クラリネットの俊英・吉田誠にインタビュー~11月3日に20代最後のリサイタルを開催

動画
インタビュー
クラシック
2016.10.19
吉田誠(photo:大野要介)

吉田誠(photo:大野要介)

 
クラリネット奏者の吉田誠が2016年11月3日にクラリネット・リサイタルを開催する。吉田は高い芸術性と磨き抜かれたテクニック、美しい音色で、クラリネットによる新たな表現の地平を切り拓いてきた期待の大器だ。1987年生まれ。クラリネットは15歳から始めた。2006年東京藝術大学入学後、渡仏。パリ国立高等音楽院に首席入学。さらにジュネーヴ国立高等音楽院に首席入学し、さらなる研鑽を積んだ。第5回東京音楽コンクールでは木管部門第1位及び聴衆賞に輝く。また、22歳から指揮者としての活動も並行して行っている。現在はアムステルダム在住。世界を股に掛けながら八面六臂の活躍を続ける吉田が20代最後の年におこなうリサイタルとは、果たしてどのようなものになるのか。そんな興味津々の話題について吉田から直接に話を聞くことができた。
 
吉田誠さんの演奏&メッセージ動画をご覧ください↓
 

-- 吉田さんは現在、オランダのアムステルダムを本拠地にされていますね。その理由は?

吉田  バロックです。オランダは、バロック音楽の聖地といってもいい。過去に対する研究が情熱的になされていて、その中から新しいものがどんどん生まれてきているのです。

-- たしかにオランダは、レオンハルト、ブリュッヘン、ビルスマといった人々が出てきて、歴史を正確に踏まえた古楽演奏を復興させた国ですからね。ある意味、世界一ホットな場所かもしれません。

吉田  そうした意味で、バロックを真剣に勉強することが、今の自分にとって必要なことだと思っているんです。

-- すると吉田さんも実際にヒストリカルの楽器を吹いたりされているんですか。

吉田  そうです。今まさに始めたばかりですけど。楽器がやはり今のものとは全然違っていますね。、初期(18世紀~19世紀初頭)のクラリネットはツゲの木で作られていました(※19世紀中盤からクラリネットの材料は主にグラナディラ=アフリカン・ブラックウッドに替ってゆく)。僕が今使っているモダンの楽器も、シュヴェンク&セゲルケというドイツ・バンベルクのメーカーのものですが、古楽器製作を長く手がけているので古楽器からの影響が大変色濃いと思います。

-- 古楽器といえば、11月3日のリサイタルで吉田さんと共演するスーアン・チャイさんも、フォルテピアノ、ヒストリカル・ピアノの名手として注目の鍵盤奏者なんですよね。

吉田  そうなんです。そもそも僕がオランダに行きたいと思ったのは、佐藤俊介さんという素晴らしいヴァイオリン奏者の方が住んでいるから、という理由もありました。佐藤さんは、ピリオド(古い時代の楽器や奏法)とモダンを完全に両立させている人です。最近活躍している指揮者や演奏家には、そういう人が増えてきていますよね。佐藤さんは僕の友人でもあるので、身近なところから刺戟を受けることができ、自分も佐藤さんのようになりたいと思ったのです。その佐藤さんの奥様が、実はスーアンさんなんですよ。もっとも彼女とは昨年(2015年)の「ラ・フォル・ジュルネ」での共演が、最初の出会いだったのですけど。

吉田誠(photo:大野要介)

吉田誠(photo:大野要介)

-- その11月のリサイタルについて話をお伺いしたいのですが、その前にひとつ確認させてください。昨年5月に“五つの記憶”というシリーズ企画をスタートさせましたよね。同年12月にはその二回目も開催されました。今年の秋には、その三回目を行なうと予告していませんでしたか。

吉田  本当はその予定でした。ただ、僕が今年の10月で29歳になることもあり、20代最後としてのリサイタルをピアノとのデュオでやりませんかという提案をいただいたのです。ちょうど11月3日=文化の日という、とても良き日にサントリーホールのブルーローズを押さえることもできたので、ならば今年は、シリーズのほうを一回休みにして、単独のリサイタルを開催させていただくこととしました。“五つの記憶”の3回目は「収穫」というテーマで来秋に開催する予定です。

-- しかしながら、チラシのヴィジュアル・イメージは“五つの記憶”に近いものがありますね。

吉田  はい。“五つの記憶”のシリーズと同様に、田村吾郎さんにアートディレクションをお願いしています。このチラシのデザイン、かっこいいでしょ?(笑)

