俳優座劇場プロデュース第100回公演、音楽劇『人形の家』~西川信廣、土居裕子、大場泰正に聞く

インタビュー
舞台
2017.1.27
俳優座劇場プロデュース、音楽劇『人形の家』、左から、ヘルメル(大場泰正)、ノーラ(土居裕子) 撮影/飯田研紀

俳優座劇場プロデュース、音楽劇『人形の家』、左から、ヘルメル(大場泰正)、ノーラ(土居裕子) 撮影/飯田研紀


1981年、加藤道夫作、石澤秀二演出『なよたけ』によってスタートした俳優座劇場プロデュース公演も、今回の音楽劇『人形の家』で、ついに第100回を迎える。26年間、良質な舞台を生みだしてきた信頼のブランドである俳優座劇場プロデュースが、記念すべき第100回公演としておくるのは、は、新劇の定番ともいえる『人形の家』に音楽や歌を加えたハイブリッドな進化形、音楽劇『人形の家』。いったいどんな舞台になるのか。演出家の西川信廣、出演者の土居裕子大場泰正に話を聞いた。

俳優座劇場プロデュース第100回公演

──音楽劇『人形の家』は記念すべき俳優座劇場プロデュース第100回公演です。それにイプセンの『人形の家』を選ばれた理由はありますか?

西川 パンフレットにも書いたんだけど、はじめに音楽劇『わが町』を上演したよね。あのときは、新劇がよくやってきた名作で、文学的にはよく書けた作品だけど、実際の上演となると、いまのお客さんの心を捉えるのが、なかなか難しい。『わが町』は脚本(ほん)としてもすごくいい芝居だし、劇的にも何もない舞台で、名もない人々の、何気ない生活がどんなに素晴らしいかを書いてるでしょう。ぼくも自分で翻案物の演出をしたり、地域でやってみたことがあるんだけど、その理由は、あの芝居の持ってる演劇性、文学性みたいなものが、ダイレクトに届かない違和感があった。

 そのことをずいぶん昔から、音楽・作曲の上田(亨)君と話してて、『わが町』を音楽仕立てにしたら、いまのお客さんにも入りやすいし、エッセンスも伝わりやすいんじゃないかということで作ったわけ。おかげさまで評判がよかったので、もうひとつ新しい試みができないかと、作曲の上田君と、演出助手の道場(禎一)と、ぼくの3人で第2弾を考えた。

 まず、キャスティングは、土居裕子ありきで行こうと決めた。土居さんを主役にして、彼女の歌唱力を活かせる脚本をいろいろ挙げたんです。そのなかで『人形の家』はけっこういいかもって。文学的、戯曲的、それからテーマ性みたいなことから考えた音楽劇ではなく、名作を音楽劇にしてみようと。『わが町』と同じように『人形の家』もよく書けた脚本であるし、近代古典の名作ではあるものの、なかなか手強い作品だから、アプローチを変えて音楽劇にしたときに、もっとお客さんと共有できるんじゃないかなと思った。それがスタートラインですかね。

──『わが町』は、案内人が時間を超越して町全体を俯瞰したり、死者の視点から生きている時間を見るように、基本的にポエティックな戯曲でしょう。それに対して、『人形の家』はけっこうお金や雇用の問題も絡んでくる社会劇じゃないですか。だから、『わが町』で成功した手法が、そのまま社会劇に適用できるのかなとは思うんですが……。

西川 それでね、作業を始めてみたら、「しまった」と思ったんだよ。『わが町』は詩情があるから、音楽にすると世界が広がる。でも、『人形の家』はドラマだから、なかなか音楽と結びつけにくい(笑)。歌っちゃうと、ドラマが甘くなっちゃうから。

