「題名のない音楽会」10月9・16日出演のバッティストーニ、東京フィル首席指揮者に就任

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数々の名演を重ね、ついに名実ともに”東京フィルの顔”となるアンドレア・バッティストーニ (C)上野隆文

数々の名演を重ね、ついに名実ともに”東京フィルの顔”となるアンドレア・バッティストーニ (C)上野隆文


「アンドレア・バッティストーニが本日より首席指揮者に就任する」と、東京フィルハーモニー交響楽団は10月1日に発表した。2012年の東京二期会公演「ナブッコ」で初共演して以来共演を重ね、2015年からは東京フィルの首席客演指揮者に迎えられ、コンサートとレコーディング双方が大好評で迎えられてきたことは、これまでも何度かご紹介したとおりだ。今回の決定で、共演を重ねるたびにオーケストラとの信頼関係を深めてきた彼が、いわば”昇格”する形となったわけだ。これまで以上に強固な関係となるイタリアの若き才能と日本で最も長い歴史を誇るオーケストラのコラボレーションは、これからも数多くの忘れがたい音楽的経験を私たちに与えてくれることだろう。

(東京フィルハーモニー交響楽団 YouTube公式チャンネルより)


新首席指揮者就任を記念して、「バッティストーニ&東京フィル」の記事を二回に渡ってお届けする。一回目は9月に彼が登場したいくつかのコンサートから、来日早々に行われた、人気シリーズへの初登場となったコンサートをレポートする。

東京フィルハーモニー交響楽団の「休日の午後のコンサート」は”指揮者のトーク&オーケストラの演奏”でクラシック音楽を気軽に楽しめる大人気のシリーズとして、多くの観客を集めて開催されている。その人気のほどは「毎年、セット券でチケットが完売してしまうので、当日券どころか前売でも単独の公演チケットが販売されない」ほどだ。この人気に応えて、東京フィルハーモニー交響楽団は今シーズンから同じ趣向の「平日の午後のコンサート」を開始したことからも、その人気はおわかりいただけよう。

その人気シリーズの第69回、9月4日(日)に開催されたコンサートにいよいよ東京フィルの”顔”となりつつある若き指揮者、アンドレア・バッティストーニが初登場した。「イタリア・オペラとベートーヴェン」と題されたプログラムはバッティストーニがいま最も力を入れている作品を集めたものだ。そのコンサート前日に行われたリハーサルについても紹介しよう、リハーサル、コンサートとも東京オペラシティコンサートホールで行われた。

コンサートはヴェルディ初期の傑作、歌劇「ナブッコ」序曲で演奏会は開幕した。バッティストーニ&東京フィルの「ナブッコ」といえば彼らの出会いの作品として強い印象を残し、序曲は前回の定期演奏会でも演奏したばかり。過去に何度か演奏した作品なのだから、リハーサルでは軽めに通すだけかな……などと事前に想定していた私の甘い推測を笑うように、演奏を細部まで磨き上げていくバッティストーニ、その指示に音で応える東京フィルの面々。すでに演奏したから、この前はいい演奏ができたから…と慢心せず、前回までの演奏を踏まえてさらによりいい演奏に仕上げていく真摯な姿勢が、このコンビネーションの特徴なのだ。そうして演奏されたこの日の「ナブッコ」序曲は、明らかに前回の演奏より繊細で劇的なものとなった。

続いてこれも前回の定期演奏会ではアンコールとして披露されて大好評だったマスカーニの歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」から、間奏曲が演奏される。今回も楽譜通り”コントラバスなしの弦楽合奏+オルガン”の編成で、美しい旋律と劇中の苦悶がアイロニカルでありながら、こうも美しく演奏されることはそう滅多にないだろう。

この曲がこのホールで披露されたことは個人的に感慨深いものだった。前回の定期ではBunkamuraオーチャードホール、そしてサントリーホールでのみ演奏されたので、私がリハーサルで聴いてその美しさに驚嘆したその音がようやくコンサートで、この会場に響いたのだから。時に足音を立てて指揮台を踏みしめ、時に旋律をオーケストラとともに歌うバッティストーニの感情移入は深く、熱い。その思いは、祈りは皆さまに届いたことと思う。

そして前半最後の作品は、ロッシーニの歌劇「ウィリアム・テル」序曲。”スイス軍の行進”と題された最後のセクションが映画やテレビにで使われてあまりにも有名にすぎるものだから、ふだんこの作品は長大なオペラ全曲どころか10分強の序曲すらちゃんと聴いてもらえていない、非常に惜しいことに。ロッシーニが最後に残したオペラは早熟の才能の重厚な大作であるし、その序曲は作品のエッセンスをコンパクトにまとめあげた、数多あるオペラ序曲の中でも群を抜いた傑作だ。四つの場面に分かれた作品は”小さな交響曲”といった雰囲気すらあり、「Sinfonia」がオペラの序曲をさす言葉でもあったことを思い出させる。

