実写版『ゴースト・イン・ザ・シェル』少佐はなぜ白人なのか? ‟ホワイトウォッシュ”問題を超える配役の真の意味

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2017.4.16
映画『ゴースト・イン・ザ・シェル』 (C)MMXVI Paramount Pictures and Storyteller Distribution Co. All rights Reserved.

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全米での興行成績の失敗はホワイトウォッシュ(※編注:白人以外の役柄に白人が配役されること​)のせいではない。

ハリウッドの実写版『ゴースト・イン・ザ・シェル』の興行成績がアメリカで芳しくないらしい。日本ではまずまずのヒットと言ったところだが、アメリカでは相当苦戦を強いられているようだ。

 
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士郎正宗のコミック『攻殻機動隊』を原作とする本作は、1995年の押井守版アニメ映画『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊が全米のビデオチャートで1位を獲得するなど、欧米でも人気の高い作品ではあるが、それも20年前の話。2017年のアメリカの観客が求めているものではなかったのかもしれない。

そんな興行成績における敗北の理由として、アメリカの製作配給であるパラマウントの重役が発したコメントが物議を醸している。パラマウント社配給部門のチーフであるカイル・デイビーズ氏は、こんな風に発言したという。

私たちは国内での興行の結果が、より良いものであることを望んでいましたが、私が思うに、キャスティングに関して話題にされたことが、レビューに強く影響を与えてしまいました…。

これは、原作では日本人であるはずの主人公役に、白人のスカーレット・ヨハンソンを起用したことによる、いわゆる「ホワイトウォッシュ」批判のことだ。近年、アメリカ映画を巡っては、内容もさることながらマイノリティの人種の仕事の機会を奪っているのではとして、こうした白人偏重のキャスティングやスタッフィングに異を唱える声が大きくなっている。

 

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これは映画に限った話ではない。少し前にモデルのカーリー・クロスがファッション誌『VOGUE』で芸者風スタイルの写真が掲載されたところ、文化の盗用として炎上、謝罪に追い込まれたこともある。

ホワイトウォッシュ批判が興行成績にどれほど影響を与えたのかは計りようもないが、それを言い訳にするのは火に油の対応として言いようがない。実際問題、同様の批判を受けた『ドクター・ストレンジ』はヒットをしているのだし。

では作品の内容はどうだったのだろうか。映画の質においてキャスティングは大変重要な要素だ。キャラクターに役がはまっていなければ良い映画には絶対にならない。

結論から言うと、白人のスカーレット・ヨハンソンの起用には物語上、大きな意味があった。まるでホワイトウォッシュ批判を逆手にとるかのような巧妙なストーリーテリングを見せ、ホワイトウォッシュもホワイトウォッシュ批判をも退けて、人間の存在の本質、「ゴースト」はなんなのかに迫ろうとする。2017年に放つ「攻殻シリーズ」としては、申し分ない出来栄えだ。

ホワイトウォッシュもホワイトウォッシュ批判も同時に批判してみせる

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以下ネタバレを含むので、注意。

本作でスカーレット・ヨハンソンが演じる主人公はミラ・キリアンという名で公安9課の役職についている。名前も外見も完全に白人である。9課のトップである荒巻役はビートたけしで彼だけは作中なぜか日本語をしゃべる。だが意思の疎通は問題ないようだ。義体に翻訳機能が備わっているのだろうか。

本作は、押井版のリスペクトなのか、アジアンテイストの街並みが広がる。街の群衆も多数はアジア人で構成されている。そんなアジアンテイストな世界観に主要キャストに白人が配置されているのだから違和感を抱くのも無理はない。実際筆者も映画前半まではホワイトウォッシュ批判もやむなしと感じながら見ていた。

 

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しかし、桃井かおり演じる「母」が登場するあたりから、その印象は一変する。ミラ・キリアンという女性は実在せず、彼女の本来の名前は草薙素子だということが明かされる。つまり、スカーレット・ヨハンソンが演じる少佐は元々は日本人であり、事故によって脳を白人の義体に移植し、記憶も書き換えられていたのだ。

言うなれば、草薙素子という存在は、物語のなかでホワイトウォッシュされていたことになる。

これは義体化を推進する企業による陰謀(白人が経営者)なのだが、これを打倒するのが本作の最終目標となる。ホワイトウォッシュを企てた連中を倒し、本来の自分のアイデンティティを取り戻すための戦いだ。ようするに本作は、物語の中でホワイトウォッシュという行為を批判しているのである。

外見の人種的特徴に意味のない世界

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しかし、本作の優れている点はホワイトウォッシュ批判に終わらず、さらにその先の人間の存在の実存にまで迫ろうとする点だ。最も元々「攻殻シリーズ」とはそういうものだが。

白人の義体となり、記憶を取り戻した少佐は、日本人である母との間に親子の情を取り結ぶ。外見でも人種でもなく、人を個人たらしめるものが「ゴースト」だからだ。見てくれに拘ることこそ、作品の本質を見誤るとしてホワイトウォッシュ批判に対してすら批判を加えてみせている。

元々日本国内の攻殻ファンは、このホワイトウォッシュ議論について懐疑的だった。元々全身義体の少佐は、外見の人種的特徴に意味などないと。本作のストーリーは、改めて念を押すようにそれを強調している。

そして、今回のハリウッド版では原作や押井守版とも異なる結末を迎えるが、元々すでに多くの派生作品でネットワークや人間の実存について様々な解釈を提示している。本作の公開が罵詈雑言やフェイクニュースがインターネットに蔓延する2017年であれば、少佐の最後の選択は合理的とも思える。

名セリフ「ネットは広大だわ」に今、共感を持てる観客はどれだけいるだろうか。今回の結末は、むしろ窮屈ささえ覚える今のネット社会へのアンチテーゼともとれる。ハリウッドらしい豪華な映像に、人間の存在の本質を問う深い余韻を残す見事な作品だ。
 

文=杉本穂高

作品情報

映画『ゴースト・イン・ザ・シェル』

 
原題:GHOST IN THE SHELL 
監督:ルパート・サンダース 
原作: 士郎正宗「攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL」 
出演:スカーレット・ヨハンソン、ビートたけし、マイケル・ピット、ピルー・アスベック、チン・ハン、ジュリエット・ビノシュほか  
配給:東和ピクチャーズ

【ストーリー】
近未来、脳以外は全身義体の世界最強の少佐(スカーレット・ヨハンソン)は唯一無二の存在。悲惨な事故から命を助けられ、世界を脅かすサイバーテロリストを阻止するために完璧な戦士として生まれ変わった。テロ犯罪は脳をハッキングし操作するという驚異的レベルに到達し、少佐率いるエリート捜査組織・公安9課がサイバーテロ組織と対峙する。捜査を進めるうちに、少佐は自分の記憶が操作されていたことに気づく。自分の命は救われたのではなく、奪われたのだと。

公式サイト:http://ghostshell.jp/
(C)MMXVI Paramount Pictures and Storyteller Distribution Co. All rights Reserved. 
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