世界が聴きたいベルカント・ソプラノ、オルガ・ペレチャッコ=マリオッティにインタビュー! 新国立劇場『ルチア』に登場

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インタビュー
2017.3.8
オルガ・ペレチャッコ=マリオッティ(撮影:荒川潤)

オルガ・ペレチャッコ=マリオッティ(撮影:荒川潤)


「ベルカントの新女王」と呼ばれる美貌のソプラノ、オルガ・ペレチャッコ=マリオッティ。2010年のエクサン・プロヴァンス音楽祭を皮切りに、ミラノ・スカラ座、ウィーン国立歌劇場、メトロポリタン歌劇場、パリ・オペラ座といった世界の名歌劇場で、次々と主役デビューを果たした。比類ない魅力を具えた彼女の歌声は瑞々しく、色彩豊かでありながらも艶やか。安定したコロラトゥーラ(※速いフレーズの中に装飾を施すソプラノの技巧)からは、役柄の感情の機微すら感じられる。この数年で、瞬く間にスター歌手となり、今や、世界トップクラスの人気と実力を誇る。

その「売れっ子」の彼女が、新国立劇場に初登場する。彼女の本領が発揮されるベルカント・オペラの代表作、ドニゼッティ『ルチア』(『ランメルモールのルチア』)のタイトルロールを歌う。17世紀スコットランドの貴族社会を舞台に、政略結婚の悲劇を描いたこのオペラの見どころは、何といっても、望まぬ結婚を強いられ、正気を失ったルチアが歌う「狂乱の場」。数々の歌姫たちが演じてきた難役を、ペレチャッコはどのように演じ、魅せてくれるのか。

少女時代には空手を習い、京都にも足を運んでみたいという彼女は、日本文化が大好きだそうだ。忙しい稽古スケジュールの中、SPICEの独占インタビューが叶った。終始和やかな雰囲気の中、ルチアに懸ける想いから、プライベートまでを語ってくれた。

オルガ・ペレチャッコ=マリオッティ(撮影:荒川潤)

オルガ・ペレチャッコ=マリオッティ(撮影:荒川潤)

■全身全霊で「狂乱の場」に臨む

――オルガさんにとってルチアという女性はどのような存在でしょうか?

まず、当時の女性が置かれていた社会状況を考える必要があります。ルチアの原作者ウォルター・スコットの別の小説を題材としたベッリーニ『清教徒』というオペラの中にも、エルヴィラというルチアに似た女性が登場します。彼女たちは何の決定権ももたず、社会的に価値の乏しい存在として描かれています。しかし、そうした状況にあってもルチアは強い女性なのだと思います。例えば、第二幕の兄エンリーコとの二重唱の場面で、彼女は幼い頃から共に育ってきた兄に強く反抗する。兄と対等な関係にあると考えていたからです。もっとも、ここは暴力的な関係性が表れてくる場面でもあり、彼女の狂気が始まった瞬間でもあります。

ルチアは感受性が強い女性ですが、最初から狂気を秘めていたわけではありません。信頼する兄に欺かれ、家族に騙され、恋人からも非難される。まさに「天からも地からも見放された」と歌うように、全てから裏切られ、何も残っていなかった。そう、死ぬより他になかった。そういう気持ちは、本当によく分かります。

――そういったところには共感できる部分も多いわけですね。でも、「狂乱の場」は、絶望に打ちひしがれながらも、愛する恋人の幻影を追い、狂乱し、最後には自らも死を迎える。実に壮絶な場面ですよね。

実をいうと……映画のように舞台の上で倒れたり、狂気や死を演じるのは好きなんです。ドニゼッティの頃のオペラ歌手は、今でいうポップ・スターのような存在だったんじゃないでしょうか。このオペラが作られた当時、人の狂気は「タブー」でした。精神に異常をきたした人は、日常生活の場から隔離されて、もはや語られることはない。けれども、そういった人間の極限状態を人々は知りたいと欲した。この時代の「狂乱もの」は、こうした欲求が舞台に投影されているのだと思います。だから、私は全身全霊でルチアの狂乱に臨みます。

オルガ・ペレチャッコ=マリオッティ(撮影:荒川潤)

