『咲-Saki-』小沼雄一監督インタビュー 実写化の秘訣は「ビジュアル、エロス、百合ではなく“物語の核心”を考える」
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『咲-Saki-』 小沼雄一監督
公開中の映画『咲-Saki-』は、2006年から現在までヤングガンガン(スクウェア・エニックス刊)で連載中の小林立原作の同名麻雀コミックの実写化作品だ。女子高生たちが全国大会を目指し麻雀に打ち込む、異色の青春スポ根作品の実写化は、映画公開前のドラマ版の放送から、主人公・宮永咲(浜辺美波)をはじめとした、キャラクターの再現度がまず話題となった。
同作の監督をつとめたのは、同じく麻雀コミックを実写化したドラマ&映画『凍牌』シリーズや、フェチ写真集をモチーフに女子高生の青春を描く『スクールガール・コンプレックス』などを監督した小沼雄一氏。実写化作品が相次ぐ昨今、ビジュアルの再現度にこだわりながらも、批判を受ける作品が存在することも事実。そんな中で小沼監督は、どのように『咲-Saki-』実写化に挑んだのか。
『咲-Saki-』は、麻雀漫画の実写映画化の最後の砦
浜辺美波演じる宮永咲 (C)小林 立/SQUARE ENIX・「咲」プロジェクト (C)Ritz Kobayashi/SQUARE ENIX
――どういったきっかけでこの企画に関わられることになったかを教えてください。
麻雀モノの現場にたくさん監督や助監督で入っていたのがはじまりですが……そういったこともあって、5年くらい前から色んなプロデューサーの方から「『咲-Saki-』をやらないか」というお話はいただいていました。『咲-Saki-』は、麻雀漫画の実写映画化の最後の砦のような作品ですから。それから色々と条件があわずに流れていたんですが、今回のダブ(『咲-Saki-』の制作会社)さんから頂いた企画はわりとすんなり決まりました。それが、一昨年(2015年)の冬です。
――最初から「小沼監督にやってほしい」と言う方が結構いらっしゃったんですね。
麻雀モノは、麻雀をよく知らないと出来ないというのもあります。
――キャスティングはどうやって決まったのでしょう? かなりハマっていると思いましたが。
キャストは全員オーディションで決めました。主演の浜辺さんにお会いしたとき、「この清らかさは何だ!」と驚きまして(笑)。そこから「これは『咲-Saki-』(の実写化がうまく)出来るかもしれない」と思いました。こうして主役がまず決まったのが大きかったですね。その後もオーディションで決めていきました。
――オーディションはすんなり決まったんでしょうか?
プロデューサーと私とキャスティング担当とで、大激論を交わしましたよ。ただ、製作委員会で「原作に合わせる」という方向性が決まっていたので、そこはありがたかったです。その人の性格や佇まい、年齢も含めて見て、製作陣も原作に合わせる方向性で見ていました。
――廣田あいか(私立恵比寿中学)さんの演じた片岡優希は、ビジュアルも言葉遣いも特に濃いキャラクターです。
今回のキャスティグは難しかったですよ。特に廣田さんの優希はなかなか決まらなくて、これは日本にはいないんじゃないか、という感じになっていました。200人以上会った結果、ようやく決まったんです。
廣田あいか演じる片岡優希 (C)小林 立/SQUARE ENIX・「咲」プロジェクト (C)Ritz Kobayashi/SQUARE ENIX
――小学生の菊地麻衣さんを天江衣役に起用した理由は?
