原田マハ「いまこそ《ゲルニカ》の話をしよう。」トークレポート "平和と反戦の象徴"に託した人々の想い

レポート
アート
2017.4.28
原田マハ ※著作権保護のためぼかし加工をしています。

原田マハ ※著作権保護のためぼかし加工をしています。

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9月24日(日)まで、ポーラ美術館にて『ピカソとシャガール 愛と平和の讃歌』展が開催されている。それを受け、直木賞と2017年本屋大賞にノミネートされた『暗幕のゲルニカ』(2016年 新潮社)を上梓した、原田マハによるトークイベントが実施された。

ポーラ美術館学芸課長 今井敬子

ポーラ美術館学芸課長 今井敬子

ポーラ美術館を「オススメしたい美術館の筆頭に上がる場所」と紹介する原田は、評価の理由として、印象派近代のコレクションの充実ぶりと企画展のユニークさを挙げる。原田は本展のピカソとシャガールも、「好きなのか、憎み合っているのか分からない二人」とし、彼らを組み合わせている点でキュレーターの眼差しを感じさせるとコメントしつつ、「ゲルニカ」を巡るエピソードを語ってくれた。

原田マハ

原田マハ

ピカソとの出会い、ライバルから導師へ

原田によるピカソの原体験は1972年に遡る。当時7歳だった原田が見たのは大原美術館に展示されていたピカソ作品《鳥かご》で、この時ピカソを“ライバル”として意識したという。その後20歳になり、京都市美術館で『大ピカソ展』が開催された折、ピカソが22歳の時に描いた《人生》を見て感じ入り、ピカソをライバルから“導師”に格上げしたそうだ。

キュビズムの原点となる《アヴィニョンの娘たち》によって、アートを「美しくあるもの」という規定から解放し、「インパクトを与えるもの」「人によって見方が変わるもの」という面を照らし出したピカソ。原田はそんな偉大なる導師・ピカソのポートレートを今でもデスク周りに貼っているという。

※著作権保護のためぼかし加工をしています。

※著作権保護のためぼかし加工をしています。

《ゲルニカ》の命運

ここで原田は聴衆に、「あなたは自分の生きる時代をどう表現しますか?」と問いかける。そこで挙がったのは、「混沌」「閉塞」「平和の仮面を被った戦い」等々、暗い言葉だった。

1991年、原田はスペインのマドリッドにあるレイナ・ソフィア芸術センターで、ピカソの代表作《ゲルニカ》を見た。まだスペイン国内でテロが盛んだったその時期、絵を見るためにはセキュリティチェックを受ける必要があり、絵は防弾ガラスに守られていたという。

そんな重大な守りの中にある《ゲルニカ》のタイトルは、ヒトラーから無差別爆撃を受けたスペインの古都に由来する。ゲルニカ襲撃のニュースを受けたスペイン出身のピカソが、怒りに燃えて描いたのが《ゲルニカ》である。作品はパリ万国博覧会のスペイン館で展示されたが、平和と反戦の象徴であるその絵はファシズム政権に処分される恐れがあり、ピカソはアメリカのMoMA(ニューヨーク近代美術館)に疎開させることにする。そしてフランコが死去し、スペインに民主主義がもたらされた後、《ゲルニカ》は1981年にやっとスペインに返還された。

ゲルニカ襲撃の知らせを受けた時、ピカソがやろうとしたことは何か。原田は「人民の叫びをカンバスに焼き付けること」だったと語る。《ゲルニカ》が処分の危険にさらされるのは、人に訴える強い力を持つためであり、ピカソがとらえた叫びが人々の心を動かしているという証なのだ。聴衆への問いである「自分の生きる時代をどう表現するか」を常に考えて執筆しているという原田が、目の前の暴力に対して絵で抵抗したピカソに強いシンパシーを感じたであろうことが窺える。

《ゲルニカ》をめぐる人々の想い

《ゲルニカ》のタペストリーは3枚存在し、そのうちの1枚は国連安保理会議室ロビーにかかっているそうだ。2001年の9・11テロの後、2003年2月にアメリカ国務長官コリン・パウエルが記者会見でイラク空爆を示唆するが、その発表の場にはかかっているはずの《ゲルニカ》の姿がなかったという。当時、原田はフリーのカルチャーライターをやっており、「いつかこの事件の小説を書きたいと思った」とのことである。

その後、原田は取材で世界最大のアートフェア、アート・バーゼルに赴き、ある美術館へ行く。テーマは「印象派の時代」だったにもかかわらず、ロビーには《ゲルニカ》のタペストリーが展示されていた。印象派の展示でなぜ?という疑問を抱きつつよく見ると、横にはコリン・パウエルが暗幕の前で演説する姿の写真と共に、アート・バーゼルの発案者、エルンスト・バイエラーによる以下の趣旨の言葉が記載されていた。

誰が《ゲルニカ》に暗幕をかけたかはわからない。だったら私がその暗幕を引きはがすまでだ。

 

原田はバイエラーの言葉を受け、「この事件を風化させてはいけない」「こんな時代だからこそ、このことを物語に書こう」と心に決めたそうだ。

暴力に対し絵筆一本で戦ったピカソと、ピカソのメッセージにかけられた暗幕を引きはがすバイエラー、そして「暗い言葉ではなくて、明るい未来や希望を感じられる言葉が皆さんから発されるように、キーボード一台で戦っていきたい」と語る原田。ポーラ美術館の『ピカソとシャガール 愛と平和の讃歌』展を通じて、3者が抱いた熱い想いの源泉を目の当たりにしていただきたい。

 

イベント情報
ピカソとシャガール 愛と平和の讃歌
 
開催期間:2017年3月18日(土)〜9月24日(日)
開館時間:午前9時〜午後5時(入館は午後4時30分まで)
※会期中無休。ただし展示替えのため、5月12日(金)は一部休室。6月21日(水)は企画展示室のみ休室
会場:ポーラ美術館(神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285)
入場料:大人1800円、大学・高校生1300円、中学・小学生700円、シニア(65歳以上)1600円
問い合わせ:0460-84-2111
公式サイト:http://www.polamuseum.or.jp
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