TBS赤坂ACTシアタープロデュース恒例「志の輔らくご」光の花道を中村仲蔵が駆け抜けた千秋楽レポート
2017年5月4日から7日にかけて開催された、TBS赤坂ACTシアタープロデュース恒例「志の輔らくご」の千秋楽をレポートする。“笑いと感動”という常套句を、今こそ使うべき圧巻の2時間50分だった。
ワクワクを隠せない大人が集まったGW最終日
ゴールデンウィーク最終日の5月7日、「立川志の輔」のノボリが彩る赤坂ACTシアターに入場すると、ロビーは来場者と花の香りに溢れていた。オリジナルグッズのコーナーにはCDや著書、タオルやトートバッグが販売されている。ロビーの壁を埋めるのは、各界の著名人たちの名が入った祝い花だ。1フロアには収まりきらず、階段や別のフロアにまで並べられていた。
真っ赤な舞台幕、真っ赤なシート、黒い壁のスタイリッシュな場内は、1・2階をあわせ1324席。外見的には品の良い落ち着きのある大人の来場者が多い印象を受けた。しかしいくら大人らしく振舞っていても1000人分の高揚感は隠しきれない。昨年の公演の感想を声を弾ませ語る人、チラシを1枚みるごとに顔をあげ周りを見渡す人、和服姿で「こっち!」と同行者に声をかける人など、わくわくを多分に含んだ空気を感じる。今年で9回目を迎えるTBS赤坂ACTシアタープロデュース恒例「志の輔らくご」の演目は次のとおり。
第一部 大忠臣蔵~仮名手本忠臣蔵のすべて~
(仲入り休憩)
第二部 中村仲蔵
2017年TBS赤坂ACTシアタープロデュース恒例「志の輔らくご」会場
9年目の中村仲蔵、6年目の舞台セット
お囃子が流れ幕が開くと、前座の一席もなく立川志の輔が登場。満席の会場が拍手で沸いた。
舞台下手には講釈台と座布団があり、中央には3枚のパネルが立てられている。パネル1枚が、ふすまより3回りも4回りも大きい。そこに描かれているのは浮世絵師・歌川国芳の「荷宝蔵壁のむだ書」を模した絵。舞台美術の第一人者・堀尾幸男が手がけたもので、役者絵の中には「志の輔」「ゆきお」の名前が紛れ込んでいる。
この会場での恒例落語会は9年目、このセットを用いた現在のスタイルに落ち着いてからは今年で6年目だという。志の輔はACTシアターという巨大なホールにあう落語の形を模索してきた過程を振り返った。
「(今のスタイルになって)1、2年目はものすごく好評を博しました、自分の中で(笑)。3年目…、来年はもういいんじゃないの? 4年目あたりから、いいのか? 5年目に至っては、おいおいどうなんだ!? と。そして今回6年目。会議で申しました。
『いくらなんだって6年はやりすぎじゃないか? 俺はいいけど通算2万5000人のお客さんがもう見たんだよ、今年もいれたら3万人だよ? 落語ってそういう種類のものじゃないんじゃないの?』すると、ACTシアターのプロデューサーさんが笑いながら『大丈夫ですよ、3万人なんかジャニーズなら一晩ですよ!』と。うん。無駄な心配でした(会場・大爆笑!)」
料金外の忠臣蔵セミナーは『中村仲蔵』を満喫するための準備時間
そして始まる第1部「大忠臣蔵~仮名手本忠臣蔵のすべて~」。志の輔は、眼鏡に浴衣がけというラフな装いだ。浴衣は『中村仲蔵』にちなみ「仲蔵縞」で仕立てたもの。
「歌舞伎役者さんたちは、みんな楽屋では浴衣姿なんです」
この言葉のとおり、第1部はあくまで本番(第2部)前の準備段階なのだ。志の輔はこれを“料金外の時間”と言った。
パネルが左右に開くと中央にスクリーンが登場する。赤穂事件は史実であり、「仮名手本忠臣蔵」は47年後の発表された創作物であることを解説。さらに国芳、広重の浮世絵を映しながら全十一段の物語を、一段ずつ語って聞かせる。
