不気味だけど不思議で気になる“蜘蛛の糸”に着目した展覧会 『蜘蛛の糸 クモがつむぐ美の系譜ー江戸から現代へ』

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 豊田市美術館『蜘蛛の糸』チラシ

豊田市美術館『蜘蛛の糸』チラシ


作家心をくすぐる謎めいた存在…“蜘蛛”をモチーフにした国内作家の作品が一堂に

開館以来、独自の視点によるキュレーションで意欲的な企画展を次々と仕掛けてきた「豊田市美術館」で、またひとつ面白い展覧会が開催されている。『蜘蛛の糸』と題された本展は、その名の通り〈クモ〉と蜘蛛が紡ぎ出す〈糸〉に着目、それらをモチーフに制作された80作家158点の作品を12月25日(日)まで展示している。

本展を企画した「豊田市美術館」キュレーターの都筑正雄さんは、中学生の頃に雨の日の翌日、雨粒のついた女郎蜘蛛の巣を見かけ、青空を背景に真珠のように輝いていた光景に感動を覚えたという。

「家の中で出会う大きなアシダカグモなどは好きではなかったんですが、その時見た雨上がりの蜘蛛の巣は本当に美しくて。糸という不思議なものを出して美しい幾何学模様を作る。怖さと美しさが共存する蜘蛛という生物のわけのわからなさに惹かれ、大学の頃に「東京国立近代美術館」で、速水御舟のライバルと言われた小茂田青樹が〈虫魚画巻〉で蜘蛛の巣を描いた作品《夜露》に出会ったんです。それと、塩田千春さんの糸を使った作品との出会いも、この企画展を行うきっかけになりました」と、都筑さん。

まず最初に1階のエントランスで出迎えてくれるのは、蜘蛛の巣を思わせる青木野枝の鉄のオブジェ《Untitled》と、本物と見紛うばかりの精巧さで造られた女郎蜘蛛だ。真鍮と銅でできた満田晴穂の《自在大女郎蜘蛛》は、本展のために制作されたものだという。

満田晴穂《自在大女郎蜘蛛》2016年/作家蔵  江戸時代から続く金工芸「自在置物」は、関節部分も本物通りに動かすことができる動物の模型。満田はこの伝統技巧を受け継ぎ数々の作品を発表している

満田晴穂《自在大女郎蜘蛛》2016年/作家蔵  江戸時代から続く金工芸「自在置物」は、関節部分も本物通りに動かすことができる動物の模型。満田はこの伝統技巧を受け継ぎ数々の作品を発表している

エントランスから階段を上がり2階の【展示室1】へ向かうと、圧巻の光景が広がっている。室内を一周する鑑賞者のための通路以外、3階まで吹き抜けの広い空間いっぱいに黒い糸がびっしりと張られているのは、展覧会のプロローグを飾る塩田千春の《夢のあと》である。下の写真の通り、中央には10着の白いドレスが吊るされている。ウェディングドレスのようにも死装束のようにも見えるそれらは、まるで蜘蛛の糸に絡めとられた獲物のようでもある。塩田は展示空間に糸を張り巡らせる作品を幾つも手がけているが、2週間かけて制作された本作では2600玉もの毛糸を使用。その長さだけでも200km以上に及ぶ、最新作にして国内最大規模となる作品だ。次の展示室へ向かう階段や渡り廊下、【展示室4】手前の開口スペースから…と、どの角度から見てもその緻密さに驚かされる。

塩田千春《夢のあと》2016年/作家蔵 写真:福永一夫

塩田千春《夢のあと》2016年/作家蔵 写真:福永一夫

今回の展示では日本のアーティストだけに焦点を絞り、サブタイトルにもあるよう江戸時代から現代に至る作品を紹介している。それについては都筑さんは、
「六本木ヒルズにある巨大なクモのオブジェ《ママン》を作ったルイーズ・ブルジョアとか、風船や蜘蛛の巣に注目したインスタレーションを行うトマス・サラセーノなど、現代では蜘蛛をモチーフに制作する作家はいますが、海外の美術史を遡ってみると、17~8世紀やルネサンス期などはあまり蜘蛛の作品は見られないんですね。当時は人間重視の社会だったので。一方日本で創られたものを見ると、季節感や小さなものを凝視していく独特の視点があって、蜘蛛は古くから多産や豊かさの象徴としてモノや和歌にも使われています。それで日本の作品に焦点を当てることにしました。モチーフとして美術に使われるようになったのが江戸時代なので、その頃からの作品を展示しています」と。