-- どちらで撮影したのですか。

吉田  羽田の空港付近です。

-- えっ。これ、羽田なんですか。

吉田  これも、田村さんからアイデアが出されたんです。クラリネットとピアノの音が聴こえてくるようなチラシにしたいと。演奏会はこのチラシから、もう既に始まっているんです。

-- “五つの記憶”のシリーズでは「旅立ち」とか「灯り」とか、毎回そういうテーマが掲げられていましたね。今回のリサイタルのプログラムには、そういう意味での隠れテーマみたいなものはあったりしますか。

吉田  ファンタジーです。

-- ファンタジー……すなわち幻想ですね。

吉田  前半が、ドイツもので、シューマンとヴィトマン、そしてブラームスです。シューマンとヴィトマンのクラリネット曲にはそれぞれ「幻想小曲集」「幻想」というタイトルが付けられています。また、ブラームスのほうは、彼が年老いた時期に、リヒャルト・ミュールフェルトという名クラリネット奏者に出会うことによって、消えかかっていた創作意欲が甦り、作られた曲です。それも或る意味でファンタジーだと思うんです。

そして後半はフランスものを二曲。プーランクが死の前年まで書いていたクラリネット・ソナタ。そしてサン=サーンスが最晩年に書いたクラリネット・ソナタです。なぜ、クラリネットのために作られる曲は、作曲家が死の間際に作曲するのかという……これもミステリアスというか、一種のファンタジーですよね。

※11月3日の予定プログラム
シューマン:幻想小曲集 Op.73
ヴィトマン:幻想曲
ブラームス:クラリネット・ソナタ第1番ヘ短調 Op.120-1
プーランク:クラリネット・ソナタ
サン=サーンス:クラリネット・ソナタ変ホ長調 Op.167
 

-- なるほど。今度のコンサートが非常に興味深い選曲であることが、よくわかりました。では、それぞれの楽曲の聴きどころを教えていただけますか。

吉田  まずシューマンの「幻想小曲集」ですが、短いフレーズの、まるで風のような息吹の歌をいっぱい紡いでゆくことによって、一つの大きな歌を作りあげてゆくようなところがあるんです。まるで風の流れをそのまま音楽にしたような印象があります。第三楽章には「急速に、燃えるように」と書かれていますが、そうした自然の要素を非常にロマンチックに歌ってゆくところが、とてもシューマンらしいなと思います。

次にイェルク・ヴィトマンの「幻想曲」。ヴィトマンはまさに今生きている現代の作曲家ですが、クラリネット奏者としても世界中で活躍されています。彼の音楽には東洋の息吹が非常に感じられます。彼が好んで使う“特殊奏法”から生まれる音のヴァイブレーションは、明らかに、東洋的な間に通じる印象がありますね。彼には日本の作曲家の友人も多いですよ。細川俊夫さんとか。

-- ヴィトマンは指揮者としての活動も行なっていますよね。

吉田  そうです。彼は作曲家とプレーヤー、指揮者を両立している人であり、音楽というものを一つのものとして捉えている。これからの時代、そういうマルチ音楽家ってすごく大事になってくると思いますね。ヴィトマンの曲は再演率も高いんです。演奏家にとって演奏しやすく、且つ楽器を知り尽くしているので特殊奏法ひとつとっても演奏効果が大きいからでしょう。だから彼の「幻想曲」も、決して気難しい現代音楽じゃなくて、馴染みやすさがありますね。

-- そしてブラームスです。

吉田  はい。ブラームスの「クラリネット・ソナタ第1番」。ブラームスはミュールフェルトというクラリネット奏者に出会ったことをきっかけに、晩年にクラリネットのための曲を四つ作ったんです。一つはクラリネット三重奏曲、一つはクラリネット五重奏曲、あと二つのクラリネットソナタを作りました。このようにブラームスをその気にさせたミュールフェルトという人を調べてみると、もともとはヴァイオリン奏者でした。その後、独学でクラリネットを学び、クラリネット奏者に転向したんです。それをある日ブラームスが聴いて感銘を受け、創作意欲が湧いてきたっていう話なんですけど。ミュールフェルトのクラリネットの演奏はブラームスだけでなく、ブラームスのヴァイオリン協奏曲の初演ヴァイオリニストとして知られる名演奏家のヨーゼフ・ヨアヒムでさえ羨ましがったといいます。クラリネットの音色を使いながらヴァイオリン独特の表現をしたのではないかと僕は思います。ヴァイオリン的な要素がすごく入ってるクラリネットだったのではないかと。第一楽章などはよくヴィオラでも演奏されるんです。ブラームスが「ヴィオラでも演奏可」と書いているから。弦楽器のヴィオラで演奏しても違和感がないというのはきっと、ミュールフェルトのクラリネットが、そういうクラリネットだったということなんですよ。だから僕も、そういう研究成果を前面に出して演奏を試してみたいんです。僕はパリにいた時にずっとヴァイオリンの先生にも音楽を習っていましたから、そういう経験が今回、役に立つのではないかと思っています。