──第1幕は、クリスマスイブで上機嫌だから、歌っていてもいいんだけど、だんだん深刻になっていくからね。

西川 それはね、稽古が始まったとき、ちょっとこれは大変だということに気づいた。実際にやってみたら、けっこう手強い作業だった。そのうち、時間との闘いになったんだけど、このチームの芝居の作りかたは、いったん作曲家が作った曲を、土居さんや大場君に実際に歌ってもらって意見を聞き、それをフィードバックして作曲家に投げ返す方法をとった。そういう作業の往復と、時間との闘いで、初日に本当に間に合うかなという不安とドキドキ感が、逆に、よくなってくるとワクワク感に変わるみたいなことがあって、ほとんど録音も終わり、全体を通せるようになってみると、けっこうそれらのチャレンジが、いいかたちになってきたかなと、いまは思ってる。

音楽劇『人形の家』、左から、ノーラ(土居裕子)、ニルス・クロクスタ(畠中洋) 撮影/飯田研紀

音楽劇『人形の家』、左から、ノーラ(土居裕子)、ニルス・クロクスタ(畠中洋) 撮影/飯田研紀

音楽劇にすることによって見えてきたもの

大場 土居さんも、『人形の家』を最初に読んだときには、なんでこれを音楽劇にするんだろうと思ったらしいです。ぼくも思ったし。役者仲間は全員言います、なんで『人形の家』をって。

土居 なぜだろうと。

大場 ところが、実際に演じてみて、音楽劇ならではのものが、けっこうあるように感じます。

 少し話がそれるかもしれませんが、ふだん、土居さんの歌う楽曲にはメジャーコードが多い……

土居 まあ、それが好きなんですけど……

大場 たとえば、『わが町』の最後のシーンでは、メジャーコードを使って「さよならのアリア」で盛りあげている。けれど、『人形の家』では、歌う曲をメジャーにすると、それが嘘に聞こえると。それがすごく面白かったんです。

土居 わたしが最後に『人形の家』というテーマを歌うんです。上田さんに「どういう曲に?」と訊かれたときに、「初めてノーラがここで肉声を、自分の本当の声を出すんじゃないかなと思います」って答えたら、作ってくださったんです。

 『わが町』のときの、最後の「さよならのアリア」のように、上田さんがイメージした作曲で一度歌ってみたんですけれども、演出家も聞いて、わたしも歌いながら、「これ、なにかがちがうよね」って。それはメジャーコードで、本当に美しい曲だったんですが、「なんか嘘くさく聞こえる」と思って。

大場 曲としては、素晴らしい曲なんですけどね。

土居 すごくいい曲なんです。だから、上田さんも、これを引っ込めるのはどうかと思っていらしたんですが……メジャーでもマイナーでもないところを狙ってみてはどうだろうかという、みんなの意見が一致して……

──実際に、舞台に乗せてみると、なんか違和感があった。

西川 『人形の家』は元々は劇文学だから、これは解釈にも関わってくることだけど、ノーラがすべてにすっきりして、わたしは出ていくわと堂々と歌っているかというと、そうじゃなくて、彼女自身も揺れてるっていうかな。これまではヘルメルの愛に、経済的なことも含めて守られていた自分が、これからは人形じゃないと気がついて出ていこうとしている。それらを全部わかって出ていくのではなく、まだ自分でもわからないカオスの部分を抱えながら出ていく。

──家を出る決意はしているものの、心の底には不安がいっぱいだと……。

西川 このラストをどう解釈するか。戯曲には、そのように書かれているわけだけど、音楽劇にしたときに、ラストソングで主役が歌うのは、ビッグナンバーを朗々というのが定番じゃないですか。だから、メジャーコードで作曲してもらったんだけど、内容とも合わない。そこがすんなり流れていかないのを感じて、もう一度、作曲家に投げ返して、今の曲ができたという過程があるんだよ。

音楽劇『人形の家』、ノーラを演じる土居裕子。 撮影/飯田研紀

音楽劇『人形の家』、ノーラを演じる土居裕子。 撮影/飯田研紀

客席300席は「新劇」の原点

──そういう気持ちのやりとりみたいなものは、定員約300席の俳優座劇場だからこそ、表現できる気がします。だから、俳優座劇場のような小劇場でなければ、それは不可能で、たとえば、かつての銀座セゾン劇場のような約700席の劇場になると、細かい演技は後方の観客には見えませんから。細かく気持ちが動いているようすとか、一挙手一投足がちゃんと見られるのが、俳優座劇場のうれしいところで……。

