上演8時間の大作!悲願のポール・クローデル『繻子の靴』に渡邊守章が挑む

インタビュー
舞台
2016.12.10
渡邊守章

渡邊守章


フランスの前衛劇詩人であり、世界各地で活躍した外交官でもあったポール・クローデル。あの彫刻家ロダンの弟子であり愛人でもあったカミーユ・クローデルの弟だ。ポール・クローデルは、日本に大使として滞在していた大正年間に長編戯曲『繻子の靴(しゅすのくつ)』を書き上げた。大航海時代、新旧世界に覇をとなえるスペインを舞台に、大審問官の若く美しい人妻と新大陸制覇の野望に燃える征服者である若き騎士ドン・ロドリッグとの「禁じられた恋」が主軸の物語。地球を舞台に繰り広げられる壮大な「すれ違いドラマ」を、 演出家、翻訳家、フランス演劇研究家の渡邊守章の演出で、客員教授として教鞭をとる京都造形芸術大学の京都芸術劇場 春秋座で上演する。渡邊節が止まらない30分––​

役者を断念したと同時にポール・クローデルに出会った

----渡邊先生にとって、この作品は念願だったと聞いています。その思いを教えてください。

渡邊: 私は東大教養学部教養学科のフランス科に入り、東大の3年まで演劇研究会にいたんです。後に野田秀樹の「夢の遊眠社」となるところですが、役者をやっていたんです。舞台については入試にもかかわらず休んだことがなかったんですけど、フランス科というところは、先生はフランス人ですし、主任の前田先生もフランス語で授業なさるもんですから、今までと同じようにやっていたら追いつけないと思い、3年生のときに役者を引退したんですね。そのころポール・クローデルと出会って卒論に書こうと思ったわけです。ですから芝居の現場を離れることと、クローデルをやりたい気持ちが交差した時代があったわけです。

----60年も秘めていた思いなわけですね?

渡邊: そうです。秘めていたわけではなく、いろんなところでしゃべっていますがね(笑)。『繻子の靴』を読んだのは卒論のときだから1954年です。フランスに留学したのは1956年。ジャン=ルイ・バローの劇団で『繻子の靴』を見たのは1958年。それを見て、日本に帰ったらぜひ演出してみたいと思ってた2本のうちの1本で、もう一つはジェラール・フィリップ主演で感動したミュッセの『ロレンザッチョ』でした。こちらは実現することができました。しかし、『繻子の靴』は、カトリックの歴史が土台にあるし、5、6人の芯になる役者がいないと成立しない。長大な芝居ですから簡単には実現できませんでした。

----渡邊先生にとって、『繻子の靴』はどういう位置づけなのですか?

渡邊: クローデルという人は、19世紀末の一番偉大な詩人ステファヌ・マラルメの弟子の一人なんです。外交官で、外国にいたから、同じ弟子のポール・ヴァレリーのようにフランスの文壇と社交的なつながりはなかったんですが、20世紀のフランス文学の最初の20年間のもっとも重要な作家です。そのあとシュールレアリズムが出てくるわけですけど、彼らは美術には興味があったけれど、音楽や演劇には関心を示さなかった。そのためにクローデルは一つ下の世代と交流するようになった。クローデルは自分でも巨匠の不肖の弟子と言っていますが、マラルメの系譜に属する文学的前衛です。

----なるほど。

渡邊: 彼は外交官になりますが、外に開かれた人であるのは確かなんです。フランス劇文学は17世紀の絶対王政のときに古典主義が確立されている。詩については定型詩、主題については古代神話を使うとか、クローデルはそういう伝統に反抗したんですね。文学ではロシアのドストエフスキーが好きだった。東ヨーロッパですから、もう完全に外に目が向いている。それと東洋なんです。ですからクローデルは出発点から地理的にも文化的にもヨーロッパの「外部」に惹かれていて、脱西洋、親東洋をイデオロギーとか思想的というよりは芸術的に強い関心を持っていた。

撮影:清水俊洋

撮影:清水俊洋

『繻子の靴』にはポール・クローデルのほとんどすべてが詰まっている

----日本にもすごく造詣の深い作家だったみたいですね?

渡邊: 最初の赴任地はニューヨーク、その後で中国に移りますが、そのときに、1898年にひと月だけ日本に観光旅行に来るんですよ。これが日本との最初の出会い。そしていよいよ1921年末から1927年初頭まで、正味5年近く滞在するわけです。ちょうど大正デモクラシーの時代であり、日英同盟が終わって日本政府としても西洋のさまざまな国との交流を模索している時期でした。外交官としても芸術家としてもいいときに来たんです。渋沢栄一らとフランス系の文化人とサークルをつくり、講演会を行ったり歌舞伎舞踊の台本を書いたり、非常にすぐれた日本文化論「朝日のなかの黒い鳥」も書いている。そのなかで、一番大きい仕事が『繻子の靴』。日本にくる前から書き始め、1925年初頭には書き終わるのですが、その間、関東大震災が起きて、大使館も被災する。大使館に置いてあった『繻子の靴』「三日目」の原稿の一部が焼けてしまい、帝国ホテルに滞在し、書き直すというようなこともありました。ですからクローデルにとって、生涯、詩人としても劇作家としても、日本は単にエキゾチックな魅力ある東洋などではなく、彼の作家としてのひとつの頂点でもあり、総括でもある作業の場だったのです。事実日本を発見したフランスの詩人、作家、文化人、知識人として抜群だった。集大成的な戯曲『繻子の靴』のなかにクローデルの全部があるというのは言い過ぎかもしれませんが、ほとんどがあるんです。