吉田誠(photo:大野要介)

吉田誠(photo:大野要介)

-- 続いて、フランスのプーランク。

吉田  プーランクの「クラリネット・ソナタ」。コンサートの後半から完全にフランス音楽になるんですけど、まずはプーランクの最晩年の作品。今度はもう、絵でいうと印象派の色になってくるわけです。プーランクっていうのは、色の中に時間が出てくる人なんです。もっとわかりやすくたとえると、タイムスリップ的な要素ですね。ビデオのリモコンのボタンを押したら時間が止まって、また押すとリスタートするという、まさにそういう要素の入っている音楽なんです。パッと時間を止めて、また時間が動き始めたら、全然違うパステルカラーになっているとか。カラーリングの中にいるような時間感覚を味わえる曲だと思います。

-- プーランクといえば、先日「題名のない音楽会」に吉田さんが出演された時に「城への招待」(クラリネット,ヴァイオリンとピアノのための三重奏曲)を演奏してましたね。あれはめちゃめちゃ楽しい曲でした。

吉田  ありがとうございます。あれも劇付随音楽じゃないですか。演劇とか映画につける音楽だったりとか。プーランクは大衆をよくわかっていたということですね。それはとても大事な要素だと思います。

-- そして最後は……。

吉田  サン=サーンス。彼は、フランス音楽を見直そうということで、フランクやフォーレらとともに国民音楽協会を作りました。当時フランスには、クラリネットのために作られたソナタというのがなかったと思うんです。それでサン=サーンスが「“ほとんど顧みられてこなかった楽器”にレパートリーを提供したいと考えて、1921年に発表したのが、この「クラリネット・ソナタ」でした。

全部で四楽章なのですが、最初に現れたテーマが曲の一番最後のほうにまた出てくるんです。サン=サーンスが自分の人生を一つの物語になぞらえて、最後に本を閉じるような終わり方をするのですが、まさに人生の回帰をしてる曲だと思うんです。そんな、すごく深い曲ですね。だから聴いてるほうも、曲が終わったんだなと感慨深くなる。静かに、本当に静かに終わる曲です。これが約18分間あるんですけど、お客様と一緒にみんなで、サン=サーンスの人生を18分間で旅するという感覚です。

-- 一曲一曲ごとに、素晴らしい解説を有難うございました。どの曲もすごく聴きたくなりました。

吉田  それはよかったです。ありがとうございます。

吉田誠(photo:大野要介)

吉田誠(photo:大野要介)

-- 来年(2017年)の1月には、これまでもツアーで各地を巡ってきたメシアンの「時の終わりのための四重奏曲」を、今度は葛飾シンフォニーヒルズで演奏するんですね。第二次大戦中にメシアンが収容所の中で書いた伝説的な作品。これまでも行こうと思いながらつい機会を逸していたので、今度は絶対に聴きに行こうと思ってます。これを一緒に演奏する萩原麻未さん、成田達輝さん、横坂源さんとは日頃から親しくされているのですか。

吉田  そうですね、というのも、たとえばピアノの萩原さんとは、ずっとパリの時代に同じ学校でした。成田くんも、年は少し僕とは離れていますが、学校も時期が少しかぶっていたし、それこそ彼が高校生の時から知っています。音楽の世界って狭いですからね。そういう意味では、横坂源さんが一番新しいかな。メシアンの企画で出会ったんです。

「タッシ(TASHI)」という現代音楽アンサンブルがありましたよね。まさに「時の終わりのための四重奏曲」を演奏するために、ピアノのピーター・ゼルキン、クラリネットのリチャード・ストルツマン、ヴァイオリンのアイダ・カヴァフィアン、チェロのフレッド・シェリーが集まった、スーパーソリスト集団。僕らも、彼らのようにソロ活動を続けながら、様々な室内楽を取り上げて行く活動を目指しています。

-- その萩原さん・成田さん・横坂さんと共に吉田さんが2月の「題名のない音楽会」に出演した際に、ギョーム・コネッソンを演奏されましたね。私はあれで、初めてコネッソンを知り、ものすごく好きになったんですよ。

吉田  ありがとうございます。嬉しいです。

-- グラスとかアダムズのようなミニマル性に、ラヴェル的な色彩感が重ねられているような印象を持ちました。あの時は「アダムズ・ヴァリエーション」と……。

吉田  「ディスコ・トッカータ」を演奏しました。コネッソンは僕がフランスにいた時に流行り始めたんですよ。今後もどんどん紹介していきたいです。

-- コネッソンはポピュラー音楽寄りの作曲家だと思いますが、吉田さんはクラシック音楽以外のポピュラー音楽は聴いたりしますか?