西川 やるほうにしたら贅沢ですよね。お金がどうしても必要だからと、大きな劇場でやることが求められるんだけど、300席の小屋って、当然ながら劇場の制作部も大変ですよね。それでも、前の倉林(誠一郎)さんから始まって、はっきりと劇場としての指針を持っていて……

──千田是也さんもいつも言ってました。近代劇を上演するには、300席が限度だと。

西川 もともと新劇は小劇場……築地小劇場って言ったぐらいだからね……。

──そもそも日本における『人形の家』の初演は、坪内逍遥の自宅で上演されたらしいですね。

土居 ええ! そうなんだ。

──1911年、しかも、ノーラは松井須磨子。

土居 すごーい。

──俳優座劇場プロデュースの楽しみは、もうひとつあって、箱根駅伝に喩えると、このところは青山学院大学の活躍が目立ちますが、関東学生連合というチームがありますよね。このチームは箱根駅伝予選会で出場権を得られなかった大学のなかから、個人のタイムがいい選手が選ばれますが、それと同じように、俳優座劇場プロデュースには、いろんな新劇団のうまい人や、個性的な人が、アンサンブルを組んで見せてくれる印象が強いんです。ジャズで言うと、常にスタンダード・ナンバーが、新劇の精鋭チームによって上演される劇場というイメージがあります。

西川 それはね、倉林さんはずっと新劇をやってきたんだけど、倉林さんがいた時代でも、新劇団が新劇っぽい公演が……つまり、作品中心という意味なんだけど……上演しにくくなっていた。やっぱり新劇団も商売を考えなくちゃいけないから、スター俳優を使って、どちらかというと、作品よりも、新劇スター主義のほうに軸を置かざるをえないところがあった。

 でも、倉林さんは、もっと新劇的に作品中心で行きたいんだと。いつも言ってたのは、新劇でいい役者がいっぱいいるのに、劇団だとなかなか使えない。劇団の上演数が決まっているとか、いろんな制約があるから。だから、「新劇の役者を使ってやれよ」と、ぼくはよく言われたんだよね。やっぱり、心は新劇なんだよ。

──新劇的ないい部分が根付いているのが、俳優座劇場プロデュースの演目であり、舞台かなと。だから、俳優座劇場プロデュース公演は、スタンダードをやりつつ、同時にまた実験的に、名作と音楽を組み合わせるハイブリッドな進化形を試みている。

西川 音楽劇『わが町』が実現するまでに、20年かかっているから。発想したのは20年前だからね。あの企画は3回目で、すでに2回ダメだったんだよ。それで3回目に出したら、前社長の原(恒雄)さんが「そんなにやりたいのなら、やろうよ」と言ってくれたんです。

──音楽劇だと、ウキウキするところもあるし、同時に、気持ちをより深く表現できるところもある。それに台詞劇の場合には、慣れていない人だと、けっこう疲れちゃう。だから、音楽という休憩を挿入しつつ、気持ちを乗せながら表現していく形態は、初心者の人にもやさしくて面白い。同時に、これまで何度も新劇の名作を見続けてきた観客にとっては、またちがう角度から掘り下げることができる。

西川 音楽劇にする主旨というか眼目もそこにあってね。願いとしては、お客さんがそういうふうに受け取ってくれたらいいなと思いますね。

音楽劇『人形の家』、左から、ノーラ(土居裕子)、ヘルメル(大場泰正) 撮影/飯田研紀

音楽劇『人形の家』、左から、ノーラ(土居裕子)、ヘルメル(大場泰正) 撮影/飯田研紀

音楽劇『人形の家』の見どころ

──最後におひとりずつ、音楽劇『人形の家』の見どころなどありましたら、お客さんにひと言いただけますか。

大場 ぼくは元々イプセンのファンだったので……

土居 すっごくいろんなこと、知っていらっしゃるの。

大場 音楽劇にするときに、シンプルになりすぎることを畏れていて、文句言うぞという体勢でいたんですけど、音楽劇にすることで、逆に、生まれる部分もいっぱいあって、それはやっぱり発見でした。

