『モーツァルト!』2016年韓国版を演出 小池修一郎インタビュー[後編]
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プレスコールでは演出家自ら、各場面を丁寧に解説した
ミュージカル『モーツァルト!』の2016年韓国版を演出した小池修一郎独占インタビュー。後編では、稽古の裏話や、舞台美術、そして、日韓ミュージカル界の未来までを伺いました。舞台ファンには興味深いエピソードが盛りだくさん!
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●稽古はどんな感じで進められたのでしょうか? プレスコールではコロレド大司教役のミン・ヨンギさんが「ディテールが細かく描かれている」とおっしゃっていましたが。
「今回は、日本でやってる稽古に比べたら10分の1くらいの細かさじゃないかな(笑)。というか、韓国のみなさんはある意味“歌手”ですから、音楽的な部分はカッチリ掴んでいるじゃないですか。そこで感情的な部分の道筋を確認する、という形で進めました。ミン・ヨンギさんは初演からずっとやってこられた方だし、何度も出演してきた方も、初めて出演した方も、自分なりのイメージを持っている方が多かった。何度も再演している作品ですから、白紙の状態ではなかったですね」
稽古中の様子 写真提供:EMKミュージカルカンパニー
●そして前回から大きく変わったセットも興味深かったんですが、センターに独特の動きをする大きな要塞のような階段があって、宝塚の大階段を彷彿とさせました。
「それはね、(舞台美術の)チョン・スンホ先生が、おそらく宝塚の舞台をご覧になって、銀橋を作りたいとまずおっしゃったんです。あの階段も、たぶん彼の頭の中では宝塚の大階段がもっと変化したら面白いだろうと思われたんだと思いますね。私的には、普段自分でも扱っている慣れ親しんだものだから、韓国の方々がこれに新鮮味を感じてくださるならいいなと思いました」
●では小池先生からこう作ってほしいとリクエストされたのではなかったと? 次のシーンに転換するときに、テレビ画面がワイプするような幕の使い方も面白かったです。
「はい、すべてスンホさんから出てきたアイデアです。当初からライトと映像的なパフォーマンスにしたいとおっしゃっていて、普通舞台美術家は逆なんですよ。予算的に映像や照明にお金がかかると、小道具が減ったりするから嫌がる人が多いのね。だけど逆に美術家のほうからそう言われるのは初めてだったから、すごくびっくりした。でも道具は道具で、EMKさんは大変大きな予算を持っているので、あんな大きいものを全部作ってくださいました(笑)」
センターにある回転、変形する大きな階段が目を引く
●韓国の『モーツァルト!』で初めて銀橋が導入されたのがやはり新鮮でした。
「毎回思うんですけど、世宗文化会館がとても大きい会場なので、ちょっと奥に入ったところで芝居をやっても、なかなか観客に届きにくいんですよね。ハイライトでみんなで歌うシーンなんかは、一番後ろで歌ってもいいと思うのね。『モーツァルト!』の場合は、アマデって子供だし、『エリザベート』のトート(死)のほうが抽象的なはずなんだけど、“才能”っていうのは別の意味で表現が非常に難しい。トート(死)の場合は現象でもあるのけど、才能の場合は現象じゃないから。過去に制作した話を聞くとその部分はスルーしてきたような印象を受けたんです。だけど、ドンソクさんやヒョシンさんなど、日本版の台本を読んだり見たりして面白いと言ってくださったのは、その部分が分かりやすかったからだと思うんです。世宗でもその部分を分かりやすくしないと、と思ったので銀橋もあることだし、アマデやモーツァルトを前に出したりしたんです」
ヴォルフガングやアマデ役の俳優たちの渾身の演技を間近で堪能できる
●重要なポイントとなる芝居を目の前に来て演じてくれるので、観客の立場からするととても嬉しいと思います。
「いまからでも1列目と2列目は
日本版にはないヴォルフガングとコロレド大司教が対峙するシーンは圧巻!
●劇場ロビーには日本からいらした方をたくさんお見掛けします。日本の『モーツァルト!』ファン的見どころというか、日本版にはない、特別に盛り込んだシーンなどはありますか?
「(2幕後半の)『楽な道はいつも間違った道(쉬은 길은 늘 잘못된 길)』というコロレド大司教とヴォルフガングが歌うシーンがあるんですけど、あれはハンガリーで付け加えられたシーンだと思います。日本でもやってないし、昔のウィーンやドイツでもやってなくて、韓国では前回の2014年版から入ってるのかな? ちょっと筋のなかに入れるにはやや難しい曲ではあるんですけど、確かにコロレドとヴォルフガングのデュエットはとても魅力的なので日本版でも入れてほしいという意見もすごくあったんですね。でもストーリー的に難しい。日本のミュージカルファンは演劇ファンだから、辻褄が合わないって言われるかもしれないね。でも韓国の場合はやっぱり音楽ファンだから、プロットにこだわらず入れてみたというか。プレスコールのときのミン・ヨンギさんは凄かったよね! 息づかいがマイクを通して聞こえるほどだったもの(笑)。それほど迫力のあるシーンになっているってことですね」
●今回、初めて韓国で演出をされて、改めて感じたことなどありましたか?