オルガ・ペレチャッコ=マリオッティ(撮影:荒川潤)

――ルチアは正気を失っているわけですが、それを演じる歌手には、完璧な技術的コントロールが求められる。とても難しい役柄ですよね。

その通りです。私には、思い入れのある役を演じているうちに、いつしか役に入り込んでしまうことがあります。私自身を見失わないよう、気を付けなくてはいけません。歌手である父から、「お前はヴィオレッタ(『椿姫』のヒロイン)じゃないんだ。だから、お前が死ぬわけじゃない。気をつけなさい」と注意されたことを思い出します。

ルチア役は、出番も長く、「狂乱の場」に至るまで冷静でいなければならない難役です。役に没頭して、ちょっと「狂気」をはらんできたなと感じたら、まずは落ち着くこと。客席からは分からないと思いますが、とても大事なことです。指揮者のアルベルト・ゼッダが、「声楽の技術は、コントロールにかかっている」と教えてくれたことがあります。自分の内側では声のコントロールを考えつつ、外側では狂気を演じる。これに必要な集中力を保つことは容易ではない。そこが難しさだと思います。

――今回は、ドニゼッティの原作に忠実に従って、「狂乱の場」の助奏にグラスハーモニカが使われますね。

グラスハーモニカの助奏で歌うのは、実は初めてで、ワクワクしています。奇妙で不思議な音色の楽器ですよね。あの音を聞きながら、ルチアとして歌う気持ちは私にしかわからない体験(笑)。乞うご期待、というところです。

――演出家のジャン=ルイ・グリンダさんとは、2015年にもヴェルディ『椿姫』でご一緒されたと伺っています。今回、ルチアを彼の演出で演じることはいかがですか。

彼は、大好きな演出家のひとりです。理に適った演出で、美しさも宿していますから。演出家は、ルチアという役を多様に解釈できると思いますが、グリンダさんは、私のキャラクターをよく心得ているので、その点も含めたルチアを作り上げてくれたと思っています。

それに、彼は多くの歌手を輩出してきた音楽一家の出身なので、歌手が抱える困難を良く理解してくれています。例えば、第二幕、舞台上に配された大広間は、囲いのようになっていて、声がよく反響するように出来ています。また、衣裳にもそうした配慮がありますね。泉のシーンのジョルジュ・サンド風の衣裳は、美しいだけでなく、着心地も良く、動きやすい。歌っているときに、衣裳に気を取られたくはないですから、こういう細かい気遣いが有難いですね。

オルガ・ペレチャッコ=マリオッティ(撮影:荒川潤)

オルガ・ペレチャッコ=マリオッティ(撮影:荒川潤)

■これまでのキャリアと家族の存在

――お父様は、マリインスキー劇場で歌手をされているそうですね。幼いころから音楽が身近だったと思いますが、小さい頃から歌手を志していたのですか。

父はマリインスキー劇場の合唱団で今も現役で歌っています。一方、私はマリインスキーの児童合唱団でメゾ・ソプラノとして歌を始めました。昔は、父と舞台で共演する機会もあったんですよ。15歳になって、サンクトペテルブルクのアカデミーで合唱指揮を学びました。当時、歌手の伝記や声楽に関する本を多く読んでいましたが、まさか自分が舞台に上がることになるとは思っていませんでした。

幼い頃から合唱に参加し、時にソロで歌うこともありましたが、歌手を志した瞬間というのは全くないんです。身近にいた父だけが、「お前は歌手になるべき人間だよ。30年間、マリインスキーで歌い続けてきたから分かるんだ。パパの言うことを信じなさい!」と確信をもって、言い続けてくれていたんです。

――その後、ベルリンのハンス・アイスラー音楽大学を経て、ハンブルク州立歌劇場のオペラ・スタジオへと進まれた。

ベルリンが初めての海外旅行先でした。ハンス・アイスラー音楽大学の先生に出会って、オーディションを勧められ、応募したのです。出願していたのは、そこだけ。もしだめなら歌手は諦めようと思っていました。今の学生はヨーロッパ中の大学に出願すると思いますが、私の人生は、まさに「オール・オア・ナッシング」(笑)。