----先生にとっても『繻子の靴』と衝撃的な出会いをされたわけですね。

渡邊: 東京大学教養学部フランス科というところは卒業論文をフランス語で書かせるんですね。題材をどうしようかなと、その1年半前くらいにクローデルに惹かれ、ぶ厚い「プレイヤード版」の『劇作集』を買って来て、頭から読んでいたわけです。フランス人のフランス文学を教えに来ていた先生はクローデルが大嫌いでしたけど(笑)。フランスは20世紀になって教会の財産を全部没収しちゃうでしょ。ですからノートルダム寺院もカトリック教会のものではなくてフランス共和国のものですよ。修理するにも、工事施工者は文化省ですから。その政教分離大事件が20世紀に起きるんですけど、そういう背景のなかでなおかつカトリックの信仰を表明して、しかも極めて前衛的な戯曲を書き、前衛的な作曲家と付き合うとかすごく矛盾した人なんですね。つまりあるひとつの切り方ではどうやっても捉え切れないのです。

撮影:清水俊洋

撮影:清水俊洋

撮影:清水俊洋

撮影:清水俊洋

クローデルに負けないくらいしつこく食いついていく

----演出されていて『繻子の靴』に感じる魅力というのは?

渡邊: それは今の話とつながるんです。つまり、それまで大学で教わったものとはまったくと言っても良いような「違うフランス語」だった。そうしたクローデルのフランス語にまず惹かれたんです。このフランス語を征服しないとクローデルはわからないし、日本のフランス語研究ではクローデルという存在は捕まえられない。すごく説明しにくいんだけど、宗教思想だとか政治思想に惹かれたわけじゃない。語っていることも難しいが、なによりその言葉の持つ身体性というか、身体に訴えかけ、読む者の全身全霊を動員させるような言葉。これが自分のものにできなければ、思想だのテーマだのを論じても意味がないと思わせる、そういう言葉です。そのうえで宇宙的な世界観や同時に多文化的なところに惹かれていきました。だから日本のことも入るでしょう。対極はジャン・ラシーヌですよ。ラシーヌも好きなんですけど、彼は純粋さの極みみたいなものです。それに対してクローデルはごった煮の山。フランスの文化的な中心ではなくマージナルな部分を取り込んでいる。そういうごった煮だからこそ、彼のフランス語はドイツ語みたいだと言われるし、ギリシャ悲劇にも似ているかもしれない。日本の何かに似ているというわけではないけれど、ほかの作家よりは日本人が感じる要素があるのではないか。

僕が教わった先生たちは、第二次世界対戦前の世代の方々なので、時代や流行もあったでしょうが、「日本が嫌だからフランス語やフランス文学をやる」という人たちです。だからクローデルみたいに日本が面白いなんて言う作家はもってのほかだったわけです。

----8時間のお芝居を演出されているわけですが、愚問でしょうけど、ご苦労はありますか?

渡邊: クローデルという作家はしつこいんですけど、こっちも同じくらいしつこく食いついていかなければと思っています。とはいえ、いやあ、体力も集中力も大変なんてものじゃないですよ。でも、最近大活躍の木ノ下歌舞伎の木ノ下裕一君、僕の教え子ですけど、彼が演出助手でついてくれているんで、僕が倒れても、信頼する役者さんたちと立派に立ち上げてくれるでしょう、ハハハ! 『繻子の靴』を手がけることができたら死んでも本望と思っていましたが、フランスでの公演もやりたくなったり、また欲が出てきましたね。まだまだ死ねません! 東京からでも日帰りできるようなスケジュールになっていますので、ぜひ見にいらしてください。(と、横にいた木ノ下さんから「先生、日帰りできるようにあと50分削ってくださいね」と突っ込みが入った ^ ^)

渡邊守章と木ノ下裕一

渡邊守章と木ノ下裕一

なお、『繻子の靴』公演日限定で、休憩時間に劇場ロビーに有機野菜の素材の味をふんだんに生かし、目にも鮮やかな料理を提供する、宍倉慈さんが主宰する「VOLVER」が出店する。大学のカフェも営業しているので、飲食の心配はありません。

渡邊守章プロフィール◇演出家、京都造形芸術大学舞台芸術研究センター客員教授。1933年生まれ。主な演出作品にラシーヌ『フェードル』、ジュネ『女中たち』、ミュッセ『ロレンザッチョ』など。2005年発行の訳書、『繻子の靴』(上・下/岩波文庫)により、毎日出版文化賞、日本翻訳文化賞、小西財団日仏翻訳文学賞受賞。個人訳『マラルメ詩集』(2014年)。春秋座では、2008年7月に朗読オラトリオ『繻子の靴』を、2013年3月に『繻子の靴』「2日目第13場」の「二重の影」を演出。

公演情報
『繻子の靴 四日間のスペイン芝居』
 
■日時:2016年12月10日(土)11:00・11日(日)11:00 ※途中約30分の休憩が3回あり
■会場:京都芸術劇場 春秋座(京都造形芸術大学内)
■作:ポール・クローデル 
■翻訳・構成・演出:渡邊守章 
■映像・美術:高谷史郎
■出演:
剣幸/吉見一豊 石井英明 阿部一徳 小田豊 瑞木 健太郎/
茂山七五三 茂山宗彦 茂山逸平 島田洋海 鈴木実/
岩澤侑生子 岩﨑小枝子 鶴坂奈央 千代花奈 田中沙依 片山将磨 山本善之 磯貝優志 谷田真緒/
藤田六郎兵衛(能管)/野村萬斎(映像出演)
 
『繻子の靴』 http://www.syusunokutu.com/

 

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