その充実した作品を、イタリア人としての使命感と、なにより大いなる音楽的共感をもってバッティストーニが演奏するのだから悪かろうはずもない。ドラマティックな序曲は大喝采で迎えられてコンサートの前半は終了した。

ちなみに前日のリハーサルは、すべての作品で音楽の、表現への指示にどこまでも集中して行われた。特にイタリアの作品で特に輝かしく響く彼独自の、張りのある明るい音色、そして力強い響きは、何かの言葉によって導かれるものではない。彼が指揮台に立って、東京フィルに向き合って指揮棒を振り下ろすことで自然とバッティストーニの音がする、もうそこまでこのコンビネーションは熟成されつつある。リハーサル、演奏会を通じてそう感じさせられた”イタリア・オペラ”パートだった。

そしてコンサートの前半と後半の間には、前回のコンサート来場者から募集していた質問に答えるコーナーが用意されている。ここではつい最近、8月にも登場したばかりの彼の故郷ヴェローナの有名な野外オペラ「アレーナ・ディ・ヴェローナ」でのエピソードなども披露され、場内は何度となく笑いに包まれて和やかにトークは進む。通訳の井内美香さんとの呼吸もピッタリで、もはや語り手が彼なのか彼女なのかわからないほどにテンポのよいトークが繰り広げられた。

通訳の井内美香さんとの呼吸もばっちり、楽しいトークは時間を忘れさせた (C)上野隆文

通訳の井内美香さんとの呼吸もばっちり、楽しいトークは時間を忘れさせた (C)上野隆文

続いてコンサートは後半、注目のベートーヴェン・プログラムに移る。前日のリハーサルでもその力強いサウンドが大いに期待をもたせるものだったけれど、演奏会での仕上がりは更に数段上を行く、「これがバッティストーニのベートーヴェンか!」と聴き手に思わせるものとなった。

果たしてバッティストーニのベートーヴェンは如何なる演奏になるのか?今回の演奏会、そして10月の定期演奏会のプログラムをご覧になった方は皆いろいろと想像されたことと思う。たとえば同じイタリアの先輩たちの演奏では誰に似ているだろう、アバドのような室内楽的なものか、ムーティのように堂々たる演奏を目指すのか、シャイーのように古楽演奏の経験を活かしたものとなるのだろうか。そんな風にいろいろと考えていたものだけれど、実際の音を聴けば「これがバッティストーニのベートーヴェンか!」と申し上げる他ない。あえてイタリアの先達で彼の音楽に近い演奏があるとすれば、トスカニーニのそれが一番あり方として近いように感じたが、聴かれた皆さんの感想は如何だろう?

曲間のトークの中で彼は「できたら、いっさい予備知識なくベートーヴェンから書き上がったスコアを渡されてそのままに演奏したい、現実にそれはできないけれどそんな音楽が作れればと」「ベートーヴェンが丁寧な物腰で”失礼します、私の意見を申し上げてよろしいでしょうか?”と言ってから話し始める姿が想像できますか?私にはできません(笑いながら)、掴みかからんばかりの勢いで断りもなしに語り始めることでしょう」など、数々の興味深い見解を語った。トークだけでもこのコンサートは大いに場内を楽しませたのだけれど、やはり主役はバッティストーニと東京フィルが作り出したベートーヴェンの音楽だ。この日は三つの交響曲からそれぞれ一つの楽章を抜粋で演奏したのだけれど、バッティストーニが「続きが演奏できなくて残念です」(「運命」の一楽章を演奏した後に、笑顔のバッティストーニからのコメント)と語ったとおり、力強く刺激的な音楽はどれも全曲を聴きたくなるものばかりだった。

最初に演奏された第五番の第一楽章は、まさに問いを叩きつけるように壮絶なアレグロで演奏される。ベートーヴェンのアイディアが猛烈なスピードで音になっていく、情報過多の音楽は力強く聴き手を引きずり回すように突き進む。一転して、第六番の第一楽章は落ちついた歌が美しい演奏で、それはどこかベートーヴェン以前の音楽をも想起させるものだったように感じられた。そして最後に第七番のフィナーレは突き進む音楽の推進力と、歌うフレーズの横の流れが好対照をなして大きなうねりとなり、場内大興奮の中プログラムは終了した。

