお応えしたいと思いました」

2016年版のヴォルフガング、イ・ジフン、キュヒョン、チョン・ドンソク

●海外の作品を演出されるのは初めてですよね? これまでもそういうお話があったのではないかと思ったのですが。

「あったんですけど、スケジュールの関係などでうまく行かなかったんです」

●そんなタイトなスケジュールのなかで韓国版の演出をされることになり、先生の健康面を心配されたファンの方もいらしたようです。

「(笑)これからじゃない? 疲れが出るのは(『モーツァルト!』が終わった)これからですね。去年の秋からまったく休んでないですから」

●これまでいろんな作品をご覧になったという、韓国ミュージカルに対してどういうイメージをお持ちでしたか?

「いまから約10年前くらいに韓流ブームが来たときに、日本でもいろんな韓国ミュージカルがツアーで公演をやったんです。でもツアーですから、歌は上手いんだけど作品としてのレベルはそれほど高いとは思えなかった。でも、それから『モーツァルト!』とかいろんな作品を韓国に見に来るようになって、これは韓国ミュージカルを好きな人がみんな言うんだけど、美術なり照明なりのプレゼンテーションがも~のすごい進歩を遂げたから。演劇はいまも昔も大変レベルが高いと思うのね、どんな国にも前衛の演劇というのはそれなりの個性を持ったものがありますから。それは絶対あったと思うんだけど、こういうショービジネスの面で。それに設備も良くて新しい、モダンな劇場がたくさん増えたでしょう? はっきり言って“あっ、一瞬にして日本は抜かれた”と思いました。だって日本は劇場が古いから。あとね、電圧が低いから。日本よりも韓国の照明の機能が電圧の面でぜんぜん良いんです。それはもう、今回圧倒されました。それでこんなに違うんなだと。でも日本の電圧を変えることはできないからね(笑)」

●これまでご覧になった韓国ミュージカルで印象深かったものは?

「『西便制(서편제 ソピョンジェ)』という作品を見たときに衝撃を受けました。ああいう内容をミュージカルという手段で、ここまで洗練された形で描くというのは、ちょっと日本だと無理なんですね。芝居には出来ると思うし、泥臭いミュージカルには出来ると思うんだけど、あれは泥臭さがないところが見事だった。(ストーリーは)泥臭い話なんだけどね。同じタイミングで『光化門恋歌』も見たんですけど、演出のイ・ジナさんという方を大変尊敬しています。まだ韓国ではお会いしたことはないけど。そういう素晴らしい演出家もいるし、音楽、美術、照明とかテクノロジーの面とミュージシャン、指揮者のレベルが高い。多くの人が歌い手のことばかり考えてるけど、韓国のミュージカルがここまで来たっていうのはスタッフが充実してきたんだと思いますね」

注:『西便制(서편제 ソピョンジェ)』は、韓国映画界を代表する監督の一人、イム・グォンテク監督の1993年作品『風の丘を越えて/西便制』の原作となった、イ・チュンジュの小説をベースに2010年に初演。(以降、2012年、14年にも再演)韓国の民俗芸能パンソリ(판소리)の歌い手であるソリクン(소리꾼)の父娘が人生を賭けて芸を追及する壮絶な生き様を描いた作品。

●今回は日本版の台本をベースにされているそうですが、どのように制作されたのでしょうか?

「台本は以前ソフィさんとパク・ヒョシンさんが日本に見にいらして、気に入ってくださったバージョンというか。いみじくもプレスコールでチョン・ドンソクさんが『初演のときに日本の台本を読んだだけでも面白かった』と言ってくださったのはテキストレイジって言うんですけども、日本で上演するときは(ミハイル・)クンツェさんたちと相談し、お願いをして日本人が共感できるように解釈を加えてあるんです。あとは、日本語でやると言葉がたくさん入らない。ドイツ語の半分くらいしか歌詞が入らないんですね。だから、日本版はすごくダイジェストにしてコンパクトにまとめないと同じようには言えず、ドイツ語だとその倍くらいの内容を喋ってるんです。韓国版は70%はカバーしてると思う。言語学的にも一つの言葉が短くて詰まっているでしょう? ひとつのメロディーのなかにたくさんの言葉を入れられるので、これが非常に羨ましかったですね」

●セリフ的には日本版より中身が濃い感じなんですね。

「で、その(日本版のような)アダプテーション(脚色)を(韓国版で)やっても良い、やってほしいということだったんです。見た目的な演出よりも、どういう風に出てくるかというのはやはり台本にあるわけで、その台本に(自分なりの)解釈をちょっとしたところに加えてるわけですよ。例えば、原作ではナンネールと手紙を配達に来た郵便配達の会話から、ヴォルフガングの近況が語られるシーンがあるんです。郵便配達から受け取った手紙をただ読むだけではつまらないし、ナンネールの状況が分からないから、それを、原作の年号的にナンネールは結婚していたはずなので、郵便配達から夫に変えて、夫に言わせてるんです。(二人の会話に出てくる)家の修理の話題は僕が付け加えましたけどね」

2016年版は、2幕のコンスタンチェのシーンに変化が

●これまで日本版にはあったけど、韓国版に今回新しく盛り込んだようなシーンはありますか?

「2幕のコンスタンチェ関連のシーンは日本以外ではやっていなかったですね。日本初演のコンスタンチェは松たか子さんという大女優だったのに、ウィーン版だと出番が足りなかったというか、描かれ方が中途半端だったので歌をリプライズさせることで膨らませたんです。それがないと、1幕の冒頭にある、コンスタンチェがメスマー博士をヴォルフガングの墓に案内して頭蓋骨を掘り返してお金をもらう、というシーンで、彼女がそれをどういう心情でやったのか、ということを符合させないとただの嫌な女になってしまって勿体ないと思ったし、ちょっとはロマンチックな色も加わるかと思ったんです」

●前回の2014年版と比較すると、ヴォルフガングと家族(レオポルト、ナンネール)との関係よりも、今回はコンスタンチェおよびその一家との関係に重きが置いてあったように思えましたが?