『中村仲蔵』の主人公、仲蔵の心情を察するために『仮名手本忠臣蔵』における5段目の位置づけを知る必要がある。切腹シーンを含む緊迫の4段目と6段目にはさまれた5段目は、来場者が一息ついてお弁当を食べるのにちょうどいい時間で、「弁当幕」とさえ呼ばれる。こういったことは江戸の庶民には常識だったというが、現代には通用しない。そこで、第1部「大忠臣蔵~仮名手本忠臣蔵のすべて~」だ。志の輔は、レーザーポインタで浮世絵にツッコミを入れ、爆笑を誘うので、まったく飽きることがない。懇切丁寧なサポートサービスにより、第2部の『中村仲蔵』の土台ができたところで第1部が終わった。
2017年TBS赤坂ACTシアタープロデュース恒例「志の輔らくご」会場
4代目團十郎と仲蔵、二人の名優
休憩をはさみ、志の輔曰く「料金内」の第2部が始まる。黒紋付き袴姿で再登場した志の輔の、初代中村仲蔵の物語だ。
【『中村仲蔵』あらすじ】当時の歌舞伎役者の階級は今よりもずっと厳格で、何より血筋を重要視していたという。下から順に、稲荷町(人足)→中通→相中→名代とあった。「血筋のないものは稲荷町にはじまり稲荷町に終わる」と言われた時代に、稲荷町出身の仲蔵が4代目市川團十郎のバックアップを受け「名代」にまで出世した。そして初めての芝居が「忠臣蔵」で仲蔵にまわってきたのは、五段目の斧定九郎の一役のみ。登場から5分ほどで殺されてしまう役だ。周囲の嫉妬による嫌がらせだろう。仲蔵は一度は落ち込むものの、妻の励ましもあり「新しい斧定九郎をやってみせよう」と苦心する。そんな中、偶然そば屋でみかけた、雨に濡れた浪人をモデルに、新しい斧定九郎を着想を得ることになるが…。
志の輔版『中村仲蔵』で印象的だったのは、仲蔵の芝居愛の強さと、丁寧に描かれた4代目市川團十郎だ。團十郎は初代より代々名優ぞろいであるが、中でも名優中の名優と称えられる4代目。仲蔵よりも圧倒的に威厳がないといけない。かといって仲蔵を落とすわけにもいかない。団十郎にも仲蔵にも有無を言わせぬ魅力がないと、物語はシラケてしまう。志の輔は2人の役者を見事にこなしつつ、随所に笑いの要素を入れ込むことに成功した。
團十郎がひときわ魅力を放ったのは、仲蔵の昇進に納得がいかない周囲の人間と対峙した場面だ。「冗談ですよね?どう考えたっておかしいってみんな言ってます!いくらなんでも!」と進言されるも、団十郎は低い声で答える。
「しょうがねえんだよ。俺が、したいんだよ。な?」
高圧的ではないのに、恐ろしいほど凄みがあった。穏やかな声色の中に、風格と色気をまとっていた。成田屋ファンもきっと納得の4代目團十郎だ。
赤坂に蘇る伝説の五段目
クライマックスは、仲蔵の演じる斧定九郎の初演舞台。雄叫びのような声、金属で吊られた揚幕(花道の出入口の幕)がジャキーンと開く音の演出。客席下手側の通路をライトが照らす演出。通路に花道があるかのように、歌舞伎の花道ならば七三の辺りを志の輔が見据える。我々も、つられて高座から光の花道をみてしまう。劇中の観客たちが掛け声も歓声もなくただ息をのんだように、赤坂ACTシアターの我々観客も志の輔の話芸に圧倒され、固唾をのんだ。芝居愛溢れる仲蔵による伝説の一幕を、現代の赤坂に蘇らせてみせた。
出番を終えた仲蔵が「しくじった!」と取り乱してからは、畳み掛けるようなテンポで物語が進む。凛とした佇まいで寄り添う仲蔵の妻とのやり取りやラストにかけては、嗚咽を堪え鼻をすする音も聞こえた。サゲは「シン(神)とするのはもうこりごり」。
大いに笑いながらも、名人の芸のスケールの大きさに圧倒され、説得力ある緻密な構成と演出に感服した。来年もまたこの体験をしたいと思った。そして7月には志の輔のもうひとつのライフワーク『牡丹燈籠』が下北沢・本多劇場で開催される。こちらの会場は384席。演目もキャパシティもガラリと変わるがぜひ足を運びたい。
取材・文=塚田史香
■会期:2017年5月4日(木・祝)~7日(日)
■会場:TBS赤坂ACTシアター
■演目:
第一部 大忠臣蔵~仮名手本忠臣蔵のすべて~
第二部 落語 中村仲蔵
■公式サイト:http://www.tbs.co.jp/act/event/shinosuke2017/