ものとして取引される無性人間を描いた手塚マンガ『人間ども集まれ ! 』を舞台化!
木内宏昌
『火の鳥』『陽だまりの樹』『リボンの騎士』『ブッダ』『ブラック・ジャック』『ファウスト』などなど、これまで数々の手塚治虫作品が舞台化されてきた。そして、この10月に、劇作・翻訳・演出家として活躍する木内宏昌が『人間ども集まれ ! 』を、まつもと市民芸術館でのTCアルププロジェクトとして上演する。
木内は、学生演劇を皮切りに、劇団青空美人を主宰、その後は、tpt(シアタープロジェクト東京)に参加し、そこから数々の海外戯曲の翻訳を手がけ、2014年には『おそるべき親たち』『TRIBES/トライブス』で第7回小田島雄志・翻訳戯曲賞を受賞した。また2015年には、栗山民也演出で手塚マンガ『アドルフに告ぐ』で脚本を担当している。
まつもと市民芸術館を支える演出家のひとりに
木内は、まつもと市民芸術館芸術監督・串田和美と出会い、2014年の『K.テンペスト』(来年2月、2017年バージョンとして再演)で演出助手をつとめ、今春の『海の風景』では共同演出をした。加藤直、白井晃、小川絵梨子らとともに、まつもと市民芸術館を支える外部演出家の一人になった。
木内 「串田さんとよくお話をさせていただくようになって、なにか面白い戯曲はない ? と言われ、とりえあず30冊くらい用意していったんです。串田さんが求めていらっしゃるもののイメージがわからないからごっそりと(笑)。僕は劇作家、演出家ですから、自分から企画を提案するということがまずありませんので、とてもうれしくて『人間ども集まれ ! 』を自分が最高と思うものとして提案させていただきました。そしたら、串田さんも面白いねえとおっしゃってくれて」
手塚治虫が作家として手控えずに描いた作品
『人間ども集まれ ! 』は、1967〜68年に「週刊漫画サンデー」に連載された大人向けのナンセンス風刺漫画。一般的な知名度は決して高くないが、自宅に“手塚棚”という本棚を設けるほどのファンだった木内は、なぜか友達が彼の家に置き忘れていった『人間ども集まれ ! 』の単行本を25年ものあいだ、ひっそりとそこに残していたのだそう。その物語はこうだ。
手塚治虫『人間ども集まれ ! 』表紙 ©手塚プロダクション
天下太平(てんかたいへい)という男の特殊な精子から誕生する子どもは、男でも女でもない第三の性“無性人間”であることが判明する。その秘密に目をつけた人間たちは、太平天国という小さな独立国を建国し、大量の“無性人間”を製造してさまざまな国に輸出することによって大儲けしていく。天下太平はそのことに嫌悪し、またあきらめを感じていく。一方、“無性人間”は外見がそっくりで、統一行動をとることが得意だった。人間たちの欲望を満たし、やがて戦争のための便利な道具となっていく“無性人間”。しかし、やがて人間に反逆する者が現れはじめる−−。
木内はこの作品の魅力をどこに感じていたのか。
「『火の鳥』とか『リボンの騎士』とかは別に僕がやらなくても、しかるべき人が手がければいい作品じゃないですか」と苦笑いしながら話し始めた。
木内「『リボンの騎士』にしても『ブラック・ジャック』にしても『鉄腕アトム』にしても、ものすごく悲しいお話。だけどそれを悲しくないように表現している。でも、『人間ども集まれ ! 』に出てくる“無性人間”は、ちゃんと悲しいものとして描かれている。前に手塚さんの文章を読んだことがあるんですよ。『鉄腕アトム』は、アトムが青騎士によって殺されるところで終わらせたかった。でもテレビアニメの関係でもう一回復活させなくてはならなくなったんだって。鉄腕アトムって可哀想だなと思うけれど、それもキャラクターの運命なんですよね。それに対して“無性人間”は手塚さんが作家として手控えずにいけたんだと思うんです。子供向けにしなければいけないとか、風刺度合いとか。戦争についてもすごくダイレクトに描いている。連載の最終回もアナーキーなんですよ。性がなくなった人間が、自分で性を選んで生き延びられる世界で親子が共存していく、これすごく現代的な物語ですよね」
大人から見れば、SEALDsが無性人間に重なるかもしれない
けれど、彼らからすれば「冗談じゃない」と思っているはず
木内は、まつもと市民芸術館を拠点として活動するTCアルプの役者陣を中心にしたメンバーと2度のワークショップを実施した。そこでエチュードを行っていくとあることに気がつく。役者たちの多くは天下太平や“無性人間”を利用する側の視点から物語を紡ぐのだ。“無性人間”が道具であるとするならば、それは当たり前のことかもしれないと感じた。そして統一行動をする“無性人間”たちの姿は演劇的にあまり面白くならない。そこで逆転の発想となり「無性人間を丁寧に描こう」と決断する。
木内 「手塚さんの漫画って、人間がつくり出したものが手に負えなくなったり、逆に反抗してきたり、という関係がベースになっているものが多いんですよね。アニメのキャラクターとしては特異なものは主人公になるか、そちらの目線で描かれているけど、それによって見えなくなっているものが、『人間ども集まれ ! 』ではちゃんと見えているって、僕は思っているんですよ」
そして少し前に世間をにぎわせた出来事が、その思いを確信に変えていく。日本の自由で民主的な社会を守るためのアクションを起こした10代から20代前半の若ものたちの姿だ。
木内 「SEALDs(シールズ)ってあったでしょ。ああいう若者たちが出てくるのって世の中的には久しぶりじゃないですか。60年安保のときに、若者が大人に対してものを言うということは経済的状況によっても押さえ込まれたけれど、同時に言葉をはじめいろんなものも奪われたと思うんですね。中にはサブカルチャーとして生き残ったものはあるけれど。でもSEALDsはメインストリームに立った。リーダーの青年は国会にまで呼ばれていきましたが、その姿が『人間ども集まれ ! 』の中で“無性人間”が国連の事務総長と会談する場面にダブって見えたんです。僕にとっては風刺が風刺でなくなっているところまできていると思った。大人はそこでSEALDsに対して政治的だとか、統一行動を取るのが得意とかレッテルを貼ってしまう。まさに“無性人間”ですよ。でもSEALDsにいる彼らにしたら、そんなの冗談じゃないって話だと思いますよ。
もうブランドとかレッテルとか、そういうものを貼ってつくってきた世界は終わりかけている気がしています。新人類、ゆとり世代、さとり世代なんて呼ばれた時代もあったけれど、今は名前をつけられないものが力を持ち始めている。視線は完全反対側になっているじゃないですか」
天下太平役の佐藤卓
TCアルプにミュージカルで活躍する池田有希子、ベテラン・深貝大輔をはじめ、東京からのゲストが加わったのが今回の座組み。
木内 「音楽はいっぱい使うと思うし、歌もあります。映像も使うし、小道具もいっぱい出てくる盛りだくさんな作品になります。表面的には楽しいとは思うんだけど、原作が持っているチクッと突き刺すような感覚は残したいなと思っています。その感覚がグサっとなのか、ドーンという衝撃になるのかはこれからの勝負です」
(取材・文:いまいこういち)
TCアルププロジェクト『人間ども集まれ ! 』
TCアルプ(近藤 隼 佐藤 卓 細川貴司 下地尚子)