「コンスタンチェとその家族が出てくる出番は変わってないし、前の韓国版でもやってるはずです。2014年版では母親セシリアと娘コンスタンチェの歌が2幕の頭にあったんですけど、それをカットしているので。でもインパクトという面では、セシリア役のチョン・ヨンジュさんの迫力ある演技もあるし、コンスタンチェが密接に絡んできてるから。コンスタンチェはアマデとヴォルフガングを取り合ってるわけで、そこに家族が登場するから印象が強いのかもしれませんね」

ヴォルフガングの心情を繊細に表現するイ・ジフン

●3人のヴォルフガングの魅力を教えてもらえますか? プレスコールではイ・ジフンさんはとても繊細な演技を見せるとおっしゃっていましたね。

「イ・ジフンさんは俳優としてのキャリアが長いから、役の作り方とか周者とのたちとの関係性をすごく考える人ですね。演技の作り方がフレームインする感じというか、非常に映像的なんですよ。それと、大人の目でヴォルフガングの演技をすごく考えてるなと思いました」

●チョン・ドンソクさんは?
「ドンソクさんは本当に天真爛漫だと思いますね。とても素直だし、ちょっと子供っぽいところもあって。そういう彼の純粋さというか喜怒哀楽というか、自分の感受性にすごく忠実なところがあるから、ヴォルフガングとオーヴァーラップするところがあると思いますよ。彼はすごく身体が大きいじゃないですか、だからヴォルフガングのイメージとはちょっと離れてしまうところもあるんだけど、彼が内面的にうまくオーヴァーラップすることで、(ヴォルフガングは)あ、こういう人だったのかな? と思わせますね」

純粋さとスケール感のある歌唱力が魅力、チョン・ドンソク

●キュヒョンさんはどうでしょう? プレスコールで「影を逃れて」を歌ったシーンはとても良かったです。

「(取材の時点で)まだ彼の本番を見れていないのですが、ドレスリハーサルのときは頑張ってやっていました。彼はとても忙しいので、舞台稽古の1幕に彼は参加できなかったんです。だけどちゃんとやれていたから、それは大したものだと思いましたね。あるスタッフが『韓国のアイドルはテックリハーサルに来れなくても、ビデオを見て覚えれば本番が出来るんです』とおっしゃって、韓国のアイドルをこれからは神童と呼ぼうかな、と(笑)」

キュヒョンの悩めるヴォルフガングは必見

●韓国のアイドルはコンサートやイベントで場数を踏んでいるぶん、フレキシブルに動けるというか、そういう部分では逆に舞台俳優よりも強みがある思います。

「それは日本のジャニーズのアイドルも同じじゃないですか。出たとこ勝負強いです。あのー、彼はテレビだと結構毒舌キャラなんでしょ?(笑) 僕は知らなかったんだけど、テレビで見ると、とても頭が良くて、間のいいことをパッと言って、その場をさらうというか。そういう頭の良さを稽古でも非常に感じましたね。ただ、これがヴォルフガングとしてどういう風になるか? というか、ドンソクさんの場合は役柄と自分を重ねる部分があるし、ジフンさんは自身が持っている繊細さと重ねてると思うし。キュヒョンさんの場合は“悩める芸術家像”の部分が先に出ちゃうかもしれない。それを本番でどうコントロールしていけるかですよね。だから2幕のときはすごくいいんだけど、(溌剌とした青年期を演じる)1幕のときは割と落ち着いた人に見えるので、それをこれからどう見せるかですね」

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インタビュー後編では、稽古中の裏話や日韓ミュージカル界の今後について伺いました!

⇒インタビュー【後編】を読む



【公演情報】

ミュージカル『モーツァルト!』(모차르트!)
2016年6月10日~8月7日 世宗文化会館大劇場

 
<出演>
●ヴォルフガング・モーツァルト役:イ・ジフン、チョン・ドンソク、キュヒョン(SUPER JUNIOR)
●コンスタンツェ役:キム・ソヒャン、ナンア
●コロレド大司教役:ミン・ヨンギ、キム・ジュンヒョン
●レオポルト役:イ・ジョンヨル、ユン・ヨンソク
●ナンネール役:ぺ・へソン、キム・ジユ
●ヴァルトシュテッテン男爵夫人役:シン・ヨンスク、キム・ソヒョン
●セシリア・ウェーバー役:チョン・ヨンジュ
●シカネーダー役:ホン・ロッキ、イ・チャニ

 
脚本:ミヒャエル・クンツェ/作曲:シルヴェスター・リーヴァイ/演出:小池修一郎/協力演出:クォン・ウナ/韓国語詞:パク・ヨンミン、イ・ソンジュン、パク・インソン、キム・ムンジョン、クォン・ウナ/音楽監督:キム・ムンジョン/振付:イ・ラニョン/舞台:チョン・スンホ/衣装:ハン・ジョンイム/ヘアメイク:キム・ユソン/音響:山本浩一/音響スーパーバイザー:キム・ジヒョン/照明:グ・ユニョン/映像デザイン:ソン・スンギュ/舞台監督:イ・ジノ/制作監督:チョン・ウニョン
 
●公式サイト:www.musicalmozart.co.kr
 
取材、写真協力:EMKミュージカルカンパニー
 
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