『N・S・ハルシャ展:チャーミングな旅』 現代アートで、南インドから宇宙までを旅する午後
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東京の片隅で、お金をかけなくても想像力とユーモアで楽しく生活していくことを目指す、森田シナモンによる連載企画『東京の片隅で、普通に、楽しく生きていく』。毎回、さまざまな「午後」を探しながら、東京カルチャーの現在を切り取っていきます。第七回となる今回は、『N・S・ハルシャ展:チャーミングな旅』へ。
『N・S・ハルシャ展:チャーミングな旅』が2月4日より森美術館にて開催されています。開催に先駆けて開かれた内覧会より、本展の見どころをレポートいたします。
N・S・ハルシャ氏
ではまず簡単に、N・S・ハルシャ氏についてご紹介。1969年、インド南部のカルナータカ州マイスール生まれ。美術大学時代にインド北部のヴァドーダラーで生活をしていたり、短期的に海外で滞在制作をしていましたが、あとはずっと生まれ故郷のマイスールを拠点に活動しています。日本での個展は2008年の銀座メゾンエルメスフォーラム以来とのこと。この森美術館の個展のオファーが来たときに、「自分の20年(大学院を卒業しマイソールに戻ってからこれまで)を振り返るいい機会かも」と考え、この企画が始まったそうです。ハルシャは「この旅の中で、ぜひ皆さんもご自身の旅路を振り返って見てください」とコメント。
一つの絵の中にある、いくつもの人生(旅)
《ここに演説をしに来て》(部分)2008年
《ここに演説をしに来て》は、本展のパンフレットや公式サイトにも登場する代表作。多国籍の老若男女、ヒーロー、アートスター、神様、動物など2000以上の異なるキャラクターが一緒くたに描かれています。作品の中に黒い雲のようなものがあるのですが、何かわかりますか? ハルシャ曰く、「これは悪いことの予兆、黒いエネルギー」なのだそうです。「この絵の完成には、こういう悪いものも描く必要があった」とのこと。
《罪なき市民を探せ》(部分)2009年
インドで起きた自爆テロを受けて作られた、《罪なき市民をさがせ》。ひとりの女性が爆発しているのがわかります。描かれている人や動植物一つ一つにそれぞれ異なる表情や仕草を見いだせるのが彼の作品の特徴の一つです。この描き方を通じて「世界とはそういうところで、人の一生はそういうものなのだ」ということを思い知らされますね。
ハルシャのチャーミングな旅は、彼のこれまでの歩みだけでなく、人の変化、人と人との関係、伝統と現代、自国第一主義がもたらすグローバリズムの綻び、予測不可能な未来など、距離がある物に対しての全てを表現してくれています。
私たちは長い長い旅の途中の星屑
《ふたたび生まれ、ふたたび死ぬ》(部分) 2013年 モスクワ現代美術ビエンナーレのために作られた大作
一筆書きのような、銀河のようなこのモチーフが生死の繰り返しだとしたら、私たちの存在や今この瞬間は、長い長い旅の途中の、小さな星屑だということを表しているような作品。銀河の中のけしつぶの命でも、私たちはちゃんと瞬いていることを感じさせます。
子どもたちが見つめる未来
これらは、ハルシャが展覧会前に港区の小学生と「どんな大人になりたいか」を想像し、その夢を大人向けのワイシャツに描くワークショップを開催した際に作られたもの。
「どんな大人になりたい?」の問い中で、私が一番納得した答えは「こんなシャツを着て会社に行ける大人になりたい」。ほんとだね!
落ちた物に新しい価値を
「夢見るバングル」コーナーより
旅の途中に突如現れる、黄金の柱。これに塗られているのはスパイスの「ターメリック」です。柱の足下には剥がれたターメリックが散らばっており、それには金箔が塗られています。こうした「落ちたものに新しい価値をつける」という思想は、なんともハルシャらしいというか、現代美術らしいというか。これからの時代に大切にしなければいけないことは、そういった考え方なのだろうと思わされます。
ハルシャの宇宙の入り口、マイスールを知る
ハルシャの故郷、南インドにあるマイスール。ヨガの一種であるアシュタンガヨガ発祥の地でもあるこの地域には、インドが独立する時まで王国がありました。そのため、インド全体とは歴史の刻まれ方や伝統が少し異なるのだそう。ここでは、マイスールの生活、文化を知ることができます。
そしてこの展示を見ると、ハルシャの日常には動物たちが身近にいたこと、漫画が大好きな子供だったことなどがよくわかります。彼の作品にも、コミカルに描かれた動物がたくさん登場しますものね。みなさんも、自身にとってのマイスールのような場所を想いながら鑑賞してみてはいかがでしょうか。
《集団結婚式》(部分)2013年 右上、右下は抜粋
インドの各地で行われる「集団結婚式」の様子を描いた作品。ここでは100組近いカップルが描かれています。背景にはピラミッドやピサの斜塔などが確認できます。インドでは、こういった世界の観光地をバックに写真館で結婚写真を撮ることが多いのだそうです。
作品の中に入ってみる
《空を見つめる人々》(部分)2010年/2017年 下は鏡にうつる筆者
《空を見つめる人々》は、天井が鏡になっており、自分も作品の一部になることができるという作品。どちらが絵の中にいるのか、見ているのか見られれているのかがわからなくなります。どちらの世界も同じ、ということでしょうか。
その猿が指さす物は?
下:《道を示してくれる人たちはいた、いまもいる、この先もいるだろう》(部分)2014年
会場のラストにあらわれる、5匹の猿と1匹の小猿。よく見るとしっぽがからまっていて、それは同じ部屋に展示された猿の絵の中にも認めることができます。この猿は「ハヌマンラングール」といって、インドでは“風の神様ハヌマーン”の従者としてとても大切にされている存在。この作品は、ハルシャの新しいスタジオの工事中に、雨どいの上に座って1頭のサルが中の様子をじっと見ていたことに着想を得て作られたとか。
「まるで南インド帰り」なお土産も忘れずに
いつもよりも充実しているような気がするお土産コーナー。「南インドに行きました!」といってお友達に渡しても大丈夫そうですよ。
森美術館チーフ・キュレーターの片岡氏の言葉を借りると「歴史と叙事詩の国、インド」。何度でも行ってみたくなって、そしていつも違う顔をしていて、でもそこで丁寧な暮らしをしている人がいる。そこから、旅路が、そして未来が広がっている。良いことも悪いことも受け入れて、繰り返しながら、またどこかへと向かって行く。欧米寄りの考えとは異なったインド的な思想は、これからの世界を救うキーになりそうな予感がします。N・S・ハルシャとは、その道筋を示す、水先案内人なのかもしれません。
会 期:2017年2月4日(土)~6月11日(日)
※いずれも入館は閉館の30分前まで
※会期中無休
入館料:
学生(高校・大学生) 1,200円
子供(4歳ー中学生) 600円
シニア(65歳以上) 1,500円
※表示料金に消費税込
※本展の
※森アーツセンターギャラリーへの入館は別料金になります。
※屋上 スカイデッキへは、別途追加料金がかかります。
※表示料金に消費税込
※販売期間:発売中~6月11日(日)