冬とスリッパ卓球とおにぎりの具について
拝啓
季節を告げる風が吹き、暦の上でも、体感的にも、春が来ました。いかがお過ごしですか?
季節の変わり目というものは、往往にして去りゆく季節が名残惜しい気持ちにさせるものですが、冬から春にかけてはそのような感傷的な境地にまったく至りません。ここ最近の僕はといえば、ただただじんわりと湧いてくる冬が終わる喜びを樹液を吸うカブトムシのように静かに味わっています。
要するに冬が嫌いなんです。とても強く。あんまりいいところがないですよね。長所と言えば虫がいないくらいじゃないですか?
僕にとって冬はクラスにいる本当に気が合わないやつみたいなもので、なるべくなら関わりたくないのにクラスの決まりのせいで一定の周期にフォークダンスのペアを組まされてうんざりしているような関係です。あっちだって僕のことなんか好きじゃないだろうに、無理に引き合わせずそっとしておいてほしいですよね。
具体的に冬のどういったところが気にくわないかというと、まずはやはりその寒さです。僕は寒いのが本当に、歯医者より苦手です。冬は朝に目覚めても寒さでなかなかベッドから抜け出すことができなくて、下手をするとそのまま一日が終わってしまいます。もちろん暖房は親の仇のように回していますが、冬が連れている根源的な寒さというものは僕個人が抗ったところでどうやっても打ち消すことはできないのです。
日が短いところも嫌いですね。先ほども言いましたように、寒さによってベッドの中で貝のようになっているとあっという間に外が真っ暗になっています。僕が吸血鬼ならいいんですが、あいにく血を見るのは苦手だしニンニクは大好物なので、ずっと暗闇では気分が滅入ってしまいます。
雪が降るところも大嫌いです。僕は、積雪のせいで楽しみにしていた予定が中止になったことが何度もあります。デート、クリスマス会、誕生日会、もちつき大会、スリッパ卓球決勝、etc...
冬のことを考えているだけでも、ふつふつと怒りがこみ上げます。スリッパ卓球、がんばって練習したんですよ。
しかし、僕がどれだけ冬が嫌いであろうと(あるいは冬が僕のことを嫌いであろうと)、この先僕は何度も冬とペアを組んで踊るはめになります。四季がある国に住んでいる以上、こればっかりはどうあがいても避けられない。魔弾の射手の魔弾です。
でもそれって逆に言えば、冬を楽しく過ごせる方法さえ見つけてしまえば大好きな季節が何度もやってくるってことですよね。
そこで僕は考えました。理想的な冬の過ごし方についてです。
もちろん簡単なことではありません。この作業は困難を極め、僕は三日三晩外出せずに、主にベッドの中で、睡眠をちょくちょく挟みながら、ぼーっと行いました。
あらゆる趣向を凝らし、たぶん500万通りくらいは考えました。しかし、結局のところどのパターンにおいても欠かせない共通のモチーフが存在していました。テーマといってもいいかもしれません。あるいはおにぎりの具でしょうか。
要するにそのモチーフないしはテーマないしはおにぎりの具さえ欠くことがなければ、概ね冬を幸福に過ごすことができることに僕は気がついたのです。
それはあなたです。
驚くべきことに、僕が冬を快適に楽しく幸福に過ごすためには、あなたという存在がどう考えても欠かせないのです。オムライスを作るのに卵を欠かせないのと同じように。
僕の理想的な冬の一日は、朝のまだ少し早い時間帯から始まります。カーテンの隙間から差す柔らかい日の光を浴びて僕は目を覚ましました。ベッドの中はかなり暖かく快適で、隣にはあなたがまだぐっすりと眠っています。あなたを起こすのは気の毒だし、時計を見るともう少し眠っていても大丈夫そうです。僕はあなたの寝顔をひとしきり眺め、満足すると再び目を閉じます。
次に目覚めた時、どうやら外はすっかり暗くなっています。ベッドの中があまりにも心地良かったので、夕方頃まで眠り込んでしまったんですね。僕は大事な予定をすっぽかして(たぶん何かの授賞式とかです)しまったことを反省し、「まいったなあ」などと言って少し後悔します。
しかし、すでに起床しているあなたはにっこり笑って「大丈夫」と言います。いったい何が大丈夫なんだろう。僕が不思議がっていると、あなたはカーテンをシャッと開きました。
「外は大雪よ」
窓を見ると、外は記録的な豪雪でとてもじゃないけど外出なんてできる様子ではありません。おまけに僕が出席する予定だった授賞式の開催場所であるコンサートホールは、雪の重みでクレープの生地みたいにペシャンコになっていました。
これでは家にいるしかないですよね。
僕は一安心するとベッドをのそのそと抜け出します。僕とあなたはかなり遅い朝食としてパンケーキを焼いて、熱いコーヒーといっしょに食べるんです。
そのあとはまあ、あなたとスリッパ卓球でもやって楽しく過ごします。
どうです?素晴らしい冬の一日じゃないですか?考えているだけでもすごくわくわくしてきました。
今年はもう冬が終わってしまったので、来シーズンにこれを実現しましょう。いまから楽しみですね。
それでは。
いつかまた宇宙のどこかで。
敬具
チープアーティスト・しおひがりによる連載『メッセージ・イン・ア・ペットボトル』。毎回、この世にいる"だれか"へ向けた恋文のような、そうでないような手紙を綴っていきます。添えられるイラストは、しおひがり本人による描き下ろし作品です。 過去の手紙はこちらからお読みいただけます。