【THE MUSICAL LOVERS】『レ・ミゼラブル』~第四章:古今東西混合ベストキャストを考える~[連載第五回]
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ベストキャストを人前で発表するのはリスキーだ。せっかく「同じレミゼ好き」という目で見てくれていた人が、好みの違いを知って同朋意識以上に反感を覚え、離れていってしまう可能性が大いにあるからだ。かく言う筆者も、人にベストキャストを尋ねておいて、聞いた途端に「この人が好きなレミゼは私が好きなレミゼじゃない」と引いてしまうことがよくある。だが一方で、そうなると分かっていても尋ねたくなる面白さがこの議題にはあると思うので、戯れに発表させていただきたい。
尚、言うまでもないことだが、これは筆者の完全なる好みに基づく「ベスト」である。世界中の全キャストを観ているわけでも何でもない人間の主観である以上、役者各々の客観的価値には何ら関わりがないことを、先に断らせていただく。また、好みと思い入れは切っても切れないものであり、どうしても1994年日本公演と2003年ブロードウェイ公演からの選出が多くなってしまう点についても、序章で述べた通りこの二つに特に思い入れが深いというだけの理由なので気にしないでいただきたい…という言い訳をした上で、いざ。
■ジャン・バルジャン
何度も何度も観た鹿賀丈史への思い入れが強すぎて、筆者の脳裏に焼き付く彼のバルジャンの記憶を塗り替えられる人は、おそらく今後も現れないと思う。特に好きなのは、リトル・コゼットを見つけて宿屋に連れて帰る時の優しすぎるラララハモリ、テナルディエ夫妻にコゼットを引き取る宣言をする時の「♪育てていくと~」の晴れやかなビブラート、≪彼を帰して≫の「♪月日の~波に、追われて~やがて」のちょっと演歌っぽい歌い方、コゼットの前から姿を消す時の哀愁に満ちた背中。あと、日常生活で「あれこの人、前にも会ったことある」と思うことがあると、脳内に100パーセント「♪どこかで~会った」という鹿賀バルジャンの声が流れてくるのも多分、永遠に止められないと思っている。
■ジャベール
筆者の中でのハードルがバルジャンほど高くなく、変に青臭くなくてそこそこセクシーで、歌がある程度歌えればわりと誰でも好きな役。絶対この人!というのがなく次々と更新されていくため、今だと昨年韓国で観たキム・ジュンヒョンが最も印象深い。彼は2013年の日本公演ではバルジャンを演じていたが、セクシーを超えてちょっとエロくすらあるあの声が生きるのはジャベールのほうだと強く思った。特にグッときたのは、《星よ》の最後の「♪誓う俺はー!」パート。「♪はー」に入ってから、オーケストラの音が「チャー、チャチャチャッチャ、チャー、チャチャチャッチャ、」と奏でる間は真っ直ぐなロングトーンを響かせ、最後の「チャー」に合わせて力強いビブラートをかけてきたのがお見事だった。
韓国版『レ・ミゼラブル』の劇場装飾より、手前がMYベストジャベール(2016年撮影)
■ファンテーヌ
この役にはとにかく、コゼットのことしか考えていない人であってほしい。その結果としてならかわいそうに見えても強く見えても良いのだが、「かわいそうでしょ?」「強いのよ!」が前に出ているとどうにも引いてしまうので、母性第一の岩崎宏美が好きだった。筆者が観たのは初演ではなく、彼女自身が母となって復帰してからだったので、より滲み出るものがあったのだろう。欲を言えば、オリジナルキャスト音源のパティ・ルポンのように、≪夢やぶれて≫の「♪夢くいちぎり~」パートは「♪夢くい、」でブレスをとらずに一息に歌ってもらえると、絶望がより強く伝わってきて胸打たれる。だが、そんな鬼のような肺活量を持った人は海外でもそうは見かけないので、あまりに気にしないようにしている。
■コゼット
コゼットに必要なのは、まずはみんな大好きエポニーヌ以上に、マリウスにとって魅力的であること。そして、曲の構成的に「出なかった」「外した」では済まされない、超音波レベルでキーの高い「♪夢ではないわ~」を2度キメることのできる歌唱力。つまりは、可愛くてキラキラしているだけでも、オペラ的な発声ができるだけでもダメなわけで、完璧に両立させるのはおそらく不可能に近い。そこで歴代のコゼットたちは皆、どこかでバランスをとりながら演じていたように思うのだが、結果として、あまり印象に残っていないことに気づく。ゆえにこれと言った人が思い浮かばず、強いて挙げるなら映画版のアマンダ・セイフライドかなと結論付けたくなった時、この役の難しさを改めて思った。
■エポニーヌ
島田歌穂も本田美奈子も笹本玲奈も素晴らしかったが、ここは思い入れにより、2003年ブロードウェイ公演のDiana Kaarinaに一票。とはいえ、筆者にバックステージを案内してくれたから好きなのではなく、そもそも好きだからバックステージ案内を頼んだのだ。可愛くて健気で勇敢で、でも「私って可愛くて健気で勇敢でしょ?」感が皆無の、本当に全身全霊のエポニーヌだった。16年に及んだ大ロングランの千秋楽間近、客席がお祭りムードになっている中で彼女が≪オン・マイ・オウン≫を歌い上げると、観客は総立ち状態に。通常なら“ショーストップ”、いったん役から離れて喝采に応えても良いような場面で、拍手が鳴りやむまでエポニーヌであり続けた姿は今思い出しても涙が滲む。