「まず韓国語がすごく羨ましいと思うところは、スピードがあるんですよ。だからセリフが音楽にちゃんとはまっていくんです。短く言い切れるってことは日本より音楽も短く終われるんですよ。2幕でレオポルトがコロレド大司教に『早く息子を連れて来い!』と言われて、『それなら孫を連れてきます』というシーンがあるんだけど、みんな凄い早口で喋ってるんじゃないの? と聞いたらそうじゃない、と(笑)。あの内容を日本で同じスピードでやろうとしても出来ない。日本の俳優だとタメを作っちゃったりとかして時間が3倍くらいかかりますよ。だから、西洋原作のミュージカルは、(日本よりも)原典に近い状態でやれてるでしょうね。逆に韓国の人たちからすると、日本のミュージカルはなんでこんなにまったりとやってるんだろうと感じると思いますよ」
●韓国ミュージカルの良い面で、日本に取り入れたいと思ったことはありますか?
「ミュージカルという文化の違いだと思うんだけど、韓国はやはり音楽中心のものなんです。日本もそうではあるんだけど、やっぱりミュージカルは演劇のジャンルに入っていて。ドイツや、ことフランスでは雑誌などで紹介されるときに演劇と同じページでは紹介されていないんです。サーカスやショー的な扱いで下に見られててガッカリしちゃうんだけど。日本では演劇として扱われているけど、それゆえに(物語、演技など)そっちばかりが論じられて、作品がもともと持っている音楽的な良さとかは二番目になってるところがあるんですよね」
写真右が、劇団四季出身で日本語が堪能なアルコ伯爵役のイ・ギドン
●韓国版『モーツァルト!』キャストのなかで、この人は日本でもやらせてみたいな、と思った人などはいませんでしたか?
「脇役の俳優で、演技も歌も出来て、キャラクターもある人はなかなかいないんですよね。面白くて軽妙なんだけど、歌うとこのくらいか…みたいな。そんななかで、アルコ伯爵役のイ・ギドンさんが、舞台稽古に入るまで劇団四季にいたことを知らなかったんです。プロフィールにも書いてなかったし、本人も言わないんだもの(笑)。舞台稽古に入ってビックリした。日本語ペラペラなんですよ。だけど、いつも質問するときに彼は通訳を介して話してたのね。で、一度アンサンブルの人たちが疲れちゃって、集中してないことがあってイライラしたから、僕が通訳さんにちょっとボヤいたんですよ。その時に、ギドンさんがアンサンブルを集めて説教してらしたのね。私が苛立ってることを察して注意してくれたのかと思って感謝してたんですね。だけど今思うと、彼は僕がブーブー言ってた日本語を全部分かってたんだ!(笑) な~んだそうだったのか!と思って(一同爆笑)。俳優さんだから、下手すると通訳さんより流暢だし、ボキャブラリーが多いの。劇団四季出身だから、外国人が大変な母音もちゃんと出来てるんですよ。ちょっと調べたら2年くらい前に彼は日韓合同のコンサートの司会とかやってたんです。だけど四季で何年もやってたなんて誰も教えてくれなかったらビックリした(笑)」
●では最後に、日韓のミュージカル界がこれからどうなっていけばいいなと思っていらっしゃいますか?
「今までもいろんな交流があったと思うし、これからもどんどんやっていければいいなと思います。最近も大学路(テハンノ)の小劇場ミュージカルが日本で上演されてきているし、(韓国の俳優が日本公演に出演し、日本の演出家・栗山民也が韓国版を演出した)『スリル・ミー』のような交流もありましたよね。言語の問題はとても大きいと思うんだけども、ヨーロッパに比べると、韓国や日本は東アジアでルーツ的は同じじゃないですか。オーストリアでは国が小さいせいもあって、アメリカ、オランダ、ノルウェーとか、ウィーンミュージカルにはいろんな国の人が出演してるんです。だから日韓には言語の壁はあるんだけども、中国や東南アジアを入れても、言語的にはウィーンの状況よりも近いかもしれない。本当に悔しいんだけど、僕がいま20代だったら韓国に留学して、大学路でミュージカルを作ろう!とかやったと思うんですよ」
●そういう意味では韓国の舞台制作の環境がとても羨ましい部分があると?
