【K-POP】よしぞうDの「本当に音楽は国境を越えるのか?」第2回
ソウルから350キロ離れた韓国第5の都市、光州(クワンジュ)。その中心部にあるホールで1998年10月24日、公式に政府から許可を受け日本語で歌うことが許された。
沢知恵。韓国で戦後初めて日本人宣教師となった父と、詩人であり朝鮮の詩を数多く日本語に翻訳し、日本と朝鮮の文学界を結んだ金素雲を父に持つ、韓国人の母の間に生まれ、アメリカと日本そして韓国で生きてきたシンガーソングライターだ。日本文化の解放は3段階を経て行われ、その先頭を切るようにこの公演は開かれた。「JAPAN WEEK」の幕開けだ。
ホールの前で、沢さんが国営放送のインタビューを受けている。密着取材をしているのだという。韓国のTV局、新聞社はもちろん、日本のメディアもカメラを構えて会場を取り巻いていた。沢さんとラジオ番組を作るまで、私には韓国という国に馴染みもなく、韓国国内で日本のコンテンツに規制がかかっているということさえも知らなかった。しかし、その風景を見て初めて現実を知った。これから歴史が動くんだ。
会場中程に座り私は開演を待つ。会場には40歳代以上と思われる観客がびっしりと並び、沢さんの登場を待っていた。グランドピアノの前に現れた沢さんは会場を見渡し、その空気を纏うように歌い始めた。
♪わたしのこころは湖水です どうぞ 漕いでお出でなさい……
静まり返った会場に日本語の歌詞が響き渡る。
同時に観客の目から涙をぼろぼろと流れ始めた。私にはその涙のわけがわからない。しかし、その涙は沢さんの歌と共に、私の心を支配した。
♪あなたの白い影を抱き 玉と砕けて 舟べりへ散りませう
なぜ、泣いているの? どうして日本の文化が許されていなかったの? この国と日本には何があったの? そんな“?”と共に、歴史が変わったその瞬間、私は横たわる大きな河のようなものを、宙を舞うように飛び越える音楽の力に圧倒された。
『音楽は国境を越える』。そんな常套句は使い古されたコピーのようなものだと思っていた。UKそしてアメリカの音楽が日常に流れ、時差なくシンクロする時代には、白々しい言葉だった。でも私はその瞬間を見た。
『音楽は何者にも干渉されないボーダレスなもの』、そんな“当たり前”を信じ、ラジオの現場で音楽を流していた私は、音楽が政治や時勢に影響を受けるものでもあるということをその瞬間に知ったのだ。それでも音楽、そしてエンタメはそれをも超える力を持つことがある。そして同時に、超えられない壁も立ちはだかることがあることもある。そのことを数年後、そして数十年後に思い知らされることになる。
私が今、韓国音楽と密接に関わっている源流がこの公演にあり、そして音楽というものへの見方が変わった瞬間でもあった。あの公演の涙の理由のすべてを今でも私は知ることができない。しかし、涙の理由を知りたいという想いが今の私を動かしている。
あの歴史的な瞬間の意味を、当時の私は本当にわかっていたのだろうか? そう疑わざるをえないエピソードがある。公演が終わり、私は高速バスで一人、光州からソウルに向かうことにした。ソウルには日本から来た友人が待っている。東京駅のような大きなターミナル駅。韓国語が全くわからず、しかもこの国の交通システムの知識は皆無。それでもどうにかなると思ったのは間違いだった。切符の買い方がわからない。そもそもどこが乗り場なのかわからない。まごまごしていると声をかけられた。韓国の人は日本人を嫌っているから、知らない人の前では日本語で話さないほうがいい。そんな今となってはデマ以外のなにものでもない忠告を信じていた私は、日本人と悟られないように、必死に英語で話した。
韓国を観光したことがあるのなら、多くの人は経験しているだろう。あの国では困っている人に親切だ。一緒になって目的地を探してくれたり、最後まで案内してくれたりすることも多々ある。その人もそうだった。深夜に困っているアジア人をどうにか助けてあげたいと思ったのだろう。しかしその人は英語を話せない。私だって“ふり”はしているが、英語はほとんどできない。日本人であることを隠すために、なんちゃってアメリカ人のごとく「OH!」だの「あはん」などと言っていただけだ。
デマを信じ切っていた私は「あなたは日本人?」 そう聞かれ、「在米日本人だ」と言って乗り切ろうとした。「もう一人で大丈夫。さんきゅー」と言おうとスーツケースを引っ張ろうとすると、その男性は近くにいる男性に声をかけ、連れてきた。「私はLAに住んでいるので英語ができます」 男性はそう言って、早口で何かを話し始めた。ピンチ!ピンチ過ぎる!!そして私はまた嘘をついた。
「私、英語ができない在米日本人なんです」
もはや、なんだかわからない状況になった。5分後、私の周りには20人ほどの人だかりができた。童顔に見える私は、当時20代後半だったのにも関わらず高校生くらいに見えたらしい。「深夜に子供が迷ってるぞ」「どうないかしないと大変だ」そんな風に心配してくれた人たちが集まったのだ。「おいだれか! 紙もってないか! 」 そんなことらしいことを言って、紙が人から人に渡される。「ペンはないか?!」 また別の所からペンが運ばれる。そして年配の人が漢字で私に質問する。「何処希望?」私は英語で答える。「SEOUL」 すると後方の男性が走り出した。数分後私はソウル行きの切符を渡された。「走れ!」 なぜか韓国語で叫ばれたその言葉を理解した私は、そしてその集団に囲まれながら、私はバス乗り場に辿り着いた。スーツケースは大きな男性が運んでくれていた。ドアが閉まり、呆然とする私に、その集団は歓声を上げた。私は手を振りながら、なんとも言えない罪悪感と感激を胸にソウルに向かった。
私の音楽人生を変えた日は終わった。【沢知恵公式HPはこちら】
おまけ
手前味噌ではありますが、この13年後運命的な出会いをする韓国を代表するアコースティクデュオ10CMの来日公演が10月30日(土)にeplus Living room café&Diningで行われます。おかげさまで発売開始3分で完売いたしました。ありがたいことです。来場できなかった方々に日頃の感謝を込めて、そしてまだアイドルではない韓国音楽を聴いたことがない方々に、その魅力をお届けできればと思っています。このライヴは10月30日(日)17時30分より、SPICE(こちら)でライブ生配信されます。そして現在新曲「That 5 Minutes」が、iTunes、レコチョク他で配信中です。
まだまだ続く手前味噌。女性アコースティックデュオOKDAL(屋上月光)の来日公演が11月9日(水)月見ル君想フで行われます。おおはた雄一さんと坂本美雨さんとのユニットおお雨との2マンライブです。K-POPだけでない韓国音楽を是非体感してみてください!
■日時:2016年10月30(日)17:30〜
■配信URL:https://www.youtube.com/channel/UC88p0TQaZZ9V9QKD2PP2XMg/live
■出演:10CM