『茶碗の中の宇宙』をレポ―ト 伝統と革新がせめぎ合う、茶道の世界を堪能

2017.3.28
レポート
アート

『茶碗の中の宇宙』 出口

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皇居近くに位置する東京国立近代美術館で、2017年3月14日 (火) ~ 5月21日 (日)の期間、『茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術』が開催されている。都心の中でも華やかさと静けさが同居するこの場所で、樂家の450年に渡る茶碗が一堂に会するとは、何とも粋な企画だ。見どころ満載のこの展示から、特に「これは」という点をピックアップしてご紹介する。

 

千利休が愛用した、
素敵なネーミング(銘)の茶碗が勢揃い

千利休といえば、数々の戦国武将に信頼され偉大な茶人として名を馳せた、端的に言えば“超有名人”だ。今は透明なケースに収まっている目の前の茶碗も、かつては千利休が手に取り茶を点てて飲んだことを想像すると、おのずと興奮してくるというものである。

今回出展されているのは、闇色の宇宙を閉じ込めたかのような黒樂茶碗「大黒(おおぐろ)」や、森羅万象のあらゆるかたちを体現しているであろう赤樂茶碗「無一物(むいちぶつ)」、利休が愛して常にそばに置いたという黒樂茶碗「禿」(かぶろ)などだ。

「無一物」とは禅語で、すべてを削ぎ落として自然や宇宙と一体になることを意味する。「禿」は太夫につき従う少女を指すが、いつも利休の手元にあったためにその名がついたのだと推測されている。ちなみに「禿」は、50年ごとに行われる利休の年忌の時にしか使われない、表千家の至宝である。

茶碗の持つ個々の名前は銘といい、作者や持ち主の想いがこもった大切なものだ。名品にはふさわしい銘がついており、語の意味や響きが対象を体現している。銘とそれをとりまくエピソードの深さは、茶碗に更なる魅力を与えているといえよう。

 

樂家450年がみてきた
“時の流れ”を感じる展示構成

樂茶碗は安土桃山時代に生まれた。異国の焼きものや黄金の茶室など、絢爛豪華な世界が展開されていた安土桃山時代にあって、樂茶碗には装飾性がまったくない。高台(茶碗が卓や台に接触する輪型の部分)までもが、真っ黒に塗りつぶされているのである。今でこそ樂茶碗は、侘茶の伝統の中にあるように思えるが、初代長次郎の時代においては全く新しい焼きものであったのだ。カテゴライズ不可能ゆえに名前すらなく、仮称として「今焼茶碗」と呼ばれていたのだとか。当時としては恐らく究極の前衛であり、現代アートであっただろう。

樂家450年の中、初代のみならず歴代の当主たちは皆、新しいことに挑戦し続ける。抑制された世界の中で動きを表現した、二代目常慶の重厚な衝撃性。どんな時代でもモダンでありつづける、三代目道入の鮮やかな洗練性。樂家の人々は、時に斬新であり、時に長次郎に回帰しつつ、模索しながらも決して模倣はせずに独自性を発揮してきた。それは当代の十五代樂吉左衞門にも見られるものだ。また、当代の作品を見てから歴代の作品を振り返ると、個々の作家の個性や新しさ、歴史的背景が感じられて面白い。

 

当代樂吉左衞門のダイナミックな世界観を
余すところなく堪能

樂家が常に新しいことに挑戦してきたとはいえ、当代樂吉左衞門の作品はとりわけアヴァンギャルドで激しく、さらに言えば破壊的ですらある。本展でも、当代樂吉左衞門の作品が集結している空間は、“静”の世界とは対極にあるかのようなエネルギーに満ちている。樂吉左衞門の作は茶碗ながら角が多く、茶入れがいびつな形をしており、極めて独創的だ。「茶道で一体どうやって使うのだろう?」と疑問を抱いてしまうものも多数存在する。

茶を供された客は、まず茶碗の見た目にびっくりするだろう。濃茶を飲んだ後は懐紙で飲み口を拭いて清めるが、碗の口縁が尖っていて紙が破れそうである。客を迎える亭主はもっと大変だ。客が器の鋭利な部分を避けて茶を喫することができるように気を遣う必要がある。しかも茶碗が角張っているので、茶巾で清めるのも一苦労。茶入れの蓋に茶杓を置くのも至難の技であるはずだ。

茶の湯の時間では多くの言葉はいらない。どの様な道具を用いるか、それが最大の言葉であり、無言のコミュニケーションである。そもそも茶道の所作は単なる形式ではなく、動きの裏には意味と本質がある。切りつめられた動きの中で最適解を選択する、その怜悧で濁りのない感覚の中で、初めて活かされる道具なのだといえよう。

伝統も、革新や刷新がなければ生き残れない。樂家と樂茶碗は茶の湯の盛衰のほか、規制や価値観の変遷など、いくつもの障害をくぐりぬけてきた。こうした茶道の文化には、変化を取り入れる柔軟性と、芯は決して折れない強靭さがあるのだろう。「茶碗には作り手の、時代の中での生き様が現れている」とは当代樂吉左衞門の弁であるが、それは当代の作品にも余すところなく示されていた。

 

イベント情報
茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術
 
会期:2017年3月14日(火)~5月21日(日)
休館日:月曜日[ただし、4月3日(月)、5月1日(月)は開館]
開館時間:午前10時-午後5時(金曜日は午後8時まで) 入館は閉館の30分前まで
観覧料:一般1,400円(1,200円) 大学生1,000円(800円) 高校生500円(300円)
※中学生以下無料
※( )内は、20人以上の団体料金。
※本展の観覧料で入館当日に限り、所蔵作品展MOMATコレクションなどもご覧いただけます。
http://raku2016-17.jp