“視覚”で楽しめる香りの展覧会 資生堂の香水瓶展『Les Parfums Japonais(レ・パルファム・ジャポネ)』レポート
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(c)girls Artalk
2016年12月25日(日)まで、東京・銀座にある資生堂ギャラリーでは、資生堂の香水瓶展『Les Parfums Japonais(レ・パルファム・ジャポネ)―香りの意匠、100年の歩み―』が開催中だ。資生堂といえば、化粧品の製造・販売を通じて、国内シェア1位を誇り、確固たる地位を築いている言わずと知れたコスメブランドである。
この展覧会では、化粧品事業の経営に乗り出した初代社長である福原信三氏が、芸術とビジネスのコンビネーションを念頭におきながら、自らが取り組んできた化粧品づくりの姿勢に触れることができる。嗅覚をくすぐられる”香り”だけでなく、視覚として楽しめる香水瓶には、どのような想いが込められていたのだろうか? 早速、展覧会を構成する5つのカテゴリーに沿ってみていこう。
パリの芸術文化への憧れ
1913年、アメリカの留学を終えた福原信三氏は、パリを中心にしてヨーロッパに立ち寄った。当時、工業デザインの世界を席巻していたアール・ヌーヴォーは全盛期を過ぎていたのにも関わらず、この写真のように美しい姿を残して人々が送る生活の中に日用品として溶け込んでいたという。このような香水瓶をパリのおしゃれな街角で見つけたら心が高揚してしまうだろう。
福原氏にとって、このパリへの訪問は芸術文化に触れられる恰好の機会となり、帰国後に彼が手がける化粧品づくりには欠かせない必要な創造の根源となった。
こちらではプロジェクションマッピングを用いた展示が行われており、時折蝶々が羽ばたいたりなど、鑑賞者を楽しませる工夫もされている。
香水制作のはじまり
帰国した福原氏は資生堂の経営に携わるなかで、製造・販売などの化粧品事業に力を入れ始める。特に、香水の制作へとのめり込んでいったという。
そして、1917年には資生堂初の香水である『花椿』が誕生する。このセクションで紹介されている最初期に生み出された香水瓶を見てほしい。瓶自体を密閉する丸い柱、レーベルのデザインなど、どことなくパリの香水瓶と似ていないだろうか。それほどまでにパリで見た香水瓶の美しさに憧れを抱き、細部にまでこだわりを持った香水瓶作りをを目指していただことがわかる。
テーブルによって、展示されている香水瓶が日本製とパリ製に分かれている。行ったり来たりしながらじっくり見比べてみてはいかがだろうか。きっと、香水瓶制作に情熱を傾けてきた福原氏の軌跡がわかるはずだ。
室内の角に置いてある回転する展示机に置かれた二つの香水。シルエットを比べてみてほしい。試作から数年で完成した『花椿』は、パリの香水瓶に全くひけをとらない。
「製品の芸術化」とオリジナリティー
香水制作を始めた頃の福原氏は、日本の化粧品製造が直面している状況を、西欧の模倣であると捉えていたという。このような時代においても自らの芸術的な感性とこだわりを持ちながら香水制作に励んでいる姿勢からは、私たちに「日本の伝統とは?」「日本の文化とは?」そして、「オリジナリティとは?」という問いをつきつけてくるような気がしてくる。
こちらに展示されている1918年から発売された『梅』『菊』『藤』は、レーベルに日本の家紋風にデザインされた金の焼き付けが施されている。中でも、『Woo me』は『梅』と『私を愛して』の意味をかけた言葉で、ネーミングにユーモアとセンスを感じさせる。
また、こちらには”銀座”ならではのものまで。象徴的で抽象的な展覧会構成だ!
日本の香水ー戦後から現在へ
欧米における東洋趣味の流行、東京オリンピックの開催に併せ、1964年に日本調の香水『禅』を海外向けに発売。瓶の表面には日本の漆工芸を代表する高台寺蒔絵に着想を得たデザインが施されており、日本の伝統工芸というと東洋文化と香水という西洋文化が見事にマッチングした一品となっている。また、『禅』を挟んだ両側には『琴』と『舞』という書が瓶にあしらわれた香水瓶が展示されている。この書は、国際的に活躍した書家である篠田桃紅(しのだとうこう)と町春草(まちしゅんそう)によるものだ。
これは、福原氏が目指したオリジナリティーの結晶ともいえる作品。見事に大ヒットをした所以がわかる気がする。
また、こちらのセクションでは一般発売されていない株主優待品である『水の香り』が展示されていた。そのネーミングに思わず惹かれてしまう。嗚呼、その香りを少しでいいから嗅いでみたい!
ウィットと恋のかけひき
こちらのセクションでは、遊び心を感じされるものや、恋の駆け引きを思わせる、ロマンティックな香水のネーミングに着目している。この展示空間は、インタラクティブ・アート分野における作品制作を手がけている『plaplax(プラプラックス)』とコラボレーションし生まれたものだ。展示室内では、香水のネーミングをフランス語で囁く男女の声が流れており、室内の壁や地面を這う流動的な言葉の戯れに、官能的に想像力が掻き立てられる。
香水瓶という小さな世界に、宇宙が広がっているような、スケールを感じたという『plaplax(プラプラックス)』。その魅力を少しでも伝えられるように展示を構成したそう。
こちらの展示では左から順番に『軽はずみ』、途中『再開の時』や『願えば叶う』などを経て、ラストは『さよならは言わない』というタイトルの香水が並んでいる。辿ってみると男女の恋愛模様が浮かび上がってくる展示となっている。個人的には『さよならは言わない』をつけている女性に会ってみたいと思わせられた。
香水瓶の“ただ小さくて可愛いい工芸品”というイメージを払拭してくれた展示内容からは、香水瓶に魂を吹き込む"アーティストとしての福原信三"の姿を感じた。しかし、福原氏の“香り”はこの世には存在しない。そして、記憶を手繰り寄せることさえも不可能だ。だが香水瓶というアートからは、福原信三という人物の気配を読み取ることはできる。
なお、今回取材した資生堂ギャラリーだけでなく、SHISEIDO THE GINZAや資生堂銀座ビルでも、香水瓶の関連展示が開催されている。こちらも併せてご覧になってみてはいかがだろうか。
そして視覚が満たされたら嗅覚も。一輪の椿のたおやかで凛とした美しさをイメージした資生堂の最新作『Evey Bloom』を身に纏いながら、銀座の街に繰り出してみてはいかがだろうか?
文=新麻記子 写真=新麻記子、丸山順一郎、資生堂
会期: 2016年11月2日(水)~12月25日(日)