《ファウストの劫罰》入門〜作品の魅力を知るために〜
-
ポスト -
シェア - 送る
左:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団版/右:東京交響楽団版
この9月、奇しくも首都圏の2つのオーケストラがベルリオーズ畢生の大作、劇的物語《ファウストの劫罰》をほぼ同時期に演奏する。ストーリー、音楽ともに魅力溢れる傑作ながら大規模な作品ゆえ、上演される機会は少ない。この作品を異なるオーケストラで聴き比べながら存分に楽しむ、千載一隅のチャンス到来だ!
『ファウスト』について
文学としての魅力、そして後世への影響
■ファウスト伝説に魅せられたゲーテ
ゲーテ(1749〜1832)の『ファウスト』を読んだことがおありだろうか? とっつきにくそうな印象があるかもしれないが、少なくともその第1部は、そうとう面白い読み物だ。主人公のファウストは、ルネサンスの時代に生き、諸学に通じた学者として、また錬金術にも長けた魔術師として伝説化された人物。17〜18世紀ドイツの民衆本や人形劇でおなじみの怪しい博士だった。
子供のころ人形劇のファウストを見て心奪われたゲーテは、その後長い年月をかけてこの題材に取り組んで、第1部(1808年)と第2部(1832年)からなる畢生の大作戯曲(劇詩)を完成させた。知識と行動への無限の欲求に突き動かされる老学者ファウストが、悪魔メフィストフェレスと契約を結び、若さと活力を得て生の充実を味わい、時空を超えた世界を遍歴する物語には、著者ゲーテの人生と思想と体験のすべてが盛り込まれているといっていい。
分量的にも第1部の倍くらいある第2部は、内容があまりに壮大で、読破するにはそれなりの覚悟が必要だが、若返ったファウストと庶民の娘グレートヒェンの恋愛悲劇を扱った第1部は、長くもないし、いろいろ面白いので、クラシック・ファンなら、まずは第1部だけでもぜひ読んでみていただきたい。というのも、『ファウスト』(特にその第1部)からは多くの名曲が生まれているからだ。
■『ファウスト』と音楽
ゲーテは『ファウスト』のオペラ化を望んだが、彼が最も適任と考えたモーツァルトは、とっくに世を去っていた。ドイツ・オペラにはファウストものは意外と少なくて、19世紀のシュポア、それに20世紀のブゾーニくらいのもの。ドイツ語圏の作曲家にとってはドイツ文学の最高峰『ファウスト』は、オペラ化に取り組むには荷が重すぎたのかもしれない。
シューマンは断片的な「ファウストからの情景」にとどまり、リストは最後に短い合唱曲が歌われる「ファウスト交響曲」を作曲した。マーラーの交響曲第8番にも『ファウスト』からの詩句が用いられている。
『ファウスト』のオペラ化では、むしろドイツ以外のフランスやイタリアで見るべき成果が上がった。ベルリオーズの《ファウストの劫罰》、グノーの《ファウスト》、それにボーイトの《メフィストフェーレ》がそうだ。フランス人グノーが作曲したファウスト・オペラが人気作となったことは、ドイツ人にはいささか癪にさわったのかもしれない。
ドイツでは今もなお、この名作オペラを《ファウスト》とは呼ばずに、主人公に誘惑されて捨てられる少女の名前である『マルガレーテ』と呼ぶことも少なくない。
文:田辺秀樹
「ファウストの劫罰」
〜“聴きどころ”と演奏の“聴き比べ”の魅力
「ファウストの劫罰」は、フランスの革新的作曲家ベルリオーズ(1803〜69)の代表作のひとつ。斬新な「幻想交響曲」をベートーヴェンの死の僅か3年後に発表した彼は、色彩的な管弦楽法を用いた交響的大作や「標題音楽」の開拓者としてワーグナー等に影響を与えた。
本作も、巨大編成の管弦楽、4人の独唱、混声6部合唱、児童合唱を要する、全4部20景の大作で、1846年に発表された。オペラの形でも上演されるが、本来は演奏会用の「劇的物語」。交響曲とオペラの魅力を併せ持つ“一挙両得”の作品だ。
ゲーテの『ファウスト』第1部に拠る内容は、グレートヒェン(本作ではマルグリート)の悲話が中心。ただ、人気の〈ラコッツィ(ハンガリー)行進曲〉を入れるためのハンガリーの場など、独自の発想が盛り込まれてもいる。
第1部は華麗な〈ハンガリー行進曲〉、第2部は、酒場で学生ブランデルが歌う〈ねずみの歌〉、悪魔メフィストフェレスが歌う〈蚤の歌〉、精妙な〈妖精の踊り〉等が聴きどころ。第3部は、マルグリートが歌う〈トゥーレの王〉から、〈鬼火のメヌエット〉を挟んで、〈メフィストフェレスのセレナード〉〈愛の二重唱〉まで、オペラティックな魅力に富んでいる。第4部はリズミカルな〈地獄への騎行〉が聴きもの。そしてラストのピュアな美しさが感動を呼ぶ。ちなみに〈ハンガリー行進曲〉〈妖精の踊り〉〈鬼火のメヌエット〉は単独の管弦楽曲としても名高い。
この9月、東京シティ・フィルと東京交響楽団が続けて本作を演奏する。ライヴ自体が貴重な上に、クラシックの醍醐味“聴き比べ”ができる稀な機会だ。オール日本勢の前者、海外勢主体の後者の比較も妙味だし、併せて聴けば新たな発見や楽しみを味わえるに違いない。
さらにダンス公演でも、『ファウスト』を題材にしたフィリップ・ドゥクフレ カンパニーDCAによる『CONTACT─コンタクト』が、10月に彩の国さいたま芸術劇場などで上演される。しからば秋は「ファウスト」に浸ろう!
文:柴田克彦
ベルリオーズ:劇的物語「ファウストの劫罰」
●東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
指揮:高関 健
ファウスト:西村 悟 メフィストフェレス:福島明也
マルグリット:林 美智子 ブランデル:北川辰彦
合唱:東京シティ・フィル・コーア、江東少年少女合唱団
第300回記念 定期演奏会
9/10(土) 14:00 東京オペラシティ コンサートホール
S¥6,300 A¥5,300 B¥4,200 C¥3,200 プラチナ(60歳以上)PS¥4,800 PA¥4,000 U20(小学生〜20歳・座席指定不可) ¥1000 U30(21歳〜30歳・座席指定不可)¥2,000
問合せ 東京シティ・フィル
http://www.cityphil.jp
●東京交響楽団
指揮:ユベール・スダーン
ファウスト:マイケル・スパイアーズ
メフィストフェレス:ミハイル・ペトレンコ
マルグリート:ソフィー・コッシュ ブランデル:北川辰彦
合唱:東響コーラス、東京少年少女合唱隊
9/24(土) 18:00 サントリーホール
S¥10,000 A¥8,000 B¥6,000 C売切
9/25(日) 14:00 ミューザ川崎シンフォニーホール
S¥10,000 A¥8,000 B¥5,000 C¥4,000
http://tokyosymphony.jp