新生・高畑淳子の女優魂をみよ! 『雪まろげ』観劇レポート

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高畑淳子

高畑淳子


『雪まろげ』の初演は1980年、芸術座(現・シアタークリエ)だった。当時の主演は森光子、脚本を小野田勇、演出を三木のり平が担当した。「嘘つき女をやってみたい」という森の一言から、小野田が当て書きして誕生した。「雪まろげ」とは、雪が転がりながらやがて大きな雪玉になっていくことを指す。温泉芸者・夢子の小さな嘘が、新しい嘘を呼び、やがて大きな嘘になり、収集もつかなくなってしまうという、ドタバタあり涙ありの人情喜劇だった。その舞台は好評を博し、2007年まで471回も上演され、森光子の三大代表作のひとつ(残りはご存知「放浪記」「おもろい女」)となった。今回の復活上演では田村孝裕を脚本・演出に迎え、主役の夢子を高畑淳子が演じることになった。脇を固める俳優陣も、榊原郁恵柴田理恵青木さやか山崎静代湖月わたる的場浩司など豪華な顔ぶれを配した。筆者はシアタークリエ10月7日のステージを観劇したので、その様子をレポートする。


オープニングから魅せる。客電が落ち、激しい波の音と共に舞台にシルクスクリーンが降りてきて、映像が映し出される。冬の津軽海峡、つまり荒れ狂う日本海、その岸壁に激しく打ち上げられる大きな波を、薄ぼんやりと映していた。そこに流しの歌手・浩二(ポカスカジャンのタマ伸也)が現れ、アコースティック・ギター片手に『津軽海峡・冬景色』を津軽弁で朗々と歌いあげる。さらに、薄ぼんやりと、岸壁を模したセットのあたりで、丁寧に踊っている芸妓がいる。……それが高畑淳子だとわかるまでにしばらく時間がかかった。

彼女は『津軽海峡・冬景色』が終わるまで、一心不乱に踊り続けているだけなのだ。シルクスクリーンの向こう側で踊りながら、夢子であること、あるいは女優であることを、饒舌に体現していた。この後に夢子は劇中で「嘘は人を傷つけるけれど、ホラは人を楽しませる」とにこやかに語るが、それこそが「女優の本分」であり、また、それこそが「女優の業」なのだ。

左から、山崎静代、高畑淳子、湖月わたる、柴田理恵、榊原郁恵、青木さやか、臼間香世

左から、山崎静代、高畑淳子、湖月わたる、柴田理恵、榊原郁恵、青木さやか、臼間香世

シルクスクリーンが上がれば、桜が満開の弘前公園。つまり春。この話は春から冬までの約一年を綴っている。左右の舞台袖近くに大きな木があり、それが場面ごとに桜や銀杏などに変わり季節感を醸し出す。

花見をしようとご当地・浅虫温泉の芸者衆が集まってくる。小料理屋「千賀」も営む姉さん的存在のお千賀こと柴田理恵。元・暴走族の総長だったというぽん太こと山崎静代(南海キャンディーズ)。口は悪いが気立ての良い駒子こと青木さやか。実家の酒蔵の再建のために金のためなら何も厭わないと奮闘する通称“コガネ虫”・榊原郁恵。そこへ、ダンサーだったというアンナこと湖月わたるがヤクザに絡まれながらなだれ込んできて……と、ここからはスラップスティックコメディ(ドタバタ喜劇)の様相を呈しながらストーリーが展開する。

彼女たちに絡んでくるのは、地方議員・梶原雷介(篠塚勝)や、銀子に目がなく無一文なのに貢いでしまうレストランのオーナーだという緒方(実は偽名……)=井之上隆志ら個性的な面々。当然のごとく、すぐに一悶着が起きてしまう。もちろんそこにも常に笑いがあり涙がある。

左から、湖月わたる、青木さやか、柴田理恵、高畑淳子

左から、湖月わたる、青木さやか、柴田理恵、高畑淳子

夢子は、相手の顔色を伺い、周りに迷惑がかからない、あるいは誰かが寂しくならないように調子を合わせて、誰も傷つけなくないと言わんばかりに平気で「嘘」をついてしまう生来の癖がある。自分の出生から親兄弟のことに至るまですべてに「嘘」をつくのだ。もちろん、自分のため、というのもあるが、ほとんどは誰かのためである。ここが人情喜劇の所以であり泣き所かもしれない。

そんな中、物語は静かに回り始める。春から夏にかけては、彼女たちの面白おかしい話が続く。なかでも、東京から青森に左遷された東洋新聞の記者・伴大吾(的場浩司)と夢子が恋仲へと発展していく様から目が離せない。

秋から冬にかけては物語がダイナミックに展開する。夢子の嘘で中国の偉い外交官、汪竜英(横光克彦)を巻き込んでの騒動が発生してしまう。場を和まそうとした夢子の苦し紛れのひとつの小さな嘘が、また次の嘘を呼び、さらに大きな嘘を呼び、タイトルにもなっている「雪まろげ」のように誰にも収拾がつけられず、日本という国家さえも超えるような大事に至りつつ、クライマックスに駆け抜けていく。

