幻の名作と言われた寺山修司『身毒丸』、“直系”の万有引力版を再演、演出J・A・シーザー&ヒロイン蜂谷眞未に聞く
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2015年の万有引力『身毒丸』ゲネプロより 提供:演劇実験室◉万有引力
1978年に演劇実験室◉天井桟敷が上演した見世物オペラ『身毒丸』。2015年、演劇実験室◉万有引力がオリジナル台本で再演し、大好評を集めた本作が2年ぶりに再演される。天井桟敷の創立50年を記念し、初演当時、寺山修司とともに共同演出を行ったJ・A・シーザー渾身の呪術音楽劇。再演も撫子役は万有引力版の『邪宗門』『身毒丸』でヒロインを務めている蜂谷眞未。シーザーと蜂谷の二人に聞いた。前回に続き
演劇実験室◉万有引力が見せる「これが寺山だ!」
J・A・シーザー
--寺山さんの作品は常にどこかしらでやられていますよね。それだけにシーザーさんの中にさまざまな思いがあるのではと勝手に思っているんです。それで、天井桟敷の作品を舞台化するシリーズをやっているのではと?
シーザー 台本が残ってしまっていますからね。僕らの芝居とは違う新しい手法でやろうとしている方々もいるわけで、それは寺山作品に新しい光を当てるかもしれない。けれどそれだけを観ていると、それが寺山だと思ってしまうでしょ。だったら僕たちが年に1回くらい、しんどいけど寺山をやっていこうという体制を取ったんです。それが5、6年前ですね。
--でも上演され続けているということは、どこかに普遍性があるわけですよね。今の若い方にも通じるような。
シーザー 寺山の言葉というのは、七・五調なんですよ。そのことで意味も言葉も同時に日本人の心に入ってきやすいところがある。だから寺山は和物であれ、洋物であれその文体を平気で持ってくるというやり方をしているんだけど、それは言葉が凝縮された短歌と一緒。たぶん語り言葉でも読むものでもないような、おそらく寺山さんが言うようなイメージを作る言葉使い、それを詩人ではなく俳優がやっている違和感が面白い。むしろ昔話を普通のおばあちゃんがしゃべるような雰囲気が強いかもしれない。ただ読んでいても寺山さんの本というのは内容がよくわからないんですよ。そこを音楽で補完していくことで世界が広がっていくんです。
2015年の万有引力『身毒丸』のゲネプロより 写真提供:演劇実験室◉万有引力
2015年の万有引力『身毒丸』ゲネプロより 写真提供:演劇実験室◉万有引力
蜂谷眞未の魅力は天井桟敷・新高恵子に通じる魔性?!
--ところで蜂谷さんはどちらで見出されたんですか?
シーザー たまたま彼女の舞台を観にいったんですよ。うちの関係者がかかわっていたので。
蜂谷 『自恋・鬱』という作品を、縁があって観にきてくださって。そのときちょうど『邪宗門』のヒロインの山吹という役を探していらしたんですよね。それがきっかけで、2015年に出演させていただいた『身毒丸』は2作目でした。
--天井桟敷的な世界は蜂谷さんは身近だった?
蜂谷 大学のときに寺山さんの短歌を読む授業があって、とりあえず、そこから入ったんですけど面白いなと思って。そのあとに万有引力の作品を何本か観ていて、フェイスブックにそれこそ生まれ変わったら出たいって書いていたんですよ。今の自分は出られない世界だと思って憧れがあったんです。身体性と、力強さに惹かれていました。そしたら本当に実現して。
シーザー ほとんど再演するのは不可能、幻と言われた『邪宗門』ともっと難しいと言われた『身毒丸』の主演を取るわけじゃないですか。感覚的には看板女優だった新高恵子さんと近いんですよ。お尻が大きいとか、昔の日本の女性を象徴するような体型もよかったんだけれど、もっとも重要な存在感があった。
--『邪宗門』をやられて、『身毒丸』にも起用したわけですよね。その魅力は?