【展示室2】から始まる第1章〈蜘蛛の糸を見つめて〉では、蜘蛛を客観的に見た作品を紹介している。前述の小茂田青樹〈虫魚画巻〉(《夜露》は前期展示)の展示から始まるここでは、蜘蛛という生物の生態を知る手がかりとなる作品に注目したい。まず、新宮晋の絵本《くも》は、オニグモの1日の営みを繊細な筆致と美しい色彩の絵のみで表現した作品だ。また、中谷芙二子の《風に乗って一本の線を引こう》は1973年に制作されたヴィデオインスタレーション作品で、蜘蛛が巣をつくる様子がつぶさに記録されている。
1本の糸から丁寧に美しい幾何学模様をつくり上げていく蜘蛛。同空間には、その本能と言うべき超絶技巧をモノづくりに転化させた江戸~明治期の職人たちによる工芸品も展示されているが、こちらもまた、その微細な手仕事ぶりに目を見張る作品ばかりである。

新宮晋《くも》1979年/絵本  蜘蛛の生態を端的に表した美しい絵本。ミュージアムショップで購入することもできる。 写真:福永一夫

新宮晋《くも》1979年/絵本  蜘蛛の生態を端的に表した美しい絵本。ミュージアムショップで購入することもできる。 写真:福永一夫

旭玉山《葛に蜘蛛の巣図文庫》明治時代(19-20世紀)/清水三年坂美術館蔵  象牙で一本一本施された蜘蛛の巣は、横糸の粘りまで忠実に再現されている

旭玉山《葛に蜘蛛の巣図文庫》明治時代(19-20世紀)/清水三年坂美術館蔵  象牙で一本一本施された蜘蛛の巣は、横糸の粘りまで忠実に再現されている

さて、展望通路を通り【展示室4】へ向かうと、第2章〈象徴としての蜘蛛の糸〉の始まりである。神話や文学作品の中に登場する蜘蛛をモチーフにした作品や、蜘蛛のイメージを比喩的、象徴的に用いた作品が展示されたここでは、鮮烈な印象の表現に触れることができる。

『古事記』や『日本書紀』、紫式部の『源氏物語』、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』、谷崎潤一郎の『刺青』などから想を得た絵画や浮世絵、着物、写真、ミクストメディアまでその手法はさまざまで、妖怪や化物、或いは幸運の使者、男や客を誘い込むものの象徴ーひいては女の情念や魔性を表すもの…と、蜘蛛から派生するイメージの多彩さ同様にバラエティに富んだ表現が紹介されている。

さらに、網を張って虫を捕らえる蜘蛛のイメージを、作品に集まってくる鑑賞者を待ち受ける作家の姿や、モデルを捕まえて作品にしてしまう作家の野心に重ねるという、解釈の幅を広げた作品も展観。荒木経惟の〈緊縛〉シリーズなどが並んでいるのも面白い。

月岡芳年《『新形三十六怪撰』より「源頼光土蜘蛛ヲ切ル図」》1892年/富山市郷土博物館蔵  土蜘蛛が描かれた浮世絵の名作。『新形三十六怪撰』は妖怪画の連作で、芳年最晩年の作品

月岡芳年《『新形三十六怪撰』より「源頼光土蜘蛛ヲ切ル図」》1892年/富山市郷土博物館蔵  土蜘蛛が描かれた浮世絵の名作。『新形三十六怪撰』は妖怪画の連作で、芳年最晩年の作品

西川祐信《衣通姫之図》1716-36年/個人蔵  『日本書紀』に登場する衣通郎姫(そとおりのいらつめ)は、その美しさが衣を通して光り輝いていたという美女。愛しい人の来訪を告げる幸運の予兆として蜘蛛が描かれている

西川祐信《衣通姫之図》1716-36年/個人蔵  『日本書紀』に登場する衣通郎姫(そとおりのいらつめ)は、その美しさが衣を通して光り輝いていたという美女。愛しい人の来訪を告げる幸運の予兆として蜘蛛が描かれている

第2章〈象徴としての蜘蛛の糸〉が展観されている【展示室3】の展示風景。 写真:福永一夫

第2章〈象徴としての蜘蛛の糸〉が展観されている【展示室3】の展示風景。 写真:福永一夫

続いて【展示室4】奥の小部屋から1階の【展示室8】にかけて、第3章〈芥川龍之介の『蜘蛛の糸』〉が始まる。芥川作品をもとに現代社会を皮肉った《蜘蛛の糸》は、ドラマティックな自動人形カラクリ箱を手がけるムットーニによるもので、今展のために制作されたものだ。1時間に2回、7分間上演される夢幻世界をお見逃しなく。

ムットーニ《蜘蛛の糸》2016年/作家蔵  機械仕掛けの人形からストーリー、照明、音楽までムットーニが全てひとりで創作した〈BOXシアター〉作品。開館時間内の毎時00分と30分に上演

ムットーニ《蜘蛛の糸》2016年/作家蔵  機械仕掛けの人形からストーリー、照明、音楽までムットーニが全てひとりで創作した〈BOXシアター〉作品。開館時間内の毎時00分と30分に上演

