名古屋で諏訪哲史・崎山多美の作品の朗読会、天野天街演出『尿意』など多彩なラインナップ
あいちトリエンナーレ2016特別連携事業・七ツ寺共同スタジオプロジェクト『往還Ⅱ〜原初の岬から〜』チラシ表 コラージュ:アマノテンガイ
声とは何か。─表現の原点ともいうべき「朗読」に立ち返り、豊かな劇空間を立ち上げる
現在、名古屋・豊橋・岡崎を主な会場として開催中の「あいちトリエンナーレ2016」。その特別連携事業として、名古屋の「七ツ寺共同スタジオ」がプロデュースする朗読イベント『往還Ⅱ~原初の岬から~』が、9月22日(木)に第一夜、24日(土)・25日(日)に第二夜として上演される。
プロデューサーは「七ツ寺共同スタジオ」の元小屋主、現顧問の二村利之で、この企画は「あいちトリエンナーレ2010」の共催事業として行われたプロジェクト『往還─地熱の荒野から』に続くものだ。そんな二村が今回、朗読イベントのテキストとして選んだのは、声の響きやリズムに鋭敏な感性を持つふたりの作家─名古屋が誇る芥川賞作家・諏訪哲史の実験的小説と、シマコトバと日本語による創作に取り組み続けている沖縄の作家・崎山多美の小説である。
まず、【夢想する旅行者のための朗読会】と題された第一夜は、諏訪哲史の短編小説集「領土」(2011年 新潮社刊)より、《尿意》と《真珠譚》の2編を連続上演。「領土」は前述のとおり“小説におけるさまざまな実験”を試みた短編集で、収録された10編は、「相対的に従来の小説形式と隔たりの少ない穏便な作品から発表を始め(初出は「新潮」にて順次掲載)、次第にグラデーションを描くように、外縁へ外縁へと漸進する戦略をとることまでを決めた」と、あとがきにある。
見知らぬ港町の小学校に転入した“ぼく”の主観で描かれた2編目の《尿意》には、教科書(キャウカショ)や楽譜(ギャクフ)など、ルビに独特の音が振られ、メキシコ東部を旅した19歳の甘く切ない記憶が記された4編目の《真珠譚》では、文字間の二字空け、三字空けに加え、全ての句読点が消失。いずれも、これを音読するならどう表現するだろう? という期待値の高いテキストがセレクトされているのだ。
その一編《尿意》は、天野天街(少年王者舘主宰・劇作家・演出家)の演出で、女優の岡本理沙(星の女子さん)が朗読する。ちなみに、諏訪作品は2010年にも天野演出で『りすん』(2008年 講談社刊)が舞台化。諏訪は天野の物の見方や解釈に共感し、上演を絶賛。「自作を全部、舞台演出してほしい」というほど全幅の信頼を寄せている。
さて、その天野は他者の作品を演出する際、原作を大幅に書き換えることも多いが、今回はテキストに一切手を加えることなく挑んでいる。初顔合わせの岡本理沙の印象については、「声の気配が面白いし、最初からうまくいくと思った」と。「朗読であるとか、何をしているとか気にせずやっている」という演出方法は、身体の動きこそ増幅させているが、舞台美術や映像、照明、音楽もほぼ使わず、基本的には岡本の素材のみを活かし、リーディングの概念には収まらない強烈な印象の表現に仕上げている。
岡本理沙と演出の天野天街
初の天野演出と諏訪作品について、岡本が「イメージの連鎖だったり五感を刺激する演出が多くて、初めての感覚ですね。小説自体にリズムがあるので、普通に読んでいても楽しいです。私はあまりバリバリ身体が動く方ではないので、ことばに動きが追いつかない時も結構あって。でも、違和感がそのまま出ちゃってもいいのかなぁと。ギクシャクもするんですけど、台詞で身体がすっと変わったりするのは気持ちが良いなと思います」と語ると、「ぎこちない良さ、を消さないようにしないとね」と、天野。
岡本の印象的な「声」とフル稼動する「身体」、そして“ぼく”とが三位一体化する上演が実に楽しみだ。
稽古風景より
片や《真珠譚》は、プロデューサーの意向により、演出なしで作家自身がシンプルに朗読するという。
「「領土」は“音”に身をすり寄せて書いた作品。何度も推敲を重ね、音楽でいうなら作曲して編曲もして、完成型のCDを一人で最後まで仕上げたようなものなんです」と、諏訪。今回の朗読に際しいったんは加筆も考えたというが、別の作品になってしまうと思い、こちらも「完成形を一字一句変えずに読む」という。となれば、前述の実験(文字間の二文字、三文字空けや句読点を排除した文体)を、作者自身の身体感覚によるテンポで今回は体験できるのかもしれない。
《真珠譚》を既読の方は、「領土」を持参して自身が読み進めたテンポやリズムと比べながら鑑賞する、という楽しみもありそうだ。
「領土」作者の諏訪哲史 ©mikico
