劇団四季『ジーザス・クライスト=スーパースター』観劇レビュー ~このミュージカルで歴史が変わった~

レポート
舞台
2019.6.2
劇団四季『ジーザス・クライスト=スーパースター』(2019)

劇団四季『ジーザス・クライスト=スーパースター』(2019)

画像を全て表示(3件)


2019年5月18日に開幕した『ジーザス・クライスト=スーパースター』(エルサレム・バージョン)。本作は1973年の日本初演以来、劇団四季がレパートリー作品として演出を変え、上演し続けているロックミュージカルだ。自由劇場での公演は4年振りとなる(同劇場での公演は6月2日まで)。

劇場に足を踏み入れた瞬間、目の前に広がるエルサレムの荒地。砂と石つぶてと埃の匂いがするこの場所で「キリスト最後の7日間」がロイド・ウェバーの楽曲に乗って描かれる。

舞台はローマ帝国領パレスチナ。この地はユダヤの王であるヘロデが統治しているが、実権はローマから任命されたローマ人知事のピラトが握っていた。さらにエルサレムではユダヤ人大司教・カヤパとその義父・アンナスが権力をふるい、民衆は圧政に苦しんでいる。

救いを求める民衆たちの前に彗星のように現れた1人の青年・ジーザス。新しい教えを説く彼に民は熱狂し、ジーザスを「神の子」だと崇め始める。

その様子を複雑な表情で眺める使徒・ユダ。ユダはジーザスを愛しているが、彼を「神の子」だとは信じていない。次第に追いつめられたユダはジーザスをローマ側に売り渡し、ジーザスもまた自らの死を悟って1人の人間として苦悩する。そんな彼の傍らに寄り添うのはジーザスによって純粋な愛情を知った娼婦・マグダラのマリアだった――。

劇団四季『ジーザス・クライスト=スーパースター』(2019)

劇団四季『ジーザス・クライスト=スーパースター』(2019)

不穏とも言えるビートが鳴る中、本作の主軸のひとり、イスカリオテのユダが登場し、ジーザスに対する複雑な思いを吐露する。信じ、愛しているがゆえに、その人が民衆たちに持ち上げられ、祭り上げられることに違和感と不安とをおぼえる様子が痛いほど伝わってくる。この作品の”軸”のひとつが、ユダの純粋であるがゆえにどこか歪んでしまった強い思いだ。

それに対峙するジーザス。自らの最期を知り、苦悩しながらもそれが自分の”役目”なのかと神に問いかける。静かでありながら感情の強いうねりが冷たい炎のように突き刺さってきた。

『ジーザス・クライスト=スーパースター』(以下JCS)の日本初演は1973年。当時、『イエス・キリスト=スーパースター』のタイトルで中野サンプラザにて公演された本作は当時の観客に大きな衝撃をもたらした。

全編歌、それもロックナンバーで紡がれ、俳優たちはホワイトジーンズに歌舞伎を想起させる白塗りメイクで登場。セットものちに「ジャポネスクバージョン」へと進化する白い大八車を使ったもので、それまで四季が上演してきた海外発のミュージカルとは完璧に一線を画していた。

1973年といえば、ベトナムからアメリカ軍が撤退し、大学に吹き荒れた学生運動の嵐も収まりを見せた年。行き場のない若者のエネルギーが渦巻く日本で、ロンドンのオリジナル版とも、ノーマン・ジェイソンが撮った映画版ともまったく違う独自のJCSが生まれたことは、日本のミュージカル界においてもひとつの”事件”だったのだと思う。

その初演から46年。今回、自由劇場で上演されたJCSはまったく色褪せないどころか、むしろ新しい輝きを増したようにも感じた。

本作の”主役”ともいわれる”群衆”たち。自分たちを救い、導いてくれるとジーザスを持ち上げ、彼が迷いの中で彼らと距離を置くと途端に手のひらを返してジーザスを蔑み、唾を吐きかけ罵倒する。その姿にリンクするのはマスメディアの情報で踊らされ、誰かを崇めた次の瞬間に叩き落とす現代の私たちの姿だ。

また、カヤパとアンナス、ピラト、そしてヘロデの3者が絶妙なバランスで政治に参加している様子も今の日本と重なると、ある種の恐怖すらおぼえた。

劇団四季『ジーザス・クライスト=スーパースター』(2019)

劇団四季『ジーザス・クライスト=スーパースター』(2019)

神永東吾演じるジーザスからは強い孤独を感じる。民衆たちに崇められ、使徒たちに愛されても彼の魂はいつもひとりだ。その孤独な魂に唯一近づけたのが、マグダラのマリア。彼女の前でふと見せる儚げな表情に、ジーザスの弱さと人としての素の感情を垣間見る。

マグダラのマリアを演じた山本紗衣は、美しソプラノと慈愛に満ちた表情でジーザスに寄り添う。ソロナンバー「私はイエスがわからない」で、彼を自分の側に引きずり込もうとする一瞬の凄みと純粋な心の表出との切り替えが巧い。

イスカリオテのユダ役・佐久間仁は、冷静に状況を見ようとする姿と、ジーザスへの複雑な感情で混乱する様とをビビッドに表現。また、今回が初役となったヘロデ王役の阿久津陽一郎は、どこかコミカルさをたたえたヘロデをパワフルな歌声とともに魅せていた。

初演から46年を経ても色褪せず、私たちにさまざまな問いかけとエッヂの効いた音楽とで迫ってくるJCS。このミュージカルを自由劇場という濃密な空間で体感できたことを幸せに思う。

エルサレムの荒野と大八車を使用した日本様式美というふたつの世界観ーー。劇団四季の創立メンバーであり、長らく同劇団の代表と多くの作品の演出を務めた浅利慶太氏の魂は今なお『ジーザス・クライスト=スーパースター』の世界に息づいている。

浅利慶太追悼公演・劇団四季ミュージカル『ジーザス・クライスト=スーパースター』(エルサレム・バージョン)は2019年6月2日(日)まで自由劇場にて公演中。東京公演千穐楽後は名古屋四季劇場にて6月12日(水)から7月7日(日)まで上演される。

(文中のキャストは筆者観劇時のもの)

取材・文=上村由紀子

公演情報

劇団四季ミュージカル『ジーザス・クライスト=スーパースター』
 
<東京公演>
■会場:自由劇場
■日程:2019年5月18日(土)~6月2日(日)
<名古屋公演>
■会場:名古屋四季劇場
■日程:2019年6月12日(水)~7月7日(日)

■公式サイト:https://www.shiki.jp/applause/jesus/
シェア / 保存先を選択