女性と獣の倒錯した恋愛、と見せかけた衝撃の意識高い系『ワイルド わたしの中の獣』#野水映画 “俺たちスーパーウォッチメン”第十六回
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(C)2014 Heimatfilm GmbH + Co KG
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TVアニメ『デート・ア・ライブ DATE A LIVE』シリーズや、『艦隊これくしょん -艦これ-』への出演で知られる声優・野水伊織。女優・歌手としても活躍中の才人だが、彼女の映画フリークとしての顔をご存じだろうか?『ロンドンゾンビ紀行』から『ムカデ人間』シリーズ、スマッシュヒットした『マッドマックス 怒りのデス・ロード』まで……野水は寝る間を惜しんで映画を鑑賞し、その本数は劇場・DVDあわせて年間200本にのぼるという。この企画は、映画に対する尋常ならざる情熱を持つ野水が、独自の観点で今オススメの作品を語るコーナーである。
現代の日本において“ふつう”であるということは、それだけで評価されているのではないだろうか。私たちのように個性を重視される仕事でもしていなければ、マジョリティはマイノリティには到底敵わない。 だが“ふつう”からはみ出した極端な個性は敬遠されがちなこの世界で、敢えてはみ出して見せるのがInteresting(面白い)なのではないか!そんな私のようなひねくれ者さんにピッタリな作品が公開中の『ワイルド わたしの中の獣』だ。
職場と自宅を往復するだけの無味な毎日を過ごす女性・アニア。彼女はある日自宅マンション近くの森で一匹のオオカミを見つけ、その野生に心を奪われる。そして、あの手この手でオオカミを捕獲し、自分の部屋へと連れ込んでともに暮らし始めるのだった。アニアは暴れるオオカミに最初こそ命の危険を感じていたものの、いつしか“彼”に夢中になり、同じ部屋で眠るまでになってゆく。人間と獣の間で揺れ動く彼女を待ち受けるものとは?
主人公・アニアはなぜオオカミに惹かれたのか
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主人公のアニアはどちらかと言うと美人なほうだが、何かに特別興味を示すようなことがない女性。パソコンで会話をした後、通信を切り忘れた妹が画面の中で彼氏とイチャイチャし始めても覗き見ようともしない。会社でも嫌みな上司のちょっかいに反応するぐらいで、必要最低限しか会話はしない。しかし、それがつまらない生活だと言えるだろうか? 充実した仕事に就き、良きパートナーを見つけて家庭を築いているが、社会的立場や体裁など、人間の決めたルールに縛られた毎日を送っている。果たして本当にそれは幸せなのだろうか? そんな疑問を抱いてしまったから、アニアは何物にも縛られず逞しく生きるオオカミに一目惚れしてしまったのだと思う。告白すると、実は私も利発な顔立ちの猫さんにときめいてしまった経験がある。だから作中のオオカミの、凜とした姿に惹かれる気持ちはわからなくもない。こちらをじっと見つめる彼の瞳は吸い込まれそうなほどに深かった……! そんなイケメンオオカミさんと比べると、気になるアニアに小学生のようなちょっかいしか出せないおじさん上司のボリスなんて、ライバルにもならないわけだ!
核心は‟女性と獣の倒錯した恋愛“ではない
本作の日本での宣伝では「愛の対象は人間なんて―教わっていない。」という過激なキャッチコピーが用いられている。こういった言葉や裸とオオカミを全面に押し出した衝撃的なキービジュアルを見る限り、女性と獣の倒錯した恋愛映画のようにも思えるだろう。だが、それはちょっと早とちりだ。本編には男性諸君がちょっぴり期待しているであろうえっちぃシーンはそんなに無い(笑)。キャッチコピーやビジュアルはあくまでも作品の“引き”に過ぎない。最後まで観れば、この作品がただのセクシャルマイノリティを扱った作品ではないこともわかるはず。タイトルに“わたしの中の獣”とあるように、一人の女性の中に眠る野生の覚醒が、本作の核心なのだ。オオカミと過ごすことによって奔放に変貌したアニアは、危うさも加わってさらに美しくなってゆく。その変化に周囲は戸惑うが、上司のボリスだけはさらに興味を募らせる。もしかしたら彼もまた、野生に惹かれるひとりだったのかもしれない。まぁアニアに近付いたが故に彼の仕事デスクは〇〇〇テロに遭うことになるのだが。この一番ショッキングなシーンはお楽しみに!
ニコレッテ・クレビッツ監督
本作の監督、ニコレッテ・クレビッツはインタビューで、「私たち人間は抑制するもののない自由な経験をしたいと感じている」と話す。クレビッツ監督の言うように、しがらみばかりの人間社会から解放されたい!と深層で感じている人は少なくないだろう。でもそれを声高に主張するのはちょっと……そんなあなたこそ、この作品を観るべきなのだ。こう言うと意識高い系の言葉に聞こえるかもしれないが、この作品自体、監督の言葉同様、割と意識高い系作品になっている(笑)。けれどアニアの変化を見届ける頃には、あなたにもほんのちょっと、自由に生きる勇気が湧いていることだろう。予想だにしないであろうラストシーンを、アニアと一緒に笑い飛ばせ!
『ワイルド わたしの中の獣』は新宿シネマカリテほかにて上映中。
『ワイルド わたしの中の獣』
(2016/ドイツ/カラー/ドイツ語/97分)
出演:リリト・シュタンゲンベルク『アイヒマンを追え!ナチスがもっとも畏れた男』、ゲオルク・フリードリヒ『ファウスト』、ザスキア・ローゼンダール『さよなら、アドルフ』
監督・脚本:ニコレッテ・クレビッツ
原題:WILD
配給:ファインフィルムズ
映倫:R15
【ストーリー】職場と自宅の往復で無機質な毎日を過ごす女性アニア。彼女はある日、自宅マンションの前に広がる森で一匹のオオカミを見かける。冴えない日々を過ごしていたアニアは、初めて触れる‘野性’に心をかき乱され、激しく惹かれていく。次第にオオカミに執着するようになった彼女はあらゆる手を尽くし、ついに捕えて自分の高層マンションに連れ込む。狭い部屋で暴れるオオカミに最初は命の危険を感じるが、次第に“彼”と心を通わせ、彼女が秘めていた欲望が露わになっていく。彼女は次第に野性に取り込まれ、人間として常軌を逸脱する行動をとり始める。その様子に戸惑う周囲の人々。しかし、上司のボリスはそんな彼女の変化を気に入り関心を寄せる。そして心の隙間を埋めるかのようにアニアは上司と関係を持ってしまう。果たして人と獣の狭間で生きている彼女を待ち受ける運命とは。
公式サイト:http://www.finefilms.co.jp/wild/
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