大衆演劇の入り口から[其之参] “新時代”を開く目 二代目・恋川純座長
(2015/2/7)筆者撮影
【大衆演劇の入り口から 其之参】
わわ、吸いこまれる。こんな引力の強い瞳があるだろうか?視線が心臓までずぃーっと入って来るような感じがして、客席で動けなくなる。ぐぐ、と舞台の上の彼の視線が持ち上がれば、私の心身も一緒に持ち上がっていくみたい…。
その目は、新しい時代をつくる目だ。大衆演劇の未来を切り開いていく目だ。全国で130を超える劇団の中でも、トップクラスの人気を誇る「桐龍座恋川劇団」。率いる座長は、二代目・恋川純さん。
すみずみまで全身全霊
純座長の表現は、大きい。激しい。舞踊も芝居も皮膚を破らんばかりの、めいっぱいの激情に満ちている。
(2015/4/25)筆者撮影
たとえば上の写真は、ある女形の舞踊。“彼女”は娼婦。一夜を共にした男を10年間想い続けてきた。男に再び会うために生きてきた。“連れてって”。自分自身にしがみつく両手に、張りつめた恋心がキリキリ鳴く。
「わし、こんなに優しくしてくれる女の人に初めて会った…!」
たとえば上のセリフは、芝居『一本刀土俵入り』。空腹にさまよう力士(純座長)は、たまたま出会った酌婦(お酒の相手をする女性)にお金や品物、優しい言葉をもらう。ありがたい、ああ、ありがたい――純座長の全身が感謝に震える。キリリとした目元を、くしゃくしゃにして感極まる。
「あーっはっはっはー!!」
たとえば口上挨拶で聞かせてくれる、底が抜けたような大笑い。顔も体も骨の髄まで、持てるすべてで笑っている!
「純さんの明るさやパワーって、中村勘三郎さんを思い出させる」。
歌舞伎通の友人が感慨深げに言った。すみずみまで全身全霊。それが恋川純座長の舞台だ。
(2015/4/26)右は愛息・桜奨(おうすけ)くん 花浅葱さん撮影
平成っ子の芝居に見る“人の道”
ここまで読んでいただいて、読者はかなりのベテラン役者を想像されているかも?純座長は1991年生まれで現在24歳。…ちょっと信じがたい。舞台にドッシリと根を下ろした姿。人生を何層も塗り重ねたような重厚感。平成っ子だなんて…。
この若き座長さんがとりわけ熱心なのが、戦前からある古いお芝居だ。私が忘れられない名作は、前述の『一本刀土俵入り』。ささ、読者の皆さん、芝居小屋に来たつもりでしばらく一緒に味わってみてください。主人公の力士と酌婦の出会いの場面。まず、純座長演じる力士・駒形茂兵衛のセリフから。
「わしは横綱になって、故郷のおっかさんの墓の前で土俵入りをしてみせたいんだ。それができたら、わしは…もう、いいんだ」
純座長の声には疲れとあきらめが漂う。横綱になると言っても、弟子入りした部屋は破門された。一文無しで何日も食べていない。もう自分はダメだ――どん底の茂兵衛を救うのが、鈴川桃子さん演じる酌婦・お蔦。
「お前さん、大飯食らいだろうから、それじゃ足りないだろう」
懐からお金を出して、自分の頭からかんざしと櫛を抜いて。ありったけの持ち物を、通りすがりの茂兵衛に与える。ぐるぐると帯に包んで、二階から茂兵衛の手元に下ろしてやる。
「持ってお行き、さあ」
茂兵衛はそろそろと両手を差し出し、垂らされた赤い帯を抱える。思いやりが、カラカラに渇いた心に温かく染み入っていく。ぎゅうっと目をつむって感激に震える。
「横綱を張るまでは、いかなことがあっても、駒形茂兵衛で押し通します!」
何度も何度もお蔦に頭を下げながら、花道を去る。さっきまで虚ろだった目に光が差している。決してこの大恩を忘れまい!もらった真心を、いつまでもこの胸から失くすまい!毅然とした背に誓いが響く。
恩とか、人情とか。昔から愛されてきた古い芝居には、まっすぐな“人の道”とでも言うべきメッセージが謳われている。純座長には、そういう芝居がとっても似合うのだ。若い、まっすぐな気性が芝居と一体になって、客席に飛び込んでくるのだ。
挑戦、稽古、また挑戦
大衆演劇役者さんの夜は遅い。毎日21~22時頃まで夜の部の公演と、お客さんの送り出し(お見送り)。その後から稽古。新作の芝居が控えていれば、稽古が2時3時まで及ぶことも多いらしい。
なので今年3月、桐龍座恋川劇団の浅草公演に行ったときは驚いた。演目予告のチラシを見ると、明日は新作喜劇、明後日も新作狂言、これもあれも新作?!一週間分の演目予告に、6本の「新作」の文字を数えてあぜんとした。幕が開けば、そこには純座長のエネルギーのかたまりみたいな笑顔。そして口上で元気いっぱいに言う。
「もっともっと、色んなことに挑戦していきたいですね!」
(2015/3/29)筆者撮影
昨年8月の座長襲名公演から、勢いは増すばかり。劇場で会ったファンの方は、純座長の待ち受けを見せつつ顔をほころばせた。
「とにかく良い芝居をって毎日一生懸命でしょ?!だから純ちゃんは応援したくなっちゃう!」
あの瞳の奥に、燃える火がある。すごい芝居を見せよう。すごいショーを見せよう。昨日より今日、今日より明日、もっともっと巧くなる。太い炎が、より高い所を目指してまっしぐらに昇っていく。熱い芝居や舞踊に拍手を送りながら、客席にも高揚感が満ちてくる。この芸、この情熱、彼は若干24歳――大衆演劇のひとつの時代が始まっていく音を、たしかに聞いている!
8月は神戸、9月は大阪と関西公演が続く。お近くの方や、関西に行かれる用のある方は、ぜひ一見を。
場所:新開地劇場(神戸)
JR「神戸駅」より徒歩8分・神戸高速「新開地駅」より徒歩5分
阪神高速神戸線「柳原」より5分
地図はこちら(googleマップ)
公演時間:昼の部12:00~15:30
夜の部17:30~21:00
入替制・千秋楽8/30(日)は昼の部のみ
料金:大人1800円(高校生以上)
65歳以上・中学生1600円(証明書持参に限る)
小人1200円(3歳~小学生)
※予約は団体のみ受付
場所:朝日劇場(大阪)
地下鉄御堂筋線「動物園前駅」、地下鉄堺筋線「恵美須町駅」ともに徒歩5分
阪神高速松原道「なんばIC」より10分
地図はこちら(googleマップ)
公演時間:昼の部12:00~15:15
夜の部17:00~20:15
小人1000円