 それから、この脚本が持っている大きさ……男と女、理想と現実など、対立していながら共存するものを表現するのに、音楽劇の利点を活かせるんじゃないか……。

──焦点が定まりやすい……。

西川 日本では『人形の家』というと、女性が自立するとか、家庭を捨てて社会に出ることが、かつて議論になったわけじゃない? 3人の子供を置いて、出ていくのはいかがなものかと。これだけ女性が働く時代になっても、まだそういう観念は残っているような気がする。

 そういうなかで、『人形の家』は、そういう古典の女性の自立をテーマにした物語として、新劇の定番のように言われてきたけれど、そのとっつきにくさというかな、一般の人には……なかなか難しいんじゃないかとか、そういった距離感みたいなものが、音楽とくっついたことによって、縮まるんじゃないかという気がする。

 もうひとつは、これは愛の物語であるから、ノーラとヘルメル、そしてドクトル・ランクを交えた三角関係やプラトニックな愛があり、過去に、クロクスタとリンデ夫人のあいだで崩壊した愛が、この事件によって改めて出会う。その意味では、男女間の愛情問題も大きなテーマですね。そういったものも含めて、両面から、自立ということ、男女のありかた、家族のありかた、夫婦のありかた、男と女という観念というテーマから読むと、いろんな角度から見ることができる芝居です。

 『人形の家』を音楽劇にすることによって、文学的な見方をする人も、音楽劇が好きな人も、ミュージカルが好きな人も、ラブストーリー的なものが好きな人も、受け取りやすくなったかなと思うので、ぜひ、いろんな人に見てもらいたい。

大場 文学を大切にする人でも、意外と面白いんじゃないかと思います。

西川 そうだよね。台詞は相当刈り込んだけど、淡白になってないよね。

大場 もちろん運びの難しいところはあるし、これからの挑戦もあるんですけど。

──土居さんはどうですか。

土居 わたしは音楽座というミュージカル・カンパニーにいました。見終わったあとに、お客様がほのぼのと、幸せになれるような作品が、音楽座のテーマでした。そういう世界に浸っていて、音楽劇『わが町』も、ああいう終わりかたではあるけれども、ほっこりとしたものや、日常って大切なんだなとか、そういったプレゼントを残して、お客様に帰っていただきたいと。

 『人形の家』をばっと読むと、「ええ!!」っとか思って、これ、すごく嫌、ドロッとした気持ちになっちゃったら嫌だと思って、大場さんとも話し合って、これは夫婦再生の話じゃないですかと西川さんに申しあげたりもしたんですが、きっぱりと「これは文学なので、イプセンの『人形の家』が持つ真意は、ちゃんとお客さんに持って帰ってもらわなければいけない」と。なるほどねと思って、さっきのマイナーコードもそうですし、およそこれまでわたしがやってきたこととか、自分の趣味とか好みとは反対の、……うわぁ、そう行っちゃうの?と思うところを突き進んで、けっこうエグいところまで自分が入っていってるなと思ってたんだけど、最近、それがちょっと快感になってきて……

──音楽劇『人形の家』では、土居さんの新境地も見られそうですね。公演を楽しみにしています。

取材・文/野中広樹

公演情報
俳優座劇場プロデュース、音楽劇『人形の家』

■作:ヘンリック・イプセン
■翻訳:原千代海
■演出:西川信廣
■作曲・音楽:上田亨
■作詞:宮原芽映
■日時:2017年1月26日〜29日
■会場:俳優座劇場
■出演:土居裕子、大場泰正、畠中洋、古坂るみ子、進藤忠、長浜奈津子、川口大地、本田玲央、納田洸太、樋山雄作、仙崎貴子、竹本瞳子、宮田佳奈
■公式サイト:http://www.haiyuzagekijou.co.jp/produce/

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