【THE MUSICAL LOVERS】『レ・ミゼラブル』 ~序章:オタク歴編~ [連載第一回]
ミュージカル、それは演劇×音楽×舞踊×美術が融合した生の総合芸術。これまでも盛んではあったけれど、今後世界のライブシーンにおいてよりいっそう活況を呈してゆくことになるだろうエンターテインメント。日本でも新旧・大小問わず様々なミュージカルの舞台が、毎日ワンサカと上演中。また、映画やTVでそれらに触れることのできる機会も多い。
しかし「興味深いが、その広大で奥深い世界に、どのようにして足を踏み入れたらいいのかわからない。代もそれなりの値段だし……」と迷う向きも少なくないはず。
それに対して言えることは、入り口は決して一つではなく、様々であるということ。ならば、その様々な入り口を、この道の先達から案内してもらえないだろうか。しかも、興行主催者の宣伝的な目線ではなく、堅苦しい学術的観点でもなく、あくまで個人の「ミュージカル愛」に基づく経験や見解を伝授して欲しい……。
そんな新たな連載企画、【THE MUSICAL LOVERS】をSPICEは始めます。「ミュージカル愛」の溢れる人々を召喚し、「作品」単位で、思う存分にその魅力を紹介してもらいます。そのSeason 1として、まずは不朽の名作ミュージカル『レ・ミゼラブル』を、SPICER町田麻子さんに語っていただきます。Seasonというだけあって、しばらく不定期で連載が続きます。そして、沢山のSeasonを積み重ね、沢山のMUSICAL LOVERSが続々と出てきます。どうぞお楽しみに。
……それでは、お待たせいたしました、町田麻子さんの登場です(パチパチパチ)。
【THE MUSICAL LOVERS】 Season 1 『レ・ミゼラブル』~序章:オタク歴編~
思い入れのあるミュージカルについて、それぞれの作品の魅力を何回かに分けて存分に、しかも私見を交えて語り倒していいというお話をSPICE編集部からいただいた。愛するミュージカルは数あれど、筆者にとって特別な思い入れがあると言えば、やはり『レ・ミゼラブル』である。なぜこの作品が30年以上にわたり世界中で上演され続けているのか、既に大好きな人にもまだ観たことのない人にも伝わるように語れたらと思っている。
連載各回のテーマとして考えているのは、「作品そのものの偉大さ」「商業的展開の巧さ」「古今東西混合ベストキャストを考える」「5月に開幕する日本版の見どころ」などなど。だがそうした本編に入る前に今回は、筆者の個人的な『レ・ミゼラブル』観劇歴の紹介に少しだけお付き合いいただきたい。何しろミュージカル界に燦然と輝く金字塔であるからして、筆者以上に深い視点から作品の魅力を語れる方は正直、たくさんおられることと思う。それを承知で、あえてこの若輩者のフリーライターが語るという暴挙に出るのは、少々変わったオタク歴があるからなのです、という言い訳のための序章である。
全ては一本のカセットテープから始まった
以前のコラムでも書いた通り、筆者が『レ・ミゼラブル』を初めて観たのは、父親の仕事の都合でロンドンに住んでいた8歳の時だった。バービカン劇場で世界初演を迎えた作品が、ウエストエンドのパレス劇場に移って、3年ほどが経った頃。これは前回は書かなかったことだが、当時の筆者は実は、そこまで英語が堪能だったわけではない。しかも、それなりに難しい作品である。一度で全てを理解して雷に打たれたような衝撃を受けた、ということはなく、白状すれば、「リトルコゼットかわいい」というのが第一印象であった。
だが幼いなりに、理解していないなりに、同世代の子役にばかり目を奪われていたなりに、「なんだかすごいものを観た」感は残った。そこで両親に、記念にカセットテープを買ってもらった。CDではなくカセットだったことがミソで、これには歌詞カードがついていなかったため、インターネットもない時代、歌詞を知りたければ自力で聴き取るしかない。繰り返し聴くうちに、その美しくエモーショナルな音楽にどんどんハマっていった筆者は、自分も口ずさみたい一心で、ものすごい集中力で向き合うようになっていったのだ。
そして数か月後、どの曲もすっかりソラで歌える状態で帰国した筆者を、日本語版『レ・ミゼラブル』が待ち受けていた。もちろん観に行った。ソラでは歌えても、意味は恐らく三分の一ぐらいしか分かっていなかったであろう少女が、ようやく三分の二ほどを理解し、雷に打たれた瞬間である。小学生にして、オタク特有のWキャストコンプリート欲が既に備わっていたようで、鹿賀丈史版と滝田栄版をその年のうちに網羅したと記憶している。
ロンドン→東京→ブロードウェイ⇒沼
(左から)初めてロンドンで観た時、1994年日本公演、2003年ブロードウェイ公演、2013年日本公演のパンフレット
小学校6年生の時、父親が今度はニューヨークに転勤になった。単身赴任だったが、夏休みになると家族で遊びに行って滞在する生活が6年ほど続いた。当時のブロードウェイでは、『レ・ミゼラブル』が絶賛ロングラン中。もちろんもちろん観に行った。他のミュージカルにも少しずつ手を出し始め、その体験が毎年ブロードウェイ行脚せずにはいられない今の筆者を形成しているわけだが、『レ・ミゼラブル』だけは毎年必ず、下手したら一度の滞在で2回観たりしていた。何度観ても飽きることはなく、それどころか一度観ると、すぐにまた観ないと死んじゃうんじゃないかと本気で心配になるほど感動していたものだ。
