初演から100周年、東京二期会『ナクソス島のアリアドネ』 指揮シモーネ・ヤング&演出カロリーネ・グルーバー来日記者会見

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2016.11.6
シモーネ・ヤング氏(指揮)とカロリーネ・グルーバー氏(演出) (撮影:安藤光夫)

シモーネ・ヤング氏(指揮)とカロリーネ・グルーバー氏(演出) (撮影:安藤光夫)


今年2016年が初演からちょうど100年目を迎えることもあり、今秋に東京で2つのプロダクションで上演される、いま旬のオペラ『ナクソス島のアリアドネ』。20世紀前半にワーグナーの後継者としてドイツオペラを牽引したリヒャルト・シュトラウス(もし名前にピンと来ない方は、この曲を聴けば「ああこれを書いた人ね」と一発でご理解いただけるだろう)が、代表作『ばらの騎士』の次に手がけたオペラである。

11月23日から日生劇場で開幕する二期会制作のプロダクションでは、指揮者と演出家の両名が女性というのがやはり目を引くところ。10月27日に指揮者シモーネ・ヤングと演出家カロリーネ・グルーバーの来日にあわせて記者会見が行われ、報道陣向けに立ち稽古が公開された。

――まずは主催者である公益財団法人東京二期会の理事長である中山欽吾氏から今回のプロダクション制作の経緯が説明された。

中山: 今日の主役のお二人が登壇する前に、私のほうから今回の来日記者会見について、ご説明させていただきたいと思います。ご承知のように東京二期会はドイツ・ライプツィヒ歌劇場との提携公演第2弾として『ナクソス島のアリアドネ』を、11月23日から開催いたします。これに先立ち、立ち稽古にあわせまして指揮者・演出家を海外からお呼びし、本日の会見となったわけであります。

今回のオペラでおいでいただいたお二人は、ウィーンの国立歌劇場、ハンブルクの州立歌劇場などで共演をされておられるわけですが、非常に息のあった指揮と演出で人気を博しているのは皆さんご存知のとおりです。日本での共演は初めてでありまして、二期会としても1952年の創立以来、指揮者演出家両方とも女性というのは史上初の試みでございます。また『ナクソス島のアリアドネ』はウィーンでの初演からちょうど今年で100年。日本では1971年の7月に東京文化会館で二期会が初演をしているという歴史をもっております。

公益財団法人東京二期会理事長・中山欽吾氏 (撮影:安藤光夫)

公益財団法人東京二期会理事長・中山欽吾氏 (撮影:安藤光夫)

――続いて、主役のシモーネ・ヤング氏とカロリーネ・グルーバー氏が大きな拍手で迎い入れられ、まずはヤング氏が今回のプロダクションにかける意気込みを語ってくれた。

ヤング: おはようございます〔日本語で〕。また日本にくることができて、大変幸せです。13年間の間を空けての再来日となりました。
『ナクソス島のアリアドネ』は、はじめて指揮をしてから約30年になります。最初に指揮したのは1989年のノルウェーでのことでした。この作品はとても小ぶりなオペラなんですけども、オーケストラと歌手陣がぴちっと、お互いに近い距離で作り上げていく、すばらしいオペラだと思います。そうして出来上がったものは、小さな宝石のような輝きを放つのです。

シモーネ・ヤング氏(撮影:安藤光夫)

シモーネ・ヤング氏(撮影:安藤光夫)

そして、この日本で私の大切な友人であるカロリーネ・グルーバーさんと一緒にオペラを作り上げることができるということを、大変嬉しく思っています。これまでも、彼女とは何度も一緒に仕事をしました。最初はウィーンで、それからハンブルクで2つのプロジェクト――〔ライマンの〕『リア王』、それからコルンゴルトの『死の都』をやりました。そしてまたウィーンでプロコフィエフの『賭博師』も一緒にやっています。

今回の作品は「楽しい!」「面白い!」という要素のある作品です。得てして私の抱えているものは、真面目で、深く、そして悲しいものも多いんですけれども、今回は芸術の明るい面をみなさまにご提供できるので、嬉しく思っています。

私は火曜日の朝、日本に着きまして、まだ2日しか経っていないんですけども、もう全曲『アリアドネ』を若い人たちと練習しています。一生懸命な若いひとたちと一緒に、楽譜のなかを深く入り込んでいくというのはとても楽しい作業です。私自身も本番を楽しみにしています。

(撮影:安藤光夫)

(撮影:安藤光夫)

――今度は、演出家のカロリーネ・グルーバー氏が演出する上で重視した2つのコンセプトについて説明してくれた。

グルーバー: 今回のオペラ『アリアドネ』〔の演出〕は、2008年にライプツィヒで、舞台装置はロイ・スパーンさん、衣装はミヒャエラ・バールトさんと一緒に作り上げたものです。まず台本なんですが、〔劇作家の〕ホフマンスタールによる台本は非常に多層的で、奥にはたくさんの意味やテーマが隠れているテキストなのです。バラバラになってしまいそうなテキストに「赤い糸」をつなげることで、皆さんにわかりやすいものにしようと考え、2つの重要なアイデアをもとに演出しました。

