『岡本太郎×建築─衝突と協同のダイナミズム─』展レポート ジャンルを横断した創造力が共鳴する

レポート
アート
2017.5.1

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2017年4月22日(土)〜7月2日(日)にかけて川崎市岡本太郎美術館にて『岡本太郎×建築』展が開催中だ。美術家としてばかりではなくテレビ出演など大衆的なイメージもある岡本太郎だが、1950年代からはジャンルを横断して様々な活動を行っている。代表作とも言える《明日の神話》や《太陽の塔》は実は、同時代を生きた建築家たちが深く関係していたのだ。

本展では、敗戦後大きな変化を迎えた日本の都市を見つめた岡本太郎と建築家たちの協同が、豊富な資料とともに展示されている。2020年の東京オリンピックを前に日本が変わりゆく今、岡本太郎の作品と建築がもつ創造力の軌跡を振り返ることには大きな意義があるだろう。

岡本太郎と建築の出会い

1911年に生まれた岡本太郎は、東京美術学校(現:東京芸術大学)を退学し1930年にパリに留学し、人類学者のマルセル・モースに民族学を学ぶほか様々な文化人と交流した。その中には、ル・コルビュジェの事務所に在籍していた建築家の坂倉準三との出会いもあった。

その後日本に帰国した両者は、1952年に日本橋高島屋地下通路に設置する壁画《創生》の制作において初めてのコラボレーションを行うことになる。地下通路の設計を請け負っていた坂倉が、同年に岡本のモザイクタイル作品《太陽の神話》を見て壁画を依頼。パリ留学時代からの親交のあった坂倉は、1954年に建てられた岡本のアトリエ兼自宅の設計も担当している。

坂倉との協同には留学という共通点のみならず、様々なジャンルを横断する「芸術の綜合化」を目指した時代の気運を感じる。1953年に第10回ミラノ・トリエンナーレへの参加招請を受けて始まった検討会が発端となった「国際デザインコミッティ」(現:日本デザインコミッティー)では、建築の丹下健三、インダストリアルデザインの柳宗理、インテリアの剣持勇、グラフィックの亀倉雄策、写真の石元泰博、評論の滝口修造、勝見勝らが名を連ねていた。そこに画家である岡本太郎が選ばれたのは、顧問を努めた坂倉の人選であることが推測される。

また、1948年には画家の花田清輝らと「夜の会」を、1953年にはローマの国際アートクラブ本部からの依頼もあってアートクラブの日本支部を立ち上げた。1954年にアトリエが竣工してからは様々な講座などを行う「現代芸術研究所」を始めるなど、積極的に異なるジャンルと交友を広げていたことがわかる。

オリンピック、万博、丹下健三との衝突と協同

そして東京オリンピックをはじめ新幹線の開通などを機に日本の都市が大きく変わる時代、建築家たちとの衝突と協同が勢いを増す。特に「国際デザインコミッティ」での繋がりもあった丹下健三とは、1957年竣工の旧東京庁舎から始まり1964年の東京オリンピック、1970年の大阪万博と大規模なコラボレーションを残している。

旧東京庁舎の設計を行っていた丹下は、岡本太郎に壁画の制作を依頼する。しかし、建築と壁画の関係をより強固にするためにはモザイクタイルでは印象が弱いと考え、丹下はレリーフの壁画を提案した。1957年に竣工した庁舎には「日の壁」「月の壁」「赤」「緑」「黄」「青」「建設」の計7点の作品が設置されていたが、1991年に取り壊されてしまった。本展ではこのうち「日の壁」のレプリカを見ることができる。

さらに丹下は1964年の東京オリンピックのために代々木競技場の設計を任されていた。戦後の占領政策により返還交渉が遅れており、代々木競技場は1963年2月にようやく着工となる。ここでも壁画の制作を依頼された岡本だが、これらは「国立競技場美装計画」の一部として制作されたもので、代々木競技場の岡本の他には神宮外苑の国立競技場に、宮本三郎らによる原画をもとにしたモザイクタイル壁画なども設置されていた。こうした美術家たちの活動は、東京オリンピックに沸き立つ時代を写す作品のひとつと言えるだろう。

そして1970年、大阪で開催された万国博覧会の両者のコラボレーションは、まさに本展の副題が示す「衝突と協同」が織り成す作品だ。岡本は丹下の「大屋根」を突き破るような《太陽の塔》について、「こういう対決の姿によって雑然とした会場のおもちゃ箱をひっくり返したような雰囲気に、強烈な筋を通し、緊張感を与えるのだ」と述べている。

これまでは丹下のプランを岡本が直前で覆し両者は激しくぶつかったと思われていたが、図面やスケッチなどを調査すると岡本が参画する前から既に「大屋根」には穴が開くプランになっていたことが分かってきている。常に相手を尊重しながらも、そこには創作における緊張関係が保たれていたことは確かだろう。

1964年の『岡本太郎』展のコンセプトを再現

1950年代より建築家とのコラボレーションやジャンルを横断した交友を広げていた岡本太郎だが、その豊かな創造力はさらに大きく東京という都市を見据えることになる。1957年6月の雑誌『総合』の中の「ぼくらの都市計画」において、東京の品川沖にレクリエーションに特化した「いこい島」をつくるという大胆なプランを提案した。この計画をまとめるために相談した丹下健三に、当時丹下研究室に入ったばかりだった大学院生の磯崎新を紹介される。