吉田  いや、僕はあまり聴かないですね。ただ、クラリネットをやってるとどうしてもジャズにぶつかります。アメリカの作曲家ではコープランドやバーンスタインにガーシュイン。フランスだったらダリウス・ミヨーもそうですし。あとは、ストラヴィンスキーとかも。僕自身もジャズを聴くのは好きですよ。

-- やはりベニー・グッドマンを吹いたりとか。

吉田  はい。そして今回のリサイタルで演奏するプーランクの「クラリネットソナタ 」の初演はベニー・グッドマンとバーンスタインだったんですよ。また、今年は室内楽公演で初めて小曽根真さんと共演させていただきジャズの薫陶を受けました。小曽根さんから直接教えを受けるという大変光栄な機会を頂き、とても楽しかったです。

吉田誠(photo:大野要介)

吉田誠(photo:大野要介)

-- 吉田さんは指揮者としての活動も始められましたね。

吉田  指揮者は本当に最近始めたことなのですが、おかげさまで、だんだん仕事が来るようになってきました。この間も、テノールのジョン・健・ヌッツォさん、ホルンのラデク・バボラークさんと一緒に、僕の指揮でブリテンの作品を演奏しました。僕が指揮を始めたのは、さっきも少し話しましたが、クラリネットの曲は、多くが作曲家の晩年の作品じゃないですか。その作品を勉強したいというところからスコアを見るようになったんです。勉強していると、それをアウトプットしないと実にならないぞという気持ちが募ってきて、そんな時にロームの指揮セミナーに出会ったんです。それでオーディションを受けたら通ったんです。そして小澤征爾先生や湯浅勇治先生と出会い、“指揮者道”を教えていただきました。

-- “指揮者道”とは?

吉田  やはり意志の強さじゃないですか、もう圧倒的に。たとえば小澤先生からは「気合いに勝るものはない」と。サムライぐらいのハラキリぐらいの気合いの凄みを教わりました。湯浅先生からは、頭の中のイメージが強くなければ、そこに音楽が流れていかないと。結局頭の強さとは意志の強さであって、頭の中で音楽を鳴らしまくるしかないわけですから、そこはひたすら勉強あるのみです。色々な情報を瞬時に掴むセンスも指揮者として必要になってきます。

-- 吉田さんは、ゆくゆくは自分のオーケストラを持ちたいという思いもありますか。

吉田  ありますよ。というか、オーケストラという形にはこだわらない。若い世代が実験できる場を作りたいと思ってるんです。もちろん音楽的に深い追求のできる場であってもいいと思いますが、一方で、より多くのお客さんに来てもらうためにどうするかということについて、もっとアイデアが出てくるような場であってもいいと思うんです。とくに、若い世代の集客を伸ばすために何ができるかということは真剣に考えてゆきたいですね。

吉田誠(photo:大野要介)

吉田誠(photo:大野要介)

(取材・文:安藤光夫 写真・動画撮影:大野要介)

公演情報
吉田誠 クラリネット・リサイタル
 
■日時:2016年11月3日(木・祝)14:00開演
■会場:サントリーホールブルーローズ (東京都)
■出演:吉田 誠(クラリネット)、スーアン・チャイ(ピアノ)
■曲目:
シューマン:幻想小曲集 Op.73
ヴィトマン:幻想曲
ブラームス:クラリネット・ソナタ第1番ヘ短調 Op.120-1
プーランク:クラリネット・ソナタ
サン=サーンス:クラリネット・ソナタ変ホ長調 Op.167
※都合により、曲目・曲順が変更となる場合がございます。予めご了承ください。
■公式サイト:http://makoto-yoshida.com/

 

饗宴 ~メシアン:時の終わりのための四重奏曲
 
■日時:2017年1月21日(土)14:00開演
■会場:かつしかシンフォニーヒルズ アイリスホール (東京都)
■出演:萩原麻未(ピアノ)、成田達輝(ヴァイオリン)、横坂源(チェロ)、吉田誠(クラリネット)
■曲目:
メシアン:主題と変奏(ヴァイオリン、ピアノ) 
フォーレ:ピアノ三重奏曲 ニ短調 Op. 120(クラリネット、チェロとピアノ編) 
メシアン:時の終わりのための四重奏曲
■公式サイト:http://www.k-mil.gr.jp/program/symphony/2017/0121i.html
 
シェア / 保存先を選択