「いっぱいありますね。まず政府からお金が出てバックアップがあること。それに周りの人がそれをすごく温かく見守ってる気がするのね。演劇そのものは日本の70年代とか80年代の熱さに近い気がするんだけど、同時に社会のなかでのステータスがポジティブなんじゃないかな? 日本でもそういうものは認められてるんだけども、やっぱり儲からない芸術としての認知度があって(笑)。韓国だともうちょっと、みんながそこに夢を持ってる気がするんですよ」
●韓国でも“儲からない芸術”という認識は同じだと思いますけどね(笑)
「同じなんだけど、そこに対する夢のあり方がね、すごく熱いと思います。韓国の人らしいというか、そこが羨ましくて。日本だとやっぱり昔も今もミュージカルって、どうやっても『アメリカ人の真似だ』という意見があると思うんです。でも韓国ではそういう風には言わないんじゃない? いくらアメリカで始まったものでも、自分たちなりに、彼らよりもっと上手くできるという自負があると思うんです」
●テレビでオーディション的な番組もあったりして、小さいころから「ミュージカル俳優になりたい」と言ってる子供がたくさんいるんですよ。
「日本でもそういう子が昔はいたけどね、80年代くらいでみんな挫折したんじゃない?(笑)。いまの子はそんなこと言わなくなっちゃったんで、とても残念です。だから、ほんっとにね、いま若かったら、もっとやるのに!と思いますね。韓国やアジアの俳優が融合して世界と伍して行く、というのを考えたと思う。例えば『ミス・サイゴン』とか、(ウエストエンドで)韓国の俳優も出てたじゃないですか。そういう作品もあるんだけど、あれは西洋人が見たアジアのなかに組していくだけだから。本当はアジア人が考えることをアメリカやヨーロッパの人たちに見せていくような時代が来てもいいと思う。これまでは彼らが見た東洋っていうのを私たちは一生懸命学んできたわけですよ。ちょっと悔しいよね。だから一つの国の話じゃなくて、もうちょっと広がりがあると“アジア人も出来るんだ”と思わせることができるんじゃないかな?」
●将来そういう作品を手掛けられたらいいな、と?
「出来ればいいんですけど、たぶんそれを僕は老人ホームかなんかに入って見てるんじゃない?(笑)。ネットで中継を見たりとか(笑)」
●また韓国で演出のオファーが来たらやってみたいですか?
「スケジュールの調整ができれば、喜んでやってみたいですよ。元々小劇場が好きだったのに、日本で一番大きいくらいの劇団(宝塚歌劇団)に就職しちゃったんで、劇場も日本で一番大きな劇場でやる作品ばかりなんで、大学路の小劇場作品みたいなのはやれないで来てるんでね」
●逆に大学路みたいなところに憧れがあるんですね。
「そうなんです。日本でも小さな劇場で若者たちがやってはいるけども、そういう小劇場ブームっていうのはもう去っているんですよ。私が若い頃にはあった、そういう熱気みたいなのがまだ大学路には残っているから、もう羨ましくて羨ましくてしょうがない。ほんっっっとに! 生まれ変わったら……と思うんですけどね(笑)。これから日韓の若いひとたちは、お互いにインターネットとか世界共通のツールをいっぱい持ってるから、作品をどんどん作れると思うんです。そういう時に、それぞれの国民性は感情表現のなかにあると思うんだけど、それが互いに理解できないものではないと思うのね。むしろとても理解できる。だから『西便制(ソピョンジェ)』みたいな作品は、日本人も絶対好きだと思いますよ。そういう部分でもお互いに共有できるものがいっぱいあるから、上手くやれたらいいと思いますよ。僕も楽しみにしてます」
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大学路のような劇場街や、新しい劇場が多いのが羨ましいとおっしゃっていた小池先生。先生が大学路で小劇場ミュージカルを演出! なんてことがあれば、それこそ大きな話題になると思いますが、日韓舞台シーンの交流がさらに進めば夢ではないかもしれません。
今年の韓国版について細かく解説してくださったこのインタビューを読めば、観劇の際にかなり参考になるはずです。ぜひ一人でも多くの方に、小池演出版『モーツァルト!』を観ていただければと思います。
⇒インタビュー【前編】を読む
【公演情報】
ミュージカル『モーツァルト!』(모차르트!)
2016年6月10日~8月7日 世宗文化会館大劇場
●ヴォルフガング・モーツァルト役:イ・ジフン、チョン・ドンソク、キュヒョン(SUPER JUNIOR)
●コンスタンツェ役:キム・ソヒャン、ナンア
●コロレド大司教役:ミン・ヨンギ、キム・ジュンヒョン
●レオポルト役:イ・ジョンヨル、ユン・ヨンソク
●ナンネール役:ぺ・へソン、キム・ジユ
●ヴァルトシュテッテン男爵夫人役:シン・ヨンスク、キム・ソヒョン
●セシリア・ウェーバー役:チョン・ヨンジュ
●シカネーダー役:ホン・ロッキ、イ・チャニ