磯崎とはその後、1964年の『岡本太郎』展の会場構成をきっかけに、さらに親交を深めることになる。この展示で磯崎は会場全体を暗くし、岡本の作品が額縁から飛び出てくるような構成を行った。こうしたユニークな会場構成は一般の観客にも大変好評で、以後岡本は大衆にも直接的にアピールをするようになったという。

本展では当時の『岡本太郎』展のコンセプトを再現し、暗い部屋の中に浮かび上がる岡本の作品を鑑賞することができる。「闇」に溶け込むことで額縁の存在があいまいになり、描かれた曲線は色鮮やかに揺らぐ炎のようだ。

自由に行き交うことができる展示空間

1950年代から約20年間で様々な建築家との協同を行ってきた岡本だが、本展では建築家・藤原徹平が会場構成を担当し、時代を超えたコラボレーションに取り組んでいる。藤原はこれまでも建築の設計だけでなく、『磯崎新 12×5=60』展など様々な展覧会の会場構成も手がけてきた。本展で藤原がテーマにしたのは、岡本が「ぼくらの都市計画」で提案したように、いくつものスポットを自由に行き交うことができる展示空間だ。通常はパーティションで区切られる展示室をひとつの大きな空間にして、その中に湾曲した展示壁がいくつも配置されている。訪れた人は7つの章から成る展示を自由に行き来しながら、能動的に作品を鑑賞することができるのだ。

さらに岡本太郎が旅の道中で撮影した写真を藤原が選別し、「街路」「影と屋根」「構造物と都市」など独自のカテゴリーで展示されている。岡本が街の中でどのようなものに目を向けていたのか、その記憶を追体験するような貴重な資料だ。

美術と建築のダイナミズム

岡本太郎は坂倉準三、丹下健三、磯崎新といった日本人建築家だけでなく、ヨーロッパの建築理論を日本へ伝えたアントニン・レーモンドとは公私で付き合いがあり、毎年夏になるとレーモンドの別荘へ訪れていたそうだ。そして1962年にレーモンドが設計したデッブス邸茶室では、浴室のバスタブと壁画の構成を岡本が担当している。これまでは詳細な資料が無かったのだが、本展の調査を機に原図や図面が新たに発見された。

その他にも岡本が唯一設計を担当した「マミ会館」や、東京オリンピックに関する映像資料など見応えのある展示となっている。通常、建築をテーマにした展覧会では実物を集めることができないため、どうしても資料が中心となり静かな印象を受けてしまうことが多い。しかし本展では前述のように一点一点が貴重な資料であるばかりではなく、随所に見られる岡本太郎の動的なスケッチや絵画、そして公園のようにのびやかな会場構成によって非常にアクティブな展覧会となっている。

ジャンルの横断を志向し、美術や建築の垣根を超えたこれらの仕事には、美術だけでも建築だけでも実現し得なかったダイナミズムが宿っているだろう。こうした協同の過程からは、東京が大きく変化する当時の熱気が感じられる。そして2020年を前にした現在の東京とこの時代を生きる私たちは、岡本や建築家たちが考えた「伝統」や「創造」をいかにして引き受けることができるのか。私たちが暮らし、営みを続けるこの都市を短期的な目標に向かったスクラップ&ビルドで埋めてしまうのではなく、歴史を引き継ぎながら未来へ向けた本当の創造力を養うことが問われているのかもしれない。

イベント情報
岡本太郎×建築ー衝突と協同のダイナミズム

会 期:2017年4月22日(土)〜7月2日(日)
時 間:9:30~17:00(入館は16:30まで)
休館日
:月曜日
会 場:川崎市岡本太郎美術館 企画展示室
観覧料:一般1,000円(800円)、高・大学生・65歳以上800円(640円)、中学生以下 無料/( )内は20名以上の団体料金

 ―関連イベント―
◆レクチャーシリーズ「建築とアート」
企画・司会:藤原徹平(建築家・本展会場構成)

第1回 鈴木了二(建築家)
日 時:5月13日(土) 14:00-
第2回 青木淳(建築家)
日 時:5月20日(土) 14:00-
第3回 中山英之(建築家)
日 時:5月27日(土) 14:00-
第4回 名和晃平(彫刻家)
日 時:6月3日(土) 14:00-
場 所:美術館ガイダンスホール、企画展示室
定 員:各回70名程度(要予約・要観覧券)
申し込み:電話のみ(044-900-9898)先着順、4月22日(土)10:00から受付開始

◆ワークショップ「まちをつくろう─ぼくらのいこい島」
岡本太郎の考えた「いこい島」をみんなで作るワークショップです。
日 時:2017年5月5日(金・祝)、6日(土) 13:00~16:00
場 所:美術館ギャラリースペース
対 象:どなたでも
料金等:申し込み不要・参加費無料

◆映像上映
「かわった形の体育館(総集編)」1964年(資料提供:清水建設株式会社)約20分
「日本万国博覧会1970年テーマ館「太陽の塔」制作記念フィルム」 約20分
日 時:4月22日(土)、4月30日(日)、6月25日(日)、7月2日(日) 14:30~
会 場:美術館ガイダンスホール
定 員:各回70名(当日先着順・無料)
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