戸谷成雄《雷神ー09》2009年/作家蔵  2階から3階の吹き抜けスペースに設置された本作は、木の表面をチェーンソーで彫り込んだ連作のひとつ。その造形と高く真っ直ぐに伸びる線が『蜘蛛の糸』を想起させる。 写真:福永一夫

戸谷成雄《雷神ー09》2009年/作家蔵  2階から3階の吹き抜けスペースに設置された本作は、木の表面をチェーンソーで彫り込んだ連作のひとつ。その造形と高く真っ直ぐに伸びる線が『蜘蛛の糸』を想起させる。 写真:福永一夫

1階の【展示室8】へ向かうと、引き続き芥川作品に触発された鴨居玲薮内佐斗司イケムラレイコら現代アーティストの作品が展示されている。そんな現代アーティストたちの豊かな発想や表現は、第4章〈アラクネの末裔たち〉でさらなる拡がりを見せる。

ギリシャ神話に登場する「アラクネ」は機織りの名手として知られ、織物勝負で女神アテナを凌ぐ腕前をみせたため、憤怒した女神により姿を蜘蛛に変えられた女性である。ここではその魂を継承したような、作家の内なる衝動から紡ぎ出された線が拡張していくことにより生まれた作品ー田中敦子草間彌生塩田千春手塚愛子の作品が紹介されている。

続く第5章〈蜘蛛の巣のように立ち現れるものたち〉では、目的によって少なくとも4種類以上の性質の異なる糸を使い分けるという蜘蛛の、巧妙で精巧な網作りを彷彿とさせる美術家たちの多様な表現に焦点が当てられている。例えば、液状にした磁土をスポイトで一滴ずつ重ね、乾くのを待ってはまた一滴ずつ重ねていく、さかぎしよしおうの造形作品や、対称と非対称のイメージが同居する不穏な世界を鉛筆のみで写真のように描いた小川信治の《レオン大聖堂》など、途方もない作業の繰り返しに圧倒される作品が並ぶ。

そして最終章 第6章〈見えない糸、希望の糸〉では、“新種の蜘蛛”のような能力をもって今後の新たな可能性の扉を拓こうとするプロジェクトや芸術活動を取り上げている。中でも興味深いのが、“蜘蛛の糸を人工的に作る”という研究にいち早く乗り出したバイオ・ベンチャー企業「スパイバー」の功績だ。優れた強度と柔軟性を兼ね備えた蜘蛛の糸は、100年前からその生産を試み、世界中で研究されてきたという。そんな中、「スパイバー」は2013年に遺伝子工学を応用した独自の手法で蜘蛛の糸繊維「QMONOS™」の開発に成功。会場にはこれを用いたジャケットのプロトタイプ「MOON PARKA™」が展示されている。

「蜘蛛の糸を気味の悪いものとして排除せず、そこから重要なものを見つけ出す。その視点は美術にも通ずるところがあると思います」と、都筑さん。

この章では、他にも「蜘蛛にはできないが人間には出来ること」や、お釈迦様が垂らした糸のように「アートによる救済」が裏テーマの作品などが展示されている。

Spiber×THE NORTH FACE MOON PARKA Installation  「MOON PARKA™」など「スパイバー」の功績を紹介するインスタレーション。 写真:福永一夫

Spiber×THE NORTH FACE MOON PARKA Installation  「MOON PARKA™」など「スパイバー」の功績を紹介するインスタレーション。 写真:福永一夫

ミヤギフトシ《1970》1970年/作家蔵  赤い毛糸とピンを使って、壁に英文のテキストが綴られている

ミヤギフトシ《1970》1970年/作家蔵  赤い毛糸とピンを使って、壁に英文のテキストが綴られている

〈蜘蛛〉という不可思議な生物に触発され、古来から多種多様な表現を試みてきた日本のアーティストたち。その作品の数々を豊かな切り口によって、私たち鑑賞者のイマジネーションを刺激してくれる本展は、遠方の方にも連休を利用してぜひ足を運んでほしい、今年を締めくくるにふさわしい充実の展覧会だ。

イベント情報
『蜘蛛の糸 クモがつむぐ美の系譜ー江戸から現代へ』

■期間:2016年10月15日(土)~12月25日(日)
■会場:豊田市美術館(愛知県豊田市小坂本町8-5-1)
■開館時間:10:00~17:30(入場は17:00まで)
■休館日:月曜
■料金:一般1,000円、高・大生800円、中学生以下無料
■アクセス:名古屋駅から地下鉄東山線で「伏見」駅下車、地下鉄鶴舞線豊田市行きに乗り換え、名鉄豊田線乗り入れ「豊田市」駅下車、徒歩15分
■問い合わせ:豊田市美術館 0565-34-6610
■公式サイト:http://www.museum.toyota.aichi.jp
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