新日本プロレス 真壁刀義から学ぶ、崖っぷち会社員のサバイバル術
撮影=中溝康隆
どこか憎めない“暴走キングコング”
真壁刀義という男
ダウンタウン浜田雅功、日本テレビやテレビ朝日の民放各局、大手芸能事務所、無名の学生プロレスOBまで。
そのロビーに並べられたお祝いの花の数々からも、今夜の主役の波乱万丈なプロレス人生が垣間見えた。2月21日、後楽園ホールで行われた新日本プロレスの真壁刀義デビュー20周年記念興行。レッド・ツェッペリンの「移民の歌」が鳴り響く中を入場した44歳の真壁は、盟友・本間朋晃と組んだメインイベントのタッグ戦で石井智宏・矢野通のIWGPタッグ王者組を破り、暴走キングコング健在ぶりを見せつけた。
いかつい風貌とは裏腹に気は優しくて力持ち。無類の甘党でブログ名は「スイーツ真壁刀義の甘ったれんじゃねぇ!」。ついでに首から下げた巨大な鎖がトレードマークなのに、実は金属アレルギー。そんなどこか憎めないキャラは、朝の情報番組『スッキリ!!』で活躍した“スイーツ真壁”としてもおなじみだ。番組に出るときは必ず「新日本プロレスの真壁刀義」と名乗り、会社とプロレス界のプロモーションも忘れない律儀な男。ちなみに合コンで「知ってる現役プロレスラーいる?」とおネエちゃんに聞くと、たいてい名前が挙がるのがエース棚橋弘至と、この真壁である。
暗黒期の新日本プロレス、崖っぷちの真壁
だが、そんな真壁も入門以来10年近く、明るい未来が見えずにくすぶっていた。新日本プロレスの360名中2名しか合格者が出なかった超難関入門テストを通るも、この時の同期はすぐ挫折してたったひとりで先輩のシゴキや雑用に耐える日々。5年前に発売されたプロレス雑誌『KAMINOGE vol.12』のインタビューで真壁はその地獄の過去を振り返っている。ボロボロの身体で夜中の2時に布団に入り、ようやく寝れると思って一瞬目をつぶって、次に目を開けたらいきなり朝になってる、漫画みたいなハードな生活。2つ年上の同期(入門は真壁が先)でレスリングエリート“野獣”藤田和之とはお互いに意地もあり、最初は口すらきかなかったという。しかし、ある日洗濯へ一緒に行ったあと飲みに出かけ、その席で嫌いな先輩の話になり「アイツをいつかマジで叩き潰す」と意気投合。それから毎晩のように2人で飯に行くようになったそうだ。いつの時代も、うだつの上がらない新人の唯一のストレス解消法は、同期で集まり上司や先輩をディスりながら飲む酒である。
そんなギリギリの真壁は97年2月15日に24歳でデビューを飾りながら、後輩に先を越され、いつまで経ってもまったく期待されない前座レスラー。そうこうしている内に、先輩たちはライバル団体に続々と移籍。焦った会社は新たなスター候補生として、若くてイケメンの棚橋や中邑真輔を売り出そうと強引に猛プッシュしてくる。間が悪いことに、00年代前半からの総合格闘技ブームに押され新日本プロレスは暗黒期真っ只中。さらに、自身も試合中にアキレス腱断裂の大怪我で崖っぷち。この頃入門した内藤哲也は、「新人は坊主」という暗黙の了解を忘れ伸びた髪のまま寮に行ったら、初対面の真壁に「テメー、ナメてんのか?」と丸坊主にさせられたという、なんだかよく分からない逸話が残っている。イラつき焦るキングコングも気が付けば、30代に突入。もはや若くもなく、有望な後輩たちに出世レースでは追い抜かれ、会社は傾きかけている。「なんか心機一転出直してぇなあ……」。普通の会社員ならば、絶好の転職のタイミングである。
ドン底レスラーから、人気選手へ
真壁のとった行動とは?
だが、真壁は逃げなかった。というか踏みとどまった。会社を代わるのではなく、会社の内部を変えることを選んだのである。インディー団体で血みどろのデスマッチを戦い、ヒールユニット『G.B.H』の一員として新日本プロレスを必死に盛り上げる。いつからか、その想いと愚直なファイトスタイルにファンも共感するわけだ。俺が真壁なら、とっくに条件のいい会社にバックレてる。
プロレスファンは、優先的にチャンスを貰いプッシュされたエリートを嫌う傾向がある。新人時代からの苦労を共有し、その選手の成長ストーリーを客席でワリカンして声援を送る。そんなこんなで、ついに真壁が爆発。09年の真夏の祭典G1 CLIMAXで初優勝を飾り、10年には年下のライバル中邑から悲願のIWGPヘビー級王座を初戴冠。そして、最近は地上波テレビに頻繁に出演し、スイーツ真壁として時にお菓子をプロデュース。今年3月末から公開の映画『キングコング 髑髏島の巨神』では日本語吹き替え版声優として抜擢された。ドン底でくすぶっていたアラサーレスラーは、いまやメディアで最も目にするプロレス界の人気選手である。
3月6日に開催される、NJPW旗揚げ45周年記念試合では、息をつく間もなく矢野通&石井智宏とIWGPタッグベルトを賭けての再戦が決定。本人が言うようにプロレスラー真壁刀義にとって、20周年もひとつの通過点なのかもしれない。暗黒期を脱し満員御礼を連発する好調な団体だが、10年前のこの男の踏ん張りがなければ、今の新日本プロレスはなかっただろう。
今さらだけど、真壁さん、新日本プロレスに残ってくれてサンキューな。
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