【THE MUSICAL LOVERS】『レ・ミゼラブル』~第二章:C・マッキントッシュ伝説~[連載第三回]

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2017.3.22


前回、『レ・ミゼラブル』は「ユゴーの名作のもとに集った多くの才能が力を出し合い、神が最後の仕上げを施した総合芸術」だと述べた。だが筆者とて、何も最初からそんな夢々しい結論に辿り着いたわけではない。もちろんまずは、優秀な演出家やプロデューサーの所業であろうと思ったのだが、演出のトレヴァー・ナンとジョン・ケアードにしてもプロデューサーのキャメロン・マッキントッシュにしても、手がけた作品がもれなく『レ・ミゼラブル』ほど素晴らしいわけではないことを、やがて知ってしまうことになる。そこで神の力を信じるしかなくなったわけだが、今でも少し、その神はもしかしたらマッキントッシュ氏の形をしているのかもしれないと、思っていなくもない。

演劇界きっての億万長者

cameronmackintosh.comトップページのスクリーンショット

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マッキントッシュと言えば某アップル社のパソコンを指すようになって久しいが、筆者にとっては昔も今も、『レ・ミゼラブル』のパンフレットを開くと顔写真とメッセージが載っている、あのちょっと加藤茶似のサー・キャメロン・マッキントッシュその人でしかない。サーの称号が付くに至る細かい経歴や、「世界で最も大きな成功を収め、最も大きな影響力を持ち、最も力のある演劇プロデューサー」というニューヨーク・タイムズ紙の有名な評を引用するまでもなく、『レ・ミゼラブル』に加えて『キャッツ』『オペラ座の怪人』『ミス・サイゴン』まで──つまりはウエストエンド発の世界的メガヒット作のほぼ全て──が氏の作品だと言えば、それだけでその神っぷりはお分かりいただけることと思う。

プロデューサーと言うと、企画を立ててお金を管理する人というイメージがあるが、氏はどうやら作品の中身にも大いに口出しをするタイプであるらしい。演出家や各プランナーのアイデアを吟味し、GOサインを出す、あるいは練り直しを要求するのは彼の役割。(その判断基準を筆者が尋ねた際には、「My instinct!(僕の本能!)」と迷うことなく言い切っていた。シビれた。)最終的なキャスティング権も氏が握っているため、「キャメロンが劇場に来る」との情報が流れると、よっぽど気に入られている自信がある役者以外は戦々恐々とし、実際翌日には降板させられているキャストも少なくないと聞く。そもそも『レ・ミゼラブル』のコンセプトアルバムを聴いただけでロンドンでの舞台化を決めた張本人でもあり、その確かな芸術的感性がまず、氏のプロデューサーとしての最大の凄さ。

そしてもちろん、いわゆるお金儲けにもものすごく長けている。キャパに限りがある演劇は映画ほどは儲からないという常識に反して、氏の作品は大ヒット映画並みの興行収入を生み出しているし、彼自身の総資産は日本円にして1000億を超えるという。その秘訣は改めて言うまでもなく、ウエストエンドでヒットした作品を世界中に輸出していること。また、例えば『レ・ミゼラブル』ならコゼット、『キャッツ』なら猫の目、『オペラ座の怪人』なら仮面といった具合に、作品を象徴するロゴマークを使ったグッズ展開の巧さでも知られる。時が経っても色あせない作品を創り上げ、イギリス国外にもマーケットを広げることで、世界のミュージカル界を変えてきたのがマッキントッシュ氏なのである。

ロゴ入りのグッズたち(品薄で恐縮です)

ロゴ入りのグッズたち(品薄で恐縮です)

アソシテイト・ディレクター考

幼少期に観た『レ・ミゼラブル』『オペラ座の怪人』『キャッツ』『ミス・サイゴン』がどれも呆気にとられるほど面白かったために、筆者の中でキャメロン・マッキントッシュはトレヴァー・ナンとジョン・ケアード以上に神格化された。彼にも失敗作はあるが、それでも打率は高いと今でも思っているし、また逆に、今だからこそ分かる別の凄さもある。

アソシエイト・ディレクターという存在は、ミュージカルファンの間ではどれほど知られているのだろうか。白状すると筆者は、この仕事をするまでとりたてて注目したことがなかった。世界的メガヒット作が日本で上演される際、「演出補」「演出代理」などと訳されるそうしたポジションのスタッフが来日していることは知っていたが、演出家本人は日本なんかに来てられないから代理の者を寄越したのね、はいはい、程度の認識だったのだ。だが、『レ・ミゼラブル』が世界中のどこで上演されてもある程度以上のレベルが保たれているのは彼らの優秀さゆえであり、役者を導くという点において彼らはむしろ、時に演出家本人よりも優秀なことがある。そしてどうやら、そんな彼らを任命・派遣しているのもまた主にマッキントッシュ氏であるらしいことが、最近になって分かってきた。

なんて偉そうなことを言っておいて、筆者が取材したことのあるアソシテイト・ディレクターはわずか3人なのだが、全員がなんというか、一言でいうならば「人格者」という印象であった。『ミス・サイゴン』2014年公演時に取材したダレン・ヤップは、その2年前の公演も担当していたため既に日本カンパニーからの信頼がすこぶる厚く、ある女優さんなどは「まるで心理カウンセラーのような演出家」とまで言っていた。それが印象に残っていただけに、2016年公演でジャン・ピエール・ヴァン・ダー・スプイに替わった時は誠に勝手ながら若干心配したのだが、彼もまた深い洞察力と役者を尊重する姿勢でカンパニーの信頼を勝ち取り、ヤップ氏とはまた違う『ミス・サイゴン』を創り上げて見せた。