そして、【琉球弧(うるま)への旅行者のための朗読会】と題された第二夜は、崎山多美の「ホタラ綺譚(パナス)余滴」(2003年 講談社刊『ゆらてぃくゆりてぃく』収載)を上演。火田詮子、咲田とばこ(劇団ジャブジャブサーキット)のベテラン二女優が朗読するほか、伊藤みづめと安藤鮎子の踊り、高宮城実人による三線の生演奏、嘉手苅志朗の映像も含めた朗読劇として展開し、全体の構成と音楽を港大尋(作曲家・ピアニスト・シンガーソングライター)が担当する。
左から・伊藤みづめ、火田詮子、港大尋、咲田とばこ、安藤鮎子
小さなシマを舞台に、飢餓や海の氾濫、子どもたちの失踪とナガリムン(流れ者)の出現、そして集団舞踊にいたる人々の自然と寄り添う営みが、シマコトバを織り込んだ不思議な物語として語られる本作は、「崎山さんの作品の中で非常に物語性が高い小説であるし、シマコトバによる会話が多い、声に戻したいテキストですね」と、プロデューサーの二村。
沖縄で仕事をする機会が多いという構成・音楽の港も、「沖縄の言葉と日本語がミックスして書かれていることは驚きだった。沖縄の古い言葉って、賑やかで楽しい響きがするので、それを音楽として生かすやり方はあるだろうなと思いました」と。
稽古風景より
構成のポイントについては、
「長時間に渡る内容なので、なるべくお客さんを飽きさせない工夫をします。頃合いの良い時に演奏が入り、ダンスが入り、映像が入り…ということをうまくミックスすることで、じっ~と耳を凝らして朗読だけを聞いているということをなるべく避けようというのがひとつのポイントですね。音楽もダンスも映像も決して飾り物としてではなく、一つひとつが独立してもちゃんと作品になるようなクオリティーの高いものを創っていただいています」と語り、音楽については即興を中心としたものにするという。
また、映像やダンスについて、それぞれどんな注文をしたかという問いには、
「映像はあまり具体的な物語に沿ったものではなくて、抽象的でいろんな解釈が可能であるようなものが多い方が良いよねっていう話はしました。ダンスは、具体的にこのシーンをこうしようというのはなくて、この小説のひとつの大きなポイントして「死」ということを表現するようなダンスであるとか「エロチシズム」みたいなこと…死とエロチシズムは近しい関係にあると思うんですけど、そのあたりのこととか、非人間的な何かをどこかで取り入れてもらえれば、というようなことをお願いしました」と応えた。
稽古風景より
そして港は最後に、「沖縄と日本の近現代史はもちろん大問題ですが、本とか教科書に書かれているようなものではなくて、異なる共同体の記憶…これは決して歴史ではなく、名もなき人たち一人ひとりに刻まれた記憶を巡って旅をするというようなことですね」とも。
通常のエンドステージ形式ではなく、演者を囲むよう舞台上に座布団を配し、村の広場で語り部の話を聞くようなスタイルの客席になっているのも、そんな想いの表れか。
第一夜と第ニ夜で、全く異なるテキストとアプローチによって、表現としての「声」を探るこの企画。ここでしか体験することのできない希少な朗読会をお見逃しなく!
尚、22日(木・祝)14時の回は諏訪哲史&岡本理沙、19時の回は諏訪哲史&天野天街、25日(日)14時の回は崎山多美を招き、それぞれアフタートークも開催。
あいちトリエンナーレ2016特別連携事業・七ツ寺共同スタジオプロジェクト『往還Ⅱ〜原初の岬から〜』チラシ裏
『往還Ⅱ〜原初の岬から〜』
◆第一夜 夢想する旅行者のための朗読会
■日時:2016年9月22日(木・祝)14:00・19:00
短編集「領土」より ■作:諏訪哲史
『尿意』 ■演出:天野天街 ■朗読:岡本理沙(星の女子さん)
『真珠譚』 ■朗読:諏訪哲史
◆第二夜 琉球弧(うるま)への旅行者のための朗読会
■日時:2016年9月24日(土)13:00・18:30、25日(日)14:00
朗読劇『ホタラ綺譚(パナス)余滴』 ■作:崎山多美
■朗読:火田詮子、咲田とばこ(劇団ジャブジャブサーキット)
■構成・音楽:港大尋
■踊り:伊藤みづめ、安藤鮎子
■演奏:高宮城実人
■映像:嘉手苅志朗[監修:水上の人プロダクション/山城知佳子]
■会場:七ツ寺共同スタジオ(名古屋市中区大須2-27-20)
■料金:第一夜/前売・予約2,000円(当日2,500円) 第二夜/前売・予約2,500円(当日3,000円) 第一夜・第二夜通し券/予約のみ4,000円 ※あいちトリエンナーレ2016国際展の提示で前売扱い
■アクセス:名古屋駅から地下鉄東山線で「伏見」駅下車、鶴舞線に乗り換え「大須観音」駅下車、2番出口から徒歩約5分
■問い合わせ:猫飛横丁 052-203-0622 oukan2.2016@gmail.com
■公式サイト:http://nanatsudera.com/index.php/oukan2/