この6年の間に、筆者と『レ・ミゼラブル』の結びつきを一層強くする出来事があった。それが、1994年の日本公演だ。日々ロンドン版とブロードウェイ版のカセットテープを聴き比べ、日本版のパンフレットや原作を読みふけり、暇さえあれば19世紀のフランスに思いを馳せる中学生だった筆者は、久々の日本公演に興奮するあまり、なけなしのお小遣いをはたいて開幕前から6回分のを押さえてあった。我ながらやり過ぎかな?さすがに飽きるかな?と思わなくもなかったのだが、最終的には、さらに買い足していた。つまりは『レ・ミゼラブル』という沼に、本格的に絡めとられたのがこの年なのである。
それからはもうズブズブとハマっていく一方で、日本公演がある度に何度も観に行ったし、父親の赴任が終わってからもニューヨークへは毎年行って、一週間で10本ぐらい観劇して最終日は『レ・ミゼラブル』でシメた。2003年、ブロードウェイでのロングランが終わると聞いた時は居ても立ってもいられず、ちょうど大学を卒業してフラフラしている時期でもあったため、千秋楽まで3か月のニューヨーク留学まで決行した。表向きは「語学留学」ということにしているが、学校には午前中行くだけで午後は観劇三昧、そしてとにかく毎週『レ・ミゼラブル』を観て目に焼き付けるという、ゴリゴリの「レミゼ留学」であった。
イタい境地に達したオタク心
レミゼ留学中のオタクエピソードには事欠かず、上演されていたインペリアル劇場の舞台に立ったことすらある。その頃にはインターネットがある程度発達していて、キャストに頼めば個人的にバックステージを案内してもらえることを掲示板で知った筆者は、エポニーヌ役の役者にお手紙をしたため、快諾を得たのだ。他にも、キャスト全員のサイン入りポスターというレアグッズを手に入れたり、オーバーチュアの鳴り方だけで指揮者の違いを聴き分けられるようになったり、日本語歌詞を英訳してネット上に集う世界のレミゼオタクに教えてあげたりした3か月。結果的にはまあ、英語力もそこそこ身に付いた。
それからちょうど10年後の2013年、各地で折に触れて『レ・ミゼラブル』を観る生活を変わらず送りながら演劇ライターとなっていた筆者の元に、日本公演のパンフレットに携わるという幸運が舞い込んだ。折しも「新演出版」の日本初演にあたり、本国イギリスからクリエイター陣が大挙して来日した年。演出家、音楽監督、装置&衣裳デザイナーに加え、幼い頃から尊敬してやまなかった天才プロデューサー、サー・キャメロン・マッキントッシュにインタビューする機会に恵まれたことは、最高のオタク冥利であった。
その後も筆者のオタク心はスクスクと育ち続け、今では奇妙な身内意識が芽生えるに至った。それは決して、関係者にインタビューしたからとか、パンフに名前が載っているからとか、そういうことから来る恐れ多い勘違いではない。例えば応援しているアイドルに対し、好き過ぎるあまり謎の身内意識が芽生え、テレビで姿を見るとなんだか照れ臭く感じるような経験は誰にでもあるのではないだろうか。筆者の場合はその対象が『レ・ミゼラブル』という作品で、良い演技をしてくれたキャストには「ありがとう」、感動してくれた観客には「私のレミゼ、すごいでしょ!」というイタい気持ちになってしまうのだ。
ブロードウェイ初演ファイナルキャスト全員のサイン入りポスター
最初はリトルコゼット目線で観ていた作品を、成長と共に若者たちの恋と戦いに思いを寄せながら観るようになり、やがて彼らを微笑ましく見下ろすようになった。いつかバルジャンやジャベール目線で観る時が来るのだろうか、とよく思ったものだが、今では彼らを年下の俳優が演じることも増えてきている。バルジャンの晩年の境地に共感できるその日まで、私はきっとこの作品を観続けていくのだろう。《宿屋の主人の歌》に、テナルディエという人物を皮肉を込めて称した「lifelong mate(生涯の友)」という歌詞があるが、筆者にとって『レ・ミゼラブル』は、皮肉なしでlifelong mateなミュージカルなのである。
(次回につづく)
第2回(第一章:中身の偉大さ編)
第3回(第二章:キャメロン・マッキントッシュ伝説)
第4回(第三章:日本版のココがスゴイ)
第5回(第四章:古今東西混合ベストキャストを考える)
第6回(最終章:間もなく開幕!今年の公演の見どころ)
■原作:ヴィクトル・ユゴー
■作詞:ハーバート・クレッツマー
■オリジナル・プロダクション製作:キャメロン・マッキントッシュ
■演出:ローレンス・コナー/ジェームズ・パウエル
■翻訳:酒井洋子
■訳詞:岩谷時子
■プロデューサー:田口豪孝/坂本義和
■製作:東宝
■公式サイト:http://www.tohostage.com/lesmiserables/
■配役:
ジャン・バルジャン:福井晶一/ヤン・ジュンモ/吉原光夫
ジャベール:川口竜也/吉原光夫/岸祐二
エポニーヌ:昆夏美/唯月ふうか/松原凜子
ファンテーヌ:知念里奈/和音美桜/二宮愛
コゼット:生田絵梨花/清水彩花/小南満佑子
マリウス:海宝直人/内藤大希/田村良太
テナルディエ:駒田一/橋本じゅん/KENTARO
マダム・テナルディエ:森公美子/鈴木ほのか/谷口ゆうな
アンジョルラス:上原理生/上山竜治/相葉裕樹
ほか
■会場:帝国劇場
■日程:2017年5月25日(木)初日~7月17日(月・祝)千穐楽
■会場:博多座
■日程:2017年8月
■会場:フェスティバルホール
■日程:2017年9月