シーザー そんな具体的なことは言いません(笑)。新高さんは難しいことは嫌いだったけれど、青森の方なのにすごくきれいに歌はうたえるし、そして何より魔性があるんですよ。生まれもった魔性が寺山さんの世界と相まったからこそ、映画をやめて演劇に移ることができたんだと思うんです。寺山さんは新劇的なうまさは求めてなくて、自分に乗り移るような、役者自身が秘めたるものに魅力を感じていた。それは新高さんもそうですし、彼女もそういう魅力を秘めているんですよ。
蜂谷 いざ出演させていただいて、やりたかったことがここにあるんだということをすごく思いました。寺山さんの言葉、シーザーさんの音楽にも影響を受けて何か引き出されているような感じがありました。あんまり自分で作ろうとはしなくていいんです。
--とはいえ寺山さんがやりたくて万有引力に所属している役者さんもいるんじゃないですか?
シーザー だから僕がキャスティングをやってしまうと、独裁的な雰囲気になってしまうじゃないですか。偏ってしまうという言葉が合っているかな。それはよくないから、キャスティングはベテラン俳優の高田恵篤に任せて、僕はそれを演劇の作用として、イメージが違うな違うなと思っても受け入れようとしているんですよ。ここ5、6作はキャスティングは高田がやっています。
2015年の万有引力『身毒丸』ゲネプロより 写真提供:演劇実験室◉万有引力
2015年の万有引力『身毒丸』ゲネプロより 写真提供:演劇実験室◉万有引力
土着の雰囲気を大事にしたい
--『身毒丸』は万有引力初演(2015)の評判がすごく高かったと聞いています。そして再演になりました。初演当時の手応えはいかがでしたか?
シーザー 僕は舞台が見られないんですよ、演奏しているので。出演者の後ろから芝居を見なければいけないし、背景も見られない位置にいますから。ましてや演出家という立場では見られない。ただお客さんの動きは見えるんですよ。興味津々、のぞき込むような視線は感じましたね。幻の作品で万有引力でなければ再演できないと言われていたところからスタートしているんですけど、プロデューサー側からは宝塚とか有名どころを起用してほしいと言われていたんですよ。撫子役にいろんな女優さんの名前が挙がったんですけど、そこまでして僕は『身毒丸』をやりたいとは思わないと一度は企画がストップしたんですね。きれいに作りたいわけじゃない。昔からの土着的なイメージを大事にするには、自分たちの手で作ったオリジナルの俳優か、周りが助けるしかない。オーディションもしたけれど惹かれた俳優もいないわけです。そうやって1年間くらい頓挫した中で、寺山の幻の名作を万有が再演するという売り文句だけで行きましょうとなりました。再演は前回とかなり違う雰囲気にはなると思います、暗闇から出てくるようなお芝居と言いますか。
2015年の万有引力『身毒丸』ゲネプロより 写真提供:演劇実験室◉万有引力
--蜂谷さん、撫子はいかがですか?
蜂谷 プレッシャーはすごかったですよ。私自身は新高さんの舞台もDVDで拝見していましたから最初はどうしようかと思いました。私はもう等身大の自分として演じるしかないと。
シーザー 寺山さんの『身毒丸』は継母の撫子と身毒丸の話だけじゃないんですよ。連れ子に家督を継がせようとする撫子の呪いが成就して癩(らい)病患者になった身毒丸は父親によって捨てられる。『草迷宮』なんかの要素も入っている。それらがうまく組み合わさって寺山流の魅力ある『身毒丸』ができている。でもそのままやると、話が飛んで、わからない部分が多い。その埋め合わせを演出でやるのは難しいので昔は放っておいたんですよね。おそらく寺山さんとしては遊びで60パーセントくらいしか作ってないんだと思います。完璧な完成台本としては考えていなくて、むしろ音楽に乗っけた世界と考えていたんじゃないですか。見世物というテーマで一番形になったのは『身毒丸』かもしれない。見世物という意味では浪曲などでは語り部になってしまう。そうではなくて音楽に加えジンタ、オートバイの音とかが聞こえてきたほうがいいのかなと思っています。
--蜂谷さん、今回も苦労はされていますか?
シーザー 苦労しないことが苦労だと思う(笑)。
蜂谷 そんなことないですよ! さきほどお話したように、とにかく新高さんのイメージが強かったので、2015年のときはそれをどうにか自分の撫子に、という部分が大きかったんです。今回はその思いはあんまりないです。それより自分の中にあるありったけの母性と女をどこまで出せるか。自分で言うのもへんなんですけど、すごく母性への憧れが強いんですよ。だからこそ撫子のドロドロした部分、激しい部分、残酷な部分、優しい部分にすごく刺激されるんです。
蜂谷眞未
取材・文:いまいこういち