ブロードウェイの劇場前にて、MYベストエポニーヌと筆者(2003年撮影)
■マリウス&アンジョルラス
「今まで観てきたマリウス役とアンジョルラス役の中で」とか、「各国のレミゼの中で」とか、さらには「全ミュージカルの中で」すらも超えて、森羅万象で最高にと言っていいくらい、石井一孝マリウスと岡幸二郎アンジョルラスのコンビをこよなく愛している。観たあとはしばらく食欲がなくなるほどだったあのイタい強火愛はきっと思春期特有のもので、今の海宝直人&上山竜治コンビあたりにもそんな想いを抱いている中高生がいるのだろうと思うと羨ましくなるのだが、老婆心ながら忠告もさせていただきたい。“役者”のファンというのはある意味まだ健全で、“特定の役者が演じる役”のファンはまさしく茨の道。いつかは必ず消えてなくなってしまうものなので、心して目に焼き付けることをお勧めする。
■テナルディエ夫妻
色々な演じ方がある役だと思うが、筆者としては人生のドラマを必要以上に滲ませるより、コメディリリーフとしての役目を果たしてもらいたいところ。その意味で、毎週観ていたのに毎回新鮮に笑うことのできた、2003年ブロードウェイ公演のNick WymanとAymee Garciaのコンビが忘れ難い。今ではおそらく国際標準になっている、コゼットをコレット(前回の日本公演ではコメットになっていた)と呼び間違えることで爆笑を巻き起こしつつ何気にコゼットへの無関心をも表現したテナルディエは、筆者の知る限りワイマン氏が初めて。神に語り掛ける際、おでこ→胸→左肩→右肩の順に触って十字を切るべきところを、おでこ→右肩→胸→左肩の順で触ったりもしていて、とにかくいちいち面白かった。
■ガブローシュ
本作最大の青田買い枠とも言えるこの役で、筆者の印象に残っているのもやはり、その後の活躍が目覚ましい子役たち。山本耕史と高橋一生を観ていないのは痛恨の極みだが、1997年日本公演の浅利陽介は、死んだ時に完全に無機質になる“手”の演技が出色だった。2003年ブロードウェイ公演のニコラス・ジョナスは、作品世界の住人として生きつつ、観客の反応を見ながら臨機応変に対応もできる技術の持ち主で、後に「ジョナス・ブラザーズ」として人気を博してから演じたマリウス役では二十歳過ぎると(いやまだ過ぎていなかったのか)ただの人感がすごかったが、当時は天才だと思ったことを覚えている。最近だと加藤清史郎も素晴らしく、いつかマリウスになって帰ってきていただきたいものだ。
■リトル・コゼット
何も後に『glee/グリー』でスターになったから言うわけではなく、中学生くらいの時に観たリー・ミシェルがもう、あのシンボルマークがそのまま抜け出てきたかのような決定版ぶりで、いまだにその印象を超えるリトル・コゼットは出てきていない。そしてこれは、『glee/グリー』でスターになったから自慢するのだが、筆者は彼女がその後ブロードウェイで出演した『ラグタイム』も『春のめざめ』も、そして2008年にハリウッド・ボウルで演じた『レ・ミゼラブル』のエポニーヌ役も観ている。屋外劇場で行われたコンサート形式の公演だったにもかかわらず、実に情感豊かにエポニーヌのせつなさと決意を表現していて、良い女優になったなあとしみじみしたのだった。最後が余談ですみません。
2008年ハリウッド・ボウル公演のチラシ
(最終章につづく)
第2回(第一章:中身の偉大さ編)
第3回(第二章:キャメロン・マッキントッシュ伝説)
第4回(第三章:日本版のココがスゴイ)
第5回(第四章:古今東西混合ベストキャストを考える)
第6回(最終章:間もなく開幕!今年の公演の見どころ)
■原作:ヴィクトル・ユゴー
■作詞:ハーバート・クレッツマー
■オリジナル・プロダクション製作:キャメロン・マッキントッシュ
■演出:ローレンス・コナー/ジェームズ・パウエル
■翻訳:酒井洋子
■訳詞:岩谷時子
■プロデューサー:田口豪孝/坂本義和
■製作:東宝
■公式サイト:http://www.tohostage.com/lesmiserables/
■配役:
ジャン・バルジャン:福井晶一/ヤン・ジュンモ/吉原光夫
ジャベール:川口竜也/吉原光夫/岸祐二
ファンテーヌ:知念里奈/和音美桜/二宮愛
エポニーヌ:昆夏美/唯月ふうか/松原凜子
コゼット:生田絵梨花/清水彩花/小南満佑子
マリウス:海宝直人/内藤大希/田村良太
テナルディエ:駒田一/橋本じゅん/KENTARO
マダム・テナルディエ:森公美子/鈴木ほのか/谷口ゆうな
アンジョルラス:上原理生/上山竜治/相葉裕樹
ほか
■会場:帝国劇場
■日程:2017年5月25日(木)初日~7月17日(月・祝)千穐楽
*プレビュー公演 5月21日(日)~5月24日(水)
■会場:博多座
■日程:2017年8月1日(火)初日~8月26日(土)千穐楽
■会場:フェスティバルホール
■日程:2017年9月2日(土)初日~9月15日(金)千穐楽
■会場:中日劇場
■日程:2017年9月25日(月)初日~10月16日(月)千穐楽
■『レ・ミゼラブル』日本公式サイト http://www.tohostage.com/lesmiserables/