作品から商機、人格にまで及ぶ慧眼

そして『レ・ミゼラブル』では、2013年の新演出版日本初演時にも「演出家本人」の一人であるジェームズ・パウエルと共に来日していたエイドルアン・サープルが、2015年公演では主体となって演出を手がけていた。その細やかさについては、近々本サイトにアップされる予定のマリウス役3人のインタビューをお読みいただくのが分かりやすいのだが、全ての役でダブル・トリプルキャストが組まれる日本ミュージカル界の特性をよく理解した上で、それぞれがその役を自分らしく演じられるよう導いていく確かな手腕の持ち主だ。

サープル氏らが選んだ今年の新キャストによる歌唱

まず作品を熟知しているという大前提がある上で、上演される国の文化や国民性を理解し、さらには役者一人ひとりの個性に寄り添う。アソシエイト・ディレクターに必要なそうした力は、「演出家本人」に求められるそれとはまた別のものであるように思う。オリジナル演出版の魅力を損なうことなく21世紀の『レ・ミゼラブル』を創り出した新演出版の演出家、ローレンス・コナーとジェームズ・パウエルは間違いなく尊敬に値する。彼らと共に一から舞台を創り上げたオリジナルキャストなら、彼らの演出の元でも問題なく良い演技ができただろう。だが、初演のクリエイション現場から離れたところで作品を上演する際に必要なのはやはり、演出家本人ではなく優秀なアソシエイト・ディレクターなのだ。(なんてことを、恐らく演出家本人たちが演出したのであろう、新演出版『レ・ミゼラブル』ブロードウェイ公演がイマイチだった時に感じてしまった筆者であった。…ここは小声。)

各国で演出を手がけるアソシエイト・ディレクターというポジションには、まずは出演者から、ダンスキャプテンやレジデント(劇場付)・ディレクターなどを経て就くことが多いようだ。そして少なくともスプイ氏は、「キャメロンの勧めで」役者から演出する側に回ったと明言していた。マッキントッシュ氏のキャスティング能力は役者だけでなく、演出家にも及ぶというわけだ。アソシテイト・ディレクターという制度そのものを確立したのが氏かどうかまでは定かでないが、世界的メガヒット作量産の裏に、守備範囲の広い彼の慧眼があることは間違いない。『レ・ミゼラブル』という「作品」を仕上げたのは神でも、「公演」の総責任者はやはり、この神懸かったプロデューサーなのである。

(左から)マッキントッシュ氏(2013年)、ヤップ氏(2014年)、サープル氏(2015年)、スプイ氏(2016年)インタビュー掲載のパンフレット

(左から)マッキントッシュ氏(2013年)、ヤップ氏(2014年)、サープル氏(2015年)、スプイ氏(2016年)インタビュー掲載のパンフレット

次回につづく)

 
【THE MUSICAL LOVERS】 Season.1『レ・ミゼラブル』
第1回(序章:オタク歴編)
第2回(第一章:中身の偉大さ編)
第3回(第二章:キャメロン・マッキントッシュ伝説)
第4回(第三章:日本版のココがスゴイ)
第5回(第四章:古今東西混合ベストキャストを考える)
​第6回(最終章:間もなく開幕!今年の公演の見どころ)
 
 
公演情報
ミュージカル『レ・ミゼラブル』
 
■作:アラン・ブーブリル&クロード=ミッシェル・シェーンベルク
■原作:ヴィクトル・ユゴー
■作詞:ハーバート・クレッツマー
■オリジナル・プロダクション製作:キャメロン・マッキントッシュ
■演出:ローレンス・コナー/ジェームズ・パウエル
■翻訳:酒井洋子
■訳詞:岩谷時子
■プロデューサー:田口豪孝/坂本義和
■製作:東宝
■公式サイト:http://www.tohostage.com/lesmiserables/

■配役:
ジャン・バルジャン:福井晶一/ヤン・ジュンモ/吉原光夫
ジャベール:川口竜也/吉原光夫/岸祐二
エポニーヌ:昆夏美/唯月ふうか/松原凜子
ファンテーヌ:知念里奈/和音美桜/二宮愛
コゼット:生田絵梨花/清水彩花/小南満佑子
マリウス:海宝直人/内藤大希/田村良太
テナルディエ:駒田一/橋本じゅん/KENTARO
マダム・テナルディエ:森公美子/鈴木ほのか/谷口ゆうな
アンジョルラス:上原理生/上山竜治/相葉裕樹
ほか
 
<東京公演>
■会場:帝国劇場
■日程:2017年5月25日(木)初日~7月17日(月・祝)千穐楽
 
<福岡公演>
■会場:博多座
■日程:2017年8月
 
<大阪公演>
■会場:フェスティバルホール
■日程:2017年9月
 
<名古屋公演>
■会場:中日劇場
■日程:2017年9月~10月

■『レ・ミゼラブル』日本公式サイト http://www.tohostage.com/lesmiserables/

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