ひとつめに「赤い糸」として強調したかったのは、芸術家が抱える問題です。芸術家が仕事の依頼を受けたときに、スポンサーの都合で妥協しなきゃいけないという問題が100年前からあったことが〔オペラ内で〕見て取れます。最初のプロローグ(第1幕)で芸術家たちは皆、非常に殺風景なところへ招き入れられます。そこにはみすぼらしいトイレしかありません。ウィーンの一番お金持ちの人の家での催し物なはずなのに、彼らは粗雑に扱われ、受け入れられます。なぜなら〔お金持ちにとって〕彼らよりも大事なことは、花火が9時に間に合うことと、ご馳走を食べることだからです。つまり「真面目な悲劇」と「おちゃらけた喜劇」、どちらのグループも〔花火やご馳走より〕価値がないという風に扱われてるんですね。そういうことを地下のガレージを舞台にすることで表現しています。

カロリーネ・グルーバー氏 (撮影:安藤光夫)

カロリーネ・グルーバー氏 (撮影:安藤光夫)

それが、第2幕のオペラの部分になると今度は一転して真面目なオペラになります。そしてここで、ふたつめの重要な観点としてメタモルフォーゼ(変容)という要素が登場します。ツェルビネッタの歌うアリアのなかに「新しい神がやって来たなら、私たちは黙って身を捧げるばかりだわ!」という台詞があるんですが、それがとても重要だと思います。テセウスに捨てられ、死ぬことしか考えられないアリアドネのもとに神であるバッカスが現れて、アリアドネが新しい愛を見つけるという、哲学的な変容が起きているのですが、実はこれがアリアドネとバッカスだけではなくて、第2幕に登場してる全ての人にも起きていることとして私は演出しています。もしかするとそれが他の人の演出と違うところではないかと思います。つまり、アリアドネだけではなくて、2幕に出ている全ての人たちが愛の気持ちに目覚め、最後には〔シェイクスピアの〕『夏の夜の夢』のようにみんなが幸せになるというようなコンセプトです。

(撮影:安藤光夫)

(撮影:安藤光夫)

――最後に、今回のプロダクションに出演するふたりの若手歌手が登場。まずは、ツェルビネッタ役のソプラノ 清野友香莉(きよの ゆかり)。彼女は2013年に、カロリーネ・グルーバー氏が演出した新国立劇場研修所での『魔笛』で「夜の女王」役を演じている。

清野: はじめまして、清野友香莉と申します。今回、ツェルビネッタ役を歌わせていただきます。よろしくお願いいたします。

今回のオーディションがあったのはだいぶ前なのですが、まさか自分がこの役を歌える、二期会のデビューでツェルビネッタ役を歌わせてもらうっていうことが叶うとは、自分でも思ってなかったので、本当に、報せが来たときには飛び上がって喜んで、本当にもうこんなに素晴らしい指揮者と、またカロリーネと一緒に仕事ができるということを、本当に幸せに思っています。

清野友香莉 (撮影:安藤光夫)

清野友香莉 (撮影:安藤光夫)

――二人目は、ハルレキン役のバリトン 近藤圭。彼は2011年11月、グルーバー氏が演出した二期会の『ドン・ジョヴァンニ』に「マゼット」役で出演している。

近藤: バリトン歌手の近藤圭と申します。今回、ハルレキン役で出演させていただきます。実はさっきもご紹介にありましたように、2011年にはカロリーネ・グルーバーさんとモーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』の方で共演させていただきまして、すぐに惚れ込んでしまうぐらいの素晴らしい演出でした。

僕は常に演ずることに対して正直にいたいと思ってるんですけども、カロリーネさんの演出っていうのは自然と、状況といいますか、そのときの心理とか考えとか、そういうのにすっと入っていけるシチュエーションを作っていくっていう演出家です。今回も立ち稽古がはじまっていますけど、カロリーネさんから常にエアリッヒ(独:ehrlich)、正直にいないといけないという、そういう言葉をきいた時に、自分としてはホッとして、やりやすいなあと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。

近藤圭 (撮影:安藤光夫)

近藤圭 (撮影:安藤光夫)

――記者会見の終了後は……しばしのインターバルの後、報道陣向けに立ち稽古が公開された。観ることが出来たのは、ツェルビネッタが歌う本作の代表的なアリア「偉大なる王女さま」の部分と、その前の場面でツェルビネッタと4人の道化師たちが絡み合う部分である。今回のプロダクションでも、ダブルキャスト制(2組のキャストを交互に出演させる方式)がとられているが、この場面に登場する主要歌手たちが2組とも稽古に立ち会っていた。

