柳家三三のリビング落語『Salon de 三三』 夜の渋谷のおしゃれ空間に、江戸の粋と晴れ渡る空!
柳家三三 撮影=高橋定敬
柳家三三(さんざ)がプロデュースする4日間連続公演『Salon de 三三』が、5月8日から5月11日に開催された。会場は、イープラスリビング&ダイニングカフェ。4月に始まった食事もできる新しい落語会「リビング落語」の3回目の企画だ(ちなみに第1回は春風亭一之輔、第2回は柳家喬太郎がそれぞれ連続公演を行った)。
第3回リビング落語『Salon de 三三』のテーマは、漫画『どうらく息子』。落語家が主人公の漫画で、7年にわたる連載を今年3月に終えたばかりだ。三三が、作中の落語監修を務めていたことにちなんで『Salon de 三三』では漫画に登場するネタが演じられた。また会場の一角には『どうらく息子』販売コーナーも特設され、最終日には作者の尾瀬あきらを招いたスペシャル対談も実現した。
今回レポートする『Salone de 三三』の3日目は、日替わりゲストなし。事前に出されていた演目は、「文七元結」だった。
落語「金明竹」
落語「文七元結」
撮影=高橋定敬
撮影=高橋定敬
「3日目ですがまだお店の名前がちゃんと言えなくて(笑)」とスタンディングで挨拶した後、思い出したように高座のヘリにちょこんと腰をかけ「こうしないと顔に照明が当たらないんです」と笑った。オープニングトークでは『どうらく息子』を監修していた時のエピソードを紹介した。漫画の登場人物たちが、1回1回の高座に一喜一憂し、自分の芸に悩み克服していく。その真面目さを素晴らしいと称えつつ、実際の落語家たちののんきな様子を「はっは! ウケなかったよ、今日は!(笑顔)」と再現して笑わせた。
フルスピード金明竹!
「誰かがきたら、必ずおじさんを呼ぶんだよ。お前はばかなんだから」と何度言われても、おじさんを呼ばずとんちんかんな対応をして問題を起こす。おじさんの留守中に訪ねてきたのが、中橋の加賀屋佐吉方からの使いの者だった。使いの者は、早口の関西弁。まくしたるように言づけを伝えるも、マツ公はさっぱり理解できない。そればかりか早口の関西弁を面白がり、よだれを垂らし「もう1回やって」と投げ銭をやる始末だ。長いセリフをもう一度言わせるが「やっぱり全然わからない!」と女将さんを呼ぶ。使いの者は、女将さんにフルスピードで3度目の口上。聞きとろうとしてもさっぱり聞き取れず、全部で4回やってみせる。結局、女将さんさえまともに伝言を聞き取れないまま、使いの者は去ってしまった。さて、帰宅した主人のおじさんに、要件を伝えなくてはならなくなるのだが……。
撮影=高橋定敬
撮影=高橋定敬
使いの者の長台詞では、早口で関西弁な上に骨董品の固有名詞など耳馴染みのない言葉が続く。客席の我々には全部で4回聞くチャンスがあるものの、マツ公と女将さん同様に「全然わからない!」というのがふつうで、そこがひとつの楽しみどころだ。
1回目は標準スピード、2回目はマツ公に聞かせるために気持ちゆっくりと(それでも全然わからない!)、3回目はフルスピードで、4回目は笑い転げるマツ公に「ヨダレふきなはれ!」、遠い目になる女将さんに「ここ(目)見なはれ!」と言葉をはさみながらトップスピードに。冒頭の「加賀屋佐吉の使いのもの」と「古池や蛙飛び込む」とか何とか……くらいしか聞き取れず、そのもどかしさと流れるようなリズムの心地よさから、繰り返し聞いてもまったく飽きない。マツ公と一緒に大笑いしながら「もう1回!」と投げ銭したくなる一席だった。
撮影=高橋定敬
三三の文七に笑い、泣き、笑う
長兵衛は深い感謝とともに50両を借り、心を入れ替える決意する。しかしその帰り道、吾妻橋で身投げしようと欄干に足をかける文七と出くわすことになる。身投げを止めて事情を聞けば、べっ甲問屋の使いで集金した店のお金50両を、風体の悪い男に奪われてしまったのだという。お金が戻ってこなければ死ぬしかない。長兵衛と、文七との押し問答の末、懐の50両を投げつけるようにしてくれてやるのだった。
撮影=高橋定敬
撮影=高橋定敬
「文七元結」は、三遊亭圓朝の創作した人情噺だ。漫画『どうらく息子』の主人公を落語家への道に導き、その主人公が最終話で熱演したのがこの噺だ。
着るものにさえ困っている長兵衛が、大事な娘の身代金ともいえる50両を、見ず知らずの文七にやってしまう。ふつうの感覚では到底理解できない。長兵衛の妻さえ理解できず「どこの誰にやったんだい!」「だから何度も言ってるだろ!」と大爆笑の大ゲンカに発展するくらいなので、長兵衛のしたことは江戸の感覚でも相当ぶっとんでいるのだろう。そんな展開であるにもかかわらず、「おひさという娘が体を悪くしないように、(女郎として)悪い病をひきうけませんように、朝に晩に手を合わせてくれればそれでいい」と50両を投げつけるクダリでは、ハンカチをとり出し涙をおさえる来場者の姿があちこちにみられた。
撮影=高橋定敬
江戸っ子の“粋”を説得力をもって描きつつ、笑いも涙も誘うには大変な技術がいるはずだ。しかし三三の「文七元結」に、感動の押し売りはなかった。会話の行き違いによるふとした笑いや、グルーブが増幅していく大きな笑いを主軸にし、三三はあくまで粛々と丁寧な描写で人々を彩っていく。その分だけ、物語の中の人は熱く、粋で、人間味に溢れていた。三三にではなく、噺の中の人に、笑い涙したと感じた。
印象に残ったのは、べっ甲問屋の旦那の「いい天気だな。これだけ晴れ渡って」という台詞。心の中にも青空が広がっていたので、会場を出たとき、一瞬そこが夜の渋谷だと気がつけなかった。終演後も幸せが続く、心地よい落語体験だった。
撮影=高橋定敬