「低音だけ」の異色デュオ、初CDリリース
低音デュオファーストアルバム「ローテーション」ジャケット
バリトンとテューバが生みだす独自の音
「声楽と管楽器は呼吸によって音を生み出す点で近い部分がある」なんて話を聞くことがある。そういえば昔楽器を吹いていた頃には声帯の振動にリードの振動をなぞらえて楽器の指導をされた記憶もあるし、なるほどと思わなくもない。しかし、だからといって「声と管楽器」だけでデュオを編成するのはちょっと想像しにくい。どちらも基本的に「一度に一つの音しか出せない」楽器では旋律はともかく伴奏に回るのは難しく、音量のバランスだってなかなか取りにくいことが想像されるからだ。
ましてそのデュオが「男声とテューバ」という低めの音域だけの組合せだったらどんな音が?というか、どんな曲を演奏するのか?正直に言ってなかなか想像できない。しかしそんな編成のユニットは実際にあり、継続的に活動しており、8月7日ついに初のCDがリリースされた。彼らの名はそのものずばり、「低音デュオ」という。
低音デュオは、多重録音が話題となった初アルバム「MONO=POLI」でも知られる現代作品にめっぽう強いバリトンの松平敬と、これまた現代作品に強いテューバ奏者の橋本晋哉が2006年に結成した現代音楽ユニットだ。私が言葉でどうこう言う前に、彼らの結成の契機となった湯浅譲二の「天気予報所見」、声楽&テューバ版の動画を見ていただきたい。演奏(?)時間は10分ほどだ。
如何だろう。演劇的、パフォーマンス性の強いこの湯浅譲二作品もまた難解と遠ざけられやすい「現代音楽」の一面だ。もしかすると現在の新垣隆の活躍もまた、この文脈に置かれて捉え直される日が来る、かも知れない。
余談はさておき、この作品の声楽&テューバ版初演(オリジナルは声楽&トランペットという編成)をきっかけとして結成された低音デュオだが、元から「声とテューバ」の編成にむいた作品があったわけではない。彼らが自ら現代の作曲家たちに委嘱して「声とテューバ」による音の可能性を開拓し、現在では彼らの委嘱ほかによる世界初演作品は現在27を数えている。
また、橋本はテューバの「先祖」にあたる楽器セルパン(蛇(=serpant)状に曲がりくねった低音金管楽器)の演奏者としても知られており、今回のアルバムで彼らは「声とセルパン」によろ中世の声楽作品も演奏しているのも注目のポイントだ。
独特の編成による彼らだけのサウンド、そして曲ごとに現代と中世を往還するよう作品が配されたプログラミングで、このアルバムは何度でも繰り返し楽しめるものとなっている。低音だけの編成なれどけっしてただ重たくはならない彼らの足取りに誘われて、音楽の迷宮を旅してみては如何だろう。