これだけでも大満足なのだが、この日は最後にもう一曲アンコールとして、ロッシーニの歌劇「セビリアの理髪師」序曲が演奏された。このプログラムだからこその狙い澄ましたデザートに場内を埋めた聴衆は大いに満足しただろう。

実はこの曲、前日のリハーサルで相当に細かいところまで作り込んでいたものだった。慣習的な演奏から離れて、楽譜にある音をオーケストラに熱く求めるバッティストーニの元演奏された新鮮な「セビリアの理髪師」序曲は、これもまた続きが聴きたくなる素敵な演奏だった。

この日の演奏会全体を通じて、いま一度この若い指揮者を尊敬する思いになったのは私だけではないだろう、確信に満ちた音楽のみならず、自身の言葉でクラシック音楽を雄弁に語れる知性を備えた音楽家であることを存分に示してくれたのだから。そして彼のリハーサルを取材させていただいた私からは、その音楽が楽譜の読みから創り出されたものであることがより素晴らしいのだ、と言わせていただきたい。

幸いにも、そんな彼の演奏とトークに触れられるテレビ番組の放送が予定されている。テレビ朝日系列で好評放送中の、おなじみ「題名のない音楽会」、10月9日、16日の二回の放送にバッティストーニと東京フィルが登場する。9月に行われた公開収録も大好評とのことなので、バッティストーニのファンも東京フィルのファンも、なによりまだ彼らの音楽に触れていない皆さんにもお薦めしよう、なにせレスピーギのあの作品も演奏されるのだから、見逃してしまうのはあまりに惜しい。

ロッシーニとベートーヴェン、ほとんど同じ編成からまったく違う音楽を紡ぎ出したバッティストーニ&東京フィル (C)上野隆文

ロッシーニとベートーヴェン、ほとんど同じ編成からまったく違う音楽を紡ぎ出したバッティストーニ&東京フィル (C)上野隆文

バッティストーニ自身がコンサートで語ったとおり、「バッティストーニ&東京フィル」のベートーヴェンを一つの楽章しか聴けないのは辛い、全曲を聴きたい!とこの日集まった誰もが思っただろう。幸いにも「バッティストーニ&東京フィル」の新譜は昨年12月に演奏した衝撃的な「第九」なので、そのレコーディングを聴いてあの日を思い出すのもいい。そしてその上で、交響曲第五番が取り上げられる10月の定期演奏会の定期演奏会に行くのがより良い判断というものだ。声楽の入らない交響曲を披露するその時にこそ”バッティストーニのベートーヴェン”が全貌を見せることになることは疑いようもないのだから。

今回の演奏会を”予告編”としたかのようなイタリア・オペラとベートーヴェンによるコンサートは、東京公演に加えて、新潟県の長岡でも同じプログラムで開催されるので、特にも新潟周辺のクラシック音楽ファンの皆さまはこの機会に是非長岡初登場となる彼らの演奏に触れてみてほしい。

さて、次回はアンドレア・バッティストーニとの単独インタヴューをお届けする。10月の定期演奏会、そしてその先の未来へと続く「バッティストーニ&東京フィル」について、じっくりと話を聞いたので、もう少々お待ちいただきたい。

公演情報(終了公演)
東京フィルハーモニー交響楽団 第69回休日の午後のコンサート

■日時:2016年9月4日(日) 14:00開演
会場:東京オペラシティコンサートホール
■出演:
・指揮とお話:アンドレア・バッティストーニ
・管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
・通訳:井内美香
■曲目:

ヴェルディ:歌劇『ナブッコ』序曲
マスカーニ:歌劇『カヴァレリア・ルスティカーナ』より間奏曲
ロッシーニ:歌劇『ウィリアム・テル』序曲
ベートーヴェン:交響曲第五番 ハ短調 『運命』より 第一楽章
ベートーヴェン:交響曲第六番 ヘ長調 『田園』より 第一楽章
ベートーヴェン:交響曲第七番 イ長調より 第四楽章
~アンコール~ ロッシーニ:歌劇「どろぼうかささぎ」序曲
 
公演情報
東京フィルハーモニー交響楽団 第105回東京オペラシティ定期シリーズ/長岡特別演奏会

■日時・会場:
2016年10月19日(水) 19:00開演 東京オペラシティコンサートホール
2016年10月21日(金) 19:00開演 長岡リリックホール コンサートホール
2016年10月22日(土) 14:00開演 長岡リリックホール コンサートホール
出演:
・指揮:アンドレア・バッティストーニ
・管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
曲目:
・ヴェルディ:歌劇「ルイザ・ミラー」序曲/歌劇「マクベス」より 舞曲
・ロッシーニ:歌劇「ウィリアム・テル」序曲
・ベートーヴェン:交響曲第五番 ハ短調 「運命」

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