音楽大学で3年が経ち、オペラ劇場付属のスタジオのオーディションを幾つか受けました。チューリヒとハンブルクのオーディションに合格し、ベルリンから通えるハンブルクを選びました。それからの2年間は、大学とオペラ・スタジオの両立で、毎日忙しく過ごしました。様々なオペラ・コンクールを受け、アカデミア・ロッシニアーナに採用されたのが2006年。そして、翌年、ロッシーニ・オペラ・フェスティバルで、『オテロ』のデズデーモナという大役に抜擢され、ソリストとしてのキャリアが始まったというわけです。

オルガ・ペレチャッコ=マリオッティ(撮影:荒川潤)

オルガ・ペレチャッコ=マリオッティ(撮影:荒川潤)

――その後、夫となる指揮者のミケーレ・マリオッティさんとの出会いがあったのですね。

私たちは同じ頃にキャリアを始め、共に歩んできました。私がハンブルク州立歌劇場のスタジオに入った年に、彼も指揮者としての活動を始めていました。

2010年のロッシーニ・オペラ・フェスティバルで出演した『シギスモンド』の指揮者が彼であり、これが二人の出会いです。当初は、彼のことを何とも思っていなかったんですが、稽古を終える頃には魅了されていました。特に、指揮をする彼の「手」に恋をしてしまったんです(笑)。その後、フィレンツェやヴェネツィアで行われた公演で再会し、私もイタリア語が上達したこともあって、会話を交わすようになり、交際が始まりました。そして、慌ただしい中、たった2日間で引っ越しをして、ボローニャで一緒に暮らし始めました。私たちは同じ波長をもっていて何でも簡単に決まる。初めて出会った時、31歳という若さの彼が、どうしてあんなにも深遠な音楽作りができるのか、不思議でした。でも、付き合うようになって、彼が若くして母親を亡くし、多くの苦労があったことを知りました。そうした経験が音楽に深みを与えたのだと納得できました。その後、2012年に共演したロッシーニ『マティルデ・ディ・シャブラン』の千秋楽の5日後に、ペーザロで結婚式を挙げました。

オルガ・ペレチャッコ=マリオッティ(撮影:荒川潤)

オルガ・ペレチャッコ=マリオッティ(撮影:荒川潤)

――彼も新進気鋭の指揮者として世界中を飛び回っていますね。二人で過ごす時間をどのように見つけているのでしょうか。

私たちはテレパシーで通じ合っているの(笑)。そう言えるぐらい、とても強い絆で結ばれているんです。忙しい合間であっても1、2日のオフがあれば、お互い行き来しています。実は、この7年間で共演したのは、たった4回。というのも、夫婦で一緒のプロダクションに出演することは敢えて避けてきたからです。周りに気を遣わすことも多いですからね。しかし、これからは、その方針を少し変えてみてもいいのかもしれません。ボローニャを始めとして、幾つかの歌劇場で共演する予定です。

――二人が共演されるプロダクションが日本で見られる日を楽しみにしています。最後に、ルチアを心待ちにしている日本のオペラ・ファンにメッセージを。

ここ、東京でルチアを歌うことができ、とても幸せです。劇場、オーケストラ、合唱の全てが素晴らしく、キャスト一同、大変満足しています。とても素敵なプロダクションになると確信しています。是非、足をお運びください。

SPICE読者へのメッセージ動画
 

取材・文=大野はな恵 写真撮影=荒川潤 通訳=本谷麻子

公演情報
新国立劇場 オペラ 『ルチア』/ガエターノ・ドニゼッティ​
全2部3幕 / イタリア語上演 日本語字幕付

■会場:新国立劇場 オペラパレス
■日程:
3月14日(火)18:30 
3月18日(土)14:00 
3月20日(月・祝)14:00 
3月23日(木)14:00 
3月26日(日)14:00 

指揮:ジャンパオロ・ビザンティ
演出:ジャン=ルイ・グリンダ
キャスト:
ルチア:オルガ・ペレチャッコ=マリオッティ
エドガルド:イスマエル・ジョルディ
エンリーコ:アルトゥール・ルチンスキー
ライモンド:妻屋秀和
アルトゥーロ:小原啓楼
アリーサ:小林由佳
ノルマンノ:菅野敦
合唱指揮:三澤洋史
合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団 
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