衣が一番大変なキャラクターでしたね。これも、キャスティングが非常に難航しまして……最初はもうちょっと年齢が上の子を使おうという話になっていたんです。まず、高校生に見えないという根本的な問題があった。演技も子どもに見えるので、最初は中学生の別の役者さんになる可能性が高かったんです。でも、最後の最後で……これは自分の意見を結構言ったんですが、やっぱり菊池麻衣ちゃんは見た目が衣に近かったので選択をしたということですね。特に映画のクライマックスを担う非常に重要な役だったので。
――菊地さんは『貞子vs伽椰子』の盲目の霊感少女・珠緒役で、しっかりした演技をされていた。今回も難しい四字熟語を連発するので、すごいと思いました。
会うとわかりますけど、普段はただの小学五年生ですよ(笑)。
菊地麻衣演じる天江衣 (C)小林 立/SQUARE ENIX・「咲」プロジェクト (C)Ritz Kobayashi/SQUARE ENIX
――キャラクターに似ていること以外には、俳優さんたちにどういったことを求められたんでしょうか? 麻雀のスキル?
麻雀については期待できないと最初からわかっていましたから、しょうがない。演技についても、最初から出来る人はいない、と思っていました。そのあたりは、『スクールガール・コンプレックス~放送部篇~』を撮ったときの経験が活きています。
――森川葵さん、門脇麦さん出演で青山裕企さんの女子高生フェチ写真集をモチーフにした作品ですね。
あの時も、「リアルな10代の高校生」というコンセプトでやって、やっぱり最初から全部できる人がいないということはわかっていた。そういう意味で、ビジュアルとその人の雰囲気を優先してキャスティングしました。
――『咲-Saki-』も麻雀以外のところがすごくナチュラルで、そのまま青春しているな、と思いました。
そうですね。リハーサルをかなり繰り返しましたし。
――原作に忠実に映像化はしてらっしゃいますが、微調整しているところもあります。例えば、咲の幼なじみ・京太郎がいなくなっていますね。
最初はドラマ版は4話だけで、特別編は予定になかったんです。ドラマ4話と映画ということで進めていたので、ドラマ23分×4でだいたい90分くらいと、映画100~120分の間。この尺で、20人登場人物がいるわけですよ。登場させる以上は、“おしまい”をつけないといけない。それは鉄則ですから。普通のドラマだと、清澄高校だけにお話を絞っちゃうんですけど、それは『咲-Saki-』とは違う。『咲-Saki-』は群像劇であるというのが大前提なので、ドラマの結論をつけることを考えると、どうしても京太郎については「終われない」というのがあったんです。最初に登場しちゃうと、映画の最後に京太郎の結末を示さなくちゃいけなくなる。それは構成上難しいな、というのがありました。
――削るよりほかなかったんですね。
消去法でというよりは、あくまで物語の構成上ですね。もちろん、『咲-Saki-』には百合の世界観もあるので、男の匂いを消す意味も多少はありました。本当はいたほうが物語上都合はいいんです。原作でも咲を麻雀部に誘ったり、説明役としても重要なポジションでした。
実写化の秘訣は「まず核心のドラマの部分は何だろうと考える」
(C)小林 立/SQUARE ENIX・「咲」プロジェクト (C)Ritz Kobayashi/SQUARE ENIX
――原作にあったエロチックな表現がなくなっていますが、何か理由があるんでしょうか?
色んな諸事情はあるんですけど(笑)。簡単に言うと、二者択一です。高校生役を20歳以上の役者にやらせて、お色気優先にする。リアルな10代にやらせて、お色気は限定されるけどみずみずしさで勝負する。どっちかなんですよね。20歳以上だと、より演技力があるというメリットもあります。今回の『咲-Saki-』ではどっちもありだったとは思いますが、あくまでリアルな10代で、青春スポーツ・熱血のほうに振って、爽やかな後味にするほうがいいんじゃないか、という判断をしました。もちろん、自分だけの判断ではないですが。それも、『スクールガール・コンプレックス』の経験があったから、演技に多少不安があってもできる、という計算がたったんです。
――リアルな10代にこだわった結果、エロスをなくしても成立するようになったわけですね。もう一つの要素、百合表現は残していますよね。
本来はエロスも『咲-Saki-』にとっては重要な要素なんですが、全部なくすとさすがに『咲-Saki-』らしさがなくなってしまう。百合だったら10代でも多少は出来るので、『咲-Saki-』の世界観として残しました。あとは、『スクールガール・コンプレックス』でも(百合を)やっていて、ある程度の方法論がわかっていたので大丈夫だろう、という計算もありました。
――ほのかな百合ですよね。演じている方も気づかない程度の。
バランスですよね。
――麻雀のシーンをガッツリやっているのも印象的です。以前に、前田公輝さん主演で麻雀漫画『凍牌』をシリーズで実写化されていますが、勝手が違うところはありましたか?