客席は、芸妓たちのそれぞれの生い立ちや背景を通じて、彼女たちの心の奥底に潜む悲しみや怒りを知ることになる。そうして登場人物たちに感情移入しながら、大いに笑えて、泣けて、喜んで、恋バナに恥ずかしがったりする。客席には、笑って泣いている人や、すすり泣く人もいた。筆者も目尻に涙が浮かんでしまった。この感動は実際に現地で体験してみてほしい。皆、思わず『雪まろげ』ワールドに引き込まれてしまうのだ。

個人的に印象深かったのが、伴大吾=的場浩司だ。正直者で、恥ずかしげに詩を書き、女性に触られるだけでも、卒倒しそうになる純情な彼は、まさに小野田の抱いていた東北というイメージなのかもしれない。「人の性は善、女はきれいなもの、男はさわやかなもの、人生は愉しく、生きることは素晴らしい」。まさにそのものが津軽にはあったのだろう。大吾に限らず、登場人物はどこか優しくて、そして、暖かい。何より女性が強く、男性は頭が上がらない(それは有史以来変わらないことなのだ!)。それらを田村孝裕が上手にすくいあげて現代的にアップデートしていた。

劇中で大吾の書く詩は、津軽弁で抒情に溢れている。実はこれ、青森県出身の詩人・伊奈かっぺいの作品が使われている。場面ごとの重要な鍵、あるいは話の転換の鍵にもなっていた。だが何より、朗読する的場浩司の声に込められる情感が素晴らしかった。その朗読に泣いている人もいたが、それだけ観客の心を芯から揺さぶるものがあったのだろう。そして夢子が大吾の詩に思いを馳せるようになるのも、それが彼への恋心へ変わるのも、観客が彼の詩に抱いた想いと同じだったのではないか。優しくて、正直で……。自分とは真逆……。

左から、的場浩司、高畑淳子

左から、的場浩司、高畑淳子

一例を引こう。全部で四篇の詩が取り上げられているが、そのうち今回、田村孝裕が新たに追加したという「雪(ほんもの)」という伊奈かっぺいの詩。

したばて あんだぁ
本当(ほんとう)に天(てん)がら落(お)ぢで来(く)る
本物(ほもの)の雪(ゆぎ)ぁ
あたらに寒(さ)びぐねぇ

これは大吾と夢子が惹かれ合いながらも、決定的に相容れないというメタファー。かたや雪を温かいものだと感じる津軽生まれの正直者の男と、かたや冷たい雪だと信じてしまう嘘つき女と……。

出会い、そして、別れ。ここで終演を迎える。

高畑淳子

高畑淳子

カーテンコールでは、シアタークリエに大きな拍手の嵐が鳴り響き、凄まじい熱気に包まれた。私達は新生・高畑淳子の誕生をまのあたりにした。しかし舞台は、脚本や演出、装置、音楽、役者、すべてが揃って一つになる。決して1人だけではできないこと。そんなことを改めて痛感させられるほどのチームワークの取れた舞台だった。的場浩司だけでなく、高畑をフォローしている役者たち全員が素晴らしかったし、また、それを取り巻く環境(装置・演出などのスタッフワーク)も素晴らしかった。そんなチームワークで勝ち取った勝利によって、新しい女優・高畑淳子がここにいるのだ。彼女はこの舞台を通じて、様々な試練も経験しながら、生まれ変わったと思う。それゆえの女優魂の炸裂がそこにあった。

(取材・文:竹下力  写真提供:(株)東宝)

公演情報
舞台「雪まろげ」

■日時・会場:
2016年9月24、25日(土、日)シアター1010
2016年9月28日(水)~10月19日(水)シアタークリエ
2016年10月21日(金)クロスランドおやべ
2016年10月23日(日)富山県民会館
2016年10月25、26日(火、水)北國新聞赤羽ホール
2016年10月29、30日(土、日)兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
2016年11月2日(水)まつもと市民芸術館 主ホール
2016年11月5日(土)山形市民会館 大ホール
2016年11月7日(月)桐生市市民文化会館 シルクホール
2016年11月12日(土)新潟県民会館 大ホール
2016年11月16日(水)コラニー文化ホール
2016年11月19、20日(土、日)山口県立劇場 ルネッサながと
2016年11月23日(水・祝)はつかいち文化ホール さくらぴあ
2016年11月26日(土)レクザムホール(香川県県民ホール)
2016年11月30日(水)岸和田市立浪切ホール 大ホール
2016年12月3、4日(土、日)刈谷市総合文化センター アイリス

 
■作:小野田勇
■監修:小野田正
■脚本・演出:田村孝裕 

■出演:
高畑淳子、榊原郁恵/
柴田理恵、青木さやか、山崎静代、湖月わたる、的場浩司 ほか

■公式サイト:http://www.tohostage.com/yukimaroge/

 
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