公開されたのは「音楽稽古」ではなく演技をつけていく「立ち稽古」であるため当然、指揮者のヤング氏ではなく演出のグルーバー氏主導で稽古が進行。まずは既に演出の全体像を把握している演出助手の太田麻衣子氏が的確な指示を飛ばし、その上でグルーバー氏は、なぜそのような演技をつけたのかという理由を身ぶりひとつひとつを説明したり、2組のキャストの演技を見ながら細部を変更したり、はたまた演奏中にまるで指揮者のように(!?)演技指導をしたりと、舞台上の演技に説得力をもたせるために力を割いていく。

(音楽が流れている間も、積極的に演技指導をしかけていくグルーバー氏) (撮影:小室敬幸)

(音楽が流れている間も、積極的に演技指導をしかけていくグルーバー氏) (撮影:小室敬幸)

そもそも『ナクソス島のアリアドネ』というオペラは、作曲者リヒャルト・シュトラウス自身が改訂をほどこしている作品で、最初のバージョンと現在演奏されることの多いバージョンには大きな違いがある。どのような改訂であるかを簡単に説明すれば、第2幕が「何故、悲劇と喜劇のキャラクターが混在した物語になっているのか」という理由付けを、後から第1幕を付け加えることで説明しているのだ。そのため、第1幕の主要登場人物の何人もが第2幕に登場しなかったりするなど、記者会見のなかでグルーバー氏が「バラバラになってしまいそうなテキスト」といったのには、作品成立の背景が絡んでいるわけである。だからこそ、この作品の演出にはこうした弱点をカバーする解釈や演技指導が求められているのだ。

(左から、作曲家役、ツェルビネッタ役、演出助手。机の上に置かれているのは百合の花だ。) (撮影:小室敬幸)

(左から、作曲家役、ツェルビネッタ役、演出助手。机の上に置かれているのは百合の花だ。) (撮影:小室敬幸)

第1幕と第2幕を有機的に結びつけるためによく行われるのは、本来は第1幕にしか登場しない人物を第2幕で黙役(歌も台詞もない役)として舞台に登場させるやり方である。10月下旬に東京文化会館で上演されていたウィーン国立歌劇場による『ナクソス島のアリアドネ』(演出:スヴェン=エリック・ベヒトルフ)でも、こうした演出がなされていたようだが、グルーバー氏の演出でも同様の趣向がみられた。具体的にはツェルビネッタによるアリア「偉大なる王女さま」で、彼女が歌う歌詞がどんな意味をもっているのかを、第1幕の登場人物でツェルビネッタに恋する若き作曲家(黙役)を舞台中央に連れ出すことで鮮やかに、そして非常にドラマティックに描いてみせたのだ。ピアノ伴奏による稽古にもかかわらず、全身に鳥肌がたったことを正直に告白しておこう。まだ本格的な稽古がはじまって間もないこの時期でこれほど心動かされるのだから、本番への期待は高まるばかり。是非早めにを予約しておくことを薦めたい。

(撮影:安藤光夫)

(撮影:安藤光夫)

(取材・文:小室敬幸)

公演情報
東京二期会オペラ劇場 ライプツィヒ歌劇場との提携公演 NISSAY OPERA2016提携
『ナクソス島のアリアドネ』

プロローグと1幕のオペラ・日本語字幕付き原語<ドイツ語>上演)

 
■会場:日生劇場 (東京都)
■日程:2016年11月23日(水・祝)~11月27日(日)

■作曲:リヒャルト・シュトラウス
■台本:フーゴ・フォン・ホフマンスタール
■指揮:シモーネ・ヤング
■演出:カロリーネ・グルーバー
■装置:ロイ・スパーン
■衣裳:ミヒャエラ・バールト
■照明:喜多村 貴
■演出助手:太田麻衣子
■舞台監督:幸泉浩司
■公演監督:加賀清孝
■管弦楽:東京交響楽団 
■出演:
<11/23・26 出演> 
執事長:多田羅迪夫(全日出演)/音楽教師:小森輝彦/作曲家:白土` 理香プリマドンナ/アリアドネ:林 正子テノール歌手/バッカス:片寄純也/士官:渡邉公威/舞踏教師:升島唯博/かつら師:野村光洋/召使い:佐藤望/ツェルビネッタ:高橋維/ハルレキン:加耒徹/スカラムッチョ:安冨泰一郎/トゥルファルデン:倉本晋児/ブリゲッラ:伊藤達人/ナヤーデ:冨平安希子/ドゥリヤーデ:小泉詠子/エコー:上田純子 
<11/24・27 出演> 
執事長:多田羅迪夫(全日出演)/音楽教師:山下浩司/作曲家:杉山由紀/プリマドンナ/アリアドネ:田崎尚美テノール歌手/バッカス:菅野敦/士官:伊藤潤/舞踏教師:大川信之/かつら師:原田圭/召使い:湯澤直幹/ツェルビネッタ:清野友香莉/ハルレキン:近藤圭/スカラムッチョ:吉田連/トゥルファルデン:松井永太郎/ブリゲッラ:加藤太朗/ナヤーデ:廣森彩/ドゥリヤーデ:田村由貴絵/エコー:北村さおり

■公式サイト:http://www.nikikai.net/

 
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