やることは同じですね。どちらかと言うと、若い女性を描くという意味では、『スクールガール・コンプレックス』をやった経験が活きたんですけど、漫画原作という意味では、『凍牌』をやっていたのがよかったです。今までこういった麻雀モノを実写化するときは、普通の製作陣は必ず麻雀のシーンを減らそうとするんです。なぜかというと、麻雀のシーンは撮影も大変だし、時間もかかるから。しかも、麻雀のわからない人には意味がわからない。だから、ドラマを増やすのが常識だったんです。でも、『凍牌』あたりから、麻雀ファンが麻雀モノを観るときは、麻雀のシーンを観るということがよくわかったんです。『凍牌』以降は、麻雀漫画の実写化では麻雀シーンを減らさないほうが実はよくなる、という感触がすごくありました。特に『咲-Saki-』は、長野県大会の大将戦が麻雀漫画の五本の指に入るくらいの名勝負なので、「これをやらずに何をやる!」という感じはありましたね。
――『凍牌』があったからできたというわけですね。
『凍牌』はかなり低予算で大変な思いをしながら撮りましたけど、あれは麻雀だけではなく、漫画原作を実写化するということの、自分の中のメルクマール(指標)になったんです。そのまま出来る、ということで自信がついたんですね。
――麻雀モノ以外にも、ホラーや自伝モノなどいろいろなジャンルを手掛けてらっしゃいます。どういう基準で作品を選んでらっしゃるんでしょう?
選んでなんかいないですよ! 来るものは拒まずです。でも、ホラーをやったのは今回の衣の演出で役に立ちました。幅広くやると色んな技術が活かせますね。
左から、浜辺美波、浅川梨奈、古畑星夏、廣田あいか、山田杏奈 (C)小林 立/SQUARE ENIX・「咲」プロジェクト (C)Ritz Kobayashi/SQUARE ENIX
――ここ最近はコミック・アニメの実写化企画が非常に多いです。中には批判を受ける作品もありますが、小沼監督が思う“実写化の秘訣”はなんでしょうか?
企業秘密みたいな部分ですけど(笑)。実写化に対する常識に囚われないというのは重要な気がします。今までは、“そのままやったら面白くならない”というのが常識だったんです。それはある意味正しくて。なぜなら、例えば、そのままやったらコスプレになるとか、ファンタジーものだったら予算が追いつかない。だから、そのままやっちゃダメだというのは常識だったんです。今はリアリティを求める観客が多くなってきたので、こういった作品をそのままやるのがご法度になっていると思います。でも、そこを一歩踏み出して上手くやるための方法、予算が限られた中でやる方法があるんじゃないか、というのが自分なりのアプローチですね。
――『咲-Saki-』のお話が来たときは、「イケる」と思われた?
いや、「これは難しいな」と思いましたけど。でも、やれないことはないと。キャスティングが良かったので、恵まれたところはありますね。あとは……他の方が実写化でどんなアプローチをしてらっしゃるかわからないですけど、自分は「『咲-Saki-』の面白さは何だ?」というところから始めるんです。ビジュアルとか、エロスとか、百合といったある種の飾りの部分じゃなくて、まず核心のドラマの部分は何だろうと考える。自分が思うに、『咲-Saki-』は欠落した家族を背景にしていたりして、登場人物がことごとく孤独なんですよ。孤独なものたちがいつの間にか麻雀部として集まって、戦って、だんだん繋がっていって、孤独ではなくなっていく、という物語の構造に集約されているということが、(原作を)読みながら分かってきた。そこさえ押さえれば大丈夫だ、という確信があったんです。
――表面ではなく、作品の核の部分をつかんで実写化する、と。ちなみに、原作者の小林立さんと交流はあるんですか?
全くないです。プロデューサー経由で「こういう意見があった」とは漏れ伝わってはきましたけど、お会いしたことも、メールのやりとりすらもないです。後でブログを拝見すると、「脚本のチェックもさせてもらったのですがほとんど口出すとこはなかったです」と書いて下さっていたので、「先に言ってくださいよ」と思いました(笑)。結果的に実写版『咲-Saki-』は、私から小林先生に一方的に送ったファンレターのような作品になりましたね。
――原作者にも伝わる真摯な実写化だと思いました。
やっぱり、原作へのリスペクトがなかったり、関心がないと(実写化は)やっちゃダメですよね。
――監督が原作への愛を語ることは多いですが、出来たものが大バッシングを受けることもありますものね。
私もそうですけど、自分を売り出すための材料にしたい、というのがみんなの本音なんじゃないでしょうか(笑)。でも、それではいいものは絶対に出来ないので。
――ちなみに、先ほど「来るもの拒まず」とおっしゃっていましたが、例えば昆虫SFアクションコミックみたいなものの実写化とか、依頼があればやりますか?
やりますよ。ただ、原作を読んでいないと、「さすがにこれは……」という場合もありますけど。あと、一度ある麻雀漫画の実写化のお話がありましたが、「これは10億円ないと無理です」とお話ししたことはあります。
――予算感も大事ということですね。これから作品を観る方、興味を持った方にメッセージを。
数々の実写化で痛い目をみて、実写化に抵抗のある方たちがたくさんいらっしゃると思います。そういった方たちの思いはよくわかるんです。実写映画の制作者の一人としては、そこが残念というか、我々の責任というか……実写映画の汚名返上じゃないですけど、「少しでもまだ可能性はあるんだ」と思って欲しいですね。あと、麻雀には“賭け麻雀”だったり、“タバコを吸いながらやる”みたいな、ダーティなイメージがありますが、競技として面白いということを知ってもらえればと思います。自分はモンドTVの麻雀番組を毎週欠かさず観ているんですが、観ているだけで面白いんですよ。そういう風に、麻雀のイメージが少しでも明るくなればいいですね。
インタビュー・文=藤本洋輔
映画『咲-Saki-』は公開中。
『咲-Saki-』
(C)小林 立/SQUARE ENIX・「咲」プロジェクト (C)Ritz Kobayashi/SQUARE ENIX
原作:小林 立(掲載「ヤングガンガン」スクウエア・エニックス刊)
脚本:森ハヤシ 音楽:T$UYO$HI(The BONEZ)
製作:沢桂一 相馬信之 松浦 克義
チーフプロデューサー:岡本東郎 茶ノ前香 原田知明 丸山博雄 中川 岳 宇田川 寧 阿部 隆二
プロデューサー: 行実 良 竹内崇剛 深迫康之 山田 香菜子 柴原祐一 木村 康貴
撮影:長野泰隆
照明:児玉淳
美術:山下修侍
録音:小林武史
装飾:山本 裕
編集:木村悦子 川村紫織
VFXスーパーバイザー:宗片純二
衣裳:加藤みゆき
衣裳制作:加藤紀子
ヘアメイク:内城千栄子
音響効果:渋谷圭介
麻雀指導:ケネス徳田 黒木真生 馬場裕一
キャスティング:あんだ敬一
助監督:石川浩之
制作担当:今井尚道
ラインプロデューサー:本島章雄
宣伝プロデューサー:亀山登美、廿樂未果
麻雀指導:バビロン
衣裳制作:バンダイアパレル
制作プロダクション:ダブ
配給:プレシディオ
製作: (VAP AMUSE MBS A-Sketch DUB SQUARE ENIX)
監督:小沼雄一
公式サイト: http://www.saki-project.jp
(C)小林 立/SQUARE ENIX・「咲」プロジェクト (C)Ritz